ポメラは熱い妄想から生まれた!? 開発者が語る誕生の秘密とこれから
テキスト入力しかできない「デジタルメモ」という新しい製品ジャンルを開拓したキングジムの「ポメラ DM-10」。文庫本サイズのボディーに折りたたみ式のキーボードとモノクロ液晶がついただけのシンプルな製品だ。しかし、この書くためだけの道具が今人気を呼んでいる。08年を代表する製品として<a href="http://bcnranking.jp/best_product/product/index.html">「BCN Best Product 2009」</a>にも選出された。どうしてこんな製品を世に送り出したのか? これからどこへ進むのか? 開発者に聴いた。
「カバンの片隅に入って、テキストだけ打てて電源の心配をせずに使えるものがないかと、常々モヤモヤしていました」と語るのは、「ポメラ」の生みの親、開発本部・電子文具開発部・開発課の立石幸士リーダー。毎日のように行うミーティングを記録したり、ちょっとしたアイディアを打ち込める手軽なツールがずっとほしかったという。
以前はB5のノートPCを持ち歩いていたが、軽いものでも1kg程度はある。バッテリーの「持ち」も心配でACアダプターも一緒に持ち歩くと結構かさばってしまう。必ずしも満足できる使い勝手ではなかった。しかし、ふとノートPCの用途を振り返ると、結局は、ちょっとした議事録だったり、アイディアを書き込んだりする「テキスト入力」がほとんど、ということに気がついた。
そこで、「折りたたみ式のキーボードとモノクロ液晶でコンパクトなきょう体、電池で駆動するテキストだけ打てるもの、あとはいらない」そんなマシンの構想を思いついた。07年の5月に一枚の簡単な企画書に概要をまとめ、社内のアイディア会議にかけてみた。評判は上々。そして1人が「それってデジタルメモだよね」とつぶやいた。これがポメラのコンセプトを決めた。
開発部は、もともとミーティングが多い。毎日何がしかのミーティングをしている。そんなときに手軽にメモが取れる製品ということで、企画はすんなりと受け入れられた。そこから、40歳代前半から昨年入った新人までと5名からなるチームで、デジタルなメモ帳づくりが始まった。「ポケット・メモ・ライター」、ポメラ開発のスタートだ。
キングジムの電子文具といえば、ラベルライターの「テプラ」。そのため、同社の開発部門の担当者は何らかの形で、テプラの開発に携わるのが普通だという。しかし立石さんは、RF-IDを応用したファイル管理システムやネットワーク対応のタイムレコーダー、携帯電話の周辺製品の開発を行ってきたが、珍しくテプラの開発には携わったことがなかった。
結果的にポメラには、テプラの技術を生かすことができなかった。まさにゼロからのスタート。Windowsのメモ帳やWordなどを参考にしながら、仕様を固めていく。エクセルに1つ1つ書いていき、製品の像を具体的にまとめる作業を続けた。これまで温めてきた「こんなものがほしい」という思いを、エクセルのシートにすべて吐き出していく。立石さんは「基本的に妄想から始めてるんです」と表現した。
製品化するかどうかの最終的な意思決定は、役員も含めた「開発会議」で行う。そこにいたるまでの会議では、すぐに参加者の理解が得られスムースに進行してきた。誰もが「手軽にデジタルメモが取れる何か」を待ち望んでいたからだ。
製品の概要が固まった07年の12月、いよいよ役員を含めた開発会議だ。しかし、さすがに毎日自ら議事録取りに追われているような人はいない。製品の説明をしても「ふーん」という、どうにもピンと来ない雰囲気が流れた。そこへ1人の役員が「こんなのを待っていた。お金を出してでもほしい」と発言。空気が変わった。社長が常々「お金を出して買いたいという人が1人でもいるということはそこに市場があるということ」と話していたこともあり、製品化にGOが出た。
製品発表は08年の10月に決まった。約10か月で量産にまでこぎつけなければならない。開発チームにとって大忙しの日々が始まった。
実際の設計・製造でタッグを組んだのは中国の協力会社。キングジムはプロデュースにまわり、相互に協力し合いながら製品を形にしていく。この会社と組むのは今回が初めて。人づてに紹介してもらったり、ウェブサイトで探して突然電話したりといろいろな手段で片っ端からあたっていった中、製品を理解してくれ、面白いと賛同してくれた会社を選んだ。
