「津波ヴァイオリン」は人知を超える力があることを語るメッセンジャー――第98回

千人回峰(対談連載)

2013/12/19 00:00

中澤 宗幸

日本ヴァイオリン創業者・マイスター 中澤宗幸

構成・文/小林茂樹
撮影/大星直輝

 ヴァイオリンドクターとして内外の演奏家の信頼を一身に集める中澤宗幸さんは、大震災に見舞われた陸前高田市の流木からヴァイオリンをつくり、さまざまなヴァイオリニストがそれを演奏する「千の音色でつなぐ絆」のプロジェクトを主宰している。これまでにヴァイオリン4台とヴィオラ1台が完成し、全国を巡回中だ。中澤さんのものづくりの原点とヴァイオリンにかける思い、そして「津波ヴァイオリン」を製作するに至った心境についてじっくりとお話をうかがった。【取材:2013年6月13日 東京・渋谷区千駄ヶ谷の日本ヴァイオリン東京本店にて】

「頭のなかのイメージが美しく完成されていなければ、
実際の仕上がりも完成されたものとなりません」と中澤さんは語る
 
 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第98回>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

木と家族への思い

奥田 前回お会いしてお話をうかがったとき、中澤さんは、木というものに対する特別な思いをお持ちだなと感じました。

中澤 父親が林業を営んでいまして、私は田舎で木とともに育ちました。植林が盛んな時代で、雑木を切り倒して麓に下ろし、きれいに整備された山に苗木を植えていくわけです。私も小さい頃から杉や檜、松の苗を背負って植林の手伝いをしました。梅雨から夏にかけての季節は苗木よりも雑草の成長のほうが速いので、太陽の光がさえぎられて、放っておけばせっかく植えた苗木が全部枯れてしまいます。ですから植林して3年ほどは、こまめに草刈りをしなければなりません。そして苗木が成長してくると、今度は間伐をして立派な木に育てていくわけです。ただ残念なことに、今では外材が入ってきたために、日本の植林そのものがすっかり衰退してしまいましたが……。

奥田 ヴァイオリンの製作をお父様から教えられたということですが、林業を営んでおられたお父様がなぜ楽器の製作を?

中澤 その当時、神戸、大阪あたりで材木商としての仕事をしているときに、おそらく外国人からヴァイオリンを譲ってもらったのだと思います。父は習ったわけでもないのにそれを弾いて、それに合わせて子どもたちが歌うという、幸せな団欒のひと時をすごしました。そんな恵まれた家庭だったのですが、あるとき、父が友人の保証人になったことが原因で、わが家は全財産を失くしてしまいます。後になって、一家心中も考えたと聞きましたが、罪のない子どもを一緒に連れて行くことはできないと、踏みとどまったんですね。

奥田 大変な思いをされましたね。

中澤 そんなとき、父は田舎で水車を見て、動力をもう少し大きなものに変えて何かに利用できないかと考えました。非常に手先が器用で、家も自分で建ててしまうほどの人でしたから、何か月もかけて水車をつくって、その動力で製材をしたのです。それが、わが家の再生でした。見よう見まねでヴァイオリンをつくったのも、その水車が回り始めた頃だったんですね。私のヴァイオリンづくりもそれが原点となって、今に至っているのだと思います。

奥田 なるほど、お父様もものづくりの人だったと。中澤さんにとって、ものづくりの本質とはどんなことだと思われますか。

中澤 自分の頭にある形を、そこから引き出すということですね。ですから、最初に自分のなかにイメージがなければなりません。そして、そこから余分なものを取り除くことが、引き出すということだと思います。 何かをつくるというよりも、そこにある素材を生かして、無駄な部分を削って純化する作業の手伝いをするわけです。それはヴァイオリンに限らず、すべてのものづくりに共通することのように思います。

奥田 自分のなかにイメージするというのは、どのようにして?

中澤 私の場合は、ただ漠然としたヴァイオリンを思い描くのではなく、今回はどういう音を求めるのかということを考えます。例えば比較的太い音なのか、あるいはソプラノ的な音なのかといったことです。そして、甘い音を出そうと思ったら隆起の縁はこうしなければならないとか、この部分はあまり削り取ってはいけないとか、自分のなかにイメージができてきます。そのイメージが美しく完成されていなければ、実際の仕上がりも完成されたものとなりません。

奥田 ということは、自分のなかに蓄積されたものからイメージが湧いてくる、と。

中澤 蓄積だけではありません。そのなかから突如としてひらめくことがあります。そういうときは、比較的いいものができますね。そのためには、常にいいものを見ることが大切です。ヴァイオリンだけを見ていても、いいものはできません。絵画を見たり、あるいはベアリングのような機械部品を見ても、そこに完成された美しさを感じます。そういうものを見て刺激を受け、いわばそれが蓄積になるのでしょう。もちろん、音を聴くことは重要です。音楽会に行って、自分の魂が揺り動かされるような感動をすることがヴァイオリンづくりに大きな影響を与えます。そこで受けた感動をここに込めたいという思いが、よりよいヴァイオリンづくりにつながるのではないかと私は思っています。

奥田 今、世界で最も美しいIT機器はスティーブ・ジョブズがつくったiPhoneだといわれていますが、ご覧になってどう思われますか。

中澤 そぎ落とされた無駄のない美しさがありますね。ある意味において完成されたものに見えます。

奥田 だけど、IT機器はものすごく変化が激しい。完成形というものはありません。

中澤 そうですね。その対極にある楽器は、いろいろな人が変えようと試みましたが、結局は原点に戻りました。ですから楽器は、生まれたときから現在に至るまで、進歩も発展もしていないんです。

奥田 なぜ、変わらないのでしょうか。

中澤 300年前に生まれた天才ストラディヴァリに誰も追いつけないからです。そして形状そのものも、16世紀初頭、この世にヴァイオリンが登場したときから変わっていません。

[次のページ]

  • 1
  • 2

次へ

関連記事