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LP復活で広がるアーティストの可能性、アップル幹部が語る新iPodとiTunes 9

インタビュー

2009/09/14 12:53

 9月10日、アップルが新しいiPodファミリーとiTunes 9を発表・発売した。これに合わせ、米アップル本社からiPod担当ワールドワイドプロダクトマーケティングのショーン・エリス氏と、iTunesのアジア・パシフィック・カナダ担当のピーター・ロウ氏が来日し、製品の魅力や開発のねらいについて語ってくれた。

iPod nanoになぜデジカメではなくビデオカメラ?



 ワールドワイドの携帯オーディオ市場では、圧倒的なシェアを誇っているアップルだが、こと日本に限っては、アップルのiPodとソニーのウォークマンは他を寄せつけない2強として、このところ激しいシェア争いを繰り広げている。そのため、今回の発表では、やはり「新しいiPodは何がどう変わったのか?」というところにまず目が向いてしまう。

 すでにマスコミ各社も報じているように、iPodファミリーの主力であるiPod nanoにビデオ撮影機能が搭載され、iPodファミリー全体で大幅なプライスダウンが図られたことが、もっとも大きなトピックといえるだろう。

新しいiPod nanoの裏面には、ビデオカメラとマイクがついた

 ところで、iPod nanoに搭載されたのはなぜ、静止画カメラではなく、ビデオカメラだったのだろうか? その点をショーン・エリス氏に尋ねてみると、「自作ビデオを作成して、YouTubeなどで公開して楽しむ人たちが増え続けている。ビデオのほうが、より多くの人と共有して楽しむのに向いている」と語る。たしかに、YouTubeやニコニコ動画などから、ヒット曲やアイドルが生まれていることを考えると、静止画よりも動画のほうが今の時代に合っているといえるかもしれない。

 「新しいnanoは、ビデオカメラ、マイク、スピーカーを搭載して、前モデルとまったく同じ大きさに収めた。しかも液晶ディスプレイは前モデルよりも0.2インチ大きして、0.4gとわずかだが軽くなっているほど。私たちは、nanoのサイズを大きくしないことが重要だと判断した」とエリス氏。静止画も、動画も、となると前モデルと同じサイズのボディに収めるのは難しかったようだ。そこで、「どちらがよりユーザーに楽しみを提供できるか」を考えた上で、静止画は見送り、ビデオだけを選んだという。このあたりの割り切り方は、実にアップルらしいというべきだろう。

 nanoで撮って、2.2型の液晶ディスプレイで見るビデオ映像は、これまでになかった体験でなかなか面白い。しかも、ビデオ撮影しながらリアルタイムに効果が適用できる15種類のエフェクトが内蔵されている。意外な映像も簡単に創り出すことができるわけだ。個人的には、モーションブラーやX線などのエフェクトが面白そうだと思った。

FMラジオと歩数計ではユーザーへの付加価値をプラス



 ビデオカメラを搭載しながらも、16GBモデルで1万7800円という価格で注目を集めている新しいiPod nano。新機能はまだまだほかにもある。その中でも、FMチューナーが搭載されたことと、歩数計が搭載されたことは、大きな出来事だろう。

 FMチューナーの搭載は、「音楽プレーヤーとしてのnanoの魅力を高めるもの」だとエリス氏。「音楽を楽しむことにこだわったから、音楽番組が多いFMラジオを聴けるようにした」という。画期的なのは、「ライブポーズ」と機能。通常聴いているラジオを「一時停止」できるもので、最大15分間、遡って再生できる。nanoでFMラジオを聴いているときに、誰かと出会って立ち話したり、かかってきた電話に応対したりするためにラジオを一時停止しても、その間が15分までなら、一時停止したところからまた聞き続けることができるのだ。

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 また、歩数計の搭載は、Nike + iPod Sport Kitにヒントを得た。「これまでのNike + iPod Sport Kitでは、シューズの底にセットするセンサー以外に、iPodのほうにもアダプタを装着する必要があって、これがスマートではなかった。そこで、iPod nanoに搭載されている加速度センサーをうまく使えないかと考えた」とエリス氏。