月に1-2回は現地に行って打ち合わせ、という生活が続く。交渉はすべて英語だ。ところが「英語がぜんぜん苦手」な立石さん。とにかく単語をつなぎ合わせたり筆談したり、最後はボディーランゲージも交えてでも、なんとか意志を伝えていく。「中国のエンジニアに僕たちの妄想を伝えてディスカッションを重ねて作り上げていきました」(立石さん)。
カタコトの英語を使った打ち合わせは大変だったというが、「1時間でホワイトボードが真っ黒になるくらい」密度の濃いものだったという。開発の山場には3週間連続で滞在して細部を詰めていった。実は、製品を発表した10月21日には、立石さんは日本で発表会に参加したものの、他のメンバーはまだ現地に残って量産品の品質を安定させるべく詰めの作業を行っていたという。まさにぎりぎりのスケジュールだった。
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製品化でこだわったのは手軽さと電池の持ち。370gの文庫本サイズでどこにでも持ち歩けるというのは重要な要素だ。加えて、電源の心配がいらない20時間の駆動時間。本当はもっと持続させたかったが、どうしても20時間は切りたくなかった。というのも、1日4時間使って5営業日、つまり1週間は電池を交換せずに使えるという安心感がほしかったから。単4乾電池2本という電源構成にしたのも、どこでも手に入るという安心感を重視したためだ。
もちろん、入力のしやすさにもこだわった。ディスプレイは今時珍しいバックライトのない反射型モノクロ液晶。だが、コントラストが非常に高く、かなり暗いところでも十分に使える。数ある候補の中から、その性能の高さから「一目ぼれ」で決めた。そして、パンタグラフ式で折りたたみ可能なキーボード。キーピッチは約17mmmで、キーの横幅は均一にして、打ち間違いをしないよう配慮。適度なクリック感のあるキータッチにもこだわった。
キーボードの左側には足があるが、折りたたむ構造上、右側には足がつけられない。そのため、打ち方によっては不安定になってしまう。それが悩みの種だったと立石さん。しかし、本体底部から「固定アーム」を引き出して使えば安定して使えることに気がついた。そのとき「自分の中では神が降臨したような名案だと思った」という。「引き出せばいいじゃないか!」と。ただ、普通に板を引き出してキーボードを支えるというきわめてアナログ的な構造のため、決してスマートではない。「あわててつけたわけではないけれど、確かに取ってつけた感は否めないですね」と苦笑する。
「書く道具」を意識して耐久性も考慮した。2万回以上の開閉に耐え、一般のノートPCと同等の打鍵数に耐えるようキーボードを設計。75cmの高さから6面のどこから落としても大丈夫という落下耐久性も備えた。また、本体の補強も兼ねた天板は鏡面仕上げ。きょう体にはラバー塗装を施して、毎日持ち運びたくなるような質感にも気を配った。
「贅沢な作り」になっているとはいえ、このところ低価格なネットブックの存在が大きくなっている。決してライバル視しているわけではないが、あまり近い価格にはできないという思惑があった。結局2万7300円という価格に落ち着いた。立石さんは「実は2万円を切りたかった。しかし部材の質や耐久性などを考えると、どうしてもそれより高くなってしまった」と話す。09年に入り実売価格はだいぶこなれてきて、2万円を切るようになり、結果的に目標の価格はクリアできた形だ。
「通信機能がなくメールのやり取りもウェブの閲覧もできないような機械が注目を浴びるとは思ってもいなかった」と語るのは広報部の田辺賢一リーダー。製品を発表した直後から、その反響の大きさにびっくりしたという。特にインターネットのヘビーユーザーからの反響が大きかったのは意外だった。何から何までネット接続が必要というわけではなく、場面に応じてツールを使い分ける、実は高度な使い方をする人たちだと実感したという。
「もちろんパソコンも使うが、ポメラが威力を発揮する場面を、説明しなくても理解していただいている。その上で、掲示板やブログで書いていただけるのがありがたい」と、田辺さんはユーザーのこうした活動も製品の好調を支えていると話す。ネット時代だからこそ生まれたヒット商品なのかもしれない。
