2017年12月に発表したVAIO、東映、クラフターの3社が立ち上げた共同事業「VRCC(VR Cinema Consortium)」が7月から本格始動する。これに先立ち6月26日には、新宿バルト9で日本初となる映画館施設を用いた多人数同時鑑賞が可能なVR映画興行「映画館でVR!」の先行体験上映を発表した。
「映画館でVR!」は、劇場でVRヘッドセットを装着した状態でコンテンツを視聴する新しいスタイルの鑑賞方法。通常のVR体験の音響はイヤホンやヘッドホンを利用するのが主流だが、シアターの本格5.1chを活用することで、映画館ならではの臨場感を提供する。
しかし、3D映画が興行収入にもたらす貢献は長く続かなかった。東日本大震災の影響もあって11年には年間興行収入は急落し、13年まで停滞した。3Dスクリーン数がその間も増加していたことを考えると、切り札であった3D映画の恩恵はわずか1年で切れてしまったことになる。
その後、ODS(スポーツ中継や演劇、コンサートなどの非映画コンテンツ)上映やIMAX、4D映画などの仕掛けが奏功し、年間興行収入は14年から再び上昇。16年には「君の名は。」や「シン・ゴジラ」などのヒット作の影響も受け、2000年以降で過去最高を記録した。
推移だけ追うと、新たな体験が次の成長に直結しているようにみえるが、その躍進は常に転落と隣り合わせであることがわかる。IMAXや4Dのスクリーン数は導入するうえでのハードルの高さからすでに頭打ちだし、新鮮味が失われれば2倍近い対価を払ってまで体験したいというユーザーは減るだろう。11年~13年にかけて経験した突然の停滞はすぐそこまで迫っている。そういった事情も、映画業界が次なる体験型シアターの創出を急務とする理由になっているのだろう。
使用するVRヘッドセットは中国のPICO社が開発したスタンドアロン型で、同時上映やコンテンツ盗難防止のセキュリティ設定をVAIOがカスタマイズしており、運用も簡単だ。発表会では「興行に最適なVRコンテンツがあれば、すぐさま上映する体制を整えられる」ことを指す「STOCK&GO」という戦略も提示されている。
「オープンプラットフォームであること」も裾野を広げるのに一役買いそうだ。3社が構築したVR映画のシステムや機材はパッケージ化し、コンテンツ制作会社やコンテンツホルダー、映画館、イベント主催者に販売する。条件さえ合致すれば、3DやIMAX、4DXとは無縁だった小規模の映画館で導入される可能性もある。
一方で不安要素は多い。「映画館でVR!」の先行体験上映では、30分で3本の短編アニメを上映するが、VRは長時間の鑑賞に向いていない。いくら通常の映画とは異なる体験だからといって、30分に1500円を出せるユーザーがどの程度いるかは未知数だ。
「VR自体が特別な体験ではなくなってきている」ということもある。テーマパークやアミューズメント施設ではすでに導入が進んでいるし、イベントでVRを無料で体験できる機会はたくさんある。今回のVR映画では「音」をほかのVR体験との差異化ポイントにあげるが、周囲の観客の気配は没入感の妨げになるのではないかという気もする。
3社は7月2日から開始する先行体験上映の動向を分析し、営業時期や公開劇場、コンテンツを検討するという。うまくいけば映画業界にとって成長の大きな機会となるが、外れれば一から新しい体験の模索は振り出しに戻る。どちらにせよ、定着しなければ、近い将来に再度苦境に陥る可能性はある。
映画先進国の米国では、今年に入って映画離れの対策として映画館で映画が見放題になる月額制サービスが相次いで発表されている。新たな体験型シアターの創出もユーザーとしては心躍る話だが、長期の視点で業界の成長を考えるならば、ビジネスモデルの転換にも目を向ける時期かもしれない。「高いお金を払って新しい体験をする」ならば、「今よりお得に通常の映画を鑑賞したい」と考える消費者は少なくないはずだ。(BCN・大蔵 大輔)
「映画館でVR!」は、劇場でVRヘッドセットを装着した状態でコンテンツを視聴する新しいスタイルの鑑賞方法。通常のVR体験の音響はイヤホンやヘッドホンを利用するのが主流だが、シアターの本格5.1chを活用することで、映画館ならではの臨場感を提供する。
