ネットブックを生み出したASUSが目指すものとは?
後にネットブックと呼ばれる新ジャンルの製品を、「Eee PC」シリーズで初めて世に送り出した台湾のPCメーカーASUSTeK Computer(ASUS)。もともとマザーボードやPC周辺機器メーカーとして、パソコンマニアには知られていた存在だったが、Eee PC発売からわずか1年たらずで日本でもメジャーなPCメーカーに躍進した。その日本法人アスースジャパンでマーケティングマネージャーを務めるシンシア・テンさんに、Eee PCを中心とする同社の戦略を聴いた。
――シンシア・テン マーケティングマネージャーに聴く
「こんなに売れるとは思わなかった」と振り返るのは、アスース・ジャパンのシンシア・テン マーケティングマネージャー。日本でネットブック旋風を巻き起こすきっかけになった「Eee PC 4G-X」は、08年1月25日の発売から、わずか3日間で1万台を完売してしまったからだ。「バッテリーをはじめとする部材が全く用意できていなかった」(テン マネージャー)ため、4月ごろまではほとんど買えない状態が続いた。
90年に4人のエンジニアが設立した台湾のPCメーカーASUS。マザーボードなどのPCパーツの製造販売からスタートし、97年に初めて自社ブランドPCを発売して以来、PCメーカーとしてもヨーロッパを中心に世界的に知名度が高まった。同社が新コンセプトのEee PCをインテルと共同で発表したのは07年6月。台湾で開かれたComputex台北だった。Eeeには「Easy to learn work and Play」の意味が込められている。日本語では「学ぶ、働く、遊ぶ、どれもかんたん、おてがるに」。
もともとPCを触ったことのない発展途上国の人たち向けに開発した製品だった。「正直、どうなるかは予想できなかった」(同)というが、07年10月に先進国で発売してみたら大ヒット。結局、07年末には米amazonで一番欲しいクリスマスプレゼントに選ばれるほどの人気を集めた。ここで手応えを得て、OSをLinuxからWindows XPに変更し日本でも展開することにした。こうしたバックグラウンドが、08年1月から始まる日本での大ヒットにもつながっていく。
結局、08年は3世代のEee PCを発売し、ASUSブランド全体の売り上げを前年比で17%押し上げた。07年時点ではPCパーツの売り上げが50%を占めていたが、08年にはノートPCとEee PCをあわせた売り上げが逆転。50%以上を占めるほどに成長した。全体の売上高が爆発的に伸びたわけではないが、「1年間ですごく有名になった」のは確かだ。
発売当初ASUSはEee PCを「ノートPCではなくモバイルインターネットデバイスと呼んでほしい」としていた。「ハイスペックなノートPCも作っているので、メーカーとしては、そちらも売りたい。最初から全く違うコンセプトとして打ち出したほうがいいと思った」からだ。実際に使ってみると、通常のノートPCと比べると確かにパフォーマンスは劣る。これを事前に説明しておいたほうがいいという判断もあった。
しかし日本では、「ミニノート」「ウルトラモバイルPC」といった呼び方が一般的になり、「モバイルインターネットデバイス」や「ネットブック」という名称はあまり広がらなかった。つまり「小さなPC」として受け入れられた面が強かった。
そのため、買ってみると意外に遅いというクレームは当初かなりあった。なかでも一番多かったのは記憶装置の容量が小さいというもの。当初は4GのSSD(Solid State Drive)しか積んでいなかったため、OSのWindows XPで使用する部分を除くと、1-2GB程度しか残らない。4GBのSDHCカードも同梱していたとはいえ、大容量のHDDを搭載したノートPCと比べるとあまりにも容量が少ない。「単に小さなPC」と「ネットに接続するデバイス」のコンセプトの違いが伝わっていなかった結果だ。「ネットブック」というコンセプトが多くの人に受け入れられるには、少し早すぎたのかもしれない。