法人向けのビジネスが中心の同社だけに、これほどユーザーからの直接的な反響があった製品は始めて。08年の12月には、mixiのコミュニティをきっかけにしたポメラユーザー会が開かれ、招かれて参加した。そんな会合に出るのは初めての経験だったので、何を言われるかとびくびくしながら出席してみたところ、ポメラの熱狂的なファンばかり。
「ほとんどの方が発売日に購入されたようです。しかもそれぞれの天板には思い思いのステッカーが貼られていて、2台と同じポメラはない。ここまで愛着をもっていただいているのかとありがたかった」と田辺さんは顔をほころばせた。
08年12月10日付けで「製品供給不足に関するお詫び」と題する発表をするほど人気が集まり、一時品薄になったポメラだが、2月に入ってこの状況はほぼ解消。現在は月間1万台程製造するまでになっており、最初の1年間で掲げた3万台の販売計画も余裕でクリアできそうだ。
日常的に、いろんな場所でテキストデータを打ち込んでいる人に、大歓迎された全く新しい製品「ポメラ」。だからこそ、さまざまな要望がすでに同社に集まっているという。
「書くということしか考えていなかったので、出してみて初めて、足りないところがたくさんあることがわかりました」(立石さん)。特に要望が多いのは、1ファイル「8000文字まで」の文字数制限とファイルの検索に関するもの。本体メモリのデータ領域が約128KBしかなく、16KBずつのブロックを8つ確保している。この16KBが全角8000文字にあたる。ちなみにコピーアンドペーストは最大が4000文字。
8000文字といえば、400字詰め原稿用紙で20枚分。メモというコンセプトからこれだけあれば十分だと考えていた。そんなに長い文書をポメラで打ってしまって良いのかとも思ったが、やはりこのへんは次のバージョンで見直す対象にしたいという。また、現在は書き溜めたファイルを検索する仕組みがない。ここも改良ポイントだ。
また、「とにかく書くだけ」というディバイスづくりに集中していたため、書いたものを携帯電話で送るという発想も全くなかった。microSDカードを使えるようにしたのは、単に貧弱な本体メモリを補強するためで、携帯との接続を考えたわけではない。さすがにPCとの接続は必要と考え、USBでつなげるようにしたぐらい。ところが発売してみて、特に記者のような人たちに、書いたものを携帯で送りたいという要望があることもわかった。今後進化するにあたっては大きなポイントになりそうだ。
しかし、SIMを使うような携帯との一体化は考えていない。また、写真やPDFファイルを閲覧するようなビュアー的な機能もつけるつもりはない。とにかく入力に専念するディバイスを突きつめていきたい。書く道具というところからは離れたくない。「デジタルメモ」の本質を大きく逸脱するような変更はない。「ポメラはポメラでなければならない」。立石さんはそう考えている。 ___page___
ストイックなまでに文字入力に特化したポメラ。今後どんな方向に進化するのかは気になるところだ。ハード面では「もっと薄く、軽くしたい。キーボードや画面は小さくしてしまうと使いにくくなるが、薄さはまだ改善の余地がある。重さも370gと軽量ではあるが、まだずっしりとした感じ。もう少し軽くしたい」(立石さん)という。
田辺さんも「今は、キングジムが初めて世に出したということで、許していただいている部分はあると思う。これだけ注目度が高まったこともあり、次のバージョンでも、いい加減なことができないと気を引き締めている。ユーザーの方々の期待を受け止め、少しスパイスを加えて、いい意味で期待を裏切る製品を出していければ」と話す。
ただ、いかに新いいジャンルの製品といっても、1社1モデルだけでは市場の拡大はおぼつかない。立石さんは「今販売店にデジタルメモという売り場があるわけではなく、ある意味でまだスキマ商品であることには違いない。やはり製品ジャンルの拡大を考えれば、多少競合製品も出てきたほうがいいのかもしれない」と語る。同社は、ラベルライター分野にカシオやブラザーが参入してした際に、競合製品の登場で製品ジャンルの認知が高まったという経験をしている。競合の登場効果もよく理解しているわけだ。もちろん今後、自社製品でのラインアップ展開も考えているようだ。
