「豊かな世界の創造」に貢献するために IT事業と農業の再生にチャレンジ――第110回(下)

千人回峰(対談連載)

2014/05/15 00:00

浦 聖治

クオリティ 代表取締役 浦 聖治

構成・文/舛本哲郎
撮影/津島隆雄

週刊BCN 2014年05月05日号 vol.1529掲載

 前編では、設立から30年を迎えたクオリティの草創期の様子と、未来に向けた“食と農”の新事業をうかがった。今回は、クラウド分野で先行者利益を手に入れる意気込み、海外展開への思い、そして還暦を折り返し点ととらえるユニークな考え方を披露していただいた。(本紙主幹・奥田喜久男) 【取材:2014.3.28/東京・千代田区麹町のクオリティ本社にて】

2014.3.28/東京・千代田区麹町のクオリティ本社にて
 
 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第110回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

どんな商売も利益の出るおいしい期間はわずか

奥田 ITはこれからも重要な柱であり続けるわけですね。ソフトウェア事業の今後はいかがでしょうか。

 ITをコアとした会社であることに変わりはありません。クライアント管理ではトップベンダーであり続けたいと思っています。最近ではクラウドによるクライアント管理「ISM CloudOne」が大きく伸びています。導入企業も順調に拡大して、すでに3万社を超え、この対談が掲載される頃には4万社に届いているでしょう。

奥田 クライアント管理の分野も競争は激しいですね。

 どの商売でもおいしい期間はわずかで、競争にさらされて徐々に厳しくなっていくのは世の常です。でも、クラウド分野で私どもは先行していると自負しています。なんといっても、7年前からやっていますので。そもそも100人以下の小規模事業者向けに考えたものです。ところが最近では、1社で2万台といった規模の企業にもご利用いただいています。

奥田 いつでも海外へ出られるのも強みですね。

 そうです。ソフトウェアを開発するときは常にグローバル対応してきました。インターフェースの英語、日本語、中国語は当然で、どこの言語にもローカライズできることを前提に開発しています。

奥田 事業全体としての展望はいかがですか?

 年15%成長を目指しています。クラウド分野はそれ以上の成長が見込めます。しかも既存の顧客とはほとんどバッティングしていません。すでに全売上高の5分の1ぐらいになってきています。

奥田 最近の事業拠点は和歌山に重心を置いているようにみえますが、郷里である和歌山への愛情も強いのでは?

 故郷も大事ですが、それだけが理由ではありません。エスアールアイとクオリティライフを和歌山につくったのは、ほかにもいくつかオプションがあったなかで、最適だと判断したからです。南紀白浜は空港も近くて便利な場所ですし、海、山、川、空気、なんでもきれいなところで、ここで生活し、仕事もできれば、どれほど豊かに生きていけるかと思いました。

 日本はすごく豊かな国ですが、もったいないことをしています。都市への集中をやめて、地方にもっと散らばって住めばこの豊かさを実感できるでしょう。そのモデルをつくりたいのです。

奥田 もしかして、ノマド(遊牧民)のように世界中を動きながら生きていくことを望んでおられるのでは? 和歌山もその一つですか。

 確かにそうかもしれません。パイオニアに入社したのも、海外への憧れでした。子どもの頃から夏はいつも串本の海で泳いでいました。疲れると岩に座って海を眺める。そうすると海外へ行ってみたくなるのです。まずは上海の会社をきちんと成功させ、同じコンセプトで自分が行ってみたい国に会社をつくりたいですね。夢がどんどん膨らみます。

奥田 仕事を理由にして世界を旅できますね(笑)。

 実は、還暦の誕生日を機会に20日間休みをもらってペルーに行きました。11日ぐらい滞在しましたが、往復の飛行機以外は予定ゼロ。なにも決めずに気ままな旅を満喫したのです。これは楽しかった。
 

「あと30年は現役で働くぞ!」。目標設定はいつも思いつき!?

奥田 これからの海外展開はどうお考えですか。「日本発のソフトウェアを世界へ」というMIJS(メイド・イン・ジャパン・ソフトウェア)コンソーシアムの設立にも関わっておられましたが……。

 以前はまさにその発想でした。海外へ行きたい気持ちが強くありましたが、それでいて、私の根本的な考えは、どちらかといえば鎖国的な考え方なのです。行き過ぎたグローバリズムは人類を破綻に導くと思うからです。人類が豊かに生きるには地域循環経済に戻していくことが必要だと考えています。

奥田 それは意外ですね。

 日本で開発した製品を海外に売るために上海に拠点をつくったのですが、ある時期から「ちょっと違うぞ」と思いはじめました。日本製品を売って利益を日本に持ち帰ることよりも、世界中に仲間がいて、その仲間たちが活躍することが大事なのではないか。上海に25人いますが、クオリティのDNAつまり「豊かな世界の創造」という理念を広めてくれればそれでいいと思っています。ソフトウェア業界の友人と、その話をしたら「それはソフトウェアの地産地消だ」とおっしゃっていました。なるほどそういうことかもしれません。

奥田 そのために技術も資金も出すと。

 日本を儲けさせるためにがんばってもらうのではなく、自国のためにがんばってくれればいい。うまくいったときに、多少返してくれればいいという考えです。上海はおかげさまで黒字になりました。3年ほど前から現地で開発した製品も売っています。今までは日系企業を中心に販売してきましたが、現地で開発した商品ができてからは中国ローカル企業への導入も始まっています。

奥田 一見するとバラバラに見える活動の根底にはしっかりした考えがある、ということですね?

 思いつきです(笑)。しかし、常に打つ手を複数もっておきたいのです。実は、先日還暦を迎えたとき「よーし、もう一度還暦を迎えるぞ」と決意しました。120歳まで生きてやろうと。だとしたら、健康が大事です。健康に関心をもちはじめたら、どんどん情報が入ってくるようになりました。そこからもビジネスの芽がみえてきます。

奥田 まさか、それも思いつき?

 そうですね(笑)。あと約30年、88歳まで現役でやりたい。定年退職で仕事をやめてしまうのはもったいないですよね。そう思うと今30歳の気分になれます。実際には120歳まで生きられないとしても、120歳まで生きるような成長曲線を描いて考えていけば、できることはいっぱいあります。

奥田 これからの30周年もノマド経営ですね。

 人と大地を救うことをきちんとやっていきたいし、健康も本気で取り組むつもりです。健康には「笑顔」が大事ですよね。笑顔で理念の実