リハビリロボ登場、人間の脚の関節を忠実に再現し治療のトレーニングで活躍
人間の脚の関節を再現するリハビリテーション・トレーニングロボットが登場した。実際のリハビリ教育機関でこのロボットを使った授業を公開、理学療法士育成の大きなツールとなることを実証するとともに、ロボット産業におけるひとつのビジネスモデルも提示した。公開授業は2月22日、大阪市の大阪リハビリテーション専門学校で、同校の理学療法士コース3年生24名を対象に行われた。主催は大阪市の次世代ロボット産業振興機関のロボットラボラトリーと大阪市。プロジェクト参画組織・企業のほか、理学療法教育機関の関係者や日刊紙記者らが招
人間の脚の関節を再現するリハビリテーション・トレーニングロボットが登場した。実際のリハビリ教育機関でこのロボットを使った授業を公開、理学療法士育成の大きなツールとなることを実証するとともに、ロボット産業におけるひとつのビジネスモデルも提示した。
●さまざまな症状を再現できる脚だけのロボット
公開授業は2月22日、大阪市の大阪リハビリテーション専門学校で、同校の理学療法士コース3年生24名を対象に行われた。主催は大阪市の次世代ロボット産業振興機関のロボットラボラトリーと大阪市。プロジェクト参画組織・企業のほか、理学療法教育機関の関係者や日刊紙記者らが招かれた。
リハビリテーション実習用下肢ロボットとは、実際の患者の代わりとなってリハビリテーション技能向上の練習台となる教材ロボット。大阪市の次世代ロボット実用化プロジェクトとしてロボットラボラトリーが進行を管理し、大阪電気通信大学の升谷保博教授を中心として開発が進められてきた。
授業で公開されたのは「TREBO LO5-3」と名づけられた実習用の下肢ロボットだ。人間の下肢をモデルに、股関節と膝関節をモーターで駆動し、下腿部には力覚センサーを内蔵した。さらに、モーターやセンサーを外部に設置したパソコンと接続。パソコンの制御プログラムを切り換えることにより、脳卒中やパーキンソン病などざまざまな症状を再現できるのが特徴。
関節の動き抵抗をコントロールして下肢の動きを再現するとともに、外部から加えられた圧力の強さや方向を正確に把握できる。そのため、生徒の技能をリアルタイムに数値化することが可能で、技能の向上に役立てることができる。
●「脚」への治療行為を数値化、客観的データで技能を磨く
この下肢ロボットの実用化は、日本のロボット産業にとっても大きな意味を持つ。つまり「ロボットが大きな可能性を持つと言っても、現時点でのロボットの技術レベルを考慮すると、産業用かアミューズメント用以外では社会に貢献できるロボットの応用分野は限られてくる。今回実習用下肢ロボットという形で社会に役立つ用途を具体的に提示したことにより、今後のロボット産業にとって一つのビジネスモデルとなる」(ソフトを担当するアサヒ電子研究所・和倉慎治社長)からだ。
下肢ロボットの実用化は、実際に患者を扱うことの難しかった理学療法教育にとって大きな朗報であることは間違いない。「理学療法教育は、生徒が実際に対象を自分の手で触ってその感触を確かめる『臨床の知』が原点」(企画・検証を担当する大阪リハビリテーション専門学校・西村敦教育局長)だが、療法士の資格を持たない生徒が実際の患者を診る機会は極めて少ない。そのため、生徒同士がお互いに被験者になるという原始的な方法で技能を修得しているのが現状。しかしお互い症状のない健康体であることや生徒同士では真剣度が不足することなど、その限界は明らかで、従来理学療法教育の大きなネックとされていた。
この問題を抜本的に解決するのが下肢ロボット。きっかけはレスキューロボット研究のために升谷教授が開発した人間型ダミーロボットだった。これにヒントを得た大阪リハビリテーション専門学校が、04年夏に升谷教授に実習用関節ロボットへの強い期待を伝えたことからプロジェクトがスタートした。さらに、ソフトを担当するアサヒ電子研究所、ハードを担当する児島電機、皮膚とモデリングを担当するニッタモケイ、そしてアスペックの各社が、プロジェクトに参画した。