キングジムのメイン需要は法人で、売り上げのほぼ8割を占める。しかし景気後退の影響を受け、現在、法人需要は厳しい。1月28日には通期で赤字に転落する見込みを発表したばかりだ。一方、好評のポメラは一般消費者の方向け製品ということもあり、法人需要の後退による影響が少ない。さらに業績の落ち込みを幾分カバーしているような状況だ。会社としても希望の星としてとらえている。
田辺さんは「どれくらい多くの人たちに支持されるかはまだわからないが、関心度が深い製品だというのが大きな特徴。浮ついてはいけないけれど、もしかしたら大きな市場が潜んでいるかもしれない」と期待を寄せる。
「使っていただくとわかるんですが手放せなくなります。使いこなす人たちにとっては生活のスタイルが変わってしまうほどの道具」と立石さんは語る。インタビューの前日、たまたま1日休暇を取って銀座をぶらぶらと歩きながら、入ったカフェで次期ポメラのアイディアを書き連ねたという。もちろんポメラで。その一部を見せてもらった。そこにはさまざまなアイディアがズラリと並んでいた。「休みの日に何をしているのかと思うこともありますが」と照れ笑いしながらも、自ら開発したポメラに惚れ込んで使っている。
現在同社の会議ではポメラを使う人が非常に多い。ある会議では、目の前に座った5人が5人ともポメラを使っていた、ということもあった。開発チームはもちろん全員がポメラ。しかも、天板の色も没になったものなどを使っている人もいる。ただ、共通しているのは「みんな、気に入って使っている」という点だ。
本当にほしいものを徹底的に追求してつくる……。ものづくりの原点をポメラの開発に見た思いがした。(BCN・道越一郎)
テキスト入力だけでいい! あとはいらない
「カバンの片隅に入って、テキストだけ打てて電源の心配をせずに使えるものがないかと、常々モヤモヤしていました」と語るのは、「ポメラ」の生みの親、開発本部・電子文具開発部・開発課の立石幸士リーダー。毎日のように行うミーティングを記録したり、ちょっとしたアイディアを打ち込める手軽なツールがずっとほしかったという。
以前はB5のノートPCを持ち歩いていたが、軽いものでも1kg程度はある。バッテリーの「持ち」も心配でACアダプターも一緒に持ち歩くと結構かさばってしまう。必ずしも満足できる使い勝手ではなかった。しかし、ふとノートPCの用途を振り返ると、結局は、ちょっとした議事録だったり、アイディアを書き込んだりする「テキスト入力」がほとんど、ということに気がついた。
そこで、「折りたたみ式のキーボードとモノクロ液晶でコンパクトなきょう体、電池で駆動するテキストだけ打てるもの、あとはいらない」そんなマシンの構想を思いついた。07年の5月に一枚の簡単な企画書に概要をまとめ、社内のアイディア会議にかけてみた。評判は上々。そして1人が「それってデジタルメモだよね」とつぶやいた。これがポメラのコンセプトを決めた。
開発部は、もともとミーティングが多い。毎日何がしかのミーティングをしている。そんなときに手軽にメモが取れる製品ということで、企画はすんなりと受け入れられた。そこから、40歳代前半から昨年入った新人までと5名からなるチームで、デジタルなメモ帳づくりが始まった。「ポケット・メモ・ライター」、ポメラ開発のスタートだ。
すべては「妄想」から始まった
立石さんは「ゼロからの立ち上げで、最初は大変でした。まずは現在販売されている折りたたみ式のキーボードを片っ端から集めることから始めました」と当時を振り返る。当初から折りたたみ式のキーボードを採用することを決めていたこともあり、機械的な折りたたみ構造が開発の1つのポイントになったからだ。多くのサンプルを参考にして、決めたのは現在の2つ折りタイプのキーボードだった。次はソフトだ。
キングジムの電子文具といえば、ラベルライターの「テプラ」。そのため、同社の開発部門の担当者は何らかの形で、テプラの開発に携わるのが普通だという。しかし立石さんは、RF-IDを応用したファイル管理システムやネットワーク対応のタイムレコーダー、携帯電話の周辺製品の開発を行ってきたが、珍しくテプラの開発には携わったことがなかった。
結果的にポメラには、テプラの技術を生かすことができなかった。まさにゼロからのスタート。Windowsのメモ帳やWordなどを参考にしながら、仕様を固めていく。エクセルに1つ1つ書いていき、製品の像を具体的にまとめる作業を続けた。これまで温めてきた「こんなものがほしい」という思いを、エクセルのシートにすべて吐き出していく。立石さんは「基本的に妄想から始めてるんです」と表現した。