最初のEee PCに搭載する記憶装置としてSSDを選んだのは、「ネットの初心者ユーザーを想定していた」から。「ネットの利用であれば容量はいらないだろう」と考えていた。2番目のモデルからは無料のオンラインストレージを提供、データをそこに保存するような利用法を提唱し容量の不足分を補った。「万一データが壊れてもどこかにバックアップがあるという使い方」でもあったわけだが、現在に至るまで、オンラインストレージの利用率は高くないという。テン マネージャーは「長い目で見れば皆さんに使っていただけると信じている」と話し、ネットに接続して利用する端末、というコンセプト自体は全く変わらないと強調した。
一方で、「安いノートPCを購入したい」と考える初心者も増え、市場の要望が高まってきたこともあり、HDDモデルの追加の検討も始めた。「手軽に持ち運べるというコンセプトからSSDのメリットを考えるとハードディスクの搭載はどうだろうと悩んでいた時期もあった」という。
ただ、「デジカメで撮った写真をすぐ見たいといった用途だと、どうしても1、2GB程度だと足りない。多少衝撃に弱くてもHDDがいいという声も多かった」ことから、08年10月、160GBのHDDを搭載したモデルを発売することにした。「HDD搭載モデルを発売して一番変わったのは、初心者が増えたこと」。初心者にとってSSDはわかりにくい。その上、SSDのメリットは店頭で説明するのが難しい。結局「SSDとかHDDとかではなく、単純に容量の大きいほうがいい」という初心者層がHDDを選択したようだ。
モデルによっては、現在、3万円を切る価格で販売されているEee PC。ここまで安くできる秘密はなんだろう? 1つは部品の調達力だ。「マザーボードなどの製品を手がけているうえ、販売先も全世界に広がっているため、大量購入で安くパーツを調達できる」のは大きい。
→次ページ:販売チャネルの拡大とラインアップの拡充
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さらに「開発などもすべて自社で行っているので、そういった外注コストも発生しないから、極めてローコストで開発・製造が可能」なことも低価格に貢献している。テン マネージャーは「設計から製造まですべて自社でまかなっているPCメーカーは世界でもASUSだけではないか? 少なくともネットブックですべて自社生産しているのはASUSだけ」と胸を張る。しかし、いくらローコストとはいえ、破格の安さで製品を販売していて果たして利益が出ているのか? 率直に質問をぶつけてみると「利益は取れているので問題はない」という答が返ってきた。
もともと価格が安いEee PCだが、さらに格安で製品を購入する方法がある。イー・モバイルの回線契約とのセット販売だ。事実上の割賦販売だが、イニシャルコストは極めて低く抑えられる。回線契約を増やすために苦労していた同社にとって、Eee PCは非常にいい商材だったようだ。08年夏に始めた100円PCのキャンペーンは、ネットブック市場を一気に拡大する起爆剤になった。
仕組みは「イー・モバイルがEee PCを販売店から購入して、100円などで販売」するといったもの。「ASUSとしては協賛しているわけではない」というが、「お互いにWin-Winの関係になっている」のは間違いない。
「キーワードは初心者の獲得」とテン マネージャーは話す。もともとEee PCは「Windows Live」との親和性が高く、初心者向けのつくりになっている。ビデオチャットも簡単にできるほか、ブログやホットメールがすぐ使えるよう設定して販売している。今年4月からは、有害サイトへの接続を防止する「iフィルター」もすべてのEee PCに入れていく予定だ。
