東証一部だったアイ・オー・データ機器、創業者に聞く株式非公開化の狙い
石川県を代表するIT企業の一社、アイ・オー・データ機器は2022年2月、株式の非公開化に向けて経営陣による自社株買い(MBO)を発表した。3月には公開買付けが成立。さまざまな手続きを経て、6月には上場廃止になる見通しだ。1991年の店頭公開から31年、なぜ今株式を非公開化するのか。アイ・オー・データ機器の創業者 細野昭雄代表取締役会長に狙いを聞いた。
取材・文/南雲 亮平 編集/細田 立圭志 写真/松嶋 優子
細野 きっかけの一つは東証(東京証券取引所)の市場再編です。選択肢としては、指定通りスタンダードに移行するか、多くの東証一部企業と同じくプライム市場に移行するかのどちらかでした。ただ、プライム市場の基準を満たすには、さらに努力する必要がありました。
どのように基準をクリアするか検討している中で、不意に「ちょっと待って」と。いつの間にか会社のやりたいことではなく、“上場する”ということに振り回されているのではないか、と思い至りました。新たな基準に無理して対応するより、株式を非公開化して100%自己責任のもと将来を見据えて事業を再編するという選択肢が生まれたのが、21年8月のタイミングです。上場廃止という意思決定は、創業者にしかできないでしょう。
── 事業の再編として「ローコストオペレーション体制の構築」と「ソリューション型商品事業の開拓と確立」の二つを上げていますが、詳しく聞かせてください。
細野 このローコストオペレーションには2つの意味があります。原価を下げて価格競争力を高めることはもちろん、付加価値をつけた製品をリーズナブルに提供するということです。
ソリューション事業は、当社がこれまで手掛けてきた商品とソフトウェアサービスを組み合わせて展開していきます。デジタル化が進んでいる昨今の情勢にあわせ、さまざまな事業領域ごとにノウハウや知見、ブランドを確立していく計画です。実際に医療分野のビジネスで芽が出てきています。
── 13年にもリストラという形で会社の構造を大きく変えました。今回は当時とは別のアプローチを試みるということですね。
細野 以前、大規模に事業を再構築したつもりだったのですが、次の世代に引き継ぐにはまだ土台ができていませんでした。当時はそれまで約30年続けていた、モノを作って売るという部品的なビジネスの延長でしか考えていなかったからです。どこかで次世代にバトンタッチをしなければならないという課題がある中で、私の最後の仕事は次の10年、20年の土台作りをしていくことだと考えました。そのために2~3年かけて事業を転換していきます。この間、短期的な収益を求める株主にはご迷惑をかけてしまうので、株式の非公開化を選択しました。
細野 当社の原点であるシステムビジネスへの回帰です。金沢本社のエントランスには、創業当初のカラー画像自動読取装置があります。織物工場向けの特注システムで、帯や着物などの図柄をドラムスキャナで読み取り、制御装置で8インチフロッピーディスクに保存するものです。このように、ただフロッピードライブを販売するのではなく、コンピュータを応用したシステムを開発するというビジネスが、当社の始まりでした。
それを認識したのは、昨年、国の施策の下にスタートしたオンライン資格確認システムに対応した端末を販売し始めたときです。マイナンバーカードが保険証代わりになったことはご存知かと思いますが、これに関連するものです。病院に来た人のマイナンバーカードを読み取るリーダーと、各病院に専用回線でつながっている医療保険のクラウドを接続するための端末です。
全国に約21万の医療機関・薬局があり、大規模な施設なら2~3台設置するといった市場規模です。いわゆる“医療SIer” 向けのBtoBの事業ですね。この業界の先達はレセコンや電子カルテの分野から医療機関を支えていました。幸運にも、当社はこれらシステムへの入り口となる端末を開発することにより、業界参入することができました。
―― インプットとアウトプットにこだわってきたアイ・オー・データ機器らしいビジネスですね。
細野 今後、システムの領域では“入り口”のビジネスがもっと膨らんできます。最たる例が、1月に改正された電子帳簿保存法(改正電帳法)です。既存の会計ソフトウェアやアプリが改正電帳法に対応しているとしても、中小企業や個人事業主の人たちが手軽に使えるかというと、まだまだ課題があると感じています。
そこで当社は、アナログの紙を改ざんできない状態でデジタル化し、保存する安価で簡単な仕組みを開発しています。国が求める条件を満たしたこのシステムは、さまざまなサービスやアプリと連携できますので、あらゆる業種、業態の企業で活用されることを期待しています。