製品化するかどうかの最終的な意思決定は、役員も含めた「開発会議」で行う。そこにいたるまでの会議では、すぐに参加者の理解が得られスムースに進行してきた。誰もが「手軽にデジタルメモが取れる何か」を待ち望んでいたからだ。
製品の概要が固まった07年の12月、いよいよ役員を含めた開発会議だ。しかし、さすがに毎日自ら議事録取りに追われているような人はいない。製品の説明をしても「ふーん」という、どうにもピンと来ない雰囲気が流れた。そこへ1人の役員が「こんなのを待っていた。お金を出してでもほしい」と発言。空気が変わった。社長が常々「お金を出して買いたいという人が1人でもいるということはそこに市場があるということ」と話していたこともあり、製品化にGOが出た。
ホワイトボードは1時間で真っ黒に
製品発表は08年の10月に決まった。約10か月で量産にまでこぎつけなければならない。開発チームにとって大忙しの日々が始まった。
実際の設計・製造でタッグを組んだのは中国の協力会社。キングジムはプロデュースにまわり、相互に協力し合いながら製品を形にしていく。この会社と組むのは今回が初めて。人づてに紹介してもらったり、ウェブサイトで探して突然電話したりといろいろな手段で片っ端からあたっていった中、製品を理解してくれ、面白いと賛同してくれた会社を選んだ。
月に1-2回は現地に行って打ち合わせ、という生活が続く。交渉はすべて英語だ。ところが「英語がぜんぜん苦手」な立石さん。とにかく単語をつなぎ合わせたり筆談したり、最後はボディーランゲージも交えてでも、なんとか意志を伝えていく。「中国のエンジニアに僕たちの妄想を伝えてディスカッションを重ねて作り上げていきました」(立石さん)。
カタコトの英語を使った打ち合わせは大変だったというが、「1時間でホワイトボードが真っ黒になるくらい」密度の濃いものだったという。開発の山場には3週間連続で滞在して細部を詰めていった。実は、製品を発表した10月21日には、立石さんは日本で発表会に参加したものの、他のメンバーはまだ現地に残って量産品の品質を安定させるべく詰めの作業を行っていたという。まさにぎりぎりのスケジュールだった。
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随所にちりばめた文具・道具としてのこだわり
製品化でこだわったのは手軽さと電池の持ち。370gの文庫本サイズでどこにでも持ち歩けるというのは重要な要素だ。加えて、電源の心配がいらない20時間の駆動時間。本当はもっと持続させたかったが、どうしても20時間は切りたくなかった。というのも、1日4時間使って5営業日、つまり1週間は電池を交換せずに使えるという安心感がほしかったから。単4乾電池2本という電源構成にしたのも、どこでも手に入るという安心感を重視したためだ。
もちろん、入力のしやすさにもこだわった。ディスプレイは今時珍しいバックライトのない反射型モノクロ液晶。だが、コントラストが非常に高く、かなり暗いところでも十分に使える。数ある候補の中から、その性能の高さから「一目ぼれ」で決めた。そして、パンタグラフ式で折りたたみ可能なキーボード。キーピッチは約17mmmで、キーの横幅は均一にして、打ち間違いをしないよう配慮。適度なクリック感のあるキータッチにもこだわった。
キーボードの左側には足があるが、折りたたむ構造上、右側には足がつけられない。そのため、打ち方によっては不安定になってしまう。それが悩みの種だったと立石さん。しかし、本体底部から「固定アーム」を引き出して使えば安定して使えることに気がついた。そのとき「自分の中では神が降臨したような名案だと思った」という。「引き出せばいいじゃないか!」と。ただ、普通に板を引き出してキーボードを支えるというきわめてアナログ的な構造のため、決してスマートではない。「あわててつけたわけではないけれど、確かに取ってつけた感は否めないですね」と苦笑する。
「書く道具」を意識して耐久性も考慮した。2万回以上の開閉に耐え、一般のノートPCと同等の打鍵数に耐えるようキーボードを設計。75cmの高さから6面のどこから落としても大丈夫という落下耐久性も備えた。また、本体の補強も兼ねた天板は鏡面仕上げ。きょう体にはラバー塗装を施して、毎日持ち運びたくなるような質感にも気を配った。
