「1秒で名刺を取り出せる名刺入れ」のベンチャー社長が語る開発秘話
東京都企業立地相談センターは、かばん、小物などの企画・製造・販売を手掛けるsion works(シオンワークス)に取材を行い、その内容を東京都企業立地相談センターホームページで6月3日に公開した。
「起業のきっかけは、ちょっとしたことから、とある武具かばんをつくる機会を得たことだった。基本的に剣道の竹刀等の武具を持ち運ぶための武具かばんの選択肢は、限られた既成品のみ。そのなかに気に入るものがなければ、自らの手でつくるしかない。それがものづくりを強く意識した出発点になった」。
その後、会社員時代にビジネスツールとして親しんでいたかばん、小物などに領域をしぼって独立。メガネケースやスマホバッグ、女性用の薄型財布などを開発、商品化した。なかでも、とくに人気の商品が名刺入れとのこと。
「ビジネスシーンで初対面の挨拶の際に欠かせない名刺交換の時、名刺入れから名刺を取り出す時に、もたついてしまうことがある。初対面で会った人の第一印象は最初の3秒で決まるといわれており、半年から数年の間、相手の潜在意識にその印象が残るとされている。であるならば、もたつかず素早く交換できれば、きっと第一印象は良いはずで、その後、顧客と良好な関係性を築くことにも期待できる。そうしたことから着想したのが『1秒で名刺を取り出せて、相手に好印象を与えるための名刺入れ』」だという。
かくして完成したのが「Slide Thumb(スライドサム)」。蓋を開けずに親指(Thumb)をスライドさせるだけで名刺を取り出せる構造で、厚さ約4mm、重さ16~18gと超軽量。複数の著名クラウドファンディングで話題となって成功を収めたほか、ウェブニュース、トレンド情報誌など多くのメディアでも取り上げられ、注目を集めた。
「基本的に当社商品はEC販売をしているので、東京の巨大商圏は直接関係はないが、昨年『Slide Thumb』を都内の有名家電量販店や百貨店などで展示・販売してもらえる機会を得た。顧客が実店舗で当社商品を手にとって確かめている様子を、自分の目で気軽に見に行けたのは、東京を拠点にしているからこその特典だったと思う」。
順調に走り出した井島氏が、次なる期待のアイテムに位置付けているのが6月に販売を開始したPCリュック「四次元かばん Hack」。ビジネスパーソンの多くはノートPCを常時持ち歩いており、バス、電車などでの移動中やスキマ時間に、膝上にノートPCを置いて作業することが少なくない。井島氏が開発した四次元かばんは、その“膝上ノートPC作業”の環境を大きく向上させ、快適なタイピングを実現するというもの。
「自社によるアンケート調査では、PCをリュックに入れて通勤通学をする人の移動中の座位時間は、1日平均30分以上ある。彼らの約90%の人が移動中にPC操作をしたいと考えているが、その作業はPCが膝上で安定しない、傾いてタイピングしづらい、前傾姿勢になりがちで肩、首が凝るなど、多くの困り事をともなう。仮にこの30分間を快適な仕事時間に進化させて、1週間、1か月、1年と積み重ねていけば、トータルの生産性向上に結び付くはず--それが四次元かばん開発の背景」と語る。
PC操作は、やはり“デスクの上”が理想的な環境。四次元かばんは、その環境を自分の膝上で再現するために、リュック背面に独自開発のPCスタンド「LTスライダー」を搭載。LTスライダーがスライドしながら立ち上がることで、まるでデスクでタイピングをしているような距離と角度、快適性を実現している。また座って数秒でPC操作を始められるため、いつでもどこでもすぐに仕事に集中することができる。販売開始前から同製品は高く評価されており、ものづくりピッチコンテスト「Tokyo ものづくり Movement 2023」で四次元かばんの採択が決定。事業化に係る開発支援金を獲得した。
名刺入れや四次元かばんそのほかの商品開発を積み重ねて実績を上げてこられたのは、現在入居している、東京都江東区青海の「アジアスタートアップオフィスMONO」あればこそ、と井島氏は話す。
「何といっても、入居者がすべての機械を無料で使える工作室の存在が大きい。四次元かばんのLTスライダーの試作造形は3Dプリンタなどが不可欠だし、MONO事務局の橋渡しでコンテストや展示会・商談会などのチャンスをたくさんもらっている。また、かばん、小物の素材である本革は、加工前、3平方メートル近くある非常に大きなサイズのため、一度にたくさんの加工をするにはかなりのスペースを要す。しかし、MONOのワークスペースはゆとりがあり、問題ない。さらに、異なるジャンルである木材や金属などに詳しい入居者もいるので、気軽にアドバイスをもらったり、素材をお互いに融通しあったりすることも。私にとってここは理想的な環境といえる」。
