ドキュメント、iTunes Music Store日本上陸の一日
●始まる前から熱いのは夏だから?
8月4日午前9時。東京国際フォーラムは異様な熱気に包まれていた。そこここに掲げられた看板には、見慣れた影に白いイヤホンコードのイラスト。その下には「Apple Special Event. Hall A. 2005.08.04」とあるだけ。iPodのイベントであることはなんとか読み取れても、それが何を意味するのかは分からない。聞かされていたのは、マスコミ各社・音楽業界関係者・Macユーザーグループなど、およそ1500人にのぼる招待客を招いて開催するアップルのスペシャルイベントだ、ということだけだった。いろいろと噂はあったのだが。
受付を済ませロビーに進むとまた例のイラストが。その下で報道陣が列をなして開場を待つ。カメラの台数こそ数えなかったが、とにかくかなりの数だった。ほどなくして案内がありいよいよ入場。前列からどんどん席が埋まってく。会場にはウルフルズの曲が流れていた。そして客電が落ちた。
●なかなか本題に触れてくれないジョブズ
ステージに登場したのはアップルCEO、スティーブ・ジョブズ氏その人だった。前回の来日はアップルストア銀座のオープン日。03年11月以来で実に1年 9か月ぶりの来日だ。会場は割れんばかりの拍手で彼を迎えた。まず8月6日にオープンする「アップルストア渋谷店」の話から口火を切ったジョブズ氏。「MacOSX 10.4 Tiger」の好調さをアピールしたり、前日に発売したアップル初のマルチボタンマウス「Mighty Mouse」を紹介したり。しかし、なかなか本題に入らない。
そして、05年第1四半期から第2四半期にかけてiPodのセールスが620万台に達したことを発表すると、徐々に話題が核心に近づいてきた。ここで、日本の市場におけるデジタルオーディオプレーヤーの販売シェアについても触れ、iPodが36%を占めているとアピール。なおこのデータは「BCNランキング」のものだった。
●え? いきなりなの? そうなの?
これまでiTunes Music Store(iTMS)で販売された楽曲数は累計5億曲。1日当たり150万曲が販売されている。アメリカでの音楽配信サービスではiTMSは82%ものシェアを誇る。オンライン音楽販売で圧倒的なシェアであることを強調した。そしてついに「そのiTMSが今日、この瞬間から日本でもスタートする」とジョブズ氏が宣言。会場からは拍手と歓声が沸きあがった。
日本でのiTMSは、15の音楽レーベルが参加し、まず100万曲からスタート。料金は、ほとんどの曲は1曲150円で、1割程度の曲が200円となる。さらに100万曲がすべて、フルクオリティで30秒間だけ試聴できる、など、サービスの全貌が徐々に明らかになっていく。また、オーディオブックも1万点が用意されそのほとんどが日本語だということも紹介された。落語なども提供されている。「どうやらコメディのようだけど、なんて言ってるのかわからないなあ」と言いながらジョブズ氏は実際に落語のコンテンツを試聴してみせた。
また、日本のiTMSに用意されたPodcastsやプリペイドカードであるiTunes Music Cardsのラインアップも紹介。2500円、5000円、1万円の3種類で、アップルストアのほか、大手家電量販店などでも今日から購入することができる。この日、会場に集まった人たちには、10曲分のiTunes Music Cardsがプレゼントされた。
iTMS ではアルバムと一緒に販売されるプロモや、ミュージックビデオも購入可能。iTunes上でビデオ再生もできる。ここでウルフルズがiTMSのためだけのオリジナルバージョンの楽曲を提供したことが明かされた。オープニングまでの間、会場に彼らの曲が流れていたのは、こんな理由があったのだ。
●開場に響きわたるギターの音色
最後に、フジロックフェスティバルにも出演したベックがステージに現れた。第一声は誰から習ったのか「もしもし?」。すぐさま照明がライブモードに切り替わり生ギターで2曲を熱唱。思わぬゲストの登場に、会場は大盛り上がり。ひとしきり生の歌を楽しんだあと、満面の笑みでジョブズ氏が再び登場。「日本で iTMSをスタートできることにおおいに興奮している」と、この日のイベントを締めくくった。
メイン開場を出ると、またしばらく並ぶことになる。デモンストレーションを見てほしいというのだ。案内された別室には、スタートしたばかりの日本版iTMS が、ずらりと並んだMacに映し出されていた。画面をテレビカメラに収めるキー局のクルーや、ヘッドホンから流れる曲にじっと聞き入る記者、ふらりと訪れたミュージシャンなど、いろんな顔ぶれがキックオフしたばかりの新サービスの画面を覗き込んでいた。どの顔も一様に明るく楽しげだ。
また、会場にほど近いビックカメラ有楽町店では、早くもiTMSのコーナーが仕立てられていた。もちろんiTunes Music Cardsの販売もすでに始まっている。つい先ほど発表されたばかりにもかかわらず、人気は上々。もっとも、会場から多くの参加者が流れてきたこともあり、売り上げは絶好調とのことだった。
「これだけ大掛かりなイベントを仕掛けておいて、ふたを開けると実はアップルストア渋谷店OPENというネタのみでは?」という編集部のくだらない心配をよそに、噂どおりiTMSの日本キックオフとなった今回のスペシャルイベント。プログラム終了後、写真撮影に応えるジョブズとベックの二人を眺めながら、アップルのプロモーションのうまさに、また舌を巻く一日となった。(フリーライター・中村光宏)