救急車で2度運ばれてからの転身
──担当されている教科や先生になられた動機など、先生のご自身のことを伺ってもよろしいですか?田島先生 私は、「情報」の教科を担当しております。今、普通科高校でも情報の教科が必修となっておりまして、PCとかSNSとかITリテラシーを中心に教える教職をしております。
もともと小学校高学年からコンピューターのエンジニアになることが夢で、中学生・高校生は自分でPCを何台も組むような「パソコン少年」でした。当時、ゲームの表現が点で描かれた2Dドットのゲームから3Dのポリゴンに移行した時期で、コンピューターとかその背後の動作とか、どうしてこんなに心を打つゲームミュージックができるのか、などに惹かれたんですね。その後、情報系の専門学校に進学し、いくつかの国家資格を取得したのち、コンピュータエンジニアとして企業に就職することができました。
ただ、実際のところその労働環境は非常に過酷なもので、自分の進路を見つめ直すことにしたんです。実は、救急車には2回もお世話になっていて(笑)。
──救急車で運ばれたらかなり衝撃ですよね。
田島先生 1回目に倒れたときは「これから気をつければまだまだやれる」と思っていたのですが、2回目に運ばれてさすがにこれはまずいな、進路を変えないと、と感じました。自分を見つめ直したときに自分の過去なりたかったものとか、自分の個性やいろいろ能力を鑑みると高校の先生、特に情報の先生って良いなと気付いたのです。情報技術がずっと好きでしたし、自分自身のコミュニケーション能力などをいろいろ生かせるのではと考えて高校の先生を志したのが25歳の時でした。26歳のときから4年間フルで大学に通いまして、教員免許を取り終えたのが30歳。いくつか学校を経験して4年前に成立学園の先生に就きました。
もともとゲームが好きでずっと趣味でやってきて、そのうちパソコンになって、そしてまたeスポーツをみることになってまたゲームに戻ってきて、不思議なご縁を感じています。現在、子供が産まれてしまうと、なかなかゲームに時間を割けなくなってしまいましたけどね。
──先生が学生時代のゲーム環境はどのような状況だったのでしょうか?
田島先生 私がゲームをしていた90年代前半、中学生・高校生の頃はゲームの大ブームで、特にゲームセンターに置いてある「アーケードゲーム」が全盛期の頃でした。「ストリートファイター」や「キングオブファイターズ」などが人気で、学校が終わるとゲームセンターに通い、そこで知り合った人と対戦するというのが当時のトレンドでしたね。家庭用のゲーム機も「ファミコン」や「スーパーファミコン」から始まって「PlayStation」の1・2や「セガサターン」などが出ており、そうした家庭用のゲーム機に加えて地元のショッピングセンターのゲームコーナーに置かれているアーケードゲームで遊ぶ毎日でした。当時のゲームセンターの熱気は大変なもので街中のおもちゃ屋さんに対戦台や『ストリートファイター2』のゲーム台が置かれて、対戦の熱が盛り上がっているような状況でした。中には地元で20人抜きとかするような猛者もいて、より強い相手を求めて遠征する人もいましたね。
1992年、両国国技館でストリートファイター2の全国大会がありましたが、これまでの熱狂がこれだけ大きな大会につながったんだと思います。私も別のゲームで大会にエントリーしたのですが、残念ながら地元の店舗代表にはなれませんでした。強い人が同じゲームコーナーにひしめいていたんですよ。
ゲームと勉強の関係性
──当時の状況を踏まえると、現在のeスポーツの状況をどのように感じますか?田島先生 とてもうらやましいな、というのが正直なところです。当時はそれだけ熱狂していたにもかかわらず、ゲームを一生懸命やるのは社会悪と見られる風潮がありまして。「ゲームと勉強とは相反するもの」という認識が世の中に蔓延していたんです。「ゲームに打ち込んでも何もならない」とよくいわれました。ゲーム大会もありましたけど、世界中で盛り上がっているわけでなく、莫大な賞金があるわけでもなく、趣味の延長でマニアックな人がやるものというのが社会的な認識だったと思います。
なので、それに比べると状況は世界規模でものすごく変わっています。日本ではまだ「ゲームと勉強とは相反するもの」という認識が根強く残ってはいますが、一方でeスポーツとしてプロ選手・職業としてお金を稼いでという世界が生まれて、「そういう世界もあるよね」という認識がどんどん進んでいると思います。
──先生はゲームと勉強が相反するものという声についてどう思われていますか?