加速度センサーを使って歩数計機能を実現した

 3軸の加速度センサーは、そのために新たに開発したものではなく、従来と同じものを使用しているという。それをうまく使いながら、アダプタを装着することなく、iPod nanoだけで、歩数のカウントを可能にしたのである。本格的にランニングするなら、別売のNike + iPod Sport Kitでセンサーをシューズにセットして計測。そうでなければ、日々の通勤・通学、買い物や散歩などでのウォーキングは、iPod nanoだけで計測。ユーザーにとっては、利用の幅が広がったわけだ。

iPod touchには、なぜカメラの搭載が見送られたのか?



 ところで、iPod nanoにビデオカメラを搭載したのだから、当然、iPod touchにも、と考えるのがふつうだろう。touchの3.5インチディスプレイなら、ビデオ映像も、より楽しめるはずだ。今回なぜ、iPod touchにはビデオカメラを搭載しなかったのか、エリス氏に尋ねてみると、「多くの人にtouchを手にしてもらえるようにする、そのためには、価格を抑えることが重要だった」という答えが返ってきた。

 具体的には、8GBモデルで2万円を切る価格を実現し、32GBモデルも3万円以下に収めることを最優先した結果。つまり、主にコスト面から、今回はtouchへのカメラの搭載は見送られた、というのが真相のようだ。

プレスイベントでiPod touchの価格の安さを強調するフィル・シラー上級副社長

 考えてみると、iPod touchにカメラを搭載するなら、それはiPhone 3GSと同じように、静止画も動画も撮れるものでなければ、ユーザーとしても納得できないだろう。iPhone 3GSと同じ3.0メガピクセルの静止画撮影と、640X480ピクセルで毎秒30フレームの動画撮影ができるカメラをtouchにも搭載すれば、価格アップは避けられない。

 アップルでは、touchを「音楽プレーヤーであり、ポケットコンピューターであり、携帯ゲーム機である」と位置づけているようだ。電話機能こそないものの、いまやマルチ携帯端末となりつつあるtouchを、まずは1人でも多くの人に広めたい、というのが今回のアップルのねらいなのだろう。

iPod shuffleは特別仕様のステンレススチールが秀逸!



 もっとも安価なiPodであるiPod shuffleは、今回、カラーバリエーションが追加されて、さらに求めやすい価格になった。iPod shuffleは、本体に曲の再生・一時停止などのボタンを備えておらず、操作は付属のヘッドホンから行う仕組みになっている。そのため、「より良い音で聴きたいから、ヘッドホンにはこだわりたい」という人にとって、気に入った他社製のヘッドホンが使えないshuffleは、安価でも選択しにくいという面があるのではないだろうか。

 その点エリス氏は、「たしかに制約はあるが、最近では、サードパーティーからもshuffleの操作ができるヘッドホンが発売されているし、操作機構のないヘッドホンを使えるようにするための、shuffleに装着するアダプタも登場しているので、どうしても自分の好きなヘッドホンを使いたいという方は、ぜひそうした製品を利用してほしい。shuffleについては、可能な限り本体を小さく軽くして、背面のクリップで、服やカバンなどどこにでも取り付けられることが魅力だと考えている」との答えが返ってきた。

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 カラーバリエーションでいえば、Apple Store限定発売の光沢ステンレススチール仕様のshuffleが秀逸だ。仕上げの美しさはもちろん、存在感のある重さが感じられて、他のiPod shuffleとは明らかに一線を画すステイタスを感じさせてくれる。「適度な重さは、ステンレススチールの素材そのものの重さ。この特別仕様のshuffleは、ジュエリーを意識した」とエリス氏。新しいiPodファミリーの中でも、自分の持ち物にこだわりを持つ人にこそ、選んでほしいiPodなのだそうだ。

