数字が見えれば評価のチャンスも増える ―― 店舗の現場力を引き出す経営とは
飲食店や小売店の経営者にとって難しい課題の一つが、現場に対して適切な目標を提示し、いかに従業員一人ひとりのやる気と力を引き出すかだ。多忙な店舗業務の前線では、ハードワークで困難を乗り切ろうとするパターンに陥りがちだが、もはや精神論で従業員がついてくる時代ではなく、それでは売り上げにもつながらない。結果として人が定着せず、ますます業績が落ちるという悪循環を招くことだろう。
栃木・宇都宮市に本社をおくダイニングファクトリーは、「九州男児」「鳥放題」などの飲食店を運営する企業。創業10年で全国約100店舗を達成した成長株だが、店舗網を拡大できた背景には、目標の可視化やデータの活用といった、従業員を導くための体系的な施策があったという。取締役副社長を務める青山剛氏に、現場に力を発揮してもらうための同社の取り組みを聞いた。
ダイニングファクトリーが運営する業態のひとつ「九州男児」の店内
ダイニングファクトリー 青山剛取締役副社長
「アルバイト時代から、お店で働いていると、やりたいことをいろいろ思いつく性格でした」と話す青山氏。例えば、ランチの提供の仕方ひとつとっても、それまで特に指示がなかったところ、皿の位置や向きを統一することを店に提案するなど、いつもオペレーションを最適化することを考えていた。「こう並べたほうがお客様が食べやすいし、自分たち店員も動きやすい」といった考えで、数々の細かな改善を行っていったということだが、当時の社長からは「ここまで、いちいちかみついてくるバイトはこいつだけだ」と、よい意味で目をつけられていたという。
店長時代には、近隣の大学生をターゲットとした営業活動を実施。サークルの飲み会を開いてくれた幹事学生を対象とした優待サービスを企画して、大人数の宴会を多数受注。これが前述の営業利益率全店トップにつながった。店のスタッフもほとんどが大学生だったことから、そのルートでの顧客開拓にも力を入れた。
目覚ましい勢いで業績を伸ばし、とんとん拍子に昇進を重ねていった青山氏だが、若いだけに部下や同僚の多くが年上。客観的にみて正しい内容の指示だったとしても、ただ言葉で伝えるだけでは「本部からきた若造が何か言っている」と思われるだけで、現場は動かない。青山氏は「当時思ったのは、今はまず『自分の仕事を見てもらうしかない』ということでした」と話し、新規出店の責任者となったときは、新店の店長の目線で仕事をし、一緒に業績をつくり上げていくことに腐心した、と振り返る。
当時は土曜日夜の営業が終わると、各店長は1週間の業績をExcelにまとめ、そのエリアを担当するSVにメールで送信していた。SVはエリアごとの数字を本部に報告し、本部は月曜に週の戦略を議論する。数字はうそをつかない。シートをみると、各エリアの働きが如実に反映されていた。「例えば、月の半ばで何か施策を打った店とそうでない店を比較すると、月後半の売り上げには確実に数%もの違いとなって表れます」(青山氏)。
ただ、このやり方だと最短でも1週間待たないと現場のパフォーマンスを知ることはできない。数字をみて軌道修正するにも時間がかかる。本部には売上管理システムを導入し、数字のExcel管理から脱却を図ろうとしていたが、全80店舗にPOSレジ端末を設置すると億単位の投資が必要なため、すぐに踏み切るのは難しかった。そこで同社が目をつけたのは、飲食店での導入が広がっているiPad用のPOSレジアプリ「Airレジ」(提供元:リクルートライフスタイル)だった。これなら初期費用を大幅に抑えることができる。
青山氏は「Airレジを導入して、リアルタイムで各店舗の数字を集めることができるようになったことが一番の変化です。毎朝、売上管理システム上で各店舗を客数、客単価、原価などの数字ごとにソートすると、どの店で何が起こっている、といったことを一目で把握できます」と話す。また、それまでのレジスターでは「フード○円」「ドリンク○円」といった大分類でしか売り上げの中身を把握できなかったのに対し、Airレジ導入後は、どのメニューがいつ、どこで売れたかまでわかるようになった。ちょうど、オペレーション効率化のため、メニュー開発の機能を本部側へ集約しようとしていたタイミングだったため、そこで生かせるマーケティングデータを得られたのも大きな導入効果だった。
