「デジタルニッポン再生論──ITトップが説く復活へのラストチャンス」#6
1939年、学生の頃から親友同士だったビル・ヒューレットとデイブ・パッカードがカリフォルニア州パロアルトのガレージで設立した「ヒューレット・パッカードカンパニー」。今年で創業80年という「超」のつく老舗だ。日本進出は63年。長らく横河・ヒューレット・パッカードという社名で親しまれた。大型コンピューターや関数電卓などの製造を経て、80年、PC事業に参入。手のひらサイズのPC「HP 200LX」は今でも名機として語り継がれている。15年にエンタープライズ部門とコンシューマ部門が分社化。日本でPCとプリンタを担うのが日本HPだ。DX(Digital transformation=デジタルトランスフォーメーション)とは何か。何をどう変えれば実現できるのか。IT業界のトップに率直に訊いて歩く連載「デジタルニッポン再生論──ITトップが説く復活へのラストチャンス」。第6回は日本HPの岡隆史代表取締役社長執行役員だ。
私見だが、と前置きして「そもそもDXという言葉が難しい。短くて便利なのでつい使ってしまうが、例えば多くの中小企業の経営者にとっては他人事のように聞こえるかもしれない」と岡社長は話す。アルファベットの略語に溢れているIT業界。そもそもITだって、Information Technology、つまり情報技術の略語だ。こうした言葉の難しさ、日本語としての曖昧さが一つの「壁」になっている。
「ビジネスを手掛ける上で、個人が生活していく中で、自分たちの能力を最大限に発揮する道具として身近にある技術を使いこなしていこう、という動きがDXと言ってもいい」岡社長は解説する。ユーザー企業自身の問題としてDXを考えるには、こうした言葉の問題は小さくない。そのためか、日本企業は米国、中国はもとより、最近では東南アジアの新興国にも後れをとっているようにもみえる。
日本のビジネスは30年前、40年前に土台ができた。その頃に成功体験を持った人たちが現在、多く経営に携わっている。頭では分かっていても、今のままで構わないと思っている経営者も多いのではないか。漠然と日本のスタイルは先進的だと安心しているのかもしれない。
しかし、「ベトナムもフィリピンも進んでいる。今、伸び盛りだから最新の技術を使う。しかも、スマートホン(スマホ)やPCが当たり前。その上で起こる変化は、もしかすると変化とも思っていないのかもしれない」と岡社長は指摘する。アフリカや中国で、固定電話網の普及をパスして、一気に携帯電話網が広がったのと同じことが、ビジネスの世界でも起きているわけだ。日本企業は、まだ「黒電話」を使っているの状態なのではないのか。
象徴的なツールは「FAX」だ。「日本向けプリンタを例に取ると、FAX機能がいまだに重要。2000件以上の宛先登録も必須だ。海外から見れば、なぜそんなものが必要なのか理解できない」。ビジネスの現場でFAXが生き残っているという話は、よく聞く。まさにスマホ時代の黒電話そのものだ。
「実際は、使う機会はほとんどなくても、FAX機能にこだわった結果、無駄なコストを生むことになる。レガシーITシステムも同じだ。運用コストを他の最新IT技術の導入に振り向ければ、もっと違った風景が見えるはずだ」と指摘する。
「一旦新たな技術を導入すれば、それをベースに新しいビジネスモデルを生み出すことができる。さらに技術の進化を求める。そして新たな技術を……。連鎖して進化していく。グーグルもアマゾンも、最初から今の形を目指していたわけではない」。自然に高みを目指していける流れに乗るのが、DXの一つの形なのかもしれない。
「DXでチャンスをつかむのは、むしろ中小企業かもしれない」と岡社長は話す。加えて、「人が多い大企業はリソースの最適化が可能。逆に言えば、システムを変えなくてもある程度カバーできる。中小規模の会社なら、そんな余裕はない。最新技術を取り入れざるを得ない。これが飛躍を可能にする」という。