下肢ロボットそのものは人間の下肢機能を代替するものだが、用途としては人間の機能の代替ではなく「ロボットだからこその用途」(西村敦教育局長)であることに最大のポイントがある。つまり、さまざまな症状を臨機応変に発症し、かつ治療行為を数値として客観化するという、人間では不可能な能力を実現するという意味で、ロボットならではの独自分野を開拓したと言える。コストや効率重視で普及が進んだ産業用ロボットとの大きな違いがここにあり、理学療法士教育というごく限られた市場ながら、産業としての観点から下肢ロボットが注目されるゆえんだ。
●「人間の脚そのもののロボット」は療法士のノウハウなどの注入で完成へ
さらに、下肢ロボットと2足歩行型のヒューマノイドロボットを比較すると、一見似通っているようでいて実は違ったアプローチでロボット開発が進んでいることがわかる。最近話題のアシモをはじめとするヒューマノイドロボットは「さまざまな要素のトータルとしていかに人間に近づいた動きを実現するか」(大阪電気通信大学・升谷保博教授)というアプローチだ。つまり個々の要素を人間に似せるよりも、全体としての動きをより人間に近づけることが目的だ。
これに対して実習用下肢ロボットは、下肢の関節だけを限りなく人間に似せることが目的。2足歩行型のヒューマノイドロボットの実現は確かに難しいが、トータルとして人間に似せるための各要素の技術的な選択肢はいくつかある。これに対して、特定の関節を人間に似せるための選択肢が極めて限られていることは事実。人間の全体と一部という深い関係にありながら、アプローチの違いからさまざまな相違が生じてくるのもロボット開発の特徴で、ここにもロボット開発の面白みがある。
今回の公開授業によって下肢ロボットは「原理やアルゴリズムについてはほぼ完成の域に達した」ことを確認、今後は「療法士のノウハウや要望などアナログ的要素をさらにロボットのデータベースとして取り込み、あたかも人間の脚のような下肢ロボットを実現する」(升谷保博教授)ことに注力する。現在は動きの方向が比較的単純な膝関節が対象だが、今後は肩その他さまざまな関節への応用が期待されている。
高齢化社会を迎え、理学療法士の絶対数の不足は明らかで、これを育成する教育機関は全国、全世界レベルで増えている。1セット350万円という下肢ロボットの登場が、医療機関およびロボット産業に与える影響は大きい。(倉増 裕)
人間の脚の関節を再現するリハビリテーション・トレーニングロボットが登場した。実際のリハビリ教育機関でこのロボットを使った授業を公開、理学療法士育成の大きなツールとなることを実証するとともに、ロボット産業におけるひとつのビジネスモデルも提示した。
●さまざまな症状を再現できる脚だけのロボット
公開授業は2月22日、大阪市の大阪リハビリテーション専門学校で、同校の理学療法士コース3年生24名を対象に行われた。主催は大阪市の次世代ロボット産業振興機関のロボットラボラトリーと大阪市。プロジェクト参画組織・企業のほか、理学療法教育機関の関係者や日刊紙記者らが招かれた。
リハビリテーション実習用下肢ロボットとは、実際の患者の代わりとなってリハビリテーション技能向上の練習台となる教材ロボット。大阪市の次世代ロボット実用化プロジェクトとしてロボットラボラトリーが進行を管理し、大阪電気通信大学の升谷保博教授を中心として開発が進められてきた。
授業で公開されたのは「TREBO LO5-3」と名づけられた実習用の下肢ロボットだ。人間の下肢をモデルに、股関節と膝関節をモーターで駆動し、下腿部には力覚センサーを内蔵した。さらに、モーターやセンサーを外部に設置したパソコンと接続。パソコンの制御プログラムを切り換えることにより、脳卒中やパーキンソン病などざまざまな症状を再現できるのが特徴。
関節の動き抵抗をコントロールして下肢の動きを再現するとともに、外部から加えられた圧力の強さや方向を正確に把握できる。そのため、生徒の技能をリアルタイムに数値化することが可能で、技能の向上に役立てることができる。
●「脚」への治療行為を数値化、客観的データで技能を磨く
