巨大猫が、すっかり新宿の新名所になった。新宿駅東口、スクランブル交差点の信号待ちでふと見上げると、3D映像の猫が飛び出してくる。クロス新宿ビルの「クロス新宿ビジョン」だ。緩やかに湾曲させたL字型のディスプレイを巧みに使い、立体映像を流している。もちろん特殊なメガネは必要ない。目の錯覚を利用した3D映像だが、広告効果は抜群だ。
3Dといえば2010年。3D元年とも言われ、大いにもてはやされた。前年、世界的に大ヒットした映画「アバター」をきっかけに、何度目かの3Dブームが起きた。家電メーカー各社はこぞって3Dテレビを発売。新しい大型商材の登場とあって、業界は大いに沸き立った。しかし、私はその様子を冷めた目で眺めていた。どこかの取材に応じて「テレビの3D機能はやがて首振り機能のようなニッチな存在になるだろう」と「予言」したほど。3Dメガネが必須なら普及しないだろうと思っていたからだ。ほどなくブームは沈静化。17年にはテレビの新製品に3Dモデルはなくなり、首振り同様どころか機能自体が消えてしまった。今ではテレビ業界の黒歴史のひとつとして、封印された存在と言ってもいいだろう。
3D映像はそれなりに面白く価値は高い。実際、劇場映画では、まだ生き残っている。自ら料金を支払い集中して観るコンテンツなら成立する。3Dメガネも1~2時間程度なら何とか耐えられる。しかし、日常的に3Dメガネを使うのは、やはり煩わしい。ながら視聴が多い家庭用のテレビには、なじまない。そこまでしてテレビに3Dを求める必然性は見いだせなかった。ただ、裸眼で楽しめるとなると話は別だ。冒頭で紹介した新宿の巨大猫は、いとも簡単に裸眼3Dの世界を再認識させてくれた。そして、ソニーがやってくれた。
「空間再現ディスプレイ」というメガネ不要の立体ディスプレイ、27インチの「ELF-SR2」だ。3Dという言葉を使わず、あえて空間再現とした。これには意味がある。普通3Dと聞けば、映像が飛び出して見えるもの、という印象を受ける。しかし、空間再現ディスプレイは、3Dデータを立体映像として表現するデバイス。元データが3Dであるため、視点を変えると映像も変わる。つまり、上から見れば見降ろした視点、下から見れば見上げた視点で見えるわけだ。「フル3Dの世界」を再現するディスプレイ、ということもできる。
主に3D CGを裸眼で立体的に見るために開発された。現時点では工業デザインや医療、ショールームなどでの活用を狙う。ミソは、ソニーが専用に開発した新型の「高速ビジョンセンサー」だ。ディスプレイを見ている人の顔と目の位置を特定。どこから見ているかを検知することで、視点の変化に応じて画像処理を行う。これで、そこにモノがあるような錯覚を覚えるほどの、リアルな映像表現を可能にする。実物を見るまでは「いくら立体映像といっても、さすがにショールームで現物展示の代替にはならないだろう」と思っていた。しかし、実際に見てみると驚いた。本当に手を伸ばしたくなるほどのリアルな画像が再現できるからだ。古くからある立体映像の定番「ホログラム」が、激烈にリアルに生まれ変わった印象だ。
ソニー インキュベーションセンター メタバース事業開発部門の鈴木敏之 部門長は「こうしたフル3Dの技術はまだ始まったばかり。空間再現ディスプレイの一般用途への波及は5年、10年という時間軸で考えている。今は、制作現場向けに環境を整備していく段階だ。しかし、映画製作の現場では、3D技術がすでに日常的に利用されるようになっている」と話す。制作側は意外に早く対応できるかもしれない。すると、後はコンテンツ流通や見る側の環境整備、ということになる。鈴木部門長は「例えば、視聴者が視点を自由に選べるフル3D映画といったコンテンツが楽しめるようになるのも、そう遠い話ではないだろう」とも話した。
課題は複数人での視聴。現状では一人の視点にしか対応できない。おひとり様専用のディスプレイだ。解決へのハードルは高そうだが、そのうち何らかのブレイクスルーが起きるだろう。とはいえ、これだけクオリティが高い立体映像なら、ゲームに応用すれば世界が一変しそうだ。他にも、テレビの放送波ではほとんど期待できないが、ストリーミング配信なら実現の可能性は高い。空間再現ディスプレイは、そんな夢が膨らむプロダクトだ。もし実機を見る機会があれば、是非空間再現の完成度を実感してほしい。ちょっとした未来が体験できるだろう。(BCN・道越一郎)
