『初音ミク』の生みの親が語る開発秘話――第41回(下)
伊藤博之
クリプトン・フューチャー・メディア 代表取締役
音声合成ソフトウェア『初音ミク』――。「未来からきた初めての音」がタイトルの由来という。北海道に本社を構えるクリプトン・フューチャー・メディアの大ブレイク商品だ。歌詞とメロディをパソコンに入力すれば、仮想の歌手「初音ミク」が合成音声で歌ってくれる。コンピュータと音の接点をベースに、お客様に喜んでもらえるソフトウェアを追求し続ける伊藤さんに、起業当時のエピソードをはじめ独自のビジネス観などについて熱く語っていただいた。【取材:2009年5月15日、BCN本社にて】
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
いよいよデビュー『初音ミク』
伊藤 そういうことで『初音ミク』は、過去の二つのタイトル『MEIKO』『KAITO』の教訓を活かしてつくり始めました。奥田 具体的にはどんなことを?
伊藤 声なんかもそうですね。過去の二つのタイトルはプロのシンガーの声を収録してつくったのですが、『初音ミク』を開発するにあたっては、シンガーではなく声優さんでやろうと考えました。なぜかというと、お客様が望んでいるのは、歌がうまいというのではなくて、声がかわいいとかかっこいいとか、歌声に特徴があって歌わせたくなるような新しい個性が重要だと感じていたからです。そうなると、全体的にもアニメキャラクターというような方向性が明確になってきたのです。
奥田 そういうことって議論の途中で出てくるものですか。
伊藤 ブレーンストーミングをやるわけです。
奥田 どんなメンバーで?
伊藤 基本的には若い人です。僕はあまり参加しません。種を蒔くだけです。基本的なことを言うだけですね。声優さんでやろうとか、中に人がいるイメージでとか。あとは現場の人間でやります。ちょうどその頃、ちょっとオタクの新入社員が入社してくれたんですね。女性社員です。これがよかった。
奥田 なんのオタク?
伊藤 アニメや声優とかに詳しいオタクです。それまではうちの会社にオタクは一人もいなかったんです。だから、みんなによく言いました。マンガやアニメを見て勉強しろって、号令をかけたりして。そんな感じで『初音ミク』をつくっていったんです。やっていく過程ではあまり口出しはしないです。
奥田 開発メンバーの平均年齢はどのくらいですか。
伊藤 その新入社員が20歳で、ほかの担当者は25~26歳といったところ。『初音ミク』に限らず、携帯の新しいサイトなんかもこういうやり方で進めています。
Profile
伊藤博之
(いとう ひろゆき) 1965年、北海道生まれ。北海学園大学経済学部卒業。北海道大学に職員として在籍後、1995年、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社を札幌市に設立。効果音やBGM、携帯電話の着信メロディなど、音に特化した事業を展開。2007年音声合成ソフト『初音ミク』を発売、大ヒット商品となる。北海道情報大学客員教授。