さらに、「昔に比べ、チャンスは大きく広がっている。新興国のビジネスも同様。おかげで急拡大している」。確かに、下請け仕事だけだった地方の小さな町工場が、DXの推進で世界中から注文を受ける尖った企業に飛躍を遂げた、といった事例を耳にするようになった。新しい海に漕ぎ出す強力なボートがDXというわけだ。
いくら立派なボートがあっても、行く先がなければ進むことはできない。「まず、ITだ何だという前に、何になりたいのか、そのために何をやるのか、という根っこのところを明確にすべきだ」。
「今やっている事業はもしかすると、社会から必要とされなくなっているのかもしれない。あるいは少し見方を変えて、やり方を変えるだけで全く新しく生まれ変わることができるかもしれない。まず方向性を定め、そこからITの活用を考えればいい」と、岡社長はDXはデジタル以前の問題が重要だと説く。
徹底的にビジネスの棚卸しをして、進むべき航路が見つかれば、ITの出番。必ずしも自社で全てをまかなう必要はない。クラウドサービスなどを上手く使って、まずは船出することができる。
優秀な人材の採用を促進できるのも、DX活用の大きなメリットだ。若い人たちが会社を選ぶ基準は変わってきている。大きな会社なら、安定して一生働ける……。それは、ある種の幻想だということが浸透してきた。大企業もあっさりつぶれる時代だ。
「最先端ツールを駆使して食っていけるスキルが身につく。そんな企業が求められるようになった。企業選択の基準が欧米に似てきている。逆に、あてがわれるPCがスマホよりも低機能で、IT環境も劣悪という企業には人が集まらない」という。
働き方改革を進めるにあたっても、どうやって効率的に生産性を上げていくか、という合理的な考えに基づいた施策がとれる企業でなければ、優秀な人材は寄りつかないだろう。自らどんどん進化、進歩できる環境を構築していくことも、人材獲得に必要な要素になってきている。
環境はITだけでなく、意欲がわく働きやすい職場環境そのものも重要だ。採用した若手社員についても、単純作業などに充てたりせず、できるだけ早く最新環境を生かした業務に就けて、若い感覚を実業に生かすべきだ。
HPはこの秋、軽量ノートPC「HP Elite Dragonfly」シリーズを世界市場に向けてリリースした。13.3インチのコンバーチブルタイプ、999gからのラインアップだが、他社製品に比べ特段に軽いわけではない。
岡社長は、「プレミアムな軽量ノートではなく、スタンダードで軽いという路線を目指した。世界的な働き方の変革を受け、このスペックがメインストリームのPCになる」と話す。
同社は、モバイルでのPC用途で最も重要な要素をセキュリティと位置づけている。「全てのマシンにセキュリティコントロールチップを備え、BIOSレベルでPCの挙動を監視している。書き換えられたらすぐに復帰させ、壊されても元に戻せる強力な機能だ」という。
自由な働き方という点で、HPはDXをサポートしている。また、「パートナーとともにデバイスの管理サービスも提供している。餅は餅屋だ。たとえ50台規模だとしても、PCの管理は一仕事。更新、設定、トラブル対応と多岐にわたる。ぜひ丸投げして欲しい」とアピールしている。
その他、日本HPが力を入れているのはプリント分野だ。オンデマンドプリントや3Dプリンタで、ますます進む多品種少量のニーズに応える環境を提供する。「現在、本を売るならまず5000部売れることが条件。これでは、3000部しか売れない作家がデビューできない。しかし、オンデマンドプリントを活用すればその壁は越えられる」。
加えて、「さまざまな機械部品の在庫を、全国のサービスセンターに在庫するのは無駄でしかない。金属の含めた3Dプリンタを要所に設置して、その都度部品をプリントすればいい。部品の在庫は不要になる」という。まず、自社で何をするかが決まれば、印刷やアフターサービスの分野で、こうした技術を利用できるわけだ。
多くの経営者は、AIはまだ要らないだろうと考えているかもしれない。しかし、複数のクラウドサービスで、すぐにAIを活用できるサービスが提供されている。スマホアプリのような感覚で安価にすぐに始められる最新技術は、もうあちこちに存在している。ビジネスの方向性を決めさえすれば、すぐに始められる環境は整いつつある。あとは漕ぎ出す決断だけだ。(BCN・道越一郎)
