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“Wi-Fi整備”は本当にインバウンドと国民のためになるのか(下)

オピニオン

2018/03/04 12:30

  【日高彰の業界を斬る・4】 前回述べたような公衆無線LANに関する懸念のひとつが、2月に日本経済新聞が報じた、総務省が計画する公衆無線LANの認証サービスだ(2018年2月19日同紙夕刊1面「登録1回で全国つながる 公衆無線LAN」)。
 

 報道によると、政府は現在の公衆無線LANサービスについて、異なるアクセスポイントに接続するたびにメールアドレス等の入力が求められ利便性が低いことを問題視。解決するために総務省が認証基盤を整備し、訪日観光客は入国時に空港などでパスポート情報などを登録すれば、総務省が指定したすべてのネットワークをログイン操作なしで利用できるようにするというものだ。日本人も利用できるようにし、その場合のユーザー登録にはマイナンバーを活用するという。

 この構想は、総務省が正式に発表したものではなくあくまで報道ベースだが、総務省ではこれまでも公衆無線LANにおける認証基盤について作業部会での検討や実証実験を重ねており、プロジェクトが進行しているのは間違いないのだろう。

 確かに、Wi-Fi利用に関する手間を減らす施策にはなると考えられる。ただし、複数の公衆無線LANサービスについて、個別の登録なしで使えるようにする仕組みとしては、既に民間で提供されている接続アプリ「Japan Connected-free Wi-Fi」(NTTブロードバンド・プラットフォーム)などがある。それらと比較して劇的に利便性が向上するとは考えにくい。2020年の東京五輪を念頭に置いた動きなのだろうが、公的な投資を本当に強化すべき領域なのか、疑問が残る。
 

国内16万カ所のWi-Fiスポットを無料で利用できる「Japan Connected-free Wi-Fi」

「一度の登録」でユーザーの希望にこたえられるか

 先に挙げたJapan Connected-free Wi-Fiを利用すれば、現在でも全国約16万か所のアクセスポイントを無料で利用できる。これだけの広がりをもつ無料の公衆無線LANサービスは世界的にも珍しいが、それでも前回の記事で述べたように、日本はWi-Fi後進国という指摘は未だ止むことがない。

 エンドユーザーはおしなべてわがままなものだ。アプリを事前にダウンロードする、あるいは空港のカウンターでユーザー登録をするような一手間さえ惜しく、とにかく「出先で手間なくネットにつなぎたい」というのがユーザーの正直な心理だろう。でなければ、これだけ無料の無線LANスポットが整備されているにもかかわらず「日本は海外と違ってフリーWi-Fiがなく不便」という声が続くはずがない。

 また、セキュリティと利便性はトレードオフの関係で、どちらかを高めれば他方の水準が下がるのは避けられない。今回の総務省の認証サービスからは、国内の公衆無線LANサービスをより安全なものにし、公衆無線LANを利用したサイバー犯罪を抑止したいという意図も感じられるが、小規模の店舗などが設置するアクセスポイントまでこのサービスに収容することは不可能だろう。明確な悪意をもって無線LANを“ただ乗り”し、サイバー犯罪を犯そうとする者の動きを封じることは不可能だ。

アクティブな旅行者はプリペイドSIMを使いこなす

 現代の訪日旅行者にとって最も現実的な解決策は、スマートフォンで利用できるプリペイド式のSIMカードだろう。空港のカウンターや自動販売機でお金を払って購入するという手間と費用は必要だが、一度つながってしまえば日本中どこでもインターネットに接続し、観光情報を調べたり、撮った写真をその場でSNSにアップロードしたりできる。旅をアクティブに楽しみ、日本で体験したことを積極的に情報発信してくれる旅行者ほど、限られたWi-Fiスポットだけでなく、常にネットにつながっていたいという需要は高いはずだ。

成田空港の到着ロビーでは、カウンターのほかコンビニでもSIMカードを入手できる
 

 つい数年前まで、アジア諸国の中でも日本は韓国と並んでプリペイドSIMカードの使い勝手が悪い国だったが、ここ数年でMVNOによるモバイル通信サービスが普及し、今では空港や家電量販店、自動販売機など、訪日客が立ち寄りやすい場所で容易に入手できるようになった。真にユーザーの利便性を考えるならば、より強力に後押しすべきは、Wi-FiよりもLTE/5Gサービスではないだろうか。
 


街中でもSIMカードの自動販売機を多く見かけるようになった(写真はアトレ秋葉原1)
 

 また、よほど綿密に設計されたネットワーク環境でない限り、無線LANは通信品質を高く維持することが難しい。「街中のWi-Fi」のつながりにくさ、不安定さは、既に多くの消費者が実感しているところだろう。高精細な写真や動画をSNSでやりとりするのが当たり前になった現代、十分な通信品質を提供できないネットワークサービスはエンドユーザーからそっぽを向かれる。

 プリペイドSIMカードによる通信サービスは、コストの受益者負担という点でも公平性が高いし、通信事業者や販売店のビジネスにも直接的な収益となる。逆に、お金を払いたくないというユーザーに対するベーシックなサービスとして、公的な負担による公衆無線LANは一定の役割を果たせるとも言えるが、だとすると観光振興や消費の喚起といった、政府や自治体が期待する効果がWi-Fi整備で本当に得られるのか疑問だ。

 海外旅行中にスマートフォンが不便なく使えれば、旅の自由度や安心感が大きく向上することは言うまでもない。今回報じられた総務省の取り組みでそれを実現するには、既存の通信サービスを圧倒的に上回る利便性と、現代のユーザーが満足するだけの通信品質・エリアを確保する必要がある。公的な資金が有効に活用されることを期待したい。(BCN・日高 彰)