ネットの廃車オークションが畑違いの「音楽教室メディア」を買収、成功の秘訣を社長に聞いた
1万2000社以上の加盟社数を誇る廃車プラットフォーム「カーネクスト」や中古車プラットフォーム「Smartオークション」を運営するラグザス・クリエイトの福重生次郎代表取締役は、2018年に医療系新規事業を立ち上げ、19年に音楽教室のネットメディアを買収した。100万円の案件も含めると、10サイト以上を買収しているという。業界の全く異なるメディアやサイトと、ビジネスの共通点はあるのだろうか。買収した事業を成功させるシナリオは?福重社長に話を聞いた。
取材・文/細田 立圭志
写真/松嶋優子
再販できる中古車オークションとは違い、使えなくなった廃車は海外に輸出するか、パーツとして出荷するか、鉄くずやスクラップとして解体するかの三つから選択して処理する。修理して再販できる廃車は、ほんのわずかだという。
ニッチな市場に見える廃車ビジネスだが、意外にもその規模は大きい。新車販売台数と同じぐらいの年間約400万台の規模があるというのだ。しかも、若者の車離れが言われる中、国内の車の保有台数は7000万~8000万台でほぼ安定している。年によって廃車台数が急に減ったり、増えたりするようなこともなく安定した市場なのだ。
これだけの規模と安定した市場にもかかわらず、廃車の取引はとても不明瞭な部分が多かった。廃車をどうにか処分したいと考えるエンドユーザーが、家族で経営するような零細な廃車解体業者や輸出入業者をすぐに探し出せるような手段はなかった。多くのケースは、大手自動車メーカーのディーラーから紹介された地元の業者と交渉して、廃車を処分してもらわないといけない。
しかも、ユーザーは廃車が売れると思っていても、逆に業者から引き取り料を要求されたり、車検証や自賠責保険証など煩雑な手続きをするために別途費用がかかったりする。また輸出業者の中には、日本語が話せない外国人が経営する業者も少なくない。いずれも金額は不明瞭なケースが多い。
カーネクストは、こうした廃車ビジネスの不明瞭さに風穴を開けた。全国各地統一したサービスを行うため明瞭な価格設定と、いつでも電話で相談できる年中無休のコールセンター、諸費用の完全無料化をうたってユーザーから支持を集めた。ゼロ円で価値のなかった廃車を、ほしいという業者に買い取ってもらい、しかも各種手続きの費用はかからない。引き取る際のレッカーなどの輸送費用もかからないというのだから、人気になるのも無理はない。
1万2000社を超す加盟社にとっても、カーネクストが査定した買取価格で取引すればよく、ユーザーと相対交渉する手間が省ける。そもそも全国の廃車の状況が分かるので、仕入れの数は地元のディーラーから紹介されるのとはケタ違いに多い。
カーネクストで取引する年間の廃車台数は5万台だという。市場規模が400万台なので、成長の余地はまだまだある。しかも廃車ビジネスは参入障壁が高く、競合サイトがない。
「フェラーリなどの中古車オークションをみても明らかなように、1台当たりの取引単価は廃車よりも中古車の方が断然に高い。つまり廃車ビジネスは成り立ちにくく、ビジネスのドライブもかかりにくい」と福重社長は参入するハードルが高い理由を語る。
しかし、車と全く関係のない分野である音楽教室の比較メディアの買収は、親和性があるようには見えない。これに対して、福重社長は「廃車オークションをプラットフォーム事業と考えれば横展開できる。ネットのSEOやリスティング、マーケティングなどでたまったノウハウがそのまま使えるのだから」と、いとも簡単に語る。
音楽教室でピアノを弾きたいとかボイストレーニングをしたいなど、顧客のニーズは多様なのだという。「来月の結婚式や合コンで歌えるようにボイストレーニングしたいというニーズもあれば、高齢者でピアノをはじめたいとか、真剣に学ぶお子様がどの教室が自分に合っているのかを探したいニーズなどさまざま。しかし、実際に調べようと思ってもそのような便利なメディアがない」と福重社長は語る。
