AIは小売りの現場を変えるか

オピニオン

2017/11/30 16:00

 コンピュータが将棋や囲碁のトッププロを破ったり、夢の技術と思われていた自動車の自動運転に実用化の兆しが見えたりと、AI(人工知能)技術が驚くべきスピードで進化している。「人の仕事の大半はAIに置き換えられる」といった大胆な意見も聞かれる。ITベンダー各社によるAIの提案を見ながら、小売業の現場はどのように変わるのかを考えてみたい。


■売り場作りと接客強化の切り札に

 AIで仕事がなくなる、という予測を小売店の関係者が聞いたら、それに対する反応は以下の2パターンにわかれるかもしれない。

 「AIが顧客一人ひとりに対して最適な商品を提案できるようになれば、売り場から販売員は要らなくなる」「いや、販売の業務はそんなに単純なものではなく、顧客の心を動かさなければいけない。AIで置き換えるのは不可能だ」

 相反するこれら2つの意見は、いずれも正解であり、同時に誤りでもあるといえるだろう。確かに、顧客から繰り返し指名されるほど優秀な販売員の働きをAIに置き換えることは、おそらくこの先も不可能だろう。しかし、業務を効率化できる新たな技術が生まれたとき、職業や技能の一部が自動化され人手が不要となるのは世の常であり、小売業の仕事にAI化の波がまったく無関係とは考えにくい。そもそも、ECの普及をみてもわかるように、顧客は誰もが生身の販売員から商品を買いたいと思っているわけではないのだ。

ECの最適化技術や対話エンジンは実用化済み

 見えないところでAI化が進んでいるのは、まさにそのEC市場だ。10月、顧客管理システム大手のセールスフォース・ドットコムが開催した小売業向けイベントで、同社のAI技術「Einstein(アインシュタイン)」を用いたECサイトの売上向上事例が紹介された。

 セールスフォースのクラウド上でECサイトを展開するファッション通販ブランド「ランズエンド」は、今年7月にEinsteinを導入。サイトにアクセスする顧客一人ひとりの行動をAIが分析し、商品一覧や検索結果のページでは、その顧客が購入する可能性の高い順に商品が並べ替えて、表示できるようになった。導入前に比べて、サイトにアクセスしたユーザーの購買率が1割以上アップしたという。
 

「ランズエンド」へのAI導入前後の比較。導入後の右画面では、
AIが男性向け商品を求める客と判断し、メンズアイテムを一番上に表示している

 他ユーザーの購入実績などから「この商品を見ている人はこれも買っています」といった提案を行う仕組みは普及しているが、結果として多くのユーザーに同じ人気商品が表示されてしまうことが少なくない。Einsteinでは、例えば夏でも長袖を好むユーザーには長袖を優先して表示するなど、ユーザー個人の嗜好をより深く分析するので、顧客は「自分のためにこの商品を薦めてくれている」とより強く感じるという。このような高度な提案を、EC担当者の仕事量を増やさずに行えるのがAIのメリットだ。

 実店舗での接客を全面的にAIが肩代わりすることはまだ不可能だが、一部の業務では活用が始まっている。ウェブ制作やシステム構築を手がけるティファナ・ドットコムは、AIを活用した対話・音声合成システム「KIZUNA」を店頭向けに提供。デジタルサイネージ上にバーチャルキャラクターを表示し、売り場やテナントを案内するシステムを大手ショッピングモールに納入している。
 

ティファナ・ドットコム開発したAI会話システム「KIZUNA」。
セブン&アイはこのエンジンをロボット「アクトロイド」に搭載し店頭に導入する

 また、11月に愛知・日進市でオープンしたセブン&アイホールディングスの商業施設「プライムツリー赤池」では、ココロの開発した人型ロボット「アクトロイド」とKIZUNAを組み合わせることで、ロボットによるインフォメーション業務を実現した。KIZUNAは日本語に加え英・中・韓を加えた4か国語での会話が可能なので、ロボットの導入による話題づくりだけでなく、インバウンド対応の強化というサービス向上もねらったものになっている。

