第3次AIブームが続いている。人手を介さず過去のパターンや行動履歴、画像などのビッグデータをもとに機械的に判別する仕組みを「AI」と定義すると、AIは随分前から導入されていたが、精度向上や処理の高速化が進み、AIの効果が目に見えるようになってきたことから、マーケティング用語として独り歩きし始めた。
国内のAI企業というと、企業カンファレンスや決算発表会で、大々的にAIへの注力をアピールしているソフトバンクやLINE、メルカリなどが真っ先に思い浮かぶ人が多いはず。同じ通信や生活密着サービスを提供するNTTドコモも、やはりAIに取り組み、キャラクターがガイドするAIエージェントサービス「my daiz」などの個人向けから、人工知能を活用したタクシー乗車需要予測サービス「AIタクシー」といった法人向けまで、すでに多くAIを活用したサービスを提供している。
10月11日には、簡単な質問への回答とドコモの契約情報などをもとに、AIがおすすめの保険(損害保険)を提案する「AIほけん」、my daizの新機能として、ルートを音声で細かく案内する「音声ナビゲーション機能」を発表。また、横浜MaaSとして、街の新しい移動手段「AI運行バス」の実証実験を行うなど、「協創」を掲げ、複数のパートナー企業・自治体とコラボレーションするドコモは、むしろ他社よりも先行している印象だ。
9月上旬、世界最高峰のデータ分析競技会「KDD CUP 2019」の「Regular Machine Learning Competition Track Task 2 “Open research/application challenge”」で最優秀賞を受賞し、世界第1位に輝いたチームのメンバーにインタビューする機会を得たので、受賞の喜びの声とともに、企業や省庁がいま、AIに取り組むべき理由を挙げる。
ドコモは16年から参加。今年のメンバーは、サービスイノベーション部第2サービス開発担当ドコモビッグデータアナリストの出水宰氏、同担当ドコモAIスペシャリストの石黒慎氏、サービスイノベーション部ビッグデータ担当主査ドコモビッグデータアナリストの川名昭博氏、先進技術研究所 プラットフォームシステム研究グループ 研究主任 博士(工学)ドコモAIスペシャリストの落合桂一氏、無線アクセス開発部 無線ネットワーク方式担当の丸山翔平氏の5名で、サービスイノベーション部ビッグデータ担当 担当部長博士(工学)の國頭吾郎氏がマネージャーとしてサポートした(肩書はいずれもインタビュー時点)。各メンバーは普段は別のプロジェクトに従事しており、川名氏、落合氏が声をかけ、有志による組織横断プロジェクトチームとして事前準備を行い、参加したという。
機械学習モデルなどを駆使し、所要時間が従来と変わらないにもかかわらず、二酸化炭素(CO2)排出量を削減可能なルートをAIがおすすめするというソリューションを提案し、課題と解決法をあわせて「Title: Simulating the Effects of Eco-Friendly Transportation Selections for Air Pollution Reduction」のタイトルで発表した。
表彰式は、競技会の主催学会である国際学術会議KDD 2019内で開催。業界では有名なAIに関する重要な発表会であり、AIの予測精度、企画の良さ(設定した社会課題の妥当性)、ビッグデータを解析するスキル、システム設計のそれぞれが評価されなければ受賞が難しく、今回の第1位の受賞は非常に名誉という。
利用者の健康面でも、電車から自転車に交通手段を変えると世界保健機関WHOが推奨する運動強度である11.25METh/weekの13.6%がカバーでき、大気汚染の軽減、利用者の移動時間の短縮、健康促進の三つの効果があると示した。
移動にあたり、自転車を利用するという提案が可能なのは、個人向けバイクシェアリングサービスが普及している中国ならではとはいえ、環境意識の低い人でも、AIが示したおすすめルートに従って移動するだけで意識せずにCO2削減に貢献できる。出水氏らは、「ソーシャルグッドな提案が良かった」「これまでドコモが取り組んできた、企業コラボレーションの成果が認められた」と、受賞を振り返った。
KDD CUPは、中国や米国からの参加が圧倒的に多く、国内外の研究者が集まる世界的な学会に参加すると海外の技術力を肌で感じるという。日本勢が後れを取っている理由として、「さまざまな法規制や業界の自主ルールがある」と指摘する。また、中国は国を挙げてベンチャー育成を支援しており、「新しいアイデア・サービスは、まず実際にやってみる」といった中国との気風の違いも、スピード感の遅さにつながっていると分析する。
1人は視点を変え、「AIは、まだ生活に溶け込んでいない。特別なものと思われている。次の新たなマーケティングワードが出て、多くの人がAI云々を気にしなくなったときに本物になる」と話した。
人ひとりの知恵やアイデアには限界があり、定量データに基づいたエビデンスのある解決策が求められている。KDD CUPを受賞した「所要時間と排出するCO2の少なさのバランスが取れた経路の提案」のように、解決すべき課題を自ら設定し、AIを一歩踏み込んで活用した成果こそ、付加価値の高い提案だと認められるようになると、ビジネスの評価軸が変わるだろう。すでにAIは次のステージへ向かいつつある。それがいま、AIに取り組むべき理由だ。(BCN・嵯峨野 芙美)
国内のAI企業というと、企業カンファレンスや決算発表会で、大々的にAIへの注力をアピールしているソフトバンクやLINE、メルカリなどが真っ先に思い浮かぶ人が多いはず。同じ通信や生活密着サービスを提供するNTTドコモも、やはりAIに取り組み、キャラクターがガイドするAIエージェントサービス「my daiz」などの個人向けから、人工知能を活用したタクシー乗車需要予測サービス「AIタクシー」といった法人向けまで、すでに多くAIを活用したサービスを提供している。
10月11日には、簡単な質問への回答とドコモの契約情報などをもとに、AIがおすすめの保険(損害保険)を提案する「AIほけん」、my daizの新機能として、ルートを音声で細かく案内する「音声ナビゲーション機能」を発表。また、横浜MaaSとして、街の新しい移動手段「AI運行バス」の実証実験を行うなど、「協創」を掲げ、複数のパートナー企業・自治体とコラボレーションするドコモは、むしろ他社よりも先行している印象だ。
9月上旬、世界最高峰のデータ分析競技会「KDD CUP 2019」の「Regular Machine Learning Competition Track Task 2 “Open research/application challenge”」で最優秀賞を受賞し、世界第1位に輝いたチームのメンバーにインタビューする機会を得たので、受賞の喜びの声とともに、企業や省庁がいま、AIに取り組むべき理由を挙げる。
世界最高峰のデータ分析競技会KDD CUPとは?