さらに販売チャネルの拡大にも取り組んでいる。手始めに3月、玩具チェーンの「トイザらス」でEee PCの販売を開始した。トイザらス側からのアプローチで実現したもので、同チェーンでPCを販売するのは初めて。「専用の什器も含め、売り場にあわせた販売プランづくりには苦労した」とテン マネージャーは笑う。子どもを意識したユーザーの裾野を広げるのが目的。例えばクリスマスプレゼントなどでの購買拡大も期待している。
また、鉄道の駅構内などの公共スペースや、ショッピングモールなどでも積極的に製品に触れてもらうイベントを開き、初心者獲得のプロモーションを増やしていく構えだ。トイザらスでは、「子ども向けのイベントも考えている」という。このほか、ゴールデンウイーク明けごろには、さらに新しいプランも用意しているようだ。
ネットブックの登場で、ユーザーにも変化が起きている。「ライフスタイルがずいぶん変わってきているのではないか」とテン マネージャーは語る。彼女自身、自宅にはデスクトップとノートそれぞれ1台ずつしか持っていなかったという。Eee PCが出る前の話だ。しかしEee PCを発売してすぐに「自腹で3台購入し各部屋に一台ずつ置いている」と笑う。何か気になったら、すぐにネットで調べるという生活になった。「母が日本に遊びに来たとき、欲しいといわれ、そのままプレゼントしたこともあった」という。もし20万円もするようなPCならそうはいかないだろう。
一方ネットブックの側も変わろうとしている。複数の業界関係者が口をそろえて語るのは画面サイズの大型化だ。ASUSでは、12.1型ワイド液晶を搭載した「S121」を5月に発売する。Eee PCの1つ上の製品で、Eee PC S101やEee PC S101Hの上位モデル。価格は8万9800円とやや高いが、CPUにインテルのAtomを搭載していることからも、ほぼネットブックと呼べる範疇の製品といえるだろう。
さらにASUSは、デスクトップ型の「Eee Box」に加え、この4月にはタッチパネル式の液晶一体型デスクトップ「Eee Top」も発売した。今後「ネットブック」は「ブック」という形態だけに収まらない存在に進化していくのかもしれない。
ネットブックの拡大でわかるとおり、これまでのハイパフォーマンスを追求する流れとは、明らかに異なる市場が広がってくる可能性は大きい。10万、20万円を出してPCは買えないが、これだったら買ってみようかという気にさせる製品。「それなら触ってみようかという人たちが徐々に増えてきている」ようだ。子どもや高齢者といった人たちにも広がる可能性を大いに秘めている。
さて、ASUSはこれから、どんな方向に進んでいくのだろう? 08年の10月からインテルと共同で取り組んでいる、「WEPC.com」という取り組みがある。みんなの理想のPCを募集する企画だ。ここに寄せられたアイデアスケッチを見ると「理想のPCとは必ずしもハイスペックなものではない」ということがよくわかる。人々が望んでいるのは「速いPC」ではなく、いろんな意味で「使えるPC」だ。
具体化した一例として、3月にドイツで開かれたCeBIT 2009(セビット:国際事務・情報・通信技術見本市)で、いくつかの製品を出展した。例えば、キーボードそのものがPCになっている「Eeeキーボード」や、折りたたみPCなどがそれだ。「自社製品とはいえ、ワクワクするようなものを開発しているのが嬉しい」とテン マネージャーは目を輝かせた。コンセプトを形にするのが速い。エンジニアが支える会社だからこそできることだ。
ASUSを一言で表現すると「イノベーション」だという。同時に「中国のコスト、台湾のスピード、日本のクオリティ」を目指すという。世界的な景気後退の影響もあり、PC市場だけでなく、デジタル製品市場全体が大きな構造変革を求められている。そんな時代にあっても、このポリシーのもと、さらにワクワクする製品を作り続ける姿勢は頼もしい。「あなたが欲しいと思うなら、そのマシンをつくりますよ」テン マネージャーは最後に笑顔で語りかけた。(BCN・道越一郎)