1939年、学生の頃から親友同士だったビル・ヒューレットとデイブ・パッカードがカリフォルニア州パロアルトのガレージで設立した「ヒューレット・パッカードカンパニー」。今年で創業80年という「超」のつく老舗だ。日本進出は63年。長らく横河・ヒューレット・パッカードという社名で親しまれた。大型コンピューターや関数電卓などの製造を経て、80年、PC事業に参入。手のひらサイズのPC「HP 200LX」は今でも名機として語り継がれている。15年にエンタープライズ部門とコンシューマ部門が分社化。日本でPCとプリンタを担うのが日本HPだ。DX(Digital transformation=デジタルトランスフォーメーション)とは何か。何をどう変えれば実現できるのか。IT業界のトップに率直に訊いて歩く連載「デジタルニッポン再生論──ITトップが説く復活へのラストチャンス」。第6回は日本HPの岡隆史代表取締役社長執行役員だ。
私見だが、と前置きして「そもそもDXという言葉が難しい。短くて便利なのでつい使ってしまうが、例えば多くの中小企業の経営者にとっては他人事のように聞こえるかもしれない」と岡社長は話す。アルファベットの略語に溢れているIT業界。そもそもITだって、Information Technology、つまり情報技術の略語だ。こうした言葉の難しさ、日本語としての曖昧さが一つの「壁」になっている。
「ビジネスを手掛ける上で、個人が生活していく中で、自分たちの能力を最大限に発揮する道具として身近にある技術を使いこなしていこう、という動きがDXと言ってもいい」岡社長は解説する。ユーザー企業自身の問題としてDXを考えるには、こうした言葉の問題は小さくない。そのためか、日本企業は米国、中国はもとより、最近では東南アジアの新興国にも後れをとっているようにもみえる。
日本のビジネスは30年前、40年前に土台ができた。その頃に成功体験を持った人たちが現在、多く経営に携わっている。頭では分かっていても、今のままで構わないと思っている経営者も多いのではないか。漠然と日本のスタイルは先進的だと安心しているのかもしれない。
しかし、「ベトナムもフィリピンも進んでいる。今、伸び盛りだから最新の技術を使う。しかも、スマートホン(スマホ)やPCが当たり前。その上で起こる変化は、もしかすると変化とも思っていないのかもしれない」と岡社長は指摘する。アフリカや中国で、固定電話網の普及をパスして、一気に携帯電話網が広がったのと同じことが、ビジネスの世界でも起きているわけだ。日本企業は、まだ「黒電話」を使っているの状態なのではないのか。
象徴的なツールは「FAX」だ。「日本向けプリンタを例に取ると、FAX機能がいまだに重要。2000件以上の宛先登録も必須だ。海外から見れば、なぜそんなものが必要なのか理解できない」。ビジネスの現場でFAXが生き残っているという話は、よく聞く。まさにスマホ時代の黒電話そのものだ。
「実際は、使う機会はほとんどなくても、FAX機能にこだわった結果、無駄なコストを生むことになる。レガシーITシステムも同じだ。運用コストを他の最新IT技術の導入に振り向ければ、もっと違った風景が見えるはずだ」と指摘する。
「一旦新たな技術を導入すれば、それをベースに新しいビジネスモデルを生み出すことができる。さらに技術の進化を求める。そして新たな技術を……。連鎖して進化していく。グーグルもアマゾンも、最初から今の形を目指していたわけではない」。自然に高みを目指していける流れに乗るのが、DXの一つの形なのかもしれない。
「DXでチャンスをつかむのは、むしろ中小企業かもしれない」と岡社長は話す。加えて、「人が多い大企業はリソースの最適化が可能。逆に言えば、システムを変えなくてもある程度カバーできる。中小規模の会社なら、そんな余裕はない。最新技術を取り入れざるを得ない。これが飛躍を可能にする」という。
さらに、「昔に比べ、チャンスは大きく広がっている。新興国のビジネスも同様。おかげで急拡大している」。確かに、下請け仕事だけだった地方の小さな町工場が、DXの推進で世界中から注文を受ける尖った企業に飛躍を遂げた、といった事例を耳にするようになった。新しい海に漕ぎ出す強力なボートがDXというわけだ。