国際学術会議KDDが主催し、2019年8月4~8日の日程で、39カ国・企業が参加したKDD CUP 2019は、4部門に分かれる。ドコモが第1位を受賞した部門は、事前に提供されたビッグデータをもとに研究課題を設定し、その解決方法の優秀さを競うというもの。データ解析の速さや精度に加え、提案力そのものを評価するため、上位入賞チームは、いわば応用性が高いといえる。ドコモは16年から参加。今年のメンバーは、サービスイノベーション部第2サービス開発担当ドコモビッグデータアナリストの出水宰氏、同担当ドコモAIスペシャリストの石黒慎氏、サービスイノベーション部ビッグデータ担当主査ドコモビッグデータアナリストの川名昭博氏、先進技術研究所 プラットフォームシステム研究グループ 研究主任 博士(工学)ドコモAIスペシャリストの落合桂一氏、無線アクセス開発部 無線ネットワーク方式担当の丸山翔平氏の5名で、サービスイノベーション部ビッグデータ担当 担当部長博士(工学)の國頭吾郎氏がマネージャーとしてサポートした(肩書はいずれもインタビュー時点)。各メンバーは普段は別のプロジェクトに従事しており、川名氏、落合氏が声をかけ、有志による組織横断プロジェクトチームとして事前準備を行い、参加したという。
交通問題と環境問題を一気に解決 利便性は損なわず
今回は、事前に提供された、交機機関などの乗換案内機能の検索ルートやユーザの選択結果などを含む、中国を中心に展開する地図アプリ「バイドゥマップス」のデータから、「短距離でのバス・地下鉄利用者が多い」「バイクシェアの利用が拡大している」といった傾向を見出し、解決すべき課題として、社会問題化している「中国の大気汚染」に着目。機械学習モデルなどを駆使し、所要時間が従来と変わらないにもかかわらず、二酸化炭素(CO2)排出量を削減可能なルートをAIがおすすめするというソリューションを提案し、課題と解決法をあわせて「Title: Simulating the Effects of Eco-Friendly Transportation Selections for Air Pollution Reduction」のタイトルで発表した。
表彰式は、競技会の主催学会である国際学術会議KDD 2019内で開催。業界では有名なAIに関する重要な発表会であり、AIの予測精度、企画の良さ(設定した社会課題の妥当性)、ビッグデータを解析するスキル、システム設計のそれぞれが評価されなければ受賞が難しく、今回の第1位の受賞は非常に名誉という。
利用者の健康面でも、電車から自転車に交通手段を変えると世界保健機関WHOが推奨する運動強度である11.25METh/weekの13.6%がカバーでき、大気汚染の軽減、利用者の移動時間の短縮、健康促進の三つの効果があると示した。
移動にあたり、自転車を利用するという提案が可能なのは、個人向けバイクシェアリングサービスが普及している中国ならではとはいえ、環境意識の低い人でも、AIが示したおすすめルートに従って移動するだけで意識せずにCO2削減に貢献できる。出水氏らは、「ソーシャルグッドな提案が良かった」「これまでドコモが取り組んできた、企業コラボレーションの成果が認められた」と、受賞を振り返った。
KDD CUPは、中国や米国からの参加が圧倒的に多く、国内外の研究者が集まる世界的な学会に参加すると海外の技術力を肌で感じるという。日本勢が後れを取っている理由として、「さまざまな法規制や業界の自主ルールがある」と指摘する。また、中国は国を挙げてベンチャー育成を支援しており、「新しいアイデア・サービスは、まず実際にやってみる」といった中国との気風の違いも、スピード感の遅さにつながっていると分析する。
AIになぜ取り組むべきか
会社員であり、データサイエンティストでもある受賞メンバーに、AIは、人口が密集した都市の課題、反対に、人口減少・労働力不足に悩む地方の課題、どちらの解決により有効と思うかとたずねたところ、「両方に強みがある」「抱える問題が違うので適用する技術は変わるが、どちらにも有効」「AIの本質は自動化。何をやるかで変わっている。場所による違いはなく、向き不向きはない」とそれぞれ答えた。1人は視点を変え、「AIは、まだ生活に溶け込んでいない。特別なものと思われている。次の新たなマーケティングワードが出て、多くの人がAI云々を気にしなくなったときに本物になる」と話した。
人ひとりの知恵やアイデアには限界があり、定量データに基づいたエビデンスのある解決策が求められている。KDD CUPを受賞した「所要時間と排出するCO2の少なさのバランスが取れた経路の提案」のように、解決すべき課題を自ら設定し、AIを一歩踏み込んで活用した成果こそ、付加価値の高い提案だと認められるようになると、ビジネスの評価軸が変わるだろう。すでにAIは次のステージへ向かいつつある。それがいま、AIに取り組むべき理由だ。(BCN・嵯峨野 芙美)