高度な画像解析は最新AIの真骨頂

 AIの技術で特に進化がめざましい領域が画像認識で、この分野では応用製品が数多く提案されている。日本IBMがAI基盤「Watson(ワトソン)」の最新導入事例として、10月に紹介したのがカー用品店「オートバックス」によるタイヤ診断サービス。スマートフォンでタイヤの写真を撮り、ウェブサイトからアップロードするだけで、AIがタイヤの摩耗具合を自動診断する。摩耗が進んでいれば来店・点検を促すというものだ。
 

オートバックスはAIでタイヤの摩耗を自動診断。来店アップを狙う

 店舗を運営するオートバックスセブンが行ったアンケートによると、「マイカーの日常点検をまったく行わない」という回答が全体の35%に上ったという。このような、カー用品店に足を運んだことのないユーザーに来店のきっかけとしてもらうため、今回の画像診断サービスを開始したという。

 NECは、顧客の顔や手に取った商品をカメラやセンサが認識し、レジ精算なしで買い物ができるAI店舗を提案している。ただ、同社ではスーパーマーケットや家電量販店を無人化しようとしているわけではないようだ。それよりも、企業、学校、病院などの中で、このようなAI店舗が登場する可能性が高い。極力人の手を介さずに運営できる店舗が実現すれば、人手不足や収益性の問題でこれまで進出できなかった場所にも、販売のチャンスを広げることができるというわけだ。
 

NECのAI店舗のデモ。顔認証で決済が可能で、顧客の行動も画像から分析する

 そのほか、市場の分析にもAIによる画像解析が応用され始めている。ジャパン・カレントは、インスタグラムに投稿された大量の写真から商品を抽出し、出現頻度や使用場面との相関を分析するシステムを開発した。ある商品がどんな場面で使われているか、ある商品とともに映り込んでいることが多い商品は何か、といった関係性を浮き彫りにすることができるという。
 

ジャパン・カレントはインスタグラムの投稿から市場を分析するサービスを提供

 現在は、販促・集客キャンペーンの企画や効果測定に使われているということだが、ユーザーがどのようなシーンで商品を使い、SNSに投稿しているかがわかれば、消費者の間で“静かなブーム”を呼んでいる商品の発掘や、売り場づくりにも活用できそうだ。

データの整備はすぐにでも始めるべき

 現在実用化されているAIは、ある限定された範囲の問題解決を助けてくれるものであって、人間の頭脳のように万能なふるまいが可能な技術ではない。また、従来からある統計技術や、自動応対の仕組みと大差ない製品を見かけることも少なくない。

 だからといって「AIなんて役に立たない」と一笑に付すだけの態度でいることは、企業の成長にとってマイナスとなるだろう。たとえ「なんちゃってAI」であったとしても、売り上げアップや業務効率化につながるのであれば、企業にとっては有益なものだ。少しでも販売員の仕事が減るのであれば、その分、接客に時間を割くことができる。AIは人を置き換えるものではなく、顧客との関係強化という、店にとっての本来のコア業務により注力するための道具だ。

 「AIに関心はあるが時期尚早。技術の熟成が進んだら導入したい」という意見も少なくないだろう。おそらく、この段階にある企業が多数派ではないか。しかし、注意しなければならないのは、AIの活用においては、分析を行うソフトウェアの性能もさることながら、AIに学習させるために与えるデータが重要になるという点だ。

 例えば、問い合わせの自動応対を高いレベルで実現するには、顧客からこれまでに寄せられた問い合わせ内容をAIに学習させる必要がある。売り場やレジの監視を行うのであれば、正常時・異常時のそれぞれを映した監視カメラ映像を学習に用いるのが有効だ。また、需要予測や在庫最適化を行いたいなら、過去のPOSデータが必要になるのはいうまでもない。

 問題は、このようなデータが、すぐに利用可能な状態になっているかだ。せっかくの貴重なデータもデジタル化されていなかったり、社内に無数に存在するファイルサーバーやPCに分散していたり、業務ソフト独自の形式で保存されていたりしては、AIに入力することはできない。このためAIの導入では、解析エンジンとなるソフトウェアのセットアップよりも、AIが“食べられる”形式にデータを整備・加工する前行程に膨大な時間を要することがままある。

 将来、何らかの形でAI導入を見込むのであれば、少なくとも社内のどこにどんなデータや知見が存在するのかを洗い出し、今から整理しておくことが求められるだろう。機が熟してからデータ整備を始めていては遅いのだ。(BCN・日高 彰)
 
※『BCN RETAIL REVIEW』2017年12月号から転載