例えば、Airレジで得られたデータを分析すると、ある料理を注文した顧客が、セットで注文する可能性の高い別の料理やドリンクが存在するといった傾向がみえてきた。そこで、このような情報を、同社が「おすすめブック」と呼ぶポケットサイズのハンドブック にまとめ、現場の店員に共有している。料理の注文を受けた店員が、その場でおすすめブックにある別メニューを顧客にすすめることで、客単価の向上を図ることができた。
Airレジの導入・活用を支援してきたリクルートライフスタイル ネットビジネス本部の植田雄大氏は、「適切なおすすめによって客単価が上がるという検証ができたこともよかったのですが、それ以上に、おすすめした実績を店長の方々にレポートとして返すことで、『店長がスタッフを褒められる機会を得た』と言っていただけたことが特に嬉しかったです」と話す。「店員が顧客に“おすすめ”をする」という文化を根付かせるために、データを活用できるのが分かったことが、システムの提供側にとっても大きな発見だったという。
リクルートライフスタイル ネットビジネス本部
テクノロジープラットフォームユニット データマネジメントグループ
植田雄大氏
青山氏のデータ主義は徹底している。飲食業の基本とされるQSC=品質(Quality)・サービス(Service)・清潔(Cleanliness)のチェックも、従来はSVが各店舗を回って確認していたが、2年前からは顧客アンケートによる評価をメインに切り替えた。食事を終えた来店客にカードを渡し、アンケートを記入してもらったうえで回収。この回収率も店舗評価の対象となっており、上位ではアンケート回収率90%という店もある。このような店では顧客からのQSCへの評価が高く、業績も全店平均と比べ明らかに優れているという。
そのほかにも例えば、仲間に仕事を助けてもらったときなどに、店員間で感謝を伝えるための「サンキューカード」も導入している。もちろん、口頭で「ありがとう」を伝えるのは当然だ。しかし、助け合い、感謝をし、互いの仕事を褒め称える文化を、全店舗のアルバイト店員に至るまで浸透させるには、ただ呼びかけるのではなく、何らかの形で感謝を可視化することが必要という考えだ。このカードも評価対象で、多く得た店員の表彰制度もある。
ビジネスパーソンであれば誰しも、「数字に追われる」プレッシャーを経験したことがあるだろう。確かに、数字だけが一人歩きすると、それは組織を締めつける道具になりかねない。しかし同社では、数字の達成・改善に対しての評価を明確化することで、従業員の努力を本部が把握する機会を増やすことに力を入れている。
青山氏は「本部から一方的に指示するだけでその検証がなければ、仕事にちゃんと取り組んでも現場は報われません。数値化することで、がんばった人が評価されるチャンスをつくりたいんです」と話す。POSシステムの導入も業務を効率化するだけでなく、現場の奮闘を本部にしっかりと伝えるための一施策という位置づけのようだ。
飲食業や小売業など、店舗をベースとしたビジネスを営む業界の話題では、今や「深刻な人手不足」というフレーズが枕詞のようについてまわる。人が集まらない要因には、仕事自体の忙しさに加えて、「この努力は報われるのか」という、店舗業務に対しての懐疑もあるのではないか。店舗にとって「人」の問題が切実さを増すなか、ダイニングファクトリーの取り組みには、その解決につながるヒントが秘められている。(BCN・日高 彰)
栃木・宇都宮市に本社をおくダイニングファクトリーは、「九州男児」「鳥放題」などの飲食店を運営する企業。創業10年で全国約100店舗を達成した成長株だが、店舗網を拡大できた背景には、目標の可視化やデータの活用といった、従業員を導くための体系的な施策があったという。取締役副社長を務める青山剛氏に、現場に力を発揮してもらうための同社の取り組みを聞いた。