Apple Store限定発売の光沢ステンレススチール仕様のiPod shuffle

「iTunes 9」のホームシェアリングで共有が簡単に



 新製品の発表では、どうしてもハードのほうばかり目が向いてしまうが、実は今回は、iTunesとiTunes Storeの刷新も画期的な内容を含んでいる。

 9月10日からダウンロード可能になった新しい「iTunes 9」では、音楽やビデオのホームシェアリングが可能になった。「家庭内のMacやPCに保存されている音楽やビデオを、他のMacやPCからシェアできるようになった。

 例えば、ご主人が自分のPCで購入・保存していた楽曲を、家庭内LANを通じて、奥さまが自分のMacにコピーすることができる。また、その楽曲をiPodにコピーすることも可能だ。あるいは、1人で複数のMacを保有している人なら、それらをホームシェアリングして、どのMacでも同じライブラリの状態にしておくこともできる。自分でCDからリッピングして取り込んだ楽曲でも、iTunes Storeで購入した楽曲でも、区別なくシェアが可能だ」とピーター・ロウ氏。

音楽やビデオを共有したいMac・PCのiTunes Storeアカウントで認証すれば、ホームシェアリングが可能になる

 これまでも、それに近いことはできていたが、「iTunes 9」では、メニューの中に「ホームシェアリング」が用意されているので、それを選択するだけで、共有したい相手のライブラリにあって、自分のライブラリにはない音楽やビデオがリストアップされ、あとは1曲単位でも、全部まとめてでも、自由にコピーできるようになる。

 ホームシェアリングで制限されているのは、「シェアできるMacやPCの数は全部で5台以内であることと、それらが同じiTunes Storeのアカウントで認証されていること」の2つ。iTunes Storeにログインしている必要はなく、アカウントが認証されればOKなので、例えば、ふだん奥さまがiTunes Storeを利用するときは、自分のアカウントを使ってログインし、購入した楽曲の支払いも自分のクレジットカードで行っていても、ご主人のMacとホームシェアリングするときだけ、ご主人のアカウントをホームシェアリングの画面で入力すれば良いというわけ。

 「iTunes 9」のホームシェアリングなら、簡単かつ安全に楽曲やビデオの共有ができる。個人的には、これで複数のMacとiPodをすべて同じライブラリ、同じプレイリスト状態にしておけるので、おおいに助かる。「このiPodは、どのMacとシンクしてるんだっけ?」と迷わなくてすむ。

相性の良い組み合わせを提案してくれるGenius Mix



 「iTunes 9」ではまた、Genius(ジーニアス)も新しくなった。Geniusは、ユーザーのライブラリの中身を参照して、保有している楽曲のジャンルやアーティスト、再生回数、どの曲とどの曲が一緒に再生されることが多いか、よくスキップされるのはどの曲か、などさまざまな情報を世界中のiTunesユーザーから収集して、自分のライブラリにある楽曲と相性の良い曲を自動的に見つけ出してくれる機能だ。

Genius Mixは、世界中のiTunesユーザーからの膨大なデータをもとに、最大12個のミックスを自動的に作る
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 ロウ氏によると、「iPodというハード、iTunesというソフト、そしてiTunes Storeというサービスをトータルに提供してるアップルだからこそできるイノベーション、それがGenius。現在、Geniusには、2700万のライブラリと、60億トラックの楽曲情報が集められている」という。もちろん、収集されているのは楽曲に関する情報だけなので、個人情報はしっかりと守られている。

 「Geniusはこれまで、ユーザーが自分のライブラリの中のある1曲を選択すると、その楽曲と相性の良い曲をリストアップするという、どちらかというと受動的な役割に徹していたが、『iTunes 9』ではより積極的に、ユーザーにおすすめ曲を紹介するものに進化している。それがGenius Mixで、自分のライブラリの中にある楽曲で、最大12個のミックスをGeniusが自動的に作ってくれる。