細野 BtoBといえば確かにそうですが、個人事業主はBtoBと言い切れるのでしょうか。世の中のBtoBビジネスの多くは中小規模以上を対象にサービスを展開しています。営業コストなどもかかるので、数人で営業している事務所などをサポートする企業はあまりないのではないでしょうか。国が目指しているデジタルトランスフォーメーション(DX)を進め、生産性を向上させていくためにも、だれかが個人事業主や零細企業をサポートする必要があります。
当社が将来的に実現したいのは、これら企業のDXのお手伝いです。個人事業主がシステムを購入して、自前でセッティング・運用することができるようになれば、もはやBtoCビジネスと言えるかもしれません。
── 買い切り型の商品としても展開できそうですね。
細野 利益を取ることを優先するのであれば、クラウドを使った従量課金制でもいいでしょう。ただ、現在クラウドサービスを使っているユーザーからは、「便利だけれど、想定以上にコストがかかる」「一度使い始めると、中々やめられない」といった声も聞かれます。個人事業主や零細企業には情報管理者がいないケースもあるので、そうなるとお手上げです。だからこそ、みんなが簡単に使える“優しいデジタル”を普及させたいと考えています。手間はかかると思いますが。
── 手間がかかっても取り組むのですね。
細野 モノ作りが好きですから(笑)。
── 事業者向けのビジネスに注力する一方で、従来のBtoC事業は縮小していくのでしょうか。
細野 そういったことは考えていません。システムを作る上でモノ作りの知見やノウハウは欠かせませんから、両輪で回していきます。但し、数年前までのような価格で数を追うスタイルのビジネスではなく、製品・サービス本来の価値に重きを置いた展開を進めていきます。
今回のMBOを機に社員には、ベンチャー精神で取り組もう! 失敗を恐れずに、チャレンジしよう! と話しています。社員から新たな提案が上がってくるのを期待していますが、いつまでも待っていられず、ついつい口を出してしまうかもしれません(笑)。
これからはさらにユニークな提案で、業界のファーストペンギンを目指します。楽しみにしていてください。
取材・文/南雲 亮平 編集/細田 立圭志 写真/松嶋 優子
いつの間にか“上場”が目的に
── 発表資料には、2021年8月ごろから株式の非公開化を検討しはじめたとありました。そのとき、なにがあったのでしょうか。細野 きっかけの一つは東証(東京証券取引所)の市場再編です。選択肢としては、指定通りスタンダードに移行するか、多くの東証一部企業と同じくプライム市場に移行するかのどちらかでした。ただ、プライム市場の基準を満たすには、さらに努力する必要がありました。
どのように基準をクリアするか検討している中で、不意に「ちょっと待って」と。いつの間にか会社のやりたいことではなく、“上場する”ということに振り回されているのではないか、と思い至りました。新たな基準に無理して対応するより、株式を非公開化して100%自己責任のもと将来を見据えて事業を再編するという選択肢が生まれたのが、21年8月のタイミングです。上場廃止という意思決定は、創業者にしかできないでしょう。
── 事業の再編として「ローコストオペレーション体制の構築」と「ソリューション型商品事業の開拓と確立」の二つを上げていますが、詳しく聞かせてください。
細野 このローコストオペレーションには2つの意味があります。原価を下げて価格競争力を高めることはもちろん、付加価値をつけた製品をリーズナブルに提供するということです。
ソリューション事業は、当社がこれまで手掛けてきた商品とソフトウェアサービスを組み合わせて展開していきます。デジタル化が進んでいる昨今の情勢にあわせ、さまざまな事業領域ごとにノウハウや知見、ブランドを確立していく計画です。実際に医療分野のビジネスで芽が出てきています。
── 13年にもリストラという形で会社の構造を大きく変えました。今回は当時とは別のアプローチを試みるということですね。
細野 以前、大規模に事業を再構築したつもりだったのですが、次の世代に引き継ぐにはまだ土台ができていませんでした。当時はそれまで約30年続けていた、モノを作って売るという部品的なビジネスの延長でしか考えていなかったからです。どこかで次世代にバトンタッチをしなければならないという課題がある中で、私の最後の仕事は次の10年、20年の土台作りをしていくことだと考えました。そのために2~3年かけて事業を転換していきます。この間、短期的な収益を求める株主にはご迷惑をかけてしまうので、株式の非公開化を選択しました。