ダイニングファクトリーが運営する業態のひとつ「九州男児」の店内
上意下達では指示は伝わらない
ダイニングファクトリーが行っている施策に触れる前に、現在同社の経営企画で中心的な役割を果たす青山氏の経歴を紹介しておきたい。青山氏は高校卒業後、ダイニングファクトリーにアルバイトとして入社。翌年社員に登用され、20歳で店長職に就くと、その店の年間営業利益率で全国トップを達成するなどマネージャーとしての才能を発揮。スーパーバイザー(SV) 、営業部長を経て、若冠24歳で取締役に就任している。ダイニングファクトリー 青山剛取締役副社長
「アルバイト時代から、お店で働いていると、やりたいことをいろいろ思いつく性格でした」と話す青山氏。例えば、ランチの提供の仕方ひとつとっても、それまで特に指示がなかったところ、皿の位置や向きを統一することを店に提案するなど、いつもオペレーションを最適化することを考えていた。「こう並べたほうがお客様が食べやすいし、自分たち店員も動きやすい」といった考えで、数々の細かな改善を行っていったということだが、当時の社長からは「ここまで、いちいちかみついてくるバイトはこいつだけだ」と、よい意味で目をつけられていたという。
店長時代には、近隣の大学生をターゲットとした営業活動を実施。サークルの飲み会を開いてくれた幹事学生を対象とした優待サービスを企画して、大人数の宴会を多数受注。これが前述の営業利益率全店トップにつながった。店のスタッフもほとんどが大学生だったことから、そのルートでの顧客開拓にも力を入れた。
目覚ましい勢いで業績を伸ばし、とんとん拍子に昇進を重ねていった青山氏だが、若いだけに部下や同僚の多くが年上。客観的にみて正しい内容の指示だったとしても、ただ言葉で伝えるだけでは「本部からきた若造が何か言っている」と思われるだけで、現場は動かない。青山氏は「当時思ったのは、今はまず『自分の仕事を見てもらうしかない』ということでした」と話し、新規出店の責任者となったときは、新店の店長の目線で仕事をし、一緒に業績をつくり上げていくことに腐心した、と振り返る。
Airレジの導入で業績集計が「週次」から「リアルタイム」に
青山氏が営業部長に就任したとき、ダイニングファクトリーの店舗数は80店舗にまで広がっていた。それまでも売り上げ・原価・人件費などの数字を管理する仕事は少なくなかったが、それでもSV職時代は店舗に足を運ぶ機会が多かった。営業部長になると、いよいよ実際の現場よりもExcelシートを通じて店のパフォーマンスをみることが中心となった。当時は土曜日夜の営業が終わると、各店長は1週間の業績をExcelにまとめ、そのエリアを担当するSVにメールで送信していた。SVはエリアごとの数字を本部に報告し、本部は月曜に週の戦略を議論する。数字はうそをつかない。シートをみると、各エリアの働きが如実に反映されていた。「例えば、月の半ばで何か施策を打った店とそうでない店を比較すると、月後半の売り上げには確実に数%もの違いとなって表れます」(青山氏)。
ただ、このやり方だと最短でも1週間待たないと現場のパフォーマンスを知ることはできない。数字をみて軌道修正するにも時間がかかる。本部には売上管理システムを導入し、数字のExcel管理から脱却を図ろうとしていたが、全80店舗にPOSレジ端末を設置すると億単位の投資が必要なため、すぐに踏み切るのは難しかった。そこで同社が目をつけたのは、飲食店での導入が広がっているiPad用のPOSレジアプリ「Airレジ」(提供元:リクルートライフスタイル)だった。これなら初期費用を大幅に抑えることができる。
