インバウンド需要減少で新たな道を模索する香港
インバウンド需要の落ち込みに伴う売り上げ減に悩んでいるのは日本だけではない。いわゆる雨傘革命以降、観光客数が激減し、新たな小売市場の変革が求められているのが香港だ。10月の連休、国慶節(1日~7日)でもその傾向に歯止めはかかっていないという。7割を占める中国本土からの観光客が急減しているためだ。旅行先が多様化していることに加え、為替レートが元安傾向になり魅力が薄れたことも影響している。そこで、香港で活躍する日系企業関係者を取材し、変わりつつある香港の位置づけと現状についてまとめた。
JETRO(日本貿易振興機構)香港の中井邦尚 次長
香港に来る海外からの観光客の7割を占めるのが中国人。2013年、14年と2ケタ成長だったが、15年には3%のマイナスに転じた。さらに今年の春節を含む2月では、前年比で26%減と、大幅に来訪者が減少した。狭義の観光業のGDP割合は5%程度にすぎないが、小売市場への影響を考えると、それよりはるかに大きい数字になる。観光客が減少したことで香港経済全体にも影響が出ている。
以前は何回でも香港と深センを行き来できていた深センのマルチビザだが、昨年4月から1週間に1回の行き来に制限され、中国人の来訪頻度が減ってしまったことも大きい。さらに、一般旅客荷物に対する課税措置が変更され、深センと香港の国境でも検査が強化されたことも影響している。
高級時計店も軒を連ねる香港の中環地区だが閑散としている店も多い
今後香港がさらに発展するためには、好むと好まざるとにかかわらず、中国の発展を抜きに語ることは難しい。中国の経済圏構想である一帯一路にどう関与していくかも重要な要素だ。海外と中国をつなぐスーパーコネクターといわれる香港をどう機能させるが、今後の成長を左右する。香港では、弁護士、会計士、プロジェクトマネジャー、仲裁機関など、いろんなビジネスをつないだりサポートしたりする機能が集まっている。これらをうまく活用したり、資調達したりする拠点にしてもらうなど、何らかの形で香港を使ってもらいたいと、香港政府は考えているようだ。
香港発展のためのもう一つのカギは研究開発やイノベーション、スタートアップの促進だ。もともと香港は、GDPに占める研究開発投資の比率が低い。狭いところでどう儲けるかという商売のセンスあっても、イノベーションの部分は手薄だった。しかし、次に何を生み出すかを考えると、研究開発が必要。そこで、昨年、香港政府にイノベーション科学技術局という部署を設けるなど推進しようという機運が高まっている。
香港はかつて中国のGDPに対し25%程度の経済規模があったが、今や3%程度でほぼ深センと同規模になっている。これから香港の特徴をどうPRして、香港をどう機能させるかが重要だ。
キングジム香港オフィスの皆さん。
左からHelen Makさん、Emilie Fongさん、Koyi Koさん、浜村康平ディレクター
キングジム香港の浜村康平 ディレクターは「営業拠点としての香港と製造・調達拠点としての深センでタッグを組み、ビジネスを展開している」と語る。さらに、同社の香港・深センの位置づけと、香港の小売市場について浜村ディレクターに話を聞いた。
香港オフィスの機能は、香港市場向けの製品販売拠点として、香港の店舗にキングジムグループ製品のみならず、他社メーカーの製品も取り扱う代理店業務も担っている。さらに、シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシアの代理店のフォローと販売業務もこなす。また、欧米メーカーのOEM案件獲得などの商社の機能も果たしている。欧米の窓口として機能しながら、企画を深センの製造拠点にインプットする役割も担う。
香港で流行の小物はマスキングテープ。日本の製品が人気。
キングジム香港のKoさんは、Mac Book Airのキーボードにきれいにデコレーションを施した
一方、深センオフィスは、製造現場に近いところで、グループ各社の電子製品の安全、品質、スケジュール管理を担当。新しい製造委託先を探して、日本側に紹介したり、現地メーカーと人脈を築き、新製品情報を受けて日本に紹介したりすることもある。華南地区で製造された電子製品の評価、検査、出荷フォローまで行うワンストップサービス拠点だ。同社のデジタルメモ「ポメラ」の開発にも、深センオフィスが深く関わっていた。
香港と深センの連係メリットは、例えば香港に入ってきた世界各国の製品をもとに、日本向け製品として磨き直すことでも発揮される。日本向けに形や色を調整することはもとより、電子製品であれば、回路図、基板から日本向けにアレンジし、日本市場に耐える品質やデザインに作り替える。パッケージの段ボール工場まで行って、バーコードのずれまでを直すという。こうして、二つのオフィスが力を合わせ日本向け製品の品質をコントロールしている。
