茄子ではなく那須なのです
『喫茶ナス』が好きでたまらない。もう20年以上ずっと。この店が四条河原町あたりにあったら、今頃さぞかし“レトロ萌え”女子たちで賑わっているだろうと思う。店内は60年前の創業時からほぼ変わらず、JBLのスピーカーからはジャズが流れ、マスターの那須資平さんがコポコポとサイフォンでコーヒーを淹れている。
「コーヒーの美味しい喫茶店」ならたくさんあるのだが、ナスはカレーが旨い。旨いってレベルじゃない。専門店顔負けの手間と情熱をかけて作っている。
兄の遺したレシピを守る、超本格的カレー
牛脚の骨髄を半日炊いて、そのスープで野菜と果物を別々に8時間ほど煮込んで、それを裏ごしして20種以上のスパイスやハーブを加えてまた一昼夜煮込んで寝かせて…。軽く3日はかかっている。食べると、最初は甘い。もう少し辛くてもなあと思いながら匙を往復させるうちに、だんだんピリピリ来る。汗もじんわり出る。なんだこの甘→旨→辛の三段仕掛け。
マスターに聞くと、「バナナをたっぷり使うことで最初に甘みが来るように計算しているんです」とのこと。10年前に亡くなった兄・治希さんから伝わるレシピだ。
あの頃はパンタロンおじさんがいた
治希さんと言えば、私が覚えているのは“パンタロン”だ。20年ほど前に訪れた時、治希さんはいつもパンタロンみたいなズボンを履いていた。知人とよく「ナスのパンタロンおじさん元気かな」と話していたものだ。兄弟揃って紳士的で、品が良く、義理堅い。歳を取ってもこんな風にクレバーでありたいと憧れさせる、聡明なトーク。治希さんが亡くなっても、兄弟で切り盛りしていた頃の空気感がそのまま保たれている。
そうそう、「あまから手帖」2024年2月号の珈琲特集ではポークカツ・カレーを掲載したが、実は「ジャンボソーセージ・カレー」も推し。なんとソーセージは資平さんの手作りで、提供に20分かかるから表には出さないという、メディア非公開(?)のレアメニューなのだ。
知る人ぞ知るソーセージカレーをご紹介しよう。
国産豚肉を肉屋で粗挽きミンチにしてもらい、粗塩、ハーブを混ぜて手捏ねし、腸詰めして仕上げたぶっといソーセージ。噛むとブリッと弾力があり肉汁がほとばしる。20分かかるのは、添加物を使わず製造後すぐに冷凍にかけるため、注文が通ってからボイルして解凍するのに時間を要するためだ。
カレーの他に、「おかずがめちゃめちゃ付いてくる」(知人談)定食も数種ある。次こそ食べてみようと思いつつ、扉を開けると全力でカレーの匂いが迎えるから、また誘惑に負けてしまう。
「最初はコーヒー専門店やったのに、カレー屋みたいな匂いになってもうて」と、マスターは苦笑いするけど。
『喫茶ナス』
住所/京都府京都市下京区朱雀裏畑町32
※こちらの記事は、関西の食のwebマガジン「あまから手帖Online」がお届けしています。
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