青山氏は「Airレジを導入して、リアルタイムで各店舗の数字を集めることができるようになったことが一番の変化です。毎朝、売上管理システム上で各店舗を客数、客単価、原価などの数字ごとにソートすると、どの店で何が起こっている、といったことを一目で把握できます」と話す。また、それまでのレジスターでは「フード○円」「ドリンク○円」といった大分類でしか売り上げの中身を把握できなかったのに対し、Airレジ導入後は、どのメニューがいつ、どこで売れたかまでわかるようになった。ちょうど、オペレーション効率化のため、メニュー開発の機能を本部側へ集約しようとしていたタイミングだったため、そこで生かせるマーケティングデータを得られたのも大きな導入効果だった。
販促ノウハウから助け合いの心まで、データ化が店舗を成長させる
ただ青山氏は、情報システムの刷新はあくまでツールのひとつと強調する。大事なのは、得られたデータをどのように店舗運営に反映させるかだ。例えば、Airレジで得られたデータを分析すると、ある料理を注文した顧客が、セットで注文する可能性の高い別の料理やドリンクが存在するといった傾向がみえてきた。そこで、このような情報を、同社が「おすすめブック」と呼ぶポケットサイズのハンドブック にまとめ、現場の店員に共有している。料理の注文を受けた店員が、その場でおすすめブックにある別メニューを顧客にすすめることで、客単価の向上を図ることができた。
Airレジの導入・活用を支援してきたリクルートライフスタイル ネットビジネス本部の植田雄大氏は、「適切なおすすめによって客単価が上がるという検証ができたこともよかったのですが、それ以上に、おすすめした実績を店長の方々にレポートとして返すことで、『店長がスタッフを褒められる機会を得た』と言っていただけたことが特に嬉しかったです」と話す。「店員が顧客に“おすすめ”をする」という文化を根付かせるために、データを活用できるのが分かったことが、システムの提供側にとっても大きな発見だったという。
リクルートライフスタイル ネットビジネス本部
テクノロジープラットフォームユニット データマネジメントグループ
植田雄大氏
青山氏のデータ主義は徹底している。飲食業の基本とされるQSC=品質(Quality)・サービス(Service)・清潔(Cleanliness)のチェックも、従来はSVが各店舗を回って確認していたが、2年前からは顧客アンケートによる評価をメインに切り替えた。食事を終えた来店客にカードを渡し、アンケートを記入してもらったうえで回収。この回収率も店舗評価の対象となっており、上位ではアンケート回収率90%という店もある。このような店では顧客からのQSCへの評価が高く、業績も全店平均と比べ明らかに優れているという。
そのほかにも例えば、仲間に仕事を助けてもらったときなどに、店員間で感謝を伝えるための「サンキューカード」も導入している。もちろん、口頭で「ありがとう」を伝えるのは当然だ。しかし、助け合い、感謝をし、互いの仕事を褒め称える文化を、全店舗のアルバイト店員に至るまで浸透させるには、ただ呼びかけるのではなく、何らかの形で感謝を可視化することが必要という考えだ。このカードも評価対象で、多く得た店員の表彰制度もある。
ビジネスパーソンであれば誰しも、「数字に追われる」プレッシャーを経験したことがあるだろう。確かに、数字だけが一人歩きすると、それは組織を締めつける道具になりかねない。しかし同社では、数字の達成・改善に対しての評価を明確化することで、従業員の努力を本部が把握する機会を増やすことに力を入れている。
青山氏は「本部から一方的に指示するだけでその検証がなければ、仕事にちゃんと取り組んでも現場は報われません。数値化することで、がんばった人が評価されるチャンスをつくりたいんです」と話す。POSシステムの導入も業務を効率化するだけでなく、現場の奮闘を本部にしっかりと伝えるための一施策という位置づけのようだ。
飲食業や小売業など、店舗をベースとしたビジネスを営む業界の話題では、今や「深刻な人手不足」というフレーズが枕詞のようについてまわる。人が集まらない要因には、仕事自体の忙しさに加えて、「この努力は報われるのか」という、店舗業務に対しての懐疑もあるのではないか。店舗にとって「人」の問題が切実さを増すなか、ダイニングファクトリーの取り組みには、その解決につながるヒントが秘められている。(BCN・日高 彰)