浜村ディレクターが一押しの雑貨チェーン、LOG-ONの太古城中心店
文具や雑貨などの販売店のなかでも浜村ディレクターが特に注目するのは「LOG-ON」だ。香港で13店舗を展開する雑貨チェーンだが「日本のLoFtや東急ハンズよりとがっている感じがする」という。日本ではあまり見かけないような欧米のブランドもたくさん入ってきており、色味、品ぞろえが洗練されている。香港の文化的背景をそのまま魅力に昇華させたような店舗だ。自国の製品が大半を占める日本のショップに比べて色味や陳列のしかたが美しい。日本人が見ていても楽しい。こうした国際色豊かな製品ラインアップが生み出す売り場の活気は、日本の小売店でも見習う点が多そうだ。
LOG-ONの太古城中心店の店内はカラフルで垢抜けた雰囲気。
日本であまり見かけない製品も多い
ニコン香港の小林慎也 マネージング・ディレクター
香港の小売市場は旅行者に依存するところが大きいが、カテゴリによっては、過半が旅行者用ともいわれている。カメラもその一つで、4割から5割が旅行者需要だった。香港への旅行者が減ったため需要が縮小している。今年の春節期間中のツアー旅行者数は、前年比で7割減だったという数字もあり、影響が大きい。さらに、もともと香港に来ている人たちは富裕層だったが、中国の反腐敗政策によって、贈答需要などが打撃を受けたことも無視できない。インバウンド需要はここでも急速に縮小している。
香港でのカメラ販売は新たな道の発見に迫られている。スマートフォンやタブレットで写真を撮る人は多い。香港人も、カメラ好きな人は多いが、今ではスマホが当たり前になってきた。この人たちのごく一部でも、カメラのほうがやっぱりいいよねと思っていただければ需要は増やせる。やっぱり物足りない。特に望遠については、どうしても限界がある。そこでニコンのカメラだったらそれができると拡販したい。
香港の家電量販店、Broadwayの太古城中心店。多くのショッピングセンターに出店しており、デジカメも並んでいる
ただ、現状では、写真を撮ってシェアするという動きに対応しなければならない。そこで、「D500」を皮切りにSnapBridge(スナップブリッジ)という機能を新製品に搭載、スマホとカメラのBluetooth常時接続を実現した。一度設定すれば、ワイヤレスで近くに来たら自動的につながる。こうした機能を武器にしていく。
高級機が売れる香港のもう一つの特徴は、ステップアップという考え方の変化だ。これまでは、スマホから、コンパクト、一眼レフのエントリーモデルから中級機へ、そして上級機という流れが一般的だった。しかし、このところエントリーレベルの中での買い替え傾向が強まっている。さらに、スマホから、いきなり一眼レフの上級機に飛び込むというユーザーも珍しくなくなってきた。スマホにないものを求めた結果なのかもしれない。
Fortressの太古城中心店。訪れたときにはやや閑散としていたが、こちらも香港を代表する家電量販店
カメラを使っていない人にも、カメラの楽しみ方を広げたい。スマホで増えた写真人口をベースに、スマホでは撮れない写真がカメラだと撮れるということもアピールしながら、カメラに人を呼び戻したい。スマホとカメラをつなぐSnapBridgeが起爆剤になることを期待している。
また、画面で見る写真とプリントした写真は違う。これをどうやって伝えていけるか。プリントによる写真の楽しみ方、プリントによって楽しめるものも訴えていきたい。そもそも、写真はプリントして楽しむモノだと知らずに育ってきた人たちも増えてきた。こうした人たちにも映像、写真文化を伝えていきたい。
観光客が2割減って、インバウンド需要が冷え込んだ香港
「香港の立ち位置として、経済的には中国とのかかわりが強まらざるを得ない状況にある。しかし、中国人の観光客来訪が減っている状況でインバウンド需要は冷え込んでる」と語るのはJETRO(日本貿易振興機構)香港の中井邦尚 次長。香港の現状についてさらに話を聞いた。JETRO(日本貿易振興機構)香港の中井邦尚 次長
香港に来る海外からの観光客の7割を占めるのが中国人。2013年、14年と2ケタ成長だったが、15年には3%のマイナスに転じた。さらに今年の春節を含む2月では、前年比で26%減と、大幅に来訪者が減少した。狭義の観光業のGDP割合は5%程度にすぎないが、小売市場への影響を考えると、それよりはるかに大きい数字になる。観光客が減少したことで香港経済全体にも影響が出ている。
以前は何回でも香港と深センを行き来できていた深センのマルチビザだが、昨年4月から1週間に1回の行き来に制限され、中国人の来訪頻度が減ってしまったことも大きい。さらに、一般旅客荷物に対する課税措置が変更され、深センと香港の国境でも検査が強化されたことも影響している。
日本企業の拠点数は1300あまり
