キヤノン製のママ用バスケット? コンパクトフォトプリンタ「SELPHY CP770」インタビュー
●家事や洗濯だけじゃない! ママは写真プリントにも忙しい
「『CP770』は、ママと子どものためのプリンタ」。そう口をそろえるのはイメージコミュニケーション事業本部・DC事業部の吉地大さんと森部亜子さん。ともに「CP770」の企画に携わったスタッフだ。「もともと当社の『SELPHY』シリーズは、ヤングファミリー向けに展開しているんですけど、『CP770』はその中でもデザインや仕様から、箱や説明書にいたるまで、一貫してママと小さい子どもにリビングで楽しく使ってもらえるような、わくわくする製品を目指しました」と森部さんは語る。
そもそもなぜママがターゲットなのか? という点を吉地さんはこう説明する。「まず、現在のコンパクトフォトプリンタのユーザー像を調べたところ、家族や子どもの写真を印刷するという用途が突出して多かったんです。中でも、日本では6歳未満の乳幼児を撮っている人たちというのが、写真を撮る枚数もそうですが、印刷する枚数も多いんですね。そこで、乳幼児を一番カメラに撮る人は、と考えたときに、今回のママをターゲットにしたプリンタというストーリーが始まったんです」
「その後は、購入者がコンパクトフォトプリンタをどう使っているのか、あるいは今使っていない人はどうすれば使ってくれるのか、という点から検討を始めました。まず、コンパクトフォトプリンタ購入者の9割以上は、すでにプリンタを保有していました。つまりコンパクトフォトプリンタは、家庭におけるセカンドプリンタというのが『CP770』を出すまでの状況でした。そこで、あくまでセカンドプリンタとしてどういう姿であるべきか、ということでデザインや機能を考えています」
●いかにしてバスケット型のデザインは生まれたか
「CP770」を見たときに、やはり目を引くのがそのバスケットのような形状。プリンタの本体部分が蓋となっており、開けると中に用紙カセットやコードが収納されている。この一見プリンタらしからぬデザインは、どのようにして出来上がっていったのだろうか?
「まず、いまプリンタを使っている人は、どう使い、どう片付けているのかという調査をしました。典型的な例は、買ったときの箱に入れてしまっていて、使うときだけ出すというものですね。ただ、これだとなかなか開けて使うのが面倒くさいということで、使用頻度が下がってしまいますし、目立つところにも置けないので、だんだん家の奥にいってしまいます。また、ケーブルやペーパーカセットという部品は引き出しの中などに別にしまわれていたりといった具合でした」
「そこで、まずセカンドプリンタとして必要なことは、収納したときの佇まい、使用するときの簡単さ、ケーブルやカセットをなくさないで使えるという点だとなりました。ここから、先の典型的な例である箱に入れてしまうというケースを逆手にとって、収納機能を持たせてしまえということになったんです。この時点で『ママがターゲットで、収納ができる』というコンセプトが出来上がりました」と吉地さんが説明してくれた。
「普通、プリンタはプリント機能だけに目がいきがちなんですけど、この商品はママの日常生活を調査して、準備からプリント、片付けといった一連の作業をより簡単にできるよう、収納用のバスケットを標準同梱にしたんです」と森部さんも語る。
●「キヤノン製のバスケット」――それってあり? なし?
