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5000円でフルコースを出すレストランに見る、働きやすく高効率な店舗運営

 人口減少期に突入した日本では、あらゆる産業が「市場の縮小」と「労働力不足」という課題に直面している。特に、小売りや飲食などの店舗業務においては、慢性的な問題だった人手不足が限界を超え、店舗縮小や営業時間短縮などに向かうケースも増えている。

 このような環境下で、小規模店舗ながら、ITツールなども積極的に活用し高い収益を上げている事例としてよく取り上げられているのが、5000円でフルコースが楽しめるフレンチレストラン「L'AS(ラス)」(東京・南青山)だ。若年層の外食離れという逆風が吹く中、質の高い料理の提供と高効率な店舗運営をどのように実現したのか。オーナーシェフの兼子大輔氏に聞いた。
 

オープンキッチンのスタイルが印象的な「L'AS」の店内

1本だけのコースに思いを込めた店づくり

 L'ASのメニューは、5000円の「おまかせコース」のみ。フルコースとしてはかなりお値打ち感のある価格設定だが、兼子氏は「“外食離れ”が深刻化しており、特にフレンチレストランは若年層にとって堅苦しく入りにくい場所になっています。しかし、おいしい料理をリーズナブルな価格で楽しみたいというニーズは確実にあると考えていました」と説明する。
 

オーナーシェフの兼子大輔氏

 兼子氏は大阪、東京、パリの名店で料理人としての経験を重ね、2012年に独立してL'ASをオープンした。店を開くにあたって、フレンチで勝負することは決めていたが、消費者が外食から離れつつある現代、いくら料理がおいしくても、価格が高くては潜在的な顧客層を先細りさせることになりかねない。そこで考えついたのが、5000円のコース1本という業態だったのだ。

 コースの内容は約3週間ごとに変えているが、その期間内は基本的にすべての来店客に同じ料理を提供する。店舗オペレーションを最適なものに定型化できるし、1食材あたりの調達量が大きくなるので、仕入れの効率もよい。結果的に、同じ5000円のコースであっても、他店より質の高い料理を出せるようになる。

 店内は客席と厨房の間に壁を設けないオープンキッチンスタイルとなっているが、これもスタッフの導線を最短にするとともに、厨房とホールの各スタッフが状況に応じて互いの業務を助け合い、サービスの効率を高めるための工夫のひとつ。また、ナイフやフォークはテーブルの引き出し内に収納されており、都度、運ぶ必要がない。フランス料理店の常識にとらわれることなく、上質な料理の提供に必要な要素だけに特化したことで、不要なコストやスタッフの負荷を削減しつつ、リーズナブルな価格が実現できた。

POSレジアプリの導入で客単価が1割向上

 しかし、料理の価格が決まっている以上、そこからどのようにして売り上げの上乗せを図っていくか、頭のひねりどころとなる。L'ASでは、その日のコース内容に合わせた複数のワインを提供する「ワインペアリング」を早くから用意するなど、工夫を凝らしてきた。昨年秋からは新たに、それまで使用していたキャッシュレジスターを、iPad用のPOSレジアプリ「Airレジ」(提供元:リクルートライフスタイル)に入れ替え、売り上げの分析に取り組んでいる。

 売り上げの分析効果から先に紹介すると、L'ASではAirレジの導入後、それまでと比べ客単価がおよそ1割アップしたという。なぜ、レジの置き換えが売り上げの向上につながったのか。兼子氏は「もちろん、それまでも数字の分析は行っていましたが、従来型のレジでは『何が』『いつ』『いくら』売れたかを、リアルタイムで把握することができていませんでした」と話す。
 

「Airレジ」の売上分析画面(イメージ)

 例えば、ある営業日にどのワインがどれだけ売れているか。従来は兼子氏やスタッフの“肌感覚”でつかんでいたが、Airレジの導入後は数値として正確に知ることができるようになった。何月何日から特定のワインの売り上げが落ちている、という傾向がわかれば、接客時の勧め方を変える、価格を見直すといった対策を次の日から講じることができ、施策を打った結果もすぐに検証できる。

 また、兼子氏によると、Airレジの導入によって、スタッフ間で課題をよりスムーズかつ具体的に共有できるようになったのも大きな変化だという。従来は店の課題を話し合うにも、ベースとなる資料を帳簿の数字を参照しながら手作業で作成する必要があり、業務の中で大きな負担になっていた。Airレジでは、クラウド側ですでにデータが集計されているので、それをダウンロードしてスタッフに見せるだけで、現在の店舗のパフォーマンスを正確に伝えることができる。

 店の全員が数値化された実績値や目標を共有し、業務改善を重ねていったことで、ワインペアリングのオーダー率が上がる、最初の1杯だけで終わっていたソフトドリンクの顧客が2杯目を飲むようになる、ケーキの売り上げが上がるといった効果が得られ、客単価アップを実現できたのだという。同時に、レジ締めや経理作業の負荷も軽減され、調理やサービス以外の業務を減らすことにもつながった。

 また兼子氏は、東京ミッドタウン内に新店となるデリカテッセン「RECIPE & MARKET」を昨年オープンし、いわゆる“中食”業態にも取り組んでいる。調理を行うのは別の拠点にあるセントラルキッチンのため、店頭での販売状況をみながらキッチンへの発注調整を行う必要があるが、Airレジの画面を開けばその日の売り上げは一目瞭然なので、L'ASから離れることなく発注業務を行うことができる。数字を見れば店の忙しさもわかるので、余裕のあるときに新たな業務を指示し、繁忙なときには電話をかけるのを控えるといった心配りも可能だという。
 

複数店舗をもつ経営者にとっては、離れた場所にある店舗のパフォーマンスを常時確認できる点もメリット

飲食業の労働環境は「自分の世代で変える」

 兼子氏自身は下積み時代、徒弟制度的な厳しい環境で料理人のとしてのイロハを学んできたが、上司や先輩からのあいまいな指示に理不尽さを感じることも少なくなかったという。労働人口が減少に転じた現代、昔気質のやり方をそのまま次世代に押しつけていては、飲食業界自体の未来をつぶすことになりかねないという危機感が兼子氏にはある。

 「飲食を仕事にしたい人はたくさんいるはずなのに、業界で聞こえるのは『募集をかけても人が集まらない』という声ばかり。でも、安月給・長時間勤務では人が来ないのは当然です。もちろん、飲食業は労働集約型の産業で、職人的な仕事もどうしてもついて回りますが、そんな中でも、少ない労働時間でいかに効率よく売り上げを伸ばすかという意識は必要だと考えています。業界の労働環境に問題があるなら、それは私たちの世代で変えていかなければいけない」(兼子氏)

 「効率化」というと、手間暇かけるアナログ的なやり方をよしとしてきた職人的な世界とは相反するように思われがちかもしれない。しかし、限られた人的リソースと時間の中で収益を伸ばすことができれば、よりおいしい料理を手ごろな価格で提供できるようになるし、従業員の給与や休暇を増やす余裕も生まれる。そのためにどんな仕組みが必要かを考え抜いてできたのがL'ASという店であり、店をさらに進化させるために必要だったのがITツールというわけだ。

 少なくとも日本においては、人手不足という社会環境はこの先も変えようがない。しかし、その条件を前提とした仕組みを作り上げられれば、店舗はただ忙しく業務を回す場所から、より働きやすく、オーナーの思いも表現できる空間へと変わっていくことだろう。(BCN・日高 彰)