「聴力ケアはヘルスケア」を掲げるデマント・ジャパンは9月2日、創業50周年記念の「オーティコン国際シンポジウム2023」を六本木アカデミーヒルズ(東京都港区)のタワーホールで開催した。聴覚ケアの関係者を対象とした同シンポジウムは、この領域の有識者6人による講演とパネルディスカッションという構成。また、一般消費者向けのイベントとして、「人生を変えるきこえのテクノロジー」も六本木ヒルズカフェで行われた。
聞こえと脳の関係については、以前からさまざまな研究が行われている。その中でも注目のテーマが、難聴と認知症の関係。この領域の研究者として知られる神崎晶氏は、現在準備中の論文の骨子を紹介しつつ、「65歳から85歳の軽度中等度難聴者が補聴器を6カ月間装用すると、視覚の認識能力や再生するための記憶力が向上する可能性が示された」との研究成果を披露した。
また、欧州ではリスニングエフォート(難聴者にかかる心的疲労)の研究も盛んだ。この分野の研究に取り組む田原敬氏は「騒がしい環境下は、難聴者の脳の活力の大半が聞き取りに費やされてしまう結果、会話の内容を理解したり覚えたりする余力がなくなってしまう」と指摘。オーティコンの研究開発に貢献しているエリクスホルム研究センターでは自らが客員研究員を1年間務めた際、まばたきの回数でリスニングエフォートの強さを推定する研究をチームメンバーと共同で進めてきたと話した。
エリクスホルム研究センターでは、聞こえと脳の関係を重要な研究テーマの一つに位置付けている。主任研究員を務めるハミッシュ・イネズ・ブラウン氏は、認知とリスニングエフォートの関係について、スマートウォッチなどで測った心拍数をもとにリスニングエフォートの強さを数値化する研究を進めているところだと説明。「“未来の補聴器”は、その場の状況と使用者の意図の両方に適応することによって、リスニングエフォートを自動的に軽減できるようなものになるだろう」と述べた。
例えば、小児難聴に詳しい片岡陽子氏は「高度の場合だけでなく、軽度や中等度の難聴の小児の場合でも、補聴器を装着することによってリスニングエフォートを軽減できる可能性がある」と指摘する。
特に配慮を必要とするのが、学齢期以降の小児の場合。教室などの環境が難聴者を想定した作りになっていないので、より多くのリスニングエフォートを必要とするからだ。対策としては、雑音がある状態での聴力測定をして補聴器を適切に調整するとともに、本人の意向も踏まえた伴走型支援と課題解決型支援を提供することが望まれるという。
また、販売店での補聴器フィッティング(調整)にも改善すべき点がある。補聴器を単体で調べる方法では、耳の中で実際に出ている音の大きさが分からないためだ。この課題を解決できるのが、耳の穴の中(具体的には補聴器の耳栓と鼓膜の間)に特別な器具を入れて音の大きさを測る「実耳測定」という方法だ。
この測定法を外来診療で実施している水足邦雄氏は「実耳測定をすると、補聴器を調整しているのに思ったほどの効果がない場合に、その原因が補聴器と患者の耳のどちらにあるかを突き止めることができる。全ての難聴者に必要な検査とまではいえないが、欧米ではスタンダードな測定方法だ」とアピールした。
さらに、国内の難聴者の多くに共通する悩みとして、経済的な理由から補聴器を入手しづらいという問題がある。身体障害者手帳を持つ高度難聴者は国の助成制度を受けられるのに対し、軽度・中程度難聴者に対する助成制度は自治体によって異なるのだ。
この状況を調査・研究している内田育恵氏は「イギリス、フランス、ドイツなどでは軽度・中程度の難聴者にも手厚い助成制度があるのに対し、日本では、全国1714市区町村の中で202自治体にしか助成制度がない」と指摘。さらに、対象者の年齢を65歳以上に限定している自治体が59%と多く、中高齢の難聴者に対する支援が特に求められていると力説した。
シンポジウムの最後のセッションは、講演に登壇した有識者6人によるパネルディスカッション「日本の聴覚ケアへの提言2023」である。ここでは、成人・高齢者向けケアと小児向けケアのそれぞれについて、各パネラーが討議。今後に向けたアジェンダ(行動目標)として「評価・介入のスタンダードの作成」「医療・教育・補聴器販売の各職種における専門性向上」「各職種間の連携力の向上」が示された。
座長の内田氏は「聞こえを妨げるのは、リスニングエフォートと認知の負荷。この二つを定量化し、適切に評価することが重要だ」と述べた上で、誰もが取り残されない(No One Left Behind)ようにすることが求められている、と締めくくった。
日本医科大学多摩永山病院精神神経科部長で准教授を務める肥田道彦氏と、国立病院機構東京医療センターの神崎氏によるスペシャルトークも4回行われ、聞こえと認知症の関係を分かりやすく説明していた。
聞こえで左右される、脳での認知、リスニングエフォートも影響