3Dといえば2010年。3D元年とも言われ、大いにもてはやされた。前年、世界的に大ヒットした映画「アバター」をきっかけに、何度目かの3Dブームが起きた。家電メーカー各社はこぞって3Dテレビを発売。新しい大型商材の登場とあって、業界は大いに沸き立った。しかし、私はその様子を冷めた目で眺めていた。どこかの取材に応じて「テレビの3D機能はやがて首振り機能のようなニッチな存在になるだろう」と「予言」したほど。3Dメガネが必須なら普及しないだろうと思っていたからだ。ほどなくブームは沈静化。17年にはテレビの新製品に3Dモデルはなくなり、首振り同様どころか機能自体が消えてしまった。今ではテレビ業界の黒歴史のひとつとして、封印された存在と言ってもいいだろう。
3D映像はそれなりに面白く価値は高い。実際、劇場映画では、まだ生き残っている。自ら料金を支払い集中して観るコンテンツなら成立する。3Dメガネも1~2時間程度なら何とか耐えられる。しかし、日常的に3Dメガネを使うのは、やはり煩わしい。ながら視聴が多い家庭用のテレビには、なじまない。そこまでしてテレビに3Dを求める必然性は見いだせなかった。ただ、裸眼で楽しめるとなると話は別だ。冒頭で紹介した新宿の巨大猫は、いとも簡単に裸眼3Dの世界を再認識させてくれた。そして、ソニーがやってくれた。
「空間再現ディスプレイ」というメガネ不要の立体ディスプレイ、27インチの「ELF-SR2」だ。3Dという言葉を使わず、あえて空間再現とした。これには意味がある。普通3Dと聞けば、映像が飛び出して見えるもの、という印象を受ける。しかし、空間再現ディスプレイは、3Dデータを立体映像として表現するデバイス。元データが3Dであるため、視点を変えると映像も変わる。つまり、上から見れば見降ろした視点、下から見れば見上げた視点で見えるわけだ。「フル3Dの世界」を再現するディスプレイ、ということもできる。
主に3D CGを裸眼で立体的に見るために開発された。現時点では工業デザインや医療、ショールームなどでの活用を狙う。ミソは、ソニーが専用に開発した新型の「高速ビジョンセンサー」だ。ディスプレイを見ている人の顔と目の位置を特定。どこから見ているかを検知することで、視点の変化に応じて画像処理を行う。これで、そこにモノがあるような錯覚を覚えるほどの、リアルな映像表現を可能にする。実物を見るまでは「いくら立体映像といっても、さすがにショールームで現物展示の代替にはならないだろう」と思っていた。しかし、実際に見てみると驚いた。本当に手を伸ばしたくなるほどのリアルな画像が再現できるからだ。古くからある立体映像の定番「ホログラム」が、激烈にリアルに生まれ変わった印象だ。
ソニー インキュベーションセンター メタバース事業開発部門の鈴木敏之 部門長は「こうしたフル3Dの技術はまだ始まったばかり。空間再現ディスプレイの一般用途への波及は5年、10年という時間軸で考えている。今は、制作現場向けに環境を整備していく段階だ。しかし、映画製作の現場では、3D技術がすでに日常的に利用されるようになっている」と話す。制作側は意外に早く対応できるかもしれない。すると、後はコンテンツ流通や見る側の環境整備、ということになる。鈴木部門長は「例えば、視聴者が視点を自由に選べるフル3D映画といったコンテンツが楽しめるようになるのも、そう遠い話ではないだろう」とも話した。
課題は複数人での視聴。現状では一人の視点にしか対応できない。おひとり様専用のディスプレイだ。解決へのハードルは高そうだが、そのうち何らかのブレイクスルーが起きるだろう。とはいえ、これだけクオリティが高い立体映像なら、ゲームに応用すれば世界が一変しそうだ。他にも、テレビの放送波ではほとんど期待できないが、ストリーミング配信なら実現の可能性は高い。空間再現ディスプレイは、そんな夢が膨らむプロダクトだ。もし実機を見る機会があれば、是非空間再現の完成度を実感してほしい。ちょっとした未来が体験できるだろう。(BCN・道越一郎)