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子どもがIoTで社会貢献──プログラミングの楽しさを伝えるKidsVentureの新たな挑戦

インタビュー

2017/06/02 15:46

 講座を通じて子どもたちにプログラミングの楽しさを伝えるKidsVenture。今、新たなチャレンジを始めている。主催企業の一つ、さくらインターネットが提供を始めたIoTモジュールと組み合わせて、「子どもIoT」「子どもオープンデータ」を実現する取り組みだ。プログラミングを教えることから始まり、子どもたちのアイデアが実際に社会に役立つ場面も出始めた。KidsVentureの代表を務める、さくらインターネットの高橋隆行さんに話を聞いた。


KidsVentureの代表を務める、さくらインターネットの高橋隆行さん

 KidsVentureとは、さくらインターネット、ビットスター、ナチュラルスタイル、jig.jpの4社が主催する非営利団体。2015年の設立以来、子ども向けプログラミング教室を運営してきた。教材は、jig.jpの福野泰介さんが開発した1500円で買えるマイコンボード「IchigoJam」。1500円なので「イチゴ」ジャムというわけだ。IchigoJamは誰もが使えるのが最大の特徴。PCやタブレット端末がなくても、テレビとキーボードにつなぎさえすれば、すぐにプログラミングを楽しめる。
 

わずか1500円のマイコンボード「IchigoJam」。
テレビとキーボードをつなげるだけで、すぐにプログラミングで遊べる

 「1976年4月にApple Iが出て40年。当時の価格は666ドル66セントでした。IchigoJamの価格は単純計算でも40分の1。そしてCPUのスピードは40倍に速くなりました。当時、PCなんて高く買えなかった。とても高価なおもちゃでした。BASICが走るマイコンが1500円で買えてしまう時代になったんです。安いので壊れても惜しくないし、プログラミングを教える教材としては最適です」と高橋代表は語る。

 最初の講座は4時間。子どもたちは、半田ごてを握ってIchigoJamを組み立てるところから始める。ボードが完成すると、BASICを使ったプログラミングを学び、簡単なゲームを作りながら自分たちで学ぶきっかけを得ていく。受講料は、IchigoJamとテキストがついて2000円。ほぼ原価だ。
 

子どもたちは半田ごてを片手に「IchigoJam」を組み立てるところから始める
(2017年7月、KidsVenture大阪開催)

 代表講師を務めるナチュラルスタイルの松田優一さんを筆頭に、講師は5名。4名の講師候補生とあわせ計9名で、北海道から福岡まで全国で講座を展開している。講座が終われば、持ち帰って自宅ですぐに使えるとあって、これまで実施したおよそ20回は、どの回も募集を開始するとすぐに満席になったという。

 KidsVentureが現在計画しているのが、IoTモジュールとIchigoJamを組み合わせて行う「Next Step」講座だ。さくらインターネットがIoTシステム向けに提供を開始した「さくらの通信モジュール」を、IchigoJam用に新たに開発したインターフェイスボード「IchigoSoda」を介して接続。通信モジュールにはソフトバンクのSIMが組み込まれており、LTE回線を通じてデータを送信することができる。

 「通信モジュールが1台8000円ですから、インターフェイスボードとIchigoJam本体をあわせて全部で1万2~3000円ぐらいにできれば、と思っています。遅くとも今年に秋ぐらいまでには量産して販売する計画です。このセットを使って、Next Step講座を開きたいと思っています」(高橋代表)。
 

1枚8000円のIoTモジュール。
あらかじめSIMがセットされており、石狩データセンターに収集したデータを直接送ることができる

 IoTで問題になるのはランニングコスト。携帯電話並みの月額料金がかかるようでは、とても子どもの教材には使えない。しかし、このシステムの利用料は税別で月額60円と、非常に安く抑えている。データのやりとりは1万回が上限だが、ユニットから発信されるデータは、直接さくらインターネットの石狩データセンターのサーバーに格納されるためハッキングされにくい。しかも40日までであればデータベースの利用料は無料だ。