この下肢ロボットの実用化は、日本のロボット産業にとっても大きな意味を持つ。つまり「ロボットが大きな可能性を持つと言っても、現時点でのロボットの技術レベルを考慮すると、産業用かアミューズメント用以外では社会に貢献できるロボットの応用分野は限られてくる。今回実習用下肢ロボットという形で社会に役立つ用途を具体的に提示したことにより、今後のロボット産業にとって一つのビジネスモデルとなる」(ソフトを担当するアサヒ電子研究所・和倉慎治社長)からだ。
下肢ロボットの実用化は、実際に患者を扱うことの難しかった理学療法教育にとって大きな朗報であることは間違いない。「理学療法教育は、生徒が実際に対象を自分の手で触ってその感触を確かめる『臨床の知』が原点」(企画・検証を担当する大阪リハビリテーション専門学校・西村敦教育局長)だが、療法士の資格を持たない生徒が実際の患者を診る機会は極めて少ない。そのため、生徒同士がお互いに被験者になるという原始的な方法で技能を修得しているのが現状。しかしお互い症状のない健康体であることや生徒同士では真剣度が不足することなど、その限界は明らかで、従来理学療法教育の大きなネックとされていた。
この問題を抜本的に解決するのが下肢ロボット。きっかけはレスキューロボット研究のために升谷教授が開発した人間型ダミーロボットだった。これにヒントを得た大阪リハビリテーション専門学校が、04年夏に升谷教授に実習用関節ロボットへの強い期待を伝えたことからプロジェクトがスタートした。さらに、ソフトを担当するアサヒ電子研究所、ハードを担当する児島電機、皮膚とモデリングを担当するニッタモケイ、そしてアスペックの各社が、プロジェクトに参画した。
下肢ロボットそのものは人間の下肢機能を代替するものだが、用途としては人間の機能の代替ではなく「ロボットだからこその用途」(西村敦教育局長)であることに最大のポイントがある。つまり、さまざまな症状を臨機応変に発症し、かつ治療行為を数値として客観化するという、人間では不可能な能力を実現するという意味で、ロボットならではの独自分野を開拓したと言える。コストや効率重視で普及が進んだ産業用ロボットとの大きな違いがここにあり、理学療法士教育というごく限られた市場ながら、産業としての観点から下肢ロボットが注目されるゆえんだ。
●「人間の脚そのもののロボット」は療法士のノウハウなどの注入で完成へ
さらに、下肢ロボットと2足歩行型のヒューマノイドロボットを比較すると、一見似通っているようでいて実は違ったアプローチでロボット開発が進んでいることがわかる。最近話題のアシモをはじめとするヒューマノイドロボットは「さまざまな要素のトータルとしていかに人間に近づいた動きを実現するか」(大阪電気通信大学・升谷保博教授)というアプローチだ。つまり個々の要素を人間に似せるよりも、全体としての動きをより人間に近づけることが目的だ。
これに対して実習用下肢ロボットは、下肢の関節だけを限りなく人間に似せることが目的。2足歩行型のヒューマノイドロボットの実現は確かに難しいが、トータルとして人間に似せるための各要素の技術的な選択肢はいくつかある。これに対して、特定の関節を人間に似せるための選択肢が極めて限られていることは事実。人間の全体と一部という深い関係にありながら、アプローチの違いからさまざまな相違が生じてくるのもロボット開発の特徴で、ここにもロボット開発の面白みがある。
今回の公開授業によって下肢ロボットは「原理やアルゴリズムについてはほぼ完成の域に達した」ことを確認、今後は「療法士のノウハウや要望などアナログ的要素をさらにロボットのデータベースとして取り込み、あたかも人間の脚のような下肢ロボットを実現する」(升谷保博教授)ことに注力する。現在は動きの方向が比較的単純な膝関節が対象だが、今後は肩その他さまざまな関節への応用が期待されている。
高齢化社会を迎え、理学療法士の絶対数の不足は明らかで、これを育成する教育機関は全国、全世界レベルで増えている。1セット350万円という下肢ロボットの登場が、医療機関およびロボット産業に与える影響は大きい。(倉増 裕)