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さらばメモリ効果、充電の悩みからモバイラーを解放せよ──「Dynabook」ぶっちゃけ裏話(その3・最終回)【道越一郎のカットエッジ・特別編】

特集

2025/03/05 17:30

 dynabook(ダイナブック)誕生35周年を機に、黎明期からノートPC事業を支えてきた4人に、今だから言える当時の「ぶっちゃけ裏話」を語ってもらう最終回。新たなバッテリ搭載の話から少し早すぎた製品の話、そしてAI時代のPCメーカーの役割についてもうかがった。

 持ち運ぶPCに欠かせないのがバッテリだ。充電が切れてしまえばタダの箱。役立たずの重りでしかなくなる。黎明期はニッケルカドミウム(NiCd)電池が使われていたが、へたりやすく使い勝手が悪かった。なかでも、PCを日常的に持ち歩く「モバイラー」を悩ませていたのが「メモリ効果」。放電しきる前に「継ぎ足し充電」を行うと、電圧低下を招いたからだ。要するに、完全に使い切って充電しないと、バッテリの駆動時間が短くなってしまう。厄介な特性だった。高価なバッテリを長持ちさせるには、「コンセントがあるところをみつけ、こまめに充電」するのはご法度だったわけだ。より大電流を取り出せるニッケル水素電池が登場しても、メモリ効果の払しょくはできなかった。そこに満を持して登場したリチウムイオン電池。継ぎ足し充電が可能で、しかも急速充電もできる、理想のバッテリに思えた。
 
1993年に欧米で発売したT3400に、ノートPCに世界で初めてリチウムイオン電池を搭載した。
翌年日本でも同型の国内版、Dynabook SS433(写真)を発売

 今ではすっかり主流になったリチウムイオン電池だが、一つ大きな欠点がある。発火だ。衝撃を受けると火を噴くことがある。設計統括部の島本肇 統括部長は、リチウムイオン電池を採用当時を振り返り「かなり危ない実験もした」と話す。「いろいろな種類の釘を用意してさまざまなパターンで刺してみて、どの程度で発煙、発火するかを確かめた。どこまでなら許容範囲なのか、社内の基準作りから始め、安全性を確保していった」という。ノートPCにリチウムイオンバッテリを「世界初」搭載したのがT3400。B5ファイルサイズでカラーのサブノートPCだ。1993年に欧米で発売し、日本では翌年Dynabook SS433としてリリースした。このモデル以降、世のモバイラーたちはメモリ効果の呪縛から、徐々に解き放たれていく。
 
Dynabookで設計統括部 コンピューティング設計第二部 部長も兼務する
設計統括部の島本肇 統括部長

 安全性といえば、ニューコンセプトコンピューティング統括部の辻浩之 統括部長は「35年もやっているので、いろんな品質トラブルを経験している。その蓄積が今の製品にも生きている」と話す。「例えば、指のモデルを作って、ノートPCの開閉部などにどんな危険があるかを確かめたりもした。実際に試しながら安全な製品づくりを心がけてきた」という。「一番強かったのは品質部門」と述懐するのは、国内マーケティング本部の荻野孝広 副本部長。「彼らのOKがなければ世に出せない。安心、安全も、今に至るまで受け継がれているDNAみたいなもの」だという。島本 統括部長は「どんどん突っ走るのが我々技術屋の性。そこは品質が歯止めになってくれないと」と笑った。しかし真顔に戻ると「一昨年に発売したDynabook Xシリーズなど『セルフ交換バッテリ』を搭載したモデルがある。ねじ止めされたカバーやバッテリを外してユーザー自身が交換できる仕組みだ。この機構の安全性は他社にはないもの。自信を持っている」と話す。発火試験で得た知見から、ずっとこだわってきた安全性の蓄積が生かされているわけだ。
 
Dynabook Xシリーズなどで採用されている「セルフ交換バッテリ」

 技術的に攻め続けてきたDynabookだが、やや先走ってしまった製品もある。2010年に25周年を記念して発売した、2画面の「Libretto W100」もその一つ。物理キーボードを排したのが特徴だ。辻 統括部長は「ちょっと早すぎた」と振り返る。「キーボードが寸法を定義するのが嫌だった。思い切ってキーボードをなくし2画面だけにした。入力は画面に表示させたキーボードで行う。打鍵感を出す為に振動させる機構も取り入れた」という。今のスマートフォンのキーボードに似た発想だ。「Librettoの語源でもある『小さい本』を形にしたかった」とも。「実際にブックカバーのようなケースに入れて販売し、あたかも本のように使うことを想定して、電子書籍のコンテンツも集めた」(荻野 副本部長)こともあった。今で言えば二つ折りのタブレットと電子書籍を合わせたような存在。しかもWindowsが動く。2010年といえば、iPhone4が出たあたり。ようやくスマートフォンが世に広がり始めた頃だ。
 