しかし、深センにほど近く、欧米の窓口としても機能する香港は、ビジネス拠点として依然魅力的だ。香港に拠点を構える外資系企業の拠点数はおよそ8000。最も多いのは米国系企業だが、2位は日系企業で、1300あまりの拠点がある。出入りが自由で会社が作りやすく、撤退も容易。中国のように撤退が難しいわけでなない。規制をできるだけ設けないプラットフォームが香港の特徴だ。中井次長は「中国では政府との関係で物事が進まないということもあるが、香港は書いてあることを守りさえすれば、ビジネスはやりやすい。中国からみるとすごいことでもある」と語る。高級時計店も軒を連ねる香港の中環地区だが閑散としている店も多い
今後香港がさらに発展するためには、好むと好まざるとにかかわらず、中国の発展を抜きに語ることは難しい。中国の経済圏構想である一帯一路にどう関与していくかも重要な要素だ。海外と中国をつなぐスーパーコネクターといわれる香港をどう機能させるが、今後の成長を左右する。香港では、弁護士、会計士、プロジェクトマネジャー、仲裁機関など、いろんなビジネスをつないだりサポートしたりする機能が集まっている。これらをうまく活用したり、資調達したりする拠点にしてもらうなど、何らかの形で香港を使ってもらいたいと、香港政府は考えているようだ。
香港発展のためのもう一つのカギは研究開発やイノベーション、スタートアップの促進だ。もともと香港は、GDPに占める研究開発投資の比率が低い。狭いところでどう儲けるかという商売のセンスあっても、イノベーションの部分は手薄だった。しかし、次に何を生み出すかを考えると、研究開発が必要。そこで、昨年、香港政府にイノベーション科学技術局という部署を設けるなど推進しようという機運が高まっている。
香港はかつて中国のGDPに対し25%程度の経済規模があったが、今や3%程度でほぼ深センと同規模になっている。これから香港の特徴をどうPRして、香港をどう機能させるかが重要だ。
香港と深センでタッグを組んで最新トレンドを発信──キングジム
文具メーカーで有名なキングジムも香港に重要な拠点を持っている。中国・深セン、上海、香港、ベトナム・ホーチミン、マレーシア・ペナン、インドネシア・ジャカルタ、スラバヤと、海外に7か所ある拠点のうちの一つだ。香港では、2012年に法人としてキングジム香港を設立。2013年に深センにあった出張所を統合し、現在の体制になった。オフィスは香港と深センにあり、香港5名深セン8名の計13名体制で運営している。キングジム香港オフィスの皆さん。
左からHelen Makさん、Emilie Fongさん、Koyi Koさん、浜村康平ディレクター
キングジム香港の浜村康平 ディレクターは「営業拠点としての香港と製造・調達拠点としての深センでタッグを組み、ビジネスを展開している」と語る。さらに、同社の香港・深センの位置づけと、香港の小売市場について浜村ディレクターに話を聞いた。
香港オフィスの機能は、香港市場向けの製品販売拠点として、香港の店舗にキングジムグループ製品のみならず、他社メーカーの製品も取り扱う代理店業務も担っている。さらに、シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシアの代理店のフォローと販売業務もこなす。また、欧米メーカーのOEM案件獲得などの商社の機能も果たしている。欧米の窓口として機能しながら、企画を深センの製造拠点にインプットする役割も担う。
香港で流行の小物はマスキングテープ。日本の製品が人気。
キングジム香港のKoさんは、Mac Book Airのキーボードにきれいにデコレーションを施した
一方、深センオフィスは、製造現場に近いところで、グループ各社の電子製品の安全、品質、スケジュール管理を担当。新しい製造委託先を探して、日本側に紹介したり、現地メーカーと人脈を築き、新製品情報を受けて日本に紹介したりすることもある。華南地区で製造された電子製品の評価、検査、出荷フォローまで行うワンストップサービス拠点だ。同社のデジタルメモ「ポメラ」の開発にも、深センオフィスが深く関わっていた。
香港と深センの連係メリットは、例えば香港に入ってきた世界各国の製品をもとに、日本向け製品として磨き直すことでも発揮される。日本向けに形や色を調整することはもとより、電子製品であれば、回路図、基板から日本向けにアレンジし、日本市場に耐える品質やデザインに作り替える。パッケージの段ボール工場まで行って、バーコードのずれまでを直すという。こうして、二つのオフィスが力を合わせ日本向け製品の品質をコントロールしている。
世界中の情報が集まる香港は雑貨天国