 これは、単にジャンルで括っているわけではなく、また、シャッフルともまったく違う。世界中のユーザーからの膨大なデータを解析した上で、Geniusが創り出したミックスなので、思ってもいない組み合わせに出会うこともあるだろう」とピーター氏。自分のライブラリの中にあるのに忘れていた楽曲や、昔よく聴いていた楽曲などに再会する楽しみを、Genius Mixが提供してくれる。その日、そのときの気分で、Genius Mixのトラックを選んで聴いてみると、これまでとはちょっと違う、新鮮な音楽体験ができるだろう。

App StoreにもGenius機能がついた

温故知新でiTunes LPは音楽表現の新しい扉を開く?



 ところで実をいうと、今回アップルが発表した中で、もっとも画期的なことなのではないか、と個人的に密かに思っているのが、iTunes 9で対応が実現し、iTunes Storeでの販売がスタートした「iTunes LP」である。

 ロウ氏に、このiTunes LPについて尋ねてみた。「レコードというものを多くの人が目にしなくなって、かつて“LP”というものが存在したこと自体、知らない若者が増えている。しかし、LPでは、現在のCDよりももっとアーティスティックなイラストや写真を用いたカバージャケットが描かれ、アルバムの世界観を表現するブックレットや、アーティストのことをより深く理解するためのライナーノーツなどがセットされていた。LPは、私たちをより深く音楽に導いてくれるものだった。その文化を、もう一度、iTunes Storeを通じて復活させたいと考えた」と、ピーター氏は、iTunes LPに込めた、アップルの熱い思いを語ってくれた。

楽曲だけでなく、歌詞やライナーノーツ、ミュージックビデオなど、アルバム作品の世界観を表現するコンテンツがセットになった「iTunes LP」

 iTunes LPには、アルバム楽曲のほかに、歌詞やライナーノーツ、ビデオ、アーティスト本人からのメッセージなど、さまざまなコンテンツが盛り込まれている。ピーター氏によると「アップルは、あくまでツールを用意しただけ。それをどう使って、何を表現するかは、アーティスト次第。現在iTunes Storeで提供されているiTunes LPがすべてではなく、もっと多様な内容を盛り込んで展開することもできるだろう。アーティストが自分の世界を表現するために、どのような創造力を見せてくれるのか、アップル自身もとても期待している」のだそうだ。

 これまで、iTunes Storeにしろ、他のオンライン音楽ストアにしろ、CDの音源を転用して販売するケースが圧倒的に多かった。もちろん、オンライン専用に発表された楽曲もあるが、あくまで楽曲だけであることに変わりはない。一方、CDのほうでは、初回限定版などのかたちで、音楽CDとプロモーションビデオなどを収録したDVDの抱き合わせ販売が増えている。しかし、これも、単にCD+DVDというだけで、そこにトータルなアルバムの世界観が表現されているものは少ないように思う。

かつてのLPレコードの復活ともいえる「iTunes LP」。アーティストが表現できる世界は大きく広がる

 iTunes LPは、それらとはまったく別のものに育っていくのではないか、という期待感を抱かせてくれる。音楽も、言葉も、映像も、それらをアルバムコンセプトのもとにアーティストがトータルにコントロールして、こまでになかったような深く広がりのある音楽世界を味わわせてくれるのではないか、という期待だ。もしかすると、iTunes LPは、音楽の新しい扉を開く可能性を秘めているのではないだろうか。

 新しくなったiPodファミリーが巷の話題をさらっているが、実は、Genius MixやiTunes LPのような、ユーザーにとっての新しい音楽の楽しみ方、アーティストにとっての表現手段の新たな広がりにも、もっと注目をすべきだろう。単に製品をアップデートするだけでなく、そうした“音楽”そのものへのアプローチを忘れないアップル。「音楽が大好きで、いつも音楽と一緒にいたい、アーティストにステキな音楽をたくさん聴かせてほしい」という思いはたしかに伝わってきた。(フリーライター・中村光宏)

新しい第5世代iPod nanoとiPod shuffle
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