近年、家電量販業界は、我慢比べの価格競争から、質を高め合う競争への転換を進めている。背景には、消費者が商品そのものの価値に注目する「モノ消費」から、商品を通して得られる体験に価値を見出す「コト消費」への変化がある。時間や手間のかかる体験の訴求は、短期的には売上減へとつながる恐れがあるなか、どこまで本気でコト提案を追求していくことができるのか。
本気で目指すコト売りへの転換
価格競争からの脱却モノとコトの違い
「モノからコトへ」をうたい文句に、家電量販各社は商品提案の手法を模索している。具体的には、商品自体を中心に訴求する「モノ売り」ではなく、対価を支払うことで消費者が得られる体験を中心に訴求する「コト売り」へと転換しようとする傾向が、近年みられるようになってきた。「どこでも手に入る商品なら安く購入したい」という消費者を、自らの首を絞めてでも取り込む価格競争から、一刻も早く脱却することが狙いだ。
今年4月、広島にオープンしたエディオン蔦屋家電では、心地よく過ごせる空間づくりに力をいれ、店舗自体の魅力を追求している。“目的買い”ではなく、来店自体を目的にするのが狙いだ。値引きなしの統一価格で販売する「正札販売」の方針をとっている点に注目すれば、いかに本気で価格競争からの脱却を目指しているかがみえてくる。
広島にオープンしたエディオン蔦屋家電
商品の置き方でも単に並べるだけではなく、他の家具や家電と一緒に部屋に設置した際の様子がわかる、ショウルームのようなリフォーム売り場を設けている。このほかにも、調理家電を実際に使えるキッチン設備や家電に関連した書籍を商品の近くに置くことで、商品を購入した際の生活を消費者に想像させる「コト売り」の実践に取り組む。
書籍のジャンルに関連した家電を提案する
売り方の転換には、リスクもある。体験について訴求するには、売り場を広く確保したり、時間をかけて接客したりすることが重要なので、“面積あたりの売上高”といった販売効率の追求は抑えなければならない。
エディオンの久保允誉会長兼社長は、エディオン蔦屋家電が追い求めるのは「効率よりも非効率」と話す。家電市場でECの販売比率が高まるなか、消費者が足を運ぶ店舗とはどのような店かを考えた結果として、新たな試みに挑んだという。
リスクを抱えることがわかりつつも、「コト売り」への転換を試みる最大の理由は、消費者の意識変化だ。総務省の「家計調査」によると、農林漁家世帯を除く二人以上の世帯の、一世帯あたりのサービスへの支出割合が徐々に増えてきているという。平成29年版消費者白書の財(商品)・サービス支出の内訳の推移では、1980年の家計に占めるサービスへの支出は32.7%だったのに対し、2015年は42.6%にまで上昇している。モノを消費する時代から、精神・身体面へ投資する時代への移り変わりは、確実に始まっているのだ。
生活に訴えるライフスタイル提案
イヤホンやヘッドホンの視聴体験など、多くの体験コーナーと「コト売り」の大きな違いは、体験する環境だ。消費者が普段音楽を聴く場面や、理想となりうる場面を売り場で作り、その状況を消費者が再現するために商品を購入する流れが、理想的な「コト売り」になる。
家電量販店で「コト売り」を実践するためのヒントは、他業種にもある。ホームセンターのカインズは、体験や過ごす時間の楽しさを追求する「次世代型ホームセンター」を2015年から展開している。例えば、カインズ内の「ガーデンセンター(カフェ&ガーデン)」では、本格的なコーヒーを楽しみながら、観葉植物や季節の草花と一緒に暮らす生活を体感できる。顧客がカフェで楽しんだ時間を家でも過ごしたいと思えば、植物やコーヒーの「コト売り」になる。商品単体ではなく、一連のシーンを訴求する売り場だ。
4月にオープンしたカインズ広島LECT店の「NATURAL CAFE BRICCO(ナチュラル・カフェブリッコ)」
カインズで特に注目したい施策は、消費者に何かを制作する楽しさを伝えるためのサークル「DIY style」だ。4月にオープンした「広島LECT店」にも、DIYを文化として根付かせるための売り場として、「カインズ工房」がある。
カインズ工房の手前には交流スペースがあり、スタッフのアドバイスが受けられる