2010年に25周年記念として発売したLibretto W100。
物理キーボードを排し2画面構成にした

 「そういえば、2005年に発売したLibretto U100というモデルもあった。あれは、今でもちょっとどうかなと疑問が残る」(辻 統括部長)。というのも、小型軽量がウリのLibrettoだが、本体下に光学ドライブをドッキングさせた製品だったからだ。超小型マシンにDVDドライブを入れろと指示が出てつくった。座布団のようにくっつけた光学ドライブがいかにもアンバランスだった。辻 統括部長は「同じ機種を作るのが嫌いで、だいたい何かしら違うところがあるモデルをつくってきた。新しいことをやると、次のポイントが何かが分かる。そんな思いで世界初、世界一を追い求めてきた」と話す。Dynabook 国内マーケティング本部 国内商品開発部の松村岳 副部長は「マーケティングの立場からも、技術陣に対してかなりハードルの高いチャレンジを要求してきた」と振り返る。
 
Dynabook ニューコンセプトコンピューティング統括部の
辻浩之  統括部長

 現在は企業向けPCの販売が消費者向けより勝っているDynabook。最先端の技術を取り入れた製品より、安定性やコストパフォーマンスの高さが求められる。技術力発揮の方向が変わってきたわけだ。dynabookは、日経BPが実施した「日経コンピュータ 顧客満足度調査 2024-2025」の「クライアントパソコン部門」で1位の評価を受けた。企業向けIT製品などの満足度を、製品・サービス導入の責任者が評価するものだ。「性能・機能」ばかりでなく「信頼性」「運用性」「コスト」「サポート」も対象。高く評価されたのは、これまで蓄積してきた技術力があってのことだ。島本 統括部長は「Dynabookはすり合わせ技術にも長けている。いかにお客様の使い方に寄り添った製品をつくりだすかが、これからの技術のありかた」と話す。とはいえ「最先端のPCをつくる、ということなら、やはり、消費者向けの製品から。もう少し消費者向けPC開発に力を入れられる環境になれば、また先端技術をどんどん投入する製品づくりもやってみたい」。島本 統括部長の言葉には、参加メンバー一同が頷いた。
 
「Dynabook」ぶっちゃけ裏話のネタを提供していただいた方々。
左から、国内マーケティング本部国内商品開発部の松村岳 副部長、
ニューコンセプトコンピューティング統括部の辻浩之 統括部長、
設計統括部 コンピューティング設計第二部 部長も兼務する設計統括部の島本肇 統括部長、
国内マーケティング本部の荻野孝広 副本部長

 AIというキーワードを軸に、新たなブレイクスルーが訪れつつあるノートPC。市場は再び活性化しようとしている。ハードウェアメーカーとしてのDynabookは、これからどこへ向かうのか。島本 統括部長は「PCはみんな似たようなものになっているのが現状。その中でも、DynabookならではのAI、例えばエッジとクラウドをシームレスに行き来できるような仕組み作りもあるだろう」と話す。荻野 副本部長は「いつでもどこでもAIを活用できるようにするのが我々の仕事。PCの負荷は上がる。もちろんバッテリの負荷も上がる。だからユーザーが交換できるようにして対応する。AIの時代でも、ハードメーカーとしてやれることを着実にやっていく」と話す。
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dynabook Rシリーズに内蔵されているマイク・カメラユニット。
まるで糸のような部品だ

 35周年を記念して2月に開催された「Dynabook Days 2025 大阪」では、ノートPCの開祖でもあるJ-3100 SS001から最新モデルまでずらりと展示。そこで、「dynabook Rシリーズ」の中身を少し見せていただいた。小型化・薄型化に貢献する部品として紹介されたのは、カメラとマイクのユニット。僅か数ミリの糸のような部品で驚いた。中央に米粒より小さいカメラユニットと、両側に米粒大のマイクが2個仕込まれていた。画面上部に配置するものだが、ベゼルを狭くする目的もあって、究極まで細くしたという。35年間攻め続けてきたDynabookのDNAは、ここにも生きていた。(了)(BCN・道越一郎)