逆にプロの音楽家でも、それだけでは生計が立てられずに「有料で誰かに教えたい」というニーズがある。まさに廃車オークションで培ったマッチングのノウハウが生かせるというわけだ。
将来的には、「そうした音楽家の人たちを老人ホームのイベントに派遣したりするクラウドワークスの音楽版のようなものを目指している」という。
医療系新規事業では「お悩み解決メディア」を立ち上げて、メンタルヘルスケアをサポートするプラットフォームづくりを目指している。
ネットメディアのM&Aを成功させるには、ビジネススキームを構築することも大切だが、それ以上に「事業に対する想いが重要だ」と福重社長はアドバイスする。実は音楽教室メディアを買収したのも、会社に音楽のプロを目指していたほどの音楽好きな社員がいたから。もともと広告会社の社長も務めていた人材で、その社員がこの事業を熱心に手掛けている。
「どれだけ想いを込めてできるかによって、イノベーションが起きるチャンスが生まれる。正直、メディアで売り上げや利益を上げるだけであれば愛情は必要ないかもしれない。しかし異なるニーズを引っ付けたり、シェアエコノミーのプラットフォームを考えるには、自分の想いや気持ちが重要」と福重社長は語る。
80人近くいる従業員の中で部長以上の事業責任者は6人いる。そのうちの半分は企業の社長経験者だった。「メディアのようなプラットフォーム事業を買収すると、私もやりたいという人が出てくる。優秀な人に夢を与えると、それがパワーに変わる」と、従業員のモチベーションアップにも大きく貢献しているようだ。
買収する際に注意しているのは、「アイデアやデザインは買わない」ことだそうだ。「価値に根拠がなく、アルゴリズムの変動でいかようにも変わってしまうバブルのようなものだから」という。
福重社長の話を聞くと、廃車プラットフォーム事業がまったく異なる業界や業態でも水平展開できることが、不思議と納得してしまう。
取材・文/細田 立圭志
写真/松嶋優子
廃車ビジネスの不明瞭さに風穴
ラグザス・クリエイトの設立は08年4月。もともとはアパレルや自動車、家電などの海外輸出入をECサイトで展開する事業からスタートした。転機となったのは、12年4月にインターネットによる廃車買取サービス「カーネクスト」を開始し、ユーザーと全国の廃車買取事業者をマッチングさせるオンラインの廃車オークション事業を手掛けたことだ。再販できる中古車オークションとは違い、使えなくなった廃車は海外に輸出するか、パーツとして出荷するか、鉄くずやスクラップとして解体するかの三つから選択して処理する。修理して再販できる廃車は、ほんのわずかだという。
ニッチな市場に見える廃車ビジネスだが、意外にもその規模は大きい。新車販売台数と同じぐらいの年間約400万台の規模があるというのだ。しかも、若者の車離れが言われる中、国内の車の保有台数は7000万~8000万台でほぼ安定している。年によって廃車台数が急に減ったり、増えたりするようなこともなく安定した市場なのだ。
これだけの規模と安定した市場にもかかわらず、廃車の取引はとても不明瞭な部分が多かった。廃車をどうにか処分したいと考えるエンドユーザーが、家族で経営するような零細な廃車解体業者や輸出入業者をすぐに探し出せるような手段はなかった。多くのケースは、大手自動車メーカーのディーラーから紹介された地元の業者と交渉して、廃車を処分してもらわないといけない。
しかも、ユーザーは廃車が売れると思っていても、逆に業者から引き取り料を要求されたり、車検証や自賠責保険証など煩雑な手続きをするために別途費用がかかったりする。また輸出業者の中には、日本語が話せない外国人が経営する業者も少なくない。いずれも金額は不明瞭なケースが多い。
カーネクストは、こうした廃車ビジネスの不明瞭さに風穴を開けた。全国各地統一したサービスを行うため明瞭な価格設定と、いつでも電話で相談できる年中無休のコールセンター、諸費用の完全無料化をうたってユーザーから支持を集めた。ゼロ円で価値のなかった廃車を、ほしいという業者に買い取ってもらい、しかも各種手続きの費用はかからない。引き取る際のレッカーなどの輸送費用もかからないというのだから、人気になるのも無理はない。
