「携帯料金4割下げ」は、MVNOにとどめを刺す

【日高彰の業界を斬る・27】 8月21日、菅義偉官房長官が国内の携帯電話料金について「4割程度下げる余地がある」と発言したという。報道をみる限り、菅長官が問題視したのは料金が不透明で、他国と比較して高額という点のようだ。これを受ける形で総務省は23日、通信業界の競争ルールを検証するよう情報通信審議会に諮問しており、この秋以降、携帯電話料金をめぐる議論が再燃するのは間違いない。

 総務省の「電気通信サービスに係る内外価格差調査 平成28年度調査」によれば、他国との比較では、大手キャリアによるデータ容量月5GBのプランの場合、東京が3760円なのに対し、ニューヨークが6187円、ソウルが4640円、ロンドンが2505円。MVNOで同容量の場合、東京が3048円なのに対し、ソウルが5569円、ニューヨークが3973円、ロンドンが2653円などとなっている。データ容量などの諸条件によって順位は逆転する場合もあるが、日本の携帯料金は、おおむね米国・韓国と比べると安く、欧州と比べると高い傾向にある。
 
英・仏に比べ日本の料金は高いが、米・韓に比べれば安い
(出典:総務省「電気通信サービスに係る内外価格差調査 平成28年度調査結果」)

 確かに、国内家庭の消費における通信費の比率は年々上昇しており、「平成30年版情報通信白書」によると、固定・携帯を合わせた電話代は世帯消費支出の4.18%を占めている(ただし、消費支出に税金や社会保険料は含まれないため、それらが高くなれば見かけの通信費比率は上がる)。対して、大手携帯電話キャリア各社の昨年度の営業利益率は、NTTドコモが20.4%、KDDIが19.1%、ソフトバンクグループが14.2%(いずれも連結)と、他業界に比べ高い水準にあり、「もうけ過ぎ」との批判は多い。

 携帯電話は、ぜいたく品だったかつての時代とは異なり、現代においては実質的に生活必需品である以上、少々料金が高くても消費者は手放すことができない。電話代として消費されていたお金がほかに回れば、より幅広い産業が活性化されるという期待もある。国民の可処分所得を実質的に向上させられる手っ取り早い政策として、携帯電話料金にメスを入れるというのはわからなくもない。

格安スマホユーザーの携帯代は、大手ユーザーの半額以下

 しかし一方で、次のような数字もある。調査会社・MMD研究所が今年6月に調べたところ、スマートフォンユーザーの平均月額料金は、大手3キャリアのスマートフォンユーザーが6483円だったのに対し、サブブランド(ワイモバイル)やMVNOなどの「格安スマホ」ユーザーは2512円だったという。

 格安スマホユーザーの中には、もともと所有していた端末や中古端末を利用し、通信事業者に端末代を払っていない契約者も含まれると考えられるが、それにしても月あたり約4000円という大きな開きがある。MVNOのサービスでは、利用が集中する時間帯で通信速度が顕著に低下したり、大容量のプランがなかったりという弱点もあるが、毎月何十GBも高速通信するような使い方ならともかく、生活に必要な情報機器としての用は足せる。低~中価格の端末を選べば、今や月3000円程度でスマートフォンを所有することも十分可能な時代だ。

 MVNOのサービスが市場を形成したこのタイミングで、大手キャリアが4割もの値下げをしたらどうなるか。考えられるのは、MVNOの総撤退だろう。「FREETEL」を運営していたプラスワン・マーケティングが経営破たんし、LINEモバイルがソフトバンク傘下に取り込まれたように、経営に苦しむMVNOは少なくない。大手キャリアに対して料金面での圧倒的なメリットを打ち出せなくなった場合、法人向けやIoTなどの分野で付加価値の高いサービスを提供できる事業者を除き、多くのMVNOがサービス停止に追い込まれるのではないか。

 もちろん、MVNOを生き残らせるために大手キャリアの料金高止まりを容認するというのは本末転倒だが、MVNOのシェアが拡大したことで、大手からも「docomo with」「auピタットプラン」のような、より低価格から利用できるプランが登場したという流れがある。「4割値下げ」という劇薬が本当に投下された場合、短期的には良くても、せっかく育った格安市場の芽を摘み、大手寡占に逆戻りして将来的な競争の余地を狭めるおそれもある。

 そもそも、国民生活の改善という観点では、通信料金の平均値で議論していてもあまり意味がない。全体を4割下げることよりも、消費者のニーズに応じた多様なサービスが継続して提供されることのほうがよほど重要だ。

 「他国より日本は何割高い」という話も、提供されるサービスの品質がどうかという観点が抜けている。いくら安くなったとしても、その分大手キャリアに期待されるサービスエリアの拡充や、サポート品質などが後手に回った場合、日本の消費者がそれに我慢できるとは思えない。世界的にみれば最も高額な部類のスマートフォンであるiPhoneが、日本国内では事実上の標準機となっている点も、月々の支出額に関する議論で見落とされがちな部分だ。

問題の責任は政府にも

 他社を比較検討する意欲を失うほど複雑なプラン体系や、顧客が望まないサービスの強引なセット販売など、携帯電話業界が解決しなければいけない問題が多々あるのは間違いない。菅長官が指摘した「料金の透明性」を高める努力が必要なのはもっともだし、ユーザーが他社へ移りやすい仕組みをさらに整備していくことが求められる。

 ただ、毎年のように政府からさまざまな規制方針や「ガイドライン」が示され、各社が毎度それに沿った料金施策を投入しているのに、それでも競争が不足しているのだとしたら、プランの複雑化や料金高止まりの責任は、総務省をはじめとする政府当局にもある。2007年に導入された通信料/端末代の分離プランや、2016年の実質0円販売規制では、消費者が値下がりを実感できない一方で、国内の携帯電話メーカーや販売店には大打撃を与え、業界からは「官製不況」とも揶揄された。

 携帯料金を下げるといえば聞こえは良いが、中長期的にみても消費者が恩恵を受けられるような制度設計が本当に可能なのか、4割ありきの議論には不安を禁じ得ない。(BCN・日高 彰)