*「BCNランキング」は、全国の主要家電量販店からPOSデータを毎日収集・集計している実売データベースです。これは日本の店頭市場の約4割をカバーする規模で、パソコン本体からデジタル家電まで124品目を対象としています。 adpds_js('http://ds.advg.jp/adpds_deliver', 'adpds_site=bcnranking&adpds_frame=waku_111350');
――シンシア・テン マーケティングマネージャーに聴く
正直、どうなるかは予想できなかった
「こんなに売れるとは思わなかった」と振り返るのは、アスース・ジャパンのシンシア・テン マーケティングマネージャー。日本でネットブック旋風を巻き起こすきっかけになった「Eee PC 4G-X」は、08年1月25日の発売から、わずか3日間で1万台を完売してしまったからだ。「バッテリーをはじめとする部材が全く用意できていなかった」(テン マネージャー)ため、4月ごろまではほとんど買えない状態が続いた。
90年に4人のエンジニアが設立した台湾のPCメーカーASUS。マザーボードなどのPCパーツの製造販売からスタートし、97年に初めて自社ブランドPCを発売して以来、PCメーカーとしてもヨーロッパを中心に世界的に知名度が高まった。同社が新コンセプトのEee PCをインテルと共同で発表したのは07年6月。台湾で開かれたComputex台北だった。Eeeには「Easy to learn work and Play」の意味が込められている。日本語では「学ぶ、働く、遊ぶ、どれもかんたん、おてがるに」。
もともとPCを触ったことのない発展途上国の人たち向けに開発した製品だった。「正直、どうなるかは予想できなかった」(同)というが、07年10月に先進国で発売してみたら大ヒット。結局、07年末には米amazonで一番欲しいクリスマスプレゼントに選ばれるほどの人気を集めた。ここで手応えを得て、OSをLinuxからWindows XPに変更し日本でも展開することにした。こうしたバックグラウンドが、08年1月から始まる日本での大ヒットにもつながっていく。
結局、08年は3世代のEee PCを発売し、ASUSブランド全体の売り上げを前年比で17%押し上げた。07年時点ではPCパーツの売り上げが50%を占めていたが、08年にはノートPCとEee PCをあわせた売り上げが逆転。50%以上を占めるほどに成長した。全体の売上高が爆発的に伸びたわけではないが、「1年間ですごく有名になった」のは確かだ。
早すぎた「ネットブック」のコンセプト
発売当初ASUSはEee PCを「ノートPCではなくモバイルインターネットデバイスと呼んでほしい」としていた。「ハイスペックなノートPCも作っているので、メーカーとしては、そちらも売りたい。最初から全く違うコンセプトとして打ち出したほうがいいと思った」からだ。実際に使ってみると、通常のノートPCと比べると確かにパフォーマンスは劣る。これを事前に説明しておいたほうがいいという判断もあった。
しかし日本では、「ミニノート」「ウルトラモバイルPC」といった呼び方が一般的になり、「モバイルインターネットデバイス」や「ネットブック」という名称はあまり広がらなかった。つまり「小さなPC」として受け入れられた面が強かった。
そのため、買ってみると意外に遅いというクレームは当初かなりあった。なかでも一番多かったのは記憶装置の容量が小さいというもの。当初は4GのSSD(Solid State Drive)しか積んでいなかったため、OSのWindows XPで使用する部分を除くと、1-2GB程度しか残らない。4GBのSDHCカードも同梱していたとはいえ、大容量のHDDを搭載したノートPCと比べるとあまりにも容量が少ない。「単に小さなPC」と「ネットに接続するデバイス」のコンセプトの違いが伝わっていなかった結果だ。「ネットブック」というコンセプトが多くの人に受け入れられるには、少し早すぎたのかもしれない。