最後に、東京立地のメリットについて聞いた。
「当社商品の根幹をなす“革”の取扱業者や加工業者の国内の集積地は、兵庫県(姫路・たつの)と、東京(浅草近辺)、和歌山の3か所。浅草はMONOから30分ほどの場所にあるので、自分の目で直接素材を手にして確認ができる。また、素材だけでなく、新たな店舗や業者を紹介してもらい、短期間で知見や情報を集め、コネクションをつくることもできた。環境に恵まれている点では、大規模展示会がひんぱんに行われる江東区有明の東京ビッグサイトが自転車で行ける距離にあるのも有利。交通費や宿泊費がかからず、日常業務の延長で気軽に出展でき、最新の業界動向を知ることができる。さらに、MONOがあるお台場は自動運転バスなど次世代技術やサービスの実証実験場として活用されるため、気軽に参加して最新情報を得ることも簡単だし、多様な文化施設、アートイベントなども多く、日常的にビジネスのインスピレーションを得ることができる」。
ほかにも、売上状況や繁忙期に合わせた人材確保が比較的容易であるのも助かるとのこと。
「明日ちょっとお手伝いが欲しいな、と思った時に人材募集サイトなどで募集をすると、開始からわずか数分後には確定することも。社員ではなくアルバイトや臨時のお手伝いで業務を回すことができる」。
加えて、行政から多様な経済的支援を受けられるのも東京ならではと実感しているという。
「例えば、都産業労働局のクラウドファンディング活用助成金では、利用手数料の一部を助成してもらった。また、東京都中小企業振興公社のデジタル技術活用推進助成事業などの活用で、自前で高価なデジタル機器を購入する際にも、かなりの金額を助成してもらっている。私の場合、起業にあたって自己資金にあまりゆとりがなかったため、こうした支援は本当に助かった。そのほか、支援事業に採択されていることから多くのバイヤーを紹介してもらえて、消費者ニーズの動向や売れやすい商品づくりのアイデアをキャッチすることもできた」。
ものづくりを支援する環境を整えたコワーキングスペース、行政・団体の手厚い支援。sion worksにとって、東京はこれからも頼もしい味方になりそうだ。
次は「膝上ノートPC作業」を快適にするビジネスバッグ
子どもの頃から「ものづくり」が好きだったという代表の井島志乃氏は、会社員生活を経て独立し、かばん、小物などの企画・製造・販売を手掛けるスタートアップ「sion works」を起業した。起業した場所は東京都江東区青海の「アジアスタートアップオフィスMONO」。ここを選んだ理由や事業内容、展望などを聞いた。「起業のきっかけは、ちょっとしたことから、とある武具かばんをつくる機会を得たことだった。基本的に剣道の竹刀等の武具を持ち運ぶための武具かばんの選択肢は、限られた既成品のみ。そのなかに気に入るものがなければ、自らの手でつくるしかない。それがものづくりを強く意識した出発点になった」。
その後、会社員時代にビジネスツールとして親しんでいたかばん、小物などに領域をしぼって独立。メガネケースやスマホバッグ、女性用の薄型財布などを開発、商品化した。なかでも、とくに人気の商品が名刺入れとのこと。
「ビジネスシーンで初対面の挨拶の際に欠かせない名刺交換の時、名刺入れから名刺を取り出す時に、もたついてしまうことがある。初対面で会った人の第一印象は最初の3秒で決まるといわれており、半年から数年の間、相手の潜在意識にその印象が残るとされている。であるならば、もたつかず素早く交換できれば、きっと第一印象は良いはずで、その後、顧客と良好な関係性を築くことにも期待できる。そうしたことから着想したのが『1秒で名刺を取り出せて、相手に好印象を与えるための名刺入れ』」だという。
かくして完成したのが「Slide Thumb(スライドサム)」。蓋を開けずに親指(Thumb)をスライドさせるだけで名刺を取り出せる構造で、厚さ約4mm、重さ16~18gと超軽量。複数の著名クラウドファンディングで話題となって成功を収めたほか、ウェブニュース、トレンド情報誌など多くのメディアでも取り上げられ、注目を集めた。
「基本的に当社商品はEC販売をしているので、東京の巨大商圏は直接関係はないが、昨年『Slide Thumb』を都内の有名家電量販店や百貨店などで展示・販売してもらえる機会を得た。顧客が実店舗で当社商品を手にとって確かめている様子を、自分の目で気軽に見に行けたのは、東京を拠点にしているからこその特典だったと思う」。