「作る、教わる、知る、繋がる」をコンセプトに、知識や経験にあわせて気軽にDIYを楽しむことができる売り場で、素材や道具の販売だけでなく、それらの使い方をレクチャーする講座やアドバイスカウンターを用意している。ワークショップや工房での作業を通して、消費者の生活にDIYの文化が馴染めば、きっかけになった店舗のリピーターが増えるなど、需要が生まれるはずだ。
カインズのワークショップでDIYを体験できる量販店が複合レジャー施設に
商品の販売に直接つながらない「コト売り」も出てきた。7月にオープンしたラオックスの「千葉ポートタウン」は、体験型複合レジャー施設として、モノ消費とコト消費の融合を図っている。5フロアある内の下から2フロアは物販、次の2フロアはレジャー施設、最上階はレストランという内訳だ。ラオックスの羅怡文社長は「世界の消費の流れは物から体験へと変わりつつある」と、需要が変化しつつあることに言及している。
3階には、親子で楽しめる有料のアクティビティ施設「リンクパーク」を開設。入場料はかかるが、子どもが段ボール製の遊具で遊んでいる間、親はヨガや手芸などの各種講座を受けたり、パーク内のカフェで休憩することができる。4階は、射撃を中心としたアクティビティスポーツフロア。複数チームに分かれてトイガンで撃ち合う「サバイバルゲーム」に適したシューティングフィールドを備えている。段ボールの玩具やトイガンの販売も行っているが、基本はレジャー施設で体験を提供することに主眼をおいている。
7月に千葉県にオープンしたラオックスの体験型複合レジャー施設「千葉ポートタウン」。
子どもも大人も楽しめる設備を用意する
定義がはっきりしない「コト売り」だが、経済産業省の平成27年度地域経済産業活性化対策調査(地域の魅力的な空間と機能づくりに関する調査)報告書によると、「個別の事象が連なった総体である『一連の体験』を対象とした消費活動のことである」としている。したがって、ラオックスの新業態のように、直接商品の販売に繋がらない場合も「コト売り」といって差し支えない。
「コト売り」の目的は商品の販売だけではなく、消費者の来店機会を増やす結果としての売上増だ。価格を下げ合う競争から脱却するには、「ここで過ごしたい、買い物をしたい」というリアルの店舗ならではの強みを、本気で追求していかなければならない。物品ならどこでも買える時代にこそ、店舗の独自性が消費者に求められている。(BCN・南雲 亮平)
※『BCN RETAIL REVIEW』2017年10月号から転載
本気で目指すコト売りへの転換
価格競争からの脱却
モノとコトの違い
消費者の動向変化
「モノからコトへ」をうたい文句に、家電量販各社は商品提案の手法を模索している。具体的には、商品自体を中心に訴求する「モノ売り」ではなく、対価を支払うことで消費者が得られる体験を中心に訴求する「コト売り」へと転換しようとする傾向が、近年みられるようになってきた。「どこでも手に入る商品なら安く購入したい」という消費者を、自らの首を絞めてでも取り込む価格競争から、一刻も早く脱却することが狙いだ。今年4月、広島にオープンしたエディオン蔦屋家電では、心地よく過ごせる空間づくりに力をいれ、店舗自体の魅力を追求している。“目的買い”ではなく、来店自体を目的にするのが狙いだ。値引きなしの統一価格で販売する「正札販売」の方針をとっている点に注目すれば、いかに本気で価格競争からの脱却を目指しているかがみえてくる。
広島にオープンしたエディオン蔦屋家電
商品の置き方でも単に並べるだけではなく、他の家具や家電と一緒に部屋に設置した際の様子がわかる、ショウルームのようなリフォーム売り場を設けている。このほかにも、調理家電を実際に使えるキッチン設備や家電に関連した書籍を商品の近くに置くことで、商品を購入した際の生活を消費者に想像させる「コト売り」の実践に取り組む。
書籍のジャンルに関連した家電を提案する
売り方の転換には、リスクもある。体験について訴求するには、売り場を広く確保したり、時間をかけて接客したりすることが重要なので、“面積あたりの売上高”といった販売効率の追求は抑えなければならない。
エディオンの久保允誉会長兼社長は、エディオン蔦屋家電が追い求めるのは「効率よりも非効率」と話す。家電市場でECの販売比率が高まるなか、消費者が足を運ぶ店舗とはどのような店かを考えた結果として、新たな試みに挑んだという。