「贅沢な作り」になっているとはいえ、このところ低価格なネットブックの存在が大きくなっている。決してライバル視しているわけではないが、あまり近い価格にはできないという思惑があった。結局2万7300円という価格に落ち着いた。立石さんは「実は2万円を切りたかった。しかし部材の質や耐久性などを考えると、どうしてもそれより高くなってしまった」と話す。09年に入り実売価格はだいぶこなれてきて、2万円を切るようになり、結果的に目標の価格はクリアできた形だ。
フタを明けてびっくりの連続
「通信機能がなくメールのやり取りもウェブの閲覧もできないような機械が注目を浴びるとは思ってもいなかった」と語るのは広報部の田辺賢一リーダー。製品を発表した直後から、その反響の大きさにびっくりしたという。特にインターネットのヘビーユーザーからの反響が大きかったのは意外だった。何から何までネット接続が必要というわけではなく、場面に応じてツールを使い分ける、実は高度な使い方をする人たちだと実感したという。
「もちろんパソコンも使うが、ポメラが威力を発揮する場面を、説明しなくても理解していただいている。その上で、掲示板やブログで書いていただけるのがありがたい」と、田辺さんはユーザーのこうした活動も製品の好調を支えていると話す。ネット時代だからこそ生まれたヒット商品なのかもしれない。
法人向けのビジネスが中心の同社だけに、これほどユーザーからの直接的な反響があった製品は始めて。08年の12月には、mixiのコミュニティをきっかけにしたポメラユーザー会が開かれ、招かれて参加した。そんな会合に出るのは初めての経験だったので、何を言われるかとびくびくしながら出席してみたところ、ポメラの熱狂的なファンばかり。
「ほとんどの方が発売日に購入されたようです。しかもそれぞれの天板には思い思いのステッカーが貼られていて、2台と同じポメラはない。ここまで愛着をもっていただいているのかとありがたかった」と田辺さんは顔をほころばせた。
すでに数多くの要望も寄せられている
08年12月10日付けで「製品供給不足に関するお詫び」と題する発表をするほど人気が集まり、一時品薄になったポメラだが、2月に入ってこの状況はほぼ解消。現在は月間1万台程製造するまでになっており、最初の1年間で掲げた3万台の販売計画も余裕でクリアできそうだ。
日常的に、いろんな場所でテキストデータを打ち込んでいる人に、大歓迎された全く新しい製品「ポメラ」。だからこそ、さまざまな要望がすでに同社に集まっているという。
「書くということしか考えていなかったので、出してみて初めて、足りないところがたくさんあることがわかりました」(立石さん)。特に要望が多いのは、1ファイル「8000文字まで」の文字数制限とファイルの検索に関するもの。本体メモリのデータ領域が約128KBしかなく、16KBずつのブロックを8つ確保している。この16KBが全角8000文字にあたる。ちなみにコピーアンドペーストは最大が4000文字。
8000文字といえば、400字詰め原稿用紙で20枚分。メモというコンセプトからこれだけあれば十分だと考えていた。そんなに長い文書をポメラで打ってしまって良いのかとも思ったが、やはりこのへんは次のバージョンで見直す対象にしたいという。また、現在は書き溜めたファイルを検索する仕組みがない。ここも改良ポイントだ。
また、「とにかく書くだけ」というディバイスづくりに集中していたため、書いたものを携帯電話で送るという発想も全くなかった。microSDカードを使えるようにしたのは、単に貧弱な本体メモリを補強するためで、携帯との接続を考えたわけではない。さすがにPCとの接続は必要と考え、USBでつなげるようにしたぐらい。ところが発売してみて、特に記者のような人たちに、書いたものを携帯で送りたいという要望があることもわかった。今後進化するにあたっては大きなポイントになりそうだ。
しかし、SIMを使うような携帯との一体化は考えていない。また、写真やPDFファイルを閲覧するようなビュアー的な機能もつけるつもりはない。とにかく入力に専念するディバイスを突きつめていきたい。書く道具というところからは離れたくない。「デジタルメモ」の本質を大きく逸脱するような変更はない。「ポメラはポメラでなければならない」。立石さんはそう考えている。 ___page___
ポメラはどう進化するのか?