田島先生 そういわれてきて、自分はゲームが好きだったからこそとても悔しかったですね。「ゲームがうまい奴は頭も良いんだぞ」という思いがあって、「頭が良い=勉強ができる、ということだけじゃない。したたかさであったり、戦略性であったり、勉強とは違う頭の使い方が優れているからこそゲームが強いんだ」と証明したいという強い気持ちがありました。
──しかし、保護者の方々は「ゲーム依存」などの面で不安に感じていることが多いですよね
田島先生 あらためて申し上げますが、「勉強とゲームが相反するもの」という考えは未だに根強いです。ゲームは際限なく取り組めてしまったりするので、のめり込みすぎてしまうと、勉強の時間や家族とのコミュニケーションの時間や、人によっては学校に行く時間をも捨ててゲームに没頭してしまうなんてことが起こるのだと思います。そこが、「ゲーム依存」の怖いところなんじゃないでしょうか。ですから、eスポーツ班の生徒達に始めに必ずいっているのは「文武両道できてこそのeスポーツ班」ということです。
保護者が不安に思われて気にしておられるのは、「ゲームと勉強が両立できるのか」ということだと思うのです。成績が下がってしまうと、保護者は「eスポーツなんてやらせるんじゃなかった」と考えてしまいますので、そういうことが起こらないように対策しています。定期試験で赤点になっていないか、出席の状況、提出物の状況など、担任の先生に普段から密に話を聞いて、生徒一人ひとりの学校生活で、ゲームにハマりすぎて生活が破綻することのないよう常に見守っているような状態です。「担任の先生」と「保護者」と「部活の顧問」である私の三つの視点のうちどれかで良くない兆候、おかしな様子が見えたら、その生徒は部活を中止してやるべき課題をしっかりこなしてから部活をするようにしています。活動時間の3時間のうち、はじめの1時間は部活をして良いけど、残りの2時間は自習スペースで自習するように、なんてことしています。
「目の前にニンジンをぶら下げる」ではないですけど、やりたいことをやるためには、絶対こなさなければならないものをやらなければ、という認識を高校生であっても必ず身につけさせないと、と考えています。好きなことをやるためには勉強などやるべきことをしっかりやらなければならない、と普段から話をしています。
対戦相手は自分を強くしてくれる“師匠”
──サッカーや野球の部活でも、学業の成績によってはレギュラーから外されることがあるそうですね。その他、特に指導されていることはありますか。例えば、ゲーム中に言動が荒くなる人もいますよね。田島先生 そうですね(笑)。確かにそういうことはあります。私から常にいっているのは顔の見えない相手であっても敬意を払うことが大切、ということです。チーム対チームで戦っていると、相手は倒すべき「敵」なので、攻め込んできたり、相手が有利になったりすると、その相手を呪うような言葉が出がちではあるんですけど。そこは顔の見えない相手も同じ高校生で同じような境遇で戦っていたりするわけで、相手の方が強いということは、当然相手の方が鍛錬したり、努力をしたりしてそういう状態になっているので「荒い言葉を掛けていいはずはないよね?」といっております。
私自身、中学高校と剣道をしておりまして、剣道は礼節をすごく大切にする武道です。その経験を踏まえて「敵」というのは、自分を鍛えてくれる存在であり、師匠でもある大切な存在なんだと。慈しみの念を持って試合の後には「ありがとうございました」という感謝の気持ちが大切なんだといっています。
──“礼に始まり、礼に終わる”ですね。何においても、大切な考え方だと思います。ちなみに、部活の運営には課題やお悩みなどありますでしょうか?
田島先生 一番はやはり機材ですかね。部活動では毎年予算が出ますが、運動部や部員の多い部活であっても10万円から15万円弱ほどです。なので、無料レンタルなどのバックアップは部活を立ち上げる際に必要だと思います。ある程度の台数のゲーミングPCを整えようとすると、50万円とか100万円とか掛かってしまいますからね。現在は、部費から毎年中古のPCを購入してやっていくという方向で拡充してきました。
もう一点は、改善しつつありますが他校との交流試合なども開催しづらい状況もあります。交流試合の難しさは同じぐらいの強さのチームを見つけるのが難しい、ということですかね。いきなり強いチームと戦うと返って部員がやる気を無くしてしまうので……。あとは、生徒達のモチベーションを上げるための何かが欲しいなというのはあります。大きな大会ではなく、地区予選が2カ月に1回ぐらいあるとか、小さな大会があると生徒達もモチベーションが上がるのかなと思います。
──今お話しにあがりましたが、新型コロナの部活への影響はどうでしたか?
田島先生 昨年の四月の始めに緊急事態宣言が出ていましたけれど、本校ではわりと早い時期に部活が再開できました。オンライン部活ということでZoomを使いました。そのときにスマブラで新規入部希望者が20人くらい来て、一人配信機材を持っている生徒がいたので、Zoomでレクリレーションのような感じで対戦する生徒と観戦する生徒で部活をしました。コロナ禍であっても変わらず練習や部活ができるのはeスポーツならでは、だなと思いました。
今年はコロナの影響で通常の学園祭が行えず、オンラインで学園祭が行われました。実は、マルチメディア部では一昨年の学園祭でオフラインの大会を行ったことがあったのです。講堂で椅子を並べて大画面のスクリーンにゲームを映し出して実況と解説を付けて実施したことがあったのですが、去年はそれをオンラインで配信しようということになりました。学園祭自体は生放送のオンライン配信で、その一番組として、マルチメディア部の出し物でスマブラ大会の中継実況をやっていました。
──最後にeスポーツ班の活動で通じた目標を教えてください。
田島先生 ゲームを通して情報技術・情報分野に興味を持ってもらうことで、そちら方面の将来が開けたらいいなと思っています。
学校って勉強のできる生徒や運動ができる生徒ばかりが注目されるじゃないですか。逆にいえば、そういうところでしか能力を評価する基準がないともいえます。でも生徒の中には、内気だけどゲームが好きで配信の編集技術がすごく上手な子とか、うまくはないけどゲームが好きでしゃべることが得意だったりする子もたくさんいます。学園祭を見ていた中でも、配信や実況、技術的好奇心など、さまざまな生徒の個性が光る場面がありました。そういうさまざまな個性が、eスポーツに関連して勃興する産業の中で生かされ、彼らの将来につながることがあると嬉しいなと思います。
直近のeスポーツではプレーヤーだけが注目されがちですが、きっとeスポーツを取り囲む社会情勢も変化していき、プレーヤーだけでなく配信やイベントなどが注目される新たな産業や雇用が興ってくるのかなと思っています。プロプレーヤーだけが進路じゃないぞと。将来が楽しみです。