リスクを抱えることがわかりつつも、「コト売り」への転換を試みる最大の理由は、消費者の意識変化だ。総務省の「家計調査」によると、農林漁家世帯を除く二人以上の世帯の、一世帯あたりのサービスへの支出割合が徐々に増えてきているという。平成29年版消費者白書の財(商品)・サービス支出の内訳の推移では、1980年の家計に占めるサービスへの支出は32.7%だったのに対し、2015年は42.6%にまで上昇している。モノを消費する時代から、精神・身体面へ投資する時代への移り変わりは、確実に始まっているのだ。
生活に訴えるライフスタイル提案
商品体験の一歩先
イヤホンやヘッドホンの視聴体験など、多くの体験コーナーと「コト売り」の大きな違いは、体験する環境だ。消費者が普段音楽を聴く場面や、理想となりうる場面を売り場で作り、その状況を消費者が再現するために商品を購入する流れが、理想的な「コト売り」になる。家電量販店で「コト売り」を実践するためのヒントは、他業種にもある。ホームセンターのカインズは、体験や過ごす時間の楽しさを追求する「次世代型ホームセンター」を2015年から展開している。例えば、カインズ内の「ガーデンセンター(カフェ&ガーデン)」では、本格的なコーヒーを楽しみながら、観葉植物や季節の草花と一緒に暮らす生活を体感できる。顧客がカフェで楽しんだ時間を家でも過ごしたいと思えば、植物やコーヒーの「コト売り」になる。商品単体ではなく、一連のシーンを訴求する売り場だ。
4月にオープンしたカインズ広島LECT店の「NATURAL CAFE BRICCO(ナチュラル・カフェブリッコ)」
カインズで特に注目したい施策は、消費者に何かを制作する楽しさを伝えるためのサークル「DIY style」だ。4月にオープンした「広島LECT店」にも、DIYを文化として根付かせるための売り場として、「カインズ工房」がある。
カインズ工房の手前には交流スペースがあり、スタッフのアドバイスが受けられる
「作る、教わる、知る、繋がる」をコンセプトに、知識や経験にあわせて気軽にDIYを楽しむことができる売り場で、素材や道具の販売だけでなく、それらの使い方をレクチャーする講座やアドバイスカウンターを用意している。ワークショップや工房での作業を通して、消費者の生活にDIYの文化が馴染めば、きっかけになった店舗のリピーターが増えるなど、需要が生まれるはずだ。
カインズのワークショップでDIYを体験できる
量販店が複合レジャー施設に
幅広いコト消費の形態
商品の販売に直接つながらない「コト売り」も出てきた。7月にオープンしたラオックスの「千葉ポートタウン」は、体験型複合レジャー施設として、モノ消費とコト消費の融合を図っている。5フロアある内の下から2フロアは物販、次の2フロアはレジャー施設、最上階はレストランという内訳だ。ラオックスの羅怡文社長は「世界の消費の流れは物から体験へと変わりつつある」と、需要が変化しつつあることに言及している。3階には、親子で楽しめる有料のアクティビティ施設「リンクパーク」を開設。入場料はかかるが、子どもが段ボール製の遊具で遊んでいる間、親はヨガや手芸などの各種講座を受けたり、パーク内のカフェで休憩することができる。4階は、射撃を中心としたアクティビティスポーツフロア。複数チームに分かれてトイガンで撃ち合う「サバイバルゲーム」に適したシューティングフィールドを備えている。段ボールの玩具やトイガンの販売も行っているが、基本はレジャー施設で体験を提供することに主眼をおいている。
7月に千葉県にオープンしたラオックスの体験型複合レジャー施設「千葉ポートタウン」。
子どもも大人も楽しめる設備を用意する
定義がはっきりしない「コト売り」だが、経済産業省の平成27年度地域経済産業活性化対策調査(地域の魅力的な空間と機能づくりに関する調査)報告書によると、「個別の事象が連なった総体である『一連の体験』を対象とした消費活動のことである」としている。したがって、ラオックスの新業態のように、直接商品の販売に繋がらない場合も「コト売り」といって差し支えない。
「コト売り」の目的は商品の販売だけではなく、消費者の来店機会を増やす結果としての売上増だ。価格を下げ合う競争から脱却するには、「ここで過ごしたい、買い物をしたい」というリアルの店舗ならではの強みを、本気で追求していかなければならない。物品ならどこでも買える時代にこそ、店舗の独自性が消費者に求められている。(BCN・南雲 亮平)
※『BCN RETAIL REVIEW』2017年10月号から転載