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洞穴の先の護摩堂へ!徳島「鯖大師本坊」の“まるで異空間”な初詣

暮らし

2024/01/15 17:00

【拝啓、徳島より・18】四国といえば、弘法大師・空海が修行した八十八カ所の霊場を巡る「お遍路さん」が有名ですが、各地には88のお寺の他にも、弘法大師にまつわる魅力的なスポットがたくさん残っています。徳島県海陽町の「鯖大師本坊」もその一つ。全国に広がる鯖大師の発祥となった場所で、1200年の間、地域の人々に大切に守られてきました。特に鯖大師本坊で行われるお護摩祈祷は、他とはちょっと違う雰囲気です。異世界に旅をしたような不思議な初詣体験を紹介します。

異空間が漂う徳島県海陽町の
「鯖大師本坊」

鯖を持った弘法大師?

 徳島県を北から南へ突っ切り、高知まで伸びる国道55号線。太平洋を望む道沿いには、時折、笠をかぶったお遍路さんの姿も見受けられます。

 「室戸阿南海岸国定公園」に指定されている自然豊かな徳島県南部エリアをさらに南へ。いくつものトンネルを抜けて、小さな入江や波待ちしているサーファーを横目にしばらく走ると、「八坂八浜」と呼ばれる浜に到着します。

 弘法大師が詠んだ歌にも登場する美しい三日月型の浜の向かいに建つのが、今回ご紹介したい「鯖大師本坊」です。さば!?と聞き返したくなる名前ですが、お大師様とのご縁も深い、由緒正しいお寺なんです。
 
鯖大使入り口には弘法大師さんのお姿が

 正式名称は「鯖大師本坊」。その昔、弘法大師・空海が修行でこの地を訪れた際に、馬で塩鯖を運んでいた馬子(荷物を運ぶ職業の人)の欲張りな心を改めさせるために、鯖を生き返らせた伝説にちなんだお寺です。

 鯖大師には、その名の通り片手に鯖を握った弘法大師像が祀られていて、鯖を3年間絶ってからお願い事をすると願いが叶うとも言われています。

 ただ個人的には、徳島県産の魚は鯖と言わずどれも美味しすぎるので、3年間も食わずにいるのは無理な話だよなぁと、挑戦する前から早々に諦めました。

 さて、そんな鯖大師。地元民にとっては、知る人ぞ知るおすすめの初詣スポットなんです。

 「鯖大師の護摩焚きが、やばい...!」

 そう教えてくれたのは、地域の若い衆です。年末に集まって飲み会をしていた時のことでした。何がどんなふうに“やばい”のか、よくよく聞くと「異空間に飛んでいっちゃうような感覚」との感想が聞かれました。

 なんだそれは。楽しそう...!具体的な風景は全然想像できませんでしたが、興味が湧いた私は友人を連れ立って、年が明けた元旦の朝、ワクワクしながら車を走らせたのでした。
 
徳島県南部の海岸線はサーフィンのメッカ

洞窟の壁には仏像がびっしり

 鯖大師に到着したのは1月1日の朝10時前。すでに境内には多くの人が参拝に訪れていました。お参りを済ませてから、本殿右手にある護摩堂へ。

 護摩堂へと続く通路は暗く、前方に向かってゆるい傾斜になっていました。まるで洞穴みたい。後で調べたところ「本堂東の山腹をくり抜いて作られた全長88mの大洞窟」とのこと。ひんやりした空気や時が止まったような静寂は、自然の洞窟だからこそ醸し出せる雰囲気だったんだと納得です。

 そのまま松明のようなオレンジ色の光に照らされた通路を奥へ進みます。壁には、ずらりと並ぶ仏像の顔、顔、顔・・・。もうこの通路を歩くだけで「これは、やばいぞ...!」と思わずにはいられない光景がしばらく続きました。
 
通路の左右には仏像がずらり

いざ、異世界の扉を開かん

 護摩堂に入ってまず目に飛び込んできたのは、天井にある大きな丸い“何か”。おそらく煙を外に逃す通気口かなにかなのでしょうが、まるで宇宙船のエンジンのようです。思わず「わぁ!」と驚きの声が漏れました。

 護摩祈願が始まると、お坊さんはお経を読みながら油と護摩木を次々に炎に投げ入れていきます。炎はどんどん大きくなり、2、3mほどの高さに。その光景は今にも飛び立とうとするスペースシャトルのようにも見え、10mほど離れた位置に座る私たちにも、その熱さと熱気を感じるほどでした。

 ごうごうと勢いを増す炎。時折パチパチと爆ぜる音が聞こえます。BGMのように響いていたお経にもさらに力が入ってきたと思ったその時でした。

 ドンドンドンドンドンドンドンドン・・・・

 私が座っているすぐ横で、若いお坊さん二人が、人の背丈ほどもある大きな太鼓を叩きはじめたのです。

 暗くて表情までは見えませんでしたが、一心不乱に叩いている様子が空気から伝わってきます。太鼓の速さは8拍子。狂いなく単調に軽快に、そして重々しく護摩堂に響きます。

 地の底から響いてくるような重低音は、お経と合わさり、その場を独特な雰囲気で包んでいきます。まさに異空間。お経と太鼓の音、護摩木と油と煙の匂い、地獄の蓋が開いたみたいな炎の熱と光。五感にとっては情報過多。眠くもないのに瞼が重く、時間の感覚も失われていくようでした。

 「これは確かに、やばい...!」

 閻魔様の御前て、もしかしたらこんな感じなのかもなぁと、ぼんやるする頭で思いました。
 
「これは確かに、やばい...!」地獄の蓋が開いたみたいな
炎の熱と光による異空間が広がる護摩堂

地域にはまだまだ知らないことだらけ

 どれくらい時間が経ったのかわかりませんが、しばらくすると護摩堂にいる人たちが一列になって、火の周りをぐるりと回りながら不動明王像にお参りします。普段は心神深い方ではありませんが、この時ばかりはしっかりと手を合わせて一年の無病息災をお祈りしました。

 帰りは、また長い洞穴の道を通って出口へ。靴を履いて屋外に出た時の「元の世界に戻ってきた感覚」は何とも言えず、お正月の冷たい空気がとても心地よく感じられました。

 こうして私の初めての鯖大師参拝は終了し、境内で配られていた無料のお汁粉をいただいて帰宅。帰りの車の中では友人と「すごかったね」「行ってよかったね」と興奮気味に感想の話し合いに夢中になっていたら、帰り道を間違えてしまうほどでした。
 
洞窟通路を抜けると光が。
この先に護摩堂があります

 四国の右下に住みはじめて数年、まだまだ知らないことが地域にはたくさんあるんだなと実感したお正月。もっと土地の面白さを探して、歩き回りたいなと思った新年の幕開けでした。(フリーライター・甲斐イアン)


■Profile
甲斐イアン
徳島在住のライター、イラストレーター。千葉県出身。オーストラリア、中南米、インド・ネパールなどの旅を経て、2018年に四国の小さな港町へ移住。地域活性化支援企業にて、行政と協力した地方創生プロジェクトの広報PR業務に従事。21年よりフリーランスとなり、全国各地の素敵なヒト・モノ・コトを取材しています。
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