シンポジウム名に冠されている「オーティコン」は、デマント・ジャパンが扱っている補聴器ブランドの一つ。単に耳に届くだけでなく、脳が理解しやすい音(Brain Hearing)を目指しているのが特徴だ。聞こえと脳の関係については、以前からさまざまな研究が行われている。その中でも注目のテーマが、難聴と認知症の関係。この領域の研究者として知られる神崎晶氏は、現在準備中の論文の骨子を紹介しつつ、「65歳から85歳の軽度中等度難聴者が補聴器を6カ月間装用すると、視覚の認識能力や再生するための記憶力が向上する可能性が示された」との研究成果を披露した。
また、欧州ではリスニングエフォート(難聴者にかかる心的疲労)の研究も盛んだ。この分野の研究に取り組む田原敬氏は「騒がしい環境下は、難聴者の脳の活力の大半が聞き取りに費やされてしまう結果、会話の内容を理解したり覚えたりする余力がなくなってしまう」と指摘。オーティコンの研究開発に貢献しているエリクスホルム研究センターでは自らが客員研究員を1年間務めた際、まばたきの回数でリスニングエフォートの強さを推定する研究をチームメンバーと共同で進めてきたと話した。
エリクスホルム研究センターでは、聞こえと脳の関係を重要な研究テーマの一つに位置付けている。主任研究員を務めるハミッシュ・イネズ・ブラウン氏は、認知とリスニングエフォートの関係について、スマートウォッチなどで測った心拍数をもとにリスニングエフォートの強さを数値化する研究を進めているところだと説明。「“未来の補聴器”は、その場の状況と使用者の意図の両方に適応することによって、リスニングエフォートを自動的に軽減できるようなものになるだろう」と述べた。
評価基準の策定と多職種間連携で聴覚ケアに関する状況の改善へ
このような聞こえと脳に関する研究と並行して、聴覚ケアについての国内状況を改善するための調査・研究も盛んに行われている。例えば、小児難聴に詳しい片岡陽子氏は「高度の場合だけでなく、軽度や中等度の難聴の小児の場合でも、補聴器を装着することによってリスニングエフォートを軽減できる可能性がある」と指摘する。
特に配慮を必要とするのが、学齢期以降の小児の場合。教室などの環境が難聴者を想定した作りになっていないので、より多くのリスニングエフォートを必要とするからだ。対策としては、雑音がある状態での聴力測定をして補聴器を適切に調整するとともに、本人の意向も踏まえた伴走型支援と課題解決型支援を提供することが望まれるという。
また、販売店での補聴器フィッティング(調整)にも改善すべき点がある。補聴器を単体で調べる方法では、耳の中で実際に出ている音の大きさが分からないためだ。この課題を解決できるのが、耳の穴の中(具体的には補聴器の耳栓と鼓膜の間)に特別な器具を入れて音の大きさを測る「実耳測定」という方法だ。
この測定法を外来診療で実施している水足邦雄氏は「実耳測定をすると、補聴器を調整しているのに思ったほどの効果がない場合に、その原因が補聴器と患者の耳のどちらにあるかを突き止めることができる。全ての難聴者に必要な検査とまではいえないが、欧米ではスタンダードな測定方法だ」とアピールした。
さらに、国内の難聴者の多くに共通する悩みとして、経済的な理由から補聴器を入手しづらいという問題がある。身体障害者手帳を持つ高度難聴者は国の助成制度を受けられるのに対し、軽度・中程度難聴者に対する助成制度は自治体によって異なるのだ。
この状況を調査・研究している内田育恵氏は「イギリス、フランス、ドイツなどでは軽度・中程度の難聴者にも手厚い助成制度があるのに対し、日本では、全国1714市区町村の中で202自治体にしか助成制度がない」と指摘。さらに、対象者の年齢を65歳以上に限定している自治体が59%と多く、中高齢の難聴者に対する支援が特に求められていると力説した。
シンポジウムの最後のセッションは、講演に登壇した有識者6人によるパネルディスカッション「日本の聴覚ケアへの提言2023」である。ここでは、成人・高齢者向けケアと小児向けケアのそれぞれについて、各パネラーが討議。今後に向けたアジェンダ(行動目標)として「評価・介入のスタンダードの作成」「医療・教育・補聴器販売の各職種における専門性向上」「各職種間の連携力の向上」が示された。
座長の内田氏は「聞こえを妨げるのは、リスニングエフォートと認知の負荷。この二つを定量化し、適切に評価することが重要だ」と述べた上で、誰もが取り残されない(No One Left Behind)ようにすることが求められている、と締めくくった。
一般消費者向けイベントで体験コーナー&スペシャルトークも
シンポジウムと並行して、六本木ヒルズカフェでは、聞こえに関心がある全ての人向けにスペシャルイベント「人生を変える聞こえのテクノロジー」が行われた。人気があったのは、バーチャルリアリティ(VR)を使って難聴を疑似体験したり、専用タブレットで自分の聴力レベルを確かめたりする体験コーナーだ。日本医科大学多摩永山病院精神神経科部長で准教授を務める肥田道彦氏と、国立病院機構東京医療センターの神崎氏によるスペシャルトークも4回行われ、聞こえと認知症の関係を分かりやすく説明していた。