【私の留学生活日記:ロンドン芸術大学・4】 ファッションデザイナーを目指して世界各国から学生たちがやってくるセントラル・セント・マーチンズ(セントマ)のファッション学部は、ニューヨークにあるファッションやアート専門の「パーソンズ美術大学」や「ファッション工科大学(FIT)」と少し教育方針が違います。そもそも、セントマはファッションの印象が強いですが、あくまでもベースはファインアートで、頭の中にあるアイデアをどのようにして発展させて形にするのかを最も重視しています。
各ページに生地の実験サンプルや素材の実験工程を貼り付けていくと、まるでアコーディオンかのようにスケッチブックは膨れ上がり、閉じられないほどになっていきます。アコーディオンスケッチブックを片手に歩く生徒を見かければ、ファンデーションコースに通うファッション科かテキスタイル科だとわかるアイコンのようでした。
驚いたのは服を作る学科でありながらも、洋裁の授業は大学5年間のうち1週間ほど。あとは個人ごとで先生に聞くなり、オンラインや本を使って勉強するなりしか方法はありませんでした。
私はそもそも裁縫が苦手で、細かい作業が得意ではありません。それに加え、高校の家庭科では、ほとんど洋裁経験がなく、唯一作ったものは、先生に助けてもらいながら作ったシンプルなスカートのみ。洋裁の知識はゼロで、クラスでも工業ミシンを触ったことがなかったのは私だけでした。
元々グラフィックデザインに興味があった私は、途中からファッションテキスタイルに分野を変更をしたため、ファッションオタクが集まるファッション学部では、追いつくのに必死でした。
しかしながら、出来上がった作品は縫われていなくても良いのがセントマ。クラスの中には、ホチキスで生地を繋げる人やボンドでくっつける人もいたほどです。先生もミシンを使って作るように指示していないので、「それがあなたのデザインなら」と受け入れてくれます。
セントマでは売るための服ではなく、自身のアイデアが形になっているかどうかが課題となり、服はアート作品として捉えられていました。
ですからファッション学部の卒業制作を見ると、「え、これは服ですか?」と思うような作品がいくつもありましたが、私にとってはそれが当たり前の景色でした。「デザイナーでありながらも、アーティストを育てる」。それがセントマの教育方針でした。
例えば、どこかで見た水面がきれいだったからといって、水面のようなテキスタイルの柄を作った、というデザインプロセスでは浅はかです。
「どうしてその水面が気になったのか」「テキスタイルの柄にするならば」「同じインスピレーションを受けたアーティストはいるのか」「そのアーティストはどのような表現方法をしていたか」「違う角度からこの水面を見たらどうなるのか」と果てしなく続く自問自答を繰り返し、リサーチしなければなりません。
そして、一つのアイデアを深堀りする作業は自分だけでは難しく、同級生や先生の客観的な視点や知識が必要になります。技術よりも発想力を鍛える。これがセントマの教育方針でした。
洋裁経験や絵画教室の経験がない私でも、デザイナー 、アーティストを目指すことができました。セントマではルールに縛られることはありません。自分の思い描くアイデアを自由に表現できる場であり、言ってしまえば、何でもアリな大学なのです。
しかしながら、ストーリーがなければそれはあなたの作品ではありません。作る作品一つひとつに、スケッチブック1冊分の物語が詰まっています。ただカッコいいと思うから作るのではなく、なぜカッコいいと思うのか。そこからセントマの授業は始まるのです。(連載おわり:テキスタイルデザイナー・marikaanna<マリカアンナ>)
■Profile
marikaanna(マリカアンナ)
2021年ロンドン芸術大学、セントラル・セント・マーチンズのファッションプリント学科を卒業。現在はテキスタイルデザイナーとして活動。本連載では、ロンドン芸術大学での留学生活、インターンとして働いたINDITEX ZARAの本社での日々のこと、ロンドン留学のためのお役立ち情報などをお伝えしてきました。
閉じられないスケッチブック