 APIを使えばデータを簡単に引き出せ、システム全体をとても安価で使うことができる。さくらインターネットではこのIoTプラットフォーム全体を「sakura.io」と名付け、ビジネスでも展開しているが、それが子どもたちでも使える、というわけだ。これで、子どもが自由にIoTの世界を楽しめる枠組みができた。
 

さくらインターネットが提供するIoTプラットフォーム「sakura.io」

 「たとえば、これで夏休みの宿題を自動化できますよね。気温を毎日記録するのは実はあまり重要ではなくて、その記録から何を読み取るかが大事です。また、最近では自治体で子どものアイデアを地域の問題解決に活かすという動きも出てきています。塩尻市などはいい例です。土壌の水分を定期的に観測し、土砂崩れの危険度を把握したり、橋のメンテナンスの基礎データを収集したりといった用途で子どもIoTが走り始めています」(高橋代表)。子どものIT技術を駆使した社会貢献活動だ。

 「どの橋を優先的にメンテナンスするかは自治体にとって悩ましい問題です。今となっては、ほとんど使われていない橋もあります。実際にどの程度利用されているかはIchogoJamに赤外線センサーを組み合わせれば計測できます。それをIoTモジュールと組み合わせ定期的にデータ送信し、サーバーに蓄積できるわけです。全く使われていない橋は取り壊し、利用頻度の高い橋を優先的にメンテナンスにかけることができます」(高橋代表)。こうした地域の困りごとを子どもと一緒に解決するアイデアを出し合って、実際に解決できるのが、IchogoJamとIoTモジュールの組み合わせだ。
 

熱心に講座を受講する子どもたち(2017年2月、KidsVenture沖縄開催)

 子どもたちばかりではない。IchigoJamが教育用途から飛び出して、実用の世界で使われる可能性も広がっている。害獣としてイノシシを捕獲する際、ワイヤーを使った仕掛けだと警戒心の強いイノシシはなかなか捕まらない。しかし「IchigoJamに赤外線センサーをつなぎ、光が遮られると扉が閉まる檻ならばんばん捕獲できるんです。これを考えたのがなんと65歳の猟師の方」だという。リタイアして、余暇を使って自分の作りたいモノを作るために、80代でIchigoJamを使ってプログラミングを始めるような人も現われ始めているという。
 

「IchigoJam」にインターフェイスボードの「IchigoSoda」を介してIoTモジュールを直接セットできるようにした。これで日本国中どこからでもデータを送ることができる

 Next Step講座は、ゲームなど簡単な遊びを入り口にプログラミングの世界に触れた子どもたちが、IoTという新しい道具を手にすることで、実際に役立つプログラミングを気軽に経験できる。計り知れない大きな可能性を秘めた試みだ。

 「センサーでデータを収集してサーバーに送信するところまでは、実は簡単なんです。問題はその後。サーバーに格納したデータをどうやって取り出すか。どう加工するかあたりのノウハウは小学生には難しい。この辺はさくらインターネットの本業で私たちの得意分野なんですが、やはり対象は中学生ぐらいが中心になると思います。受講生からベンチャー企業を興すような人が出てくるとうれしいです。熱意あふれるチャレンジングな子どもたちを輩出したいですね」(高橋代表)。
 

「熱意あふれるチャレンジングな子どもたちを輩出したい」と語るKidsVentureの高橋隆行代表

 現在はNext Step講座のカリキュラムづくりに取り組んでおり、年内にも講座を始められる見込みという。子どもIoT、子どもオープンデータを実現し、子どもたちもそういった活動ができるんだ、ということを示すことになるだろう。KidsVentureの取り組みは日本にとどまらない。ベトナム、タイ、そして今年の秋、ルワンダとケニアにもIchigoJamの環を広げよう計画中だ。プログラミングには国境はない。小さなマイコンボードでITの魅力を味わった子どもたちのなかから、IT業界の巨人が生まれるのも、そう遠い将来ではなさそうだ。(BCN・道越一郎)