「ボブという名の猫2 幸せのギフト」、忘れられない“もう一匹のボブ”
【猫が好き。】何かの続編を指す「2」という数字に、これほど心踊ったことはかつてなかった。世界中に「ボブ猫」旋風を巻き起こした前作「ボブという名の猫 幸せのハイタッチ」の公開から6年。ついに、その続編「ボブという名の猫2(http://bobthecat2.jp/#)」が2月25日より公開されている。映画のボブはもちろんのこと、私には忘れられない“もう一匹のボブ”がいる。
原作「ボブという名のストリートキャット」は、世界30カ国以上で出版され、シリーズ累計発行部数が1000万部を突破したベストセラーのノンフィクション。「事実は小説よりも奇なり」とはよく言ったものだ。どん底生活を送るジェームズにボブは「毎朝起き上がる理由」を与えてくれたという。自身の生活もままならない中、なけなしのお金をはたいてボブに生きる糧を与え治療費を捻出。自分以外の「誰か」のために動くことで人生に意義を見出し、何より「薬物に翻弄されている姿をボブに見せたくない」という想いで、投げやりだった生活に見切りをつけることを決心する。ボブはそんなジェームズの側に寄り添い、薬物依存から脱却する大きな心の支えとなり、ともにどん底から這い上がっていく。
ずば抜けた聡明さと愛らしさで世界中の猫好きを虜にしたボブだったが、2020年6月15日に惜しくもこの世を去った。不慮の事故によるものだった。衝撃的な訃報を耳にして、私自身ひどく落胆した。しかし、実は生前、続編となる映画の撮影を終えていたのだ。屋外で大勢のスタッフに囲まれての撮影はプロのタレント猫でも上手くいかなかったというのに、二度も本人(猫)役を演じ切るなんてもう奇跡としか言いようがない。
続編の原作は「A Gift from Bob」(邦題「ボブがくれた世界」)。ジェームズはベストセラー作家に転身し、ボブとともに出版社のクリスマスパーティに出席した帰り道、ホームレスの青年が路上演奏違反の疑いで警察官に取り押さえられている場に遭遇。自暴自棄になった青年にかつての自分を重ね合わせたジェームズは、路上生活をしていた頃の最後のクリスマスの日、ある苦しい選択を迫られた忘れられない話を語り始めるところから物語は始まる。
今回、ふたりを取り巻く登場人物が実に個性的で愛情深いのも見どころだ。行きつけのコンビニのインド人店主が語る「三人の巡礼」の話も印象深く心に残った。クリスマスシーズンのロンドンの街並みは煌びやかで、観ているだけで胸が高鳴る。他方、イギリスが抱える差別や格差などの社会問題も織り込まれ、考えさせられる部分もある。
そんなふたりの絆は世界中の何百万もの人々を勇気づけ希望を与え続ける。前作をご覧になった人も、そうでない人も、スクリーンを通じてボブが遺してくれた贈り物を是非受け取って欲しい。今、こんな世の中だからこそ、猫好きのみならずひとりでも多くの人に観てもらいたい良作となっている。
ボブの魂よ、どうか安らかに。
こちらはロンドンのボブとは違い「THE野良猫」といった風貌で、お世辞にも端正とは言い難い顔立ちをした黒猫だ。多くの捨て猫がいる通称「猫山」で暮らすボブには、付かず離れずいつもさりげなく行動を共にする黒猫がいた。数カ月間、猫山に通い猫達の世話をする中で、私は見るからに高齢で体調も悪そうなその黒猫を家族として家に迎え入れることを決めていた。
保護当日、長らく共に過ごしたであろうボブと山に別れを告げ、黒猫は私とともに家路に着いた。そして、翌日、猫山に行きボブに会った後の帰り際のことだった。「じゃあまた明日ね」と声を掛けると、いつもはあっさり姿を消すボブが、後を付いてきて離れようとしない。そのつぶらな目は何かを訴えかけているようで心がざわつき、思わず「ごめんね」という言葉が口をついて、足早にその場を去った。