もともとシステムを販売していた
── 医療分野のお話がありましたが、具体的にどのような事業が中心になっていくのでしょうか。細野 当社の原点であるシステムビジネスへの回帰です。金沢本社のエントランスには、創業当初のカラー画像自動読取装置があります。織物工場向けの特注システムで、帯や着物などの図柄をドラムスキャナで読み取り、制御装置で8インチフロッピーディスクに保存するものです。このように、ただフロッピードライブを販売するのではなく、コンピュータを応用したシステムを開発するというビジネスが、当社の始まりでした。
それを認識したのは、昨年、国の施策の下にスタートしたオンライン資格確認システムに対応した端末を販売し始めたときです。マイナンバーカードが保険証代わりになったことはご存知かと思いますが、これに関連するものです。病院に来た人のマイナンバーカードを読み取るリーダーと、各病院に専用回線でつながっている医療保険のクラウドを接続するための端末です。
全国に約21万の医療機関・薬局があり、大規模な施設なら2~3台設置するといった市場規模です。いわゆる“医療SIer” 向けのBtoBの事業ですね。この業界の先達はレセコンや電子カルテの分野から医療機関を支えていました。幸運にも、当社はこれらシステムへの入り口となる端末を開発することにより、業界参入することができました。
―― インプットとアウトプットにこだわってきたアイ・オー・データ機器らしいビジネスですね。
細野 今後、システムの領域では“入り口”のビジネスがもっと膨らんできます。最たる例が、1月に改正された電子帳簿保存法(改正電帳法)です。既存の会計ソフトウェアやアプリが改正電帳法に対応しているとしても、中小企業や個人事業主の人たちが手軽に使えるかというと、まだまだ課題があると感じています。
そこで当社は、アナログの紙を改ざんできない状態でデジタル化し、保存する安価で簡単な仕組みを開発しています。国が求める条件を満たしたこのシステムは、さまざまなサービスやアプリと連携できますので、あらゆる業種、業態の企業で活用されることを期待しています。
中小・個人事業主も使える「優しいデジタル」を
── システムビジネスに注力するということは、今後はBtoBにシフトするのでしょうか。細野 BtoBといえば確かにそうですが、個人事業主はBtoBと言い切れるのでしょうか。世の中のBtoBビジネスの多くは中小規模以上を対象にサービスを展開しています。営業コストなどもかかるので、数人で営業している事務所などをサポートする企業はあまりないのではないでしょうか。国が目指しているデジタルトランスフォーメーション(DX)を進め、生産性を向上させていくためにも、だれかが個人事業主や零細企業をサポートする必要があります。
当社が将来的に実現したいのは、これら企業のDXのお手伝いです。個人事業主がシステムを購入して、自前でセッティング・運用することができるようになれば、もはやBtoCビジネスと言えるかもしれません。
── 買い切り型の商品としても展開できそうですね。
細野 利益を取ることを優先するのであれば、クラウドを使った従量課金制でもいいでしょう。ただ、現在クラウドサービスを使っているユーザーからは、「便利だけれど、想定以上にコストがかかる」「一度使い始めると、中々やめられない」といった声も聞かれます。個人事業主や零細企業には情報管理者がいないケースもあるので、そうなるとお手上げです。だからこそ、みんなが簡単に使える“優しいデジタル”を普及させたいと考えています。手間はかかると思いますが。
── 手間がかかっても取り組むのですね。
細野 モノ作りが好きですから(笑)。
── 事業者向けのビジネスに注力する一方で、従来のBtoC事業は縮小していくのでしょうか。
細野 そういったことは考えていません。システムを作る上でモノ作りの知見やノウハウは欠かせませんから、両輪で回していきます。但し、数年前までのような価格で数を追うスタイルのビジネスではなく、製品・サービス本来の価値に重きを置いた展開を進めていきます。
今回のMBOを機に社員には、ベンチャー精神で取り組もう! 失敗を恐れずに、チャレンジしよう! と話しています。社員から新たな提案が上がってくるのを期待していますが、いつまでも待っていられず、ついつい口を出してしまうかもしれません(笑)。
これからはさらにユニークな提案で、業界のファーストペンギンを目指します。楽しみにしていてください。