香港の文具や雑貨、ガジェット市場は台湾に似ている。日本製の文具がとても人気で、日本語のままのパッケージやPOP、ポスターが「オシャレ」という感覚だ。無理に英語にしないほうが売れる。さらに、デザインや品数の多さ、高い品質もあって日本製品は人気がある。日本製品を並べると彩り豊かになる、売り場が華やかになるとも評判だ。また、現在流行しているのがマスキングテープによるデコレーション。PCのキーボードなどをきれいに飾る文化は日本を超えているといってもいいだろう。浜村ディレクターが一押しの雑貨チェーン、LOG-ONの太古城中心店
文具や雑貨などの販売店のなかでも浜村ディレクターが特に注目するのは「LOG-ON」だ。香港で13店舗を展開する雑貨チェーンだが「日本のLoFtや東急ハンズよりとがっている感じがする」という。日本ではあまり見かけないような欧米のブランドもたくさん入ってきており、色味、品ぞろえが洗練されている。香港の文化的背景をそのまま魅力に昇華させたような店舗だ。自国の製品が大半を占める日本のショップに比べて色味や陳列のしかたが美しい。日本人が見ていても楽しい。こうした国際色豊かな製品ラインアップが生み出す売り場の活気は、日本の小売店でも見習う点が多そうだ。
LOG-ONの太古城中心店の店内はカラフルで垢抜けた雰囲気。
日本であまり見かけない製品も多い
旅行者激減で、カメラ販売の新たな道を模索──ニコン香港
ニコンも香港に拠点を構える日本企業の一つだ。香港とマカオ、台湾、フィリピン、モンゴルを統括し、組織としてはアジアパシフィックの中でシンガポールの直下に位置する。ニコン香港の小林慎也 マネージング・ディレクターにカメラ市場の現状を聞いた。ニコン香港の小林慎也 マネージング・ディレクター
香港の小売市場は旅行者に依存するところが大きいが、カテゴリによっては、過半が旅行者用ともいわれている。カメラもその一つで、4割から5割が旅行者需要だった。香港への旅行者が減ったため需要が縮小している。今年の春節期間中のツアー旅行者数は、前年比で7割減だったという数字もあり、影響が大きい。さらに、もともと香港に来ている人たちは富裕層だったが、中国の反腐敗政策によって、贈答需要などが打撃を受けたことも無視できない。インバウンド需要はここでも急速に縮小している。
香港でのカメラ販売は新たな道の発見に迫られている。スマートフォンやタブレットで写真を撮る人は多い。香港人も、カメラ好きな人は多いが、今ではスマホが当たり前になってきた。この人たちのごく一部でも、カメラのほうがやっぱりいいよねと思っていただければ需要は増やせる。やっぱり物足りない。特に望遠については、どうしても限界がある。そこでニコンのカメラだったらそれができると拡販したい。
香港の家電量販店、Broadwayの太古城中心店。多くのショッピングセンターに出店しており、デジカメも並んでいる
ただ、現状では、写真を撮ってシェアするという動きに対応しなければならない。そこで、「D500」を皮切りにSnapBridge(スナップブリッジ)という機能を新製品に搭載、スマホとカメラのBluetooth常時接続を実現した。一度設定すれば、ワイヤレスで近くに来たら自動的につながる。こうした機能を武器にしていく。
高級機が売れる。しかもスマホから高級機という買い方も
ニコンの一眼レフの売れ筋は通常、「D3400」や「D5500」などエントリーモデルだが、平均所得が高い香港では、「D7200」や「D750」といった高級機が売れ筋だ。コンパクトも比較的単価が高い。ニコンでは、SnapBridge搭載のDLシリーズなども人気だ。本当に安いものは若干残っているものの、中間的な製品はかなり減り、2極化が進んだ。とても安いか、あるいはプレミアム製品のいずれかという状況。何か特徴があるもでなければ売れなくなってきている。高級機が売れる香港のもう一つの特徴は、ステップアップという考え方の変化だ。これまでは、スマホから、コンパクト、一眼レフのエントリーモデルから中級機へ、そして上級機という流れが一般的だった。しかし、このところエントリーレベルの中での買い替え傾向が強まっている。さらに、スマホから、いきなり一眼レフの上級機に飛び込むというユーザーも珍しくなくなってきた。スマホにないものを求めた結果なのかもしれない。
Fortressの太古城中心店。訪れたときにはやや閑散としていたが、こちらも香港を代表する家電量販店
カメラを使っていない人にも、カメラの楽しみ方を広げたい。スマホで増えた写真人口をベースに、スマホでは撮れない写真がカメラだと撮れるということもアピールしながら、カメラに人を呼び戻したい。スマホとカメラをつなぐSnapBridgeが起爆剤になることを期待している。
また、画面で見る写真とプリントした写真は違う。これをどうやって伝えていけるか。プリントによる写真の楽しみ方、プリントによって楽しめるものも訴えていきたい。そもそも、写真はプリントして楽しむモノだと知らずに育ってきた人たちも増えてきた。こうした人たちにも映像、写真文化を伝えていきたい。