順調に走り出した井島氏が、次なる期待のアイテムに位置付けているのが6月に販売を開始したPCリュック「四次元かばん Hack」。ビジネスパーソンの多くはノートPCを常時持ち歩いており、バス、電車などでの移動中やスキマ時間に、膝上にノートPCを置いて作業することが少なくない。井島氏が開発した四次元かばんは、その“膝上ノートPC作業”の環境を大きく向上させ、快適なタイピングを実現するというもの。
「自社によるアンケート調査では、PCをリュックに入れて通勤通学をする人の移動中の座位時間は、1日平均30分以上ある。彼らの約90%の人が移動中にPC操作をしたいと考えているが、その作業はPCが膝上で安定しない、傾いてタイピングしづらい、前傾姿勢になりがちで肩、首が凝るなど、多くの困り事をともなう。仮にこの30分間を快適な仕事時間に進化させて、1週間、1か月、1年と積み重ねていけば、トータルの生産性向上に結び付くはず--それが四次元かばん開発の背景」と語る。
PC操作は、やはり“デスクの上”が理想的な環境。四次元かばんは、その環境を自分の膝上で再現するために、リュック背面に独自開発のPCスタンド「LTスライダー」を搭載。LTスライダーがスライドしながら立ち上がることで、まるでデスクでタイピングをしているような距離と角度、快適性を実現している。また座って数秒でPC操作を始められるため、いつでもどこでもすぐに仕事に集中することができる。販売開始前から同製品は高く評価されており、ものづくりピッチコンテスト「Tokyo ものづくり Movement 2023」で四次元かばんの採択が決定。事業化に係る開発支援金を獲得した。
名刺入れや四次元かばんそのほかの商品開発を積み重ねて実績を上げてこられたのは、現在入居している、東京都江東区青海の「アジアスタートアップオフィスMONO」あればこそ、と井島氏は話す。
「何といっても、入居者がすべての機械を無料で使える工作室の存在が大きい。四次元かばんのLTスライダーの試作造形は3Dプリンタなどが不可欠だし、MONO事務局の橋渡しでコンテストや展示会・商談会などのチャンスをたくさんもらっている。また、かばん、小物の素材である本革は、加工前、3平方メートル近くある非常に大きなサイズのため、一度にたくさんの加工をするにはかなりのスペースを要す。しかし、MONOのワークスペースはゆとりがあり、問題ない。さらに、異なるジャンルである木材や金属などに詳しい入居者もいるので、気軽にアドバイスをもらったり、素材をお互いに融通しあったりすることも。私にとってここは理想的な環境といえる」。
最後に、東京立地のメリットについて聞いた。
「当社商品の根幹をなす“革”の取扱業者や加工業者の国内の集積地は、兵庫県(姫路・たつの)と、東京(浅草近辺)、和歌山の3か所。浅草はMONOから30分ほどの場所にあるので、自分の目で直接素材を手にして確認ができる。また、素材だけでなく、新たな店舗や業者を紹介してもらい、短期間で知見や情報を集め、コネクションをつくることもできた。環境に恵まれている点では、大規模展示会がひんぱんに行われる江東区有明の東京ビッグサイトが自転車で行ける距離にあるのも有利。交通費や宿泊費がかからず、日常業務の延長で気軽に出展でき、最新の業界動向を知ることができる。さらに、MONOがあるお台場は自動運転バスなど次世代技術やサービスの実証実験場として活用されるため、気軽に参加して最新情報を得ることも簡単だし、多様な文化施設、アートイベントなども多く、日常的にビジネスのインスピレーションを得ることができる」。
ほかにも、売上状況や繁忙期に合わせた人材確保が比較的容易であるのも助かるとのこと。
「明日ちょっとお手伝いが欲しいな、と思った時に人材募集サイトなどで募集をすると、開始からわずか数分後には確定することも。社員ではなくアルバイトや臨時のお手伝いで業務を回すことができる」。
加えて、行政から多様な経済的支援を受けられるのも東京ならではと実感しているという。
「例えば、都産業労働局のクラウドファンディング活用助成金では、利用手数料の一部を助成してもらった。また、東京都中小企業振興公社のデジタル技術活用推進助成事業などの活用で、自前で高価なデジタル機器を購入する際にも、かなりの金額を助成してもらっている。私の場合、起業にあたって自己資金にあまりゆとりがなかったため、こうした支援は本当に助かった。そのほか、支援事業に採択されていることから多くのバイヤーを紹介してもらえて、消費者ニーズの動向や売れやすい商品づくりのアイデアをキャッチすることもできた」。
ものづくりを支援する環境を整えたコワーキングスペース、行政・団体の手厚い支援。sion worksにとって、東京はこれからも頼もしい味方になりそうだ。