ストイックなまでに文字入力に特化したポメラ。今後どんな方向に進化するのかは気になるところだ。ハード面では「もっと薄く、軽くしたい。キーボードや画面は小さくしてしまうと使いにくくなるが、薄さはまだ改善の余地がある。重さも370gと軽量ではあるが、まだずっしりとした感じ。もう少し軽くしたい」(立石さん)という。
田辺さんも「今は、キングジムが初めて世に出したということで、許していただいている部分はあると思う。これだけ注目度が高まったこともあり、次のバージョンでも、いい加減なことができないと気を引き締めている。ユーザーの方々の期待を受け止め、少しスパイスを加えて、いい意味で期待を裏切る製品を出していければ」と話す。
ただ、いかに新いいジャンルの製品といっても、1社1モデルだけでは市場の拡大はおぼつかない。立石さんは「今販売店にデジタルメモという売り場があるわけではなく、ある意味でまだスキマ商品であることには違いない。やはり製品ジャンルの拡大を考えれば、多少競合製品も出てきたほうがいいのかもしれない」と語る。同社は、ラベルライター分野にカシオやブラザーが参入してした際に、競合製品の登場で製品ジャンルの認知が高まったという経験をしている。競合の登場効果もよく理解しているわけだ。もちろん今後、自社製品でのラインアップ展開も考えているようだ。
キングジムのメイン需要は法人で、売り上げのほぼ8割を占める。しかし景気後退の影響を受け、現在、法人需要は厳しい。1月28日には通期で赤字に転落する見込みを発表したばかりだ。一方、好評のポメラは一般消費者の方向け製品ということもあり、法人需要の後退による影響が少ない。さらに業績の落ち込みを幾分カバーしているような状況だ。会社としても希望の星としてとらえている。
田辺さんは「どれくらい多くの人たちに支持されるかはまだわからないが、関心度が深い製品だというのが大きな特徴。浮ついてはいけないけれど、もしかしたら大きな市場が潜んでいるかもしれない」と期待を寄せる。
本当にほしいものをつくる!
「使っていただくとわかるんですが手放せなくなります。使いこなす人たちにとっては生活のスタイルが変わってしまうほどの道具」と立石さんは語る。インタビューの前日、たまたま1日休暇を取って銀座をぶらぶらと歩きながら、入ったカフェで次期ポメラのアイディアを書き連ねたという。もちろんポメラで。その一部を見せてもらった。そこにはさまざまなアイディアがズラリと並んでいた。「休みの日に何をしているのかと思うこともありますが」と照れ笑いしながらも、自ら開発したポメラに惚れ込んで使っている。
現在同社の会議ではポメラを使う人が非常に多い。ある会議では、目の前に座った5人が5人ともポメラを使っていた、ということもあった。開発チームはもちろん全員がポメラ。しかも、天板の色も没になったものなどを使っている人もいる。ただ、共通しているのは「みんな、気に入って使っている」という点だ。
本当にほしいものを徹底的に追求してつくる……。ものづくりの原点をポメラの開発に見た思いがした。(BCN・道越一郎)