駐車場に続く階段を駆け下り、踊り場で立ち止まって振り返ると、ボブが後を追ってきていた。その日は、後ろ髪を引かれる想いで山を後にしたが、その後もモヤモヤした気持ちが消えることはなかった。前日、仲間が去る様子の一部始終を見ていたボブ。仲間に会いに行こうとしたのか、或いは、自分も家族として迎え入れてほしかったのか、その真意はわからない。
それから数か月後のある日を境にボブに会えなくなり、その後二度と姿を現すことはなかった。強面に似つかわしくないコロコロしたフォルムと子猫のようなキュートな高い鳴き声。喧嘩っ早くて、年中雌猫を追掛け回すけど、どこか憎めない愛嬌者。最後に見掛けた時、体調が悪そうだったことが、今も小さな棘のように心に引っ掛かっている。それでも、ボブと共有した楽しいひとときの記憶は、この先もずっと心の中から消えることはないだろう。強面のボブ、いつの日か虹の橋のたもとで私を待っていてくれるだろうか。(tarojiroko)
■執筆者Profile
tarojiroko
広島修道大学英文科卒業。商社勤務を経て現在、大手ネットショッピングのペット用品部門で買い物の利便性向上を支えるデータメンテナンスを担当。子ども時代の夢は動物園の飼育係。
ボブとジェームズの奇跡の出会い
前作では、ロンドンでミュージシャンを志していたが、様々な困難に見舞われ、夢破れて薬物に依存しホームレスになってしまった主人公ジェームズ。路上ライヴで日銭を稼いで暮らす彼のもとに、怪我を負った一匹の野良猫が現れ、ボブと名付けたこの猫との出会いをきっかけにジェームズの人生は好転し始め、人間らしさを取り戻していくという心温まる実話に基づくストーリー。実際のボブが出演したことも話題になり、世界中で感動を呼んだ大ヒット作となった。原作「ボブという名のストリートキャット」は、世界30カ国以上で出版され、シリーズ累計発行部数が1000万部を突破したベストセラーのノンフィクション。「事実は小説よりも奇なり」とはよく言ったものだ。どん底生活を送るジェームズにボブは「毎朝起き上がる理由」を与えてくれたという。自身の生活もままならない中、なけなしのお金をはたいてボブに生きる糧を与え治療費を捻出。自分以外の「誰か」のために動くことで人生に意義を見出し、何より「薬物に翻弄されている姿をボブに見せたくない」という想いで、投げやりだった生活に見切りをつけることを決心する。ボブはそんなジェームズの側に寄り添い、薬物依存から脱却する大きな心の支えとなり、ともにどん底から這い上がっていく。
ボブがくれたギフトとは?
2017年、ボブとジェームズはキャンペーンのため初来日を果たす。日本製のスティックタイプのおやつが大のお気に入りになったというボブは、行く先々でジェームズと息の合ったハイタッチも披露したそうだ。ずば抜けた聡明さと愛らしさで世界中の猫好きを虜にしたボブだったが、2020年6月15日に惜しくもこの世を去った。不慮の事故によるものだった。衝撃的な訃報を耳にして、私自身ひどく落胆した。しかし、実は生前、続編となる映画の撮影を終えていたのだ。屋外で大勢のスタッフに囲まれての撮影はプロのタレント猫でも上手くいかなかったというのに、二度も本人(猫)役を演じ切るなんてもう奇跡としか言いようがない。
続編の原作は「A Gift from Bob」(邦題「ボブがくれた世界」)。ジェームズはベストセラー作家に転身し、ボブとともに出版社のクリスマスパーティに出席した帰り道、ホームレスの青年が路上演奏違反の疑いで警察官に取り押さえられている場に遭遇。自暴自棄になった青年にかつての自分を重ね合わせたジェームズは、路上生活をしていた頃の最後のクリスマスの日、ある苦しい選択を迫られた忘れられない話を語り始めるところから物語は始まる。
愛するがゆえの葛藤