HDDモデルが開拓した初心者層
最初のEee PCに搭載する記憶装置としてSSDを選んだのは、「ネットの初心者ユーザーを想定していた」から。「ネットの利用であれば容量はいらないだろう」と考えていた。2番目のモデルからは無料のオンラインストレージを提供、データをそこに保存するような利用法を提唱し容量の不足分を補った。「万一データが壊れてもどこかにバックアップがあるという使い方」でもあったわけだが、現在に至るまで、オンラインストレージの利用率は高くないという。テン マネージャーは「長い目で見れば皆さんに使っていただけると信じている」と話し、ネットに接続して利用する端末、というコンセプト自体は全く変わらないと強調した。
一方で、「安いノートPCを購入したい」と考える初心者も増え、市場の要望が高まってきたこともあり、HDDモデルの追加の検討も始めた。「手軽に持ち運べるというコンセプトからSSDのメリットを考えるとハードディスクの搭載はどうだろうと悩んでいた時期もあった」という。
ただ、「デジカメで撮った写真をすぐ見たいといった用途だと、どうしても1、2GB程度だと足りない。多少衝撃に弱くてもHDDがいいという声も多かった」ことから、08年10月、160GBのHDDを搭載したモデルを発売することにした。「HDD搭載モデルを発売して一番変わったのは、初心者が増えたこと」。初心者にとってSSDはわかりにくい。その上、SSDのメリットは店頭で説明するのが難しい。結局「SSDとかHDDとかではなく、単純に容量の大きいほうがいい」という初心者層がHDDを選択したようだ。
安さの秘密は調達力と自社開発・自社製造
モデルによっては、現在、3万円を切る価格で販売されているEee PC。ここまで安くできる秘密はなんだろう? 1つは部品の調達力だ。「マザーボードなどの製品を手がけているうえ、販売先も全世界に広がっているため、大量購入で安くパーツを調達できる」のは大きい。
→次ページ:販売チャネルの拡大とラインアップの拡充
___page___
さらに「開発などもすべて自社で行っているので、そういった外注コストも発生しないから、極めてローコストで開発・製造が可能」なことも低価格に貢献している。テン マネージャーは「設計から製造まですべて自社でまかなっているPCメーカーは世界でもASUSだけではないか? 少なくともネットブックですべて自社生産しているのはASUSだけ」と胸を張る。しかし、いくらローコストとはいえ、破格の安さで製品を販売していて果たして利益が出ているのか? 率直に質問をぶつけてみると「利益は取れているので問題はない」という答が返ってきた。
もともと価格が安いEee PCだが、さらに格安で製品を購入する方法がある。イー・モバイルの回線契約とのセット販売だ。事実上の割賦販売だが、イニシャルコストは極めて低く抑えられる。回線契約を増やすために苦労していた同社にとって、Eee PCは非常にいい商材だったようだ。08年夏に始めた100円PCのキャンペーンは、ネットブック市場を一気に拡大する起爆剤になった。
仕組みは「イー・モバイルがEee PCを販売店から購入して、100円などで販売」するといったもの。「ASUSとしては協賛しているわけではない」というが、「お互いにWin-Winの関係になっている」のは間違いない。
「トイザらス」でも販売して裾野を拡大
「BCNランキング」の集計では、ネットブックとほぼ同じカテゴリーの「ミニノートPC」(画面サイズが10.2インチ以下のノートPC)が、ノートPC全体に占める割合は、08年1月は5.4%だった。これが09年3月には24.6%と5倍近くまで拡大した。しかしこの水準は08年秋ごろから大きな変化はない。ネットブックの快進撃も一服という状況だ。今後は、より広い層を取り込んでいくことが課題になる。ASUSは、戦略どんな戦略で臨むのだろうか?