自分の頭の中にあるアイデアを具現化するために必要なアイテムであるスケッチブック。ファンデーションコースではA3サイズのスケッチブックを使うように指示され、気がつけばプロジェクトごとに丸々1冊を使い切るのが当たり前になりました。各ページに生地の実験サンプルや素材の実験工程を貼り付けていくと、まるでアコーディオンかのようにスケッチブックは膨れ上がり、閉じられないほどになっていきます。アコーディオンスケッチブックを片手に歩く生徒を見かければ、ファンデーションコースに通うファッション科かテキスタイル科だとわかるアイコンのようでした。
ファッションにミシンはマストではない
セントマでは、出来上がった作品よりも、そこに至るまでのプロセスが重要とされ、ファッションプリント学科に入ってからも「どうしてこのアイデアがこのように発展したのか」を、スケッチブックのビジュアルで説明するチュートリアルが毎週のように行われました。驚いたのは服を作る学科でありながらも、洋裁の授業は大学5年間のうち1週間ほど。あとは個人ごとで先生に聞くなり、オンラインや本を使って勉強するなりしか方法はありませんでした。
私はそもそも裁縫が苦手で、細かい作業が得意ではありません。それに加え、高校の家庭科では、ほとんど洋裁経験がなく、唯一作ったものは、先生に助けてもらいながら作ったシンプルなスカートのみ。洋裁の知識はゼロで、クラスでも工業ミシンを触ったことがなかったのは私だけでした。
元々グラフィックデザインに興味があった私は、途中からファッションテキスタイルに分野を変更をしたため、ファッションオタクが集まるファッション学部では、追いつくのに必死でした。
しかしながら、出来上がった作品は縫われていなくても良いのがセントマ。クラスの中には、ホチキスで生地を繋げる人やボンドでくっつける人もいたほどです。先生もミシンを使って作るように指示していないので、「それがあなたのデザインなら」と受け入れてくれます。
セントマでは売るための服ではなく、自身のアイデアが形になっているかどうかが課題となり、服はアート作品として捉えられていました。
ですからファッション学部の卒業制作を見ると、「え、これは服ですか?」と思うような作品がいくつもありましたが、私にとってはそれが当たり前の景色でした。「デザイナーでありながらも、アーティストを育てる」。それがセントマの教育方針でした。
ゼロスタートからでも大丈夫
技術は自分で身につけることができますが、自分の頭の中にあるアイデアを良い作品に具現化するのは、薄っぺらいリサーチでは難しいでしょう。例えば、どこかで見た水面がきれいだったからといって、水面のようなテキスタイルの柄を作った、というデザインプロセスでは浅はかです。
「どうしてその水面が気になったのか」「テキスタイルの柄にするならば」「同じインスピレーションを受けたアーティストはいるのか」「そのアーティストはどのような表現方法をしていたか」「違う角度からこの水面を見たらどうなるのか」と果てしなく続く自問自答を繰り返し、リサーチしなければなりません。
そして、一つのアイデアを深堀りする作業は自分だけでは難しく、同級生や先生の客観的な視点や知識が必要になります。技術よりも発想力を鍛える。これがセントマの教育方針でした。
洋裁経験や絵画教室の経験がない私でも、デザイナー 、アーティストを目指すことができました。セントマではルールに縛られることはありません。自分の思い描くアイデアを自由に表現できる場であり、言ってしまえば、何でもアリな大学なのです。
しかしながら、ストーリーがなければそれはあなたの作品ではありません。作る作品一つひとつに、スケッチブック1冊分の物語が詰まっています。ただカッコいいと思うから作るのではなく、なぜカッコいいと思うのか。そこからセントマの授業は始まるのです。(連載おわり:テキスタイルデザイナー・marikaanna<マリカアンナ>)
■Profile
marikaanna(マリカアンナ)
2021年ロンドン芸術大学、セントラル・セント・マーチンズのファッションプリント学科を卒業。現在はテキスタイルデザイナーとして活動。本連載では、ロンドン芸術大学での留学生活、インターンとして働いたINDITEX ZARAの本社での日々のこと、ロンドン留学のためのお役立ち情報などをお伝えしてきました。