当時、その日の暮らしもままならなかった頃、生計を立てるため路上に立つジェームズとボブは、その姿を動物福祉担当職員に目を付けられ、引き離される危機に直面する。職員に問い詰められ、自分と一緒にいることがボブにとって本当に幸せなのか、思い悩むジェームズ。これは、愛する存在を失った経験を持つ誰しもが抱える葛藤であり、観ているこちらも揺れ動くジェームズの感情に引き込まれていく。この最大のピンチをふたりはどう切り抜けるのか?今回、ふたりを取り巻く登場人物が実に個性的で愛情深いのも見どころだ。行きつけのコンビニのインド人店主が語る「三人の巡礼」の話も印象深く心に残った。クリスマスシーズンのロンドンの街並みは煌びやかで、観ているだけで胸が高鳴る。他方、イギリスが抱える差別や格差などの社会問題も織り込まれ、考えさせられる部分もある。
ボブが遺してくれたもの
どん底生活を送る中、ボブは「毎朝起き上がる理由」を与えてくれた、とジェームズ本人がインタビューで語っている。人間は、自分よりも大切な存在を得ることで、自分のことも大切に思えるようになるのだろう。ボブを救ったジェームズは、実はボブに救われたのだ。では、ジェームズは単に運が良かっただけだろうか? 私にはボブが自分で選んでジェームズのもとに現れたように思えてならない。幼い頃から猫好きで、傷ついたボブを放っておけなかったジェームズの優しさが運を引き寄せたのかもしれない。そんなふたりの絆は世界中の何百万もの人々を勇気づけ希望を与え続ける。前作をご覧になった人も、そうでない人も、スクリーンを通じてボブが遺してくれた贈り物を是非受け取って欲しい。今、こんな世の中だからこそ、猫好きのみならずひとりでも多くの人に観てもらいたい良作となっている。
ボブの魂よ、どうか安らかに。
【もう一匹のボブ】
私にはもう一匹、ボブという名の忘れられない猫がいる。こちらはロンドンのボブとは違い「THE野良猫」といった風貌で、お世辞にも端正とは言い難い顔立ちをした黒猫だ。多くの捨て猫がいる通称「猫山」で暮らすボブには、付かず離れずいつもさりげなく行動を共にする黒猫がいた。数カ月間、猫山に通い猫達の世話をする中で、私は見るからに高齢で体調も悪そうなその黒猫を家族として家に迎え入れることを決めていた。
保護当日、長らく共に過ごしたであろうボブと山に別れを告げ、黒猫は私とともに家路に着いた。そして、翌日、猫山に行きボブに会った後の帰り際のことだった。「じゃあまた明日ね」と声を掛けると、いつもはあっさり姿を消すボブが、後を付いてきて離れようとしない。そのつぶらな目は何かを訴えかけているようで心がざわつき、思わず「ごめんね」という言葉が口をついて、足早にその場を去った。
駐車場に続く階段を駆け下り、踊り場で立ち止まって振り返ると、ボブが後を追ってきていた。その日は、後ろ髪を引かれる想いで山を後にしたが、その後もモヤモヤした気持ちが消えることはなかった。前日、仲間が去る様子の一部始終を見ていたボブ。仲間に会いに行こうとしたのか、或いは、自分も家族として迎え入れてほしかったのか、その真意はわからない。
それから数か月後のある日を境にボブに会えなくなり、その後二度と姿を現すことはなかった。強面に似つかわしくないコロコロしたフォルムと子猫のようなキュートな高い鳴き声。喧嘩っ早くて、年中雌猫を追掛け回すけど、どこか憎めない愛嬌者。最後に見掛けた時、体調が悪そうだったことが、今も小さな棘のように心に引っ掛かっている。それでも、ボブと共有した楽しいひとときの記憶は、この先もずっと心の中から消えることはないだろう。強面のボブ、いつの日か虹の橋のたもとで私を待っていてくれるだろうか。(tarojiroko)
■執筆者Profile
tarojiroko
広島修道大学英文科卒業。商社勤務を経て現在、大手ネットショッピングのペット用品部門で買い物の利便性向上を支えるデータメンテナンスを担当。子ども時代の夢は動物園の飼育係。