「コンセプトが決まれば、あとはどう製品化するかという部分ですが、初めは本当にキヤノンがバスケットを出すのか、という話になったんです。他部門からも、ほんとにこれ出すの? と見るたびに言われて、現場レベルではかなり揉めましたね。今では結構刺激になっているみたいですけど」と吉地さんは笑う。
吉地さんが明かしたデザイン面での一番大きなポイントは、本体横にあるロック部。「初期デザインではロック機構はなかったんです。しかし、安全面から、子どもが蹴飛ばしたりしても大丈夫なように、ロックを作ろうとなりました。やはりママと子どもの世界で使うものですから。そこからは、東急ハンズや赤ちゃん本舗といった『ママの世界』の中でロックの形状を探しました。要は、ママや子どもが製品を渡された瞬間に直感的に解除できるような形状ですね。ヒントになったのは『レゴ』です。幼児向けの『レゴ』というのはロック付きのバスケットに入れて発売されています。そこで『CP770』も同様のロックを採用しました。このために、一旦すべてのデザインが変更になりました」
ロックをつけるために割を食ったのがハンドル部分。もともとはハンドルがあった位置にロックをつけることになったからだ。吉地さんによると「ロックは左右につけるしかない、となるとハンドルはその場所にはつけられない。そこで20パターンくらいの中から、重心配分などを考えて、今の形状に落ち着いた」のだという。「プリンタにロックがついてるというのは非常にアブノーマルだと思います(笑)でも、日常の中にあるものを組み合わせることで、存在としては違和感のないものに仕上がりました」
また、実際に使用する際にも直感的に使えるということは大事になる。そこでキヤノンがとった方法はボタン数を減らすこと。「まずは見た目の難しさを排除するというのがポイントでした。赤目除去などの使用頻度の低い機能は、内蔵はしていますが、ボタンとしては設けていません。そこから従来は「戻る」や「中止」ボタンと一緒だった「印刷」ボタンを独立させました。また、女性は爪が長い方もいるので、指の腹でも押せるように大きなボタンにしています」と吉地さんは操作性への配慮を教えてくれた。
●フォトプリンタの市場認知度を向上するために
こうした工夫には、フォトプリンタの市場をどう伸ばすかという戦略も隠れている。現状「コンパクトフォトプリンタの認知度は低く、市場の成長率も下がり気味」と言う吉地さんは「まずはママたちに興味を持ってもらうことが大事」と語る。「たとえば、量販店などで従来の機種の前をママが通り過ぎたとき、自分には関係ないただの箱としてしか見てもらえない。それに対する戦略が『CP770』という目立つ製品です。この製品を使うことにより、『SELPHY』のスタンダードモデルや多機能な『ESシリーズ』という全体のラインアップにもお客さんの目をあて、市場全体を引き上げたいと考えています」
森部さんによると「バスケットの中身がわかるポップや、オレンジ一色の販促物など、エンドでキャッチになる物を用意しています。カタログもお母さんと子どもの『ラブ・キッズ プリンタ』という商品コンセプトを伝えられるよう考えている」という。「今までのプリンタ売り場とは完全に異色です」と吉地さんも頷く。「今まではプリント何秒でコストいくら、という訴求がプリンタ売り場の主流でした。しかし『CP770』では、子どもとの思い出を写真で残すという感情価値中心の訴求にシフトしています。また「レタスクラブ」などのママ向け雑誌で宣伝したり、全国の幼稚園に製品を提供してモニタ使用してもらったりと、口コミベースで普及を広げようとしています」と説明する。
このほかにも、実際に10万人のママ層が来場するという日本ホビーショーにキヤノンとして初めて出展。従来であれば「PIE」や「PMA」といったカメラ関連の展示会での発表になりがちだが、ターゲットを明確に絞り込んでいる分、販促活動も一味違った展開になるようだ。また、先述の「赤ちゃん本舗」には、Webページでの取り扱いを交渉しているという。しかし「キヤノンが出したからといってすぐにお店の棚はくれない。赤ちゃん業界も甘くないですよ(笑)」と道のりはまだまだ長いようだ。
最後にユーザーへのメッセージをお願いすると、発売日に製品を購入したという森部さんは「私たちの部署の中では、『CP770』をファミリーコミュニケーションプリンタとも呼んでいます。ユーザーの方にとっても、これが家にあることで、是非家族みんなで楽しんでいただけるような商品として使ってほしいと思います」と語ってくれた。
また、吉地さんは「企画・販売といったすべての面で、ママに向けた商品なので、それが本当にママとって価値のある製品になってくれるといいですね。今は、昔みたいに皆が同時プリントで印刷物を手にする時代ではなくなっています。プリントする人たちに、プリントしたものを楽しんでもらうという価値がなければダメだと思うので、これからの製品企画では価値の提供がポイントになってくると考えています」と今後の展望を交えながら話してくれた。(BCN・山田五大)
「SELPHY CP770」の主な仕様
プリント方式:昇華型熱転写方式
液晶モニター:2.5型
解像度:300×300dpi(256階調/色)
プリント速度:Lサイズ約43秒(カメラ/カードダイレクトともに)
インターフェース:USB、IrSimple、IrDA、Bluetoothオプション
サイズ:幅276×高さ205.8×奥行き174.0mm
重さ:本体のみ1060g、バスケット410g