期待をかけすぎ転落 体験型シアターの落とし穴
映画業界はここ数年、体験型シアターの創出に注力している。きっかけは09年12月に公開された「アバター」の3D映画のヒットだ。当時は年間興行収入が右肩下がりで低迷し、「映画離れ」がささやかれた。そこに「大画面・大音響で映像作品を鑑賞する」というこれまでの定義を覆す3D映画が登場。消費者がわざわざ劇場まで足を運ぶ新たな理由が生まれた。しかし、3D映画が興行収入にもたらす貢献は長く続かなかった。東日本大震災の影響もあって11年には年間興行収入は急落し、13年まで停滞した。3Dスクリーン数がその間も増加していたことを考えると、切り札であった3D映画の恩恵はわずか1年で切れてしまったことになる。
その後、ODS(スポーツ中継や演劇、コンサートなどの非映画コンテンツ)上映やIMAX、4D映画などの仕掛けが奏功し、年間興行収入は14年から再び上昇。16年には「君の名は。」や「シン・ゴジラ」などのヒット作の影響も受け、2000年以降で過去最高を記録した。
推移だけ追うと、新たな体験が次の成長に直結しているようにみえるが、その躍進は常に転落と隣り合わせであることがわかる。IMAXや4Dのスクリーン数は導入するうえでのハードルの高さからすでに頭打ちだし、新鮮味が失われれば2倍近い対価を払ってまで体験したいというユーザーは減るだろう。11年~13年にかけて経験した突然の停滞はすぐそこまで迫っている。そういった事情も、映画業界が次なる体験型シアターの創出を急務とする理由になっているのだろう。
VR映画の仕組み自体は普及の可能性を秘めているが……
「VRCC」が提供するVR映画は「導入や運用のハードルが低い」という点では、IMAXや4DXよりも普及する可能性は高い。大がかりな工事は不要で、既存設備に無線アンテナとサーバーを設置するだけ。通常の興行と並行してシアターを使用することができるので、機会損失は少ない。使用するVRヘッドセットは中国のPICO社が開発したスタンドアロン型で、同時上映やコンテンツ盗難防止のセキュリティ設定をVAIOがカスタマイズしており、運用も簡単だ。発表会では「興行に最適なVRコンテンツがあれば、すぐさま上映する体制を整えられる」ことを指す「STOCK&GO」という戦略も提示されている。
「オープンプラットフォームであること」も裾野を広げるのに一役買いそうだ。3社が構築したVR映画のシステムや機材はパッケージ化し、コンテンツ制作会社やコンテンツホルダー、映画館、イベント主催者に販売する。条件さえ合致すれば、3DやIMAX、4DXとは無縁だった小規模の映画館で導入される可能性もある。
一方で不安要素は多い。「映画館でVR!」の先行体験上映では、30分で3本の短編アニメを上映するが、VRは長時間の鑑賞に向いていない。いくら通常の映画とは異なる体験だからといって、30分に1500円を出せるユーザーがどの程度いるかは未知数だ。
「VR自体が特別な体験ではなくなってきている」ということもある。テーマパークやアミューズメント施設ではすでに導入が進んでいるし、イベントでVRを無料で体験できる機会はたくさんある。今回のVR映画では「音」をほかのVR体験との差異化ポイントにあげるが、周囲の観客の気配は没入感の妨げになるのではないかという気もする。
3社は7月2日から開始する先行体験上映の動向を分析し、営業時期や公開劇場、コンテンツを検討するという。うまくいけば映画業界にとって成長の大きな機会となるが、外れれば一から新しい体験の模索は振り出しに戻る。どちらにせよ、定着しなければ、近い将来に再度苦境に陥る可能性はある。
映画先進国の米国では、今年に入って映画離れの対策として映画館で映画が見放題になる月額制サービスが相次いで発表されている。新たな体験型シアターの創出もユーザーとしては心躍る話だが、長期の視点で業界の成長を考えるならば、ビジネスモデルの転換にも目を向ける時期かもしれない。「高いお金を払って新しい体験をする」ならば、「今よりお得に通常の映画を鑑賞したい」と考える消費者は少なくないはずだ。(BCN・大蔵 大輔)