1万2000社を超す加盟社にとっても、カーネクストが査定した買取価格で取引すればよく、ユーザーと相対交渉する手間が省ける。そもそも全国の廃車の状況が分かるので、仕入れの数は地元のディーラーから紹介されるのとはケタ違いに多い。
カーネクストで取引する年間の廃車台数は5万台だという。市場規模が400万台なので、成長の余地はまだまだある。しかも廃車ビジネスは参入障壁が高く、競合サイトがない。
「フェラーリなどの中古車オークションをみても明らかなように、1台当たりの取引単価は廃車よりも中古車の方が断然に高い。つまり廃車ビジネスは成り立ちにくく、ビジネスのドライブもかかりにくい」と福重社長は参入するハードルが高い理由を語る。
買収を成功させるには「想い」が大切
では、このように廃車オークションで好調な福重社長がなぜ、いまネットメディアの買収に動き出したのか。例えば、車と近いところでは車検や名義変更、板金業者などを紹介する「自動車の総合メディア」を買収した。こちらは、メディアに集まるユーザーをカーネクストに送客する仕組みをつくったり、車検以外の損害保険を紹介したりすれば、シナジーが得られるのは分かりやすい。しかし、車と全く関係のない分野である音楽教室の比較メディアの買収は、親和性があるようには見えない。これに対して、福重社長は「廃車オークションをプラットフォーム事業と考えれば横展開できる。ネットのSEOやリスティング、マーケティングなどでたまったノウハウがそのまま使えるのだから」と、いとも簡単に語る。
音楽教室でピアノを弾きたいとかボイストレーニングをしたいなど、顧客のニーズは多様なのだという。「来月の結婚式や合コンで歌えるようにボイストレーニングしたいというニーズもあれば、高齢者でピアノをはじめたいとか、真剣に学ぶお子様がどの教室が自分に合っているのかを探したいニーズなどさまざま。しかし、実際に調べようと思ってもそのような便利なメディアがない」と福重社長は語る。
逆にプロの音楽家でも、それだけでは生計が立てられずに「有料で誰かに教えたい」というニーズがある。まさに廃車オークションで培ったマッチングのノウハウが生かせるというわけだ。
将来的には、「そうした音楽家の人たちを老人ホームのイベントに派遣したりするクラウドワークスの音楽版のようなものを目指している」という。
医療系新規事業では「お悩み解決メディア」を立ち上げて、メンタルヘルスケアをサポートするプラットフォームづくりを目指している。
ネットメディアのM&Aを成功させるには、ビジネススキームを構築することも大切だが、それ以上に「事業に対する想いが重要だ」と福重社長はアドバイスする。実は音楽教室メディアを買収したのも、会社に音楽のプロを目指していたほどの音楽好きな社員がいたから。もともと広告会社の社長も務めていた人材で、その社員がこの事業を熱心に手掛けている。
「どれだけ想いを込めてできるかによって、イノベーションが起きるチャンスが生まれる。正直、メディアで売り上げや利益を上げるだけであれば愛情は必要ないかもしれない。しかし異なるニーズを引っ付けたり、シェアエコノミーのプラットフォームを考えるには、自分の想いや気持ちが重要」と福重社長は語る。
80人近くいる従業員の中で部長以上の事業責任者は6人いる。そのうちの半分は企業の社長経験者だった。「メディアのようなプラットフォーム事業を買収すると、私もやりたいという人が出てくる。優秀な人に夢を与えると、それがパワーに変わる」と、従業員のモチベーションアップにも大きく貢献しているようだ。
買収する際に注意しているのは、「アイデアやデザインは買わない」ことだそうだ。「価値に根拠がなく、アルゴリズムの変動でいかようにも変わってしまうバブルのようなものだから」という。
福重社長の話を聞くと、廃車プラットフォーム事業がまったく異なる業界や業態でも水平展開できることが、不思議と納得してしまう。