「キーワードは初心者の獲得」とテン マネージャーは話す。もともとEee PCは「Windows Live」との親和性が高く、初心者向けのつくりになっている。ビデオチャットも簡単にできるほか、ブログやホットメールがすぐ使えるよう設定して販売している。今年4月からは、有害サイトへの接続を防止する「iフィルター」もすべてのEee PCに入れていく予定だ。
さらに販売チャネルの拡大にも取り組んでいる。手始めに3月、玩具チェーンの「トイザらス」でEee PCの販売を開始した。トイザらス側からのアプローチで実現したもので、同チェーンでPCを販売するのは初めて。「専用の什器も含め、売り場にあわせた販売プランづくりには苦労した」とテン マネージャーは笑う。子どもを意識したユーザーの裾野を広げるのが目的。例えばクリスマスプレゼントなどでの購買拡大も期待している。
また、鉄道の駅構内などの公共スペースや、ショッピングモールなどでも積極的に製品に触れてもらうイベントを開き、初心者獲得のプロモーションを増やしていく構えだ。トイザらスでは、「子ども向けのイベントも考えている」という。このほか、ゴールデンウイーク明けごろには、さらに新しいプランも用意しているようだ。
実は3台買っちゃいました……
ネットブックの登場で、ユーザーにも変化が起きている。「ライフスタイルがずいぶん変わってきているのではないか」とテン マネージャーは語る。彼女自身、自宅にはデスクトップとノートそれぞれ1台ずつしか持っていなかったという。Eee PCが出る前の話だ。しかしEee PCを発売してすぐに「自腹で3台購入し各部屋に一台ずつ置いている」と笑う。何か気になったら、すぐにネットで調べるという生活になった。「母が日本に遊びに来たとき、欲しいといわれ、そのままプレゼントしたこともあった」という。もし20万円もするようなPCならそうはいかないだろう。
一方ネットブックの側も変わろうとしている。複数の業界関係者が口をそろえて語るのは画面サイズの大型化だ。ASUSでは、12.1型ワイド液晶を搭載した「S121」を5月に発売する。Eee PCの1つ上の製品で、Eee PC S101やEee PC S101Hの上位モデル。価格は8万9800円とやや高いが、CPUにインテルのAtomを搭載していることからも、ほぼネットブックと呼べる範疇の製品といえるだろう。
さらにASUSは、デスクトップ型の「Eee Box」に加え、この4月にはタッチパネル式の液晶一体型デスクトップ「Eee Top」も発売した。今後「ネットブック」は「ブック」という形態だけに収まらない存在に進化していくのかもしれない。
ネットブックの拡大でわかるとおり、これまでのハイパフォーマンスを追求する流れとは、明らかに異なる市場が広がってくる可能性は大きい。10万、20万円を出してPCは買えないが、これだったら買ってみようかという気にさせる製品。「それなら触ってみようかという人たちが徐々に増えてきている」ようだ。子どもや高齢者といった人たちにも広がる可能性を大いに秘めている。
中国のコスト、台湾のスピード、日本のクオリティーでイノベーション
さて、ASUSはこれから、どんな方向に進んでいくのだろう? 08年の10月からインテルと共同で取り組んでいる、「WEPC.com」という取り組みがある。みんなの理想のPCを募集する企画だ。ここに寄せられたアイデアスケッチを見ると「理想のPCとは必ずしもハイスペックなものではない」ということがよくわかる。人々が望んでいるのは「速いPC」ではなく、いろんな意味で「使えるPC」だ。
具体化した一例として、3月にドイツで開かれたCeBIT 2009(セビット:国際事務・情報・通信技術見本市)で、いくつかの製品を出展した。例えば、キーボードそのものがPCになっている「Eeeキーボード」や、折りたたみPCなどがそれだ。「自社製品とはいえ、ワクワクするようなものを開発しているのが嬉しい」とテン マネージャーは目を輝かせた。コンセプトを形にするのが速い。エンジニアが支える会社だからこそできることだ。
ASUSを一言で表現すると「イノベーション」だという。同時に「中国のコスト、台湾のスピード、日本のクオリティ」を目指すという。世界的な景気後退の影響もあり、PC市場だけでなく、デジタル製品市場全体が大きな構造変革を求められている。そんな時代にあっても、このポリシーのもと、さらにワクワクする製品を作り続ける姿勢は頼もしい。「あなたが欲しいと思うなら、そのマシンをつくりますよ」テン マネージャーは最後に笑顔で語りかけた。(BCN・道越一郎)
*「BCNランキング」は、全国の主要家電量販店からPOSデータを毎日収集・集計している実売データベースです。これは日本の店頭市場の約4割をカバーする規模で、パソコン本体からデジタル家電まで124品目を対象としています。 adpds_js('http://ds.advg.jp/adpds_deliver', 'adpds_site=bcnranking&adpds_frame=waku_111350');