いくら立派なボートがあっても、行く先がなければ進むことはできない。「まず、ITだ何だという前に、何になりたいのか、そのために何をやるのか、という根っこのところを明確にすべきだ」。
「今やっている事業はもしかすると、社会から必要とされなくなっているのかもしれない。あるいは少し見方を変えて、やり方を変えるだけで全く新しく生まれ変わることができるかもしれない。まず方向性を定め、そこからITの活用を考えればいい」と、岡社長はDXはデジタル以前の問題が重要だと説く。
徹底的にビジネスの棚卸しをして、進むべき航路が見つかれば、ITの出番。必ずしも自社で全てをまかなう必要はない。クラウドサービスなどを上手く使って、まずは船出することができる。
優秀な人材の採用を促進できるのも、DX活用の大きなメリットだ。若い人たちが会社を選ぶ基準は変わってきている。大きな会社なら、安定して一生働ける……。それは、ある種の幻想だということが浸透してきた。大企業もあっさりつぶれる時代だ。
「最先端ツールを駆使して食っていけるスキルが身につく。そんな企業が求められるようになった。企業選択の基準が欧米に似てきている。逆に、あてがわれるPCがスマホよりも低機能で、IT環境も劣悪という企業には人が集まらない」という。
働き方改革を進めるにあたっても、どうやって効率的に生産性を上げていくか、という合理的な考えに基づいた施策がとれる企業でなければ、優秀な人材は寄りつかないだろう。自らどんどん進化、進歩できる環境を構築していくことも、人材獲得に必要な要素になってきている。
環境はITだけでなく、意欲がわく働きやすい職場環境そのものも重要だ。採用した若手社員についても、単純作業などに充てたりせず、できるだけ早く最新環境を生かした業務に就けて、若い感覚を実業に生かすべきだ。
HPはこの秋、軽量ノートPC「HP Elite Dragonfly」シリーズを世界市場に向けてリリースした。13.3インチのコンバーチブルタイプ、999gからのラインアップだが、他社製品に比べ特段に軽いわけではない。
岡社長は、「プレミアムな軽量ノートではなく、スタンダードで軽いという路線を目指した。世界的な働き方の変革を受け、このスペックがメインストリームのPCになる」と話す。
同社は、モバイルでのPC用途で最も重要な要素をセキュリティと位置づけている。「全てのマシンにセキュリティコントロールチップを備え、BIOSレベルでPCの挙動を監視している。書き換えられたらすぐに復帰させ、壊されても元に戻せる強力な機能だ」という。
自由な働き方という点で、HPはDXをサポートしている。また、「パートナーとともにデバイスの管理サービスも提供している。餅は餅屋だ。たとえ50台規模だとしても、PCの管理は一仕事。更新、設定、トラブル対応と多岐にわたる。ぜひ丸投げして欲しい」とアピールしている。
その他、日本HPが力を入れているのはプリント分野だ。オンデマンドプリントや3Dプリンタで、ますます進む多品種少量のニーズに応える環境を提供する。「現在、本を売るならまず5000部売れることが条件。これでは、3000部しか売れない作家がデビューできない。しかし、オンデマンドプリントを活用すればその壁は越えられる」。
加えて、「さまざまな機械部品の在庫を、全国のサービスセンターに在庫するのは無駄でしかない。金属の含めた3Dプリンタを要所に設置して、その都度部品をプリントすればいい。部品の在庫は不要になる」という。まず、自社で何をするかが決まれば、印刷やアフターサービスの分野で、こうした技術を利用できるわけだ。
多くの経営者は、AIはまだ要らないだろうと考えているかもしれない。しかし、複数のクラウドサービスで、すぐにAIを活用できるサービスが提供されている。スマホアプリのような感覚で安価にすぐに始められる最新技術は、もうあちこちに存在している。ビジネスの方向性を決めさえすれば、すぐに始められる環境は整いつつある。あとは漕ぎ出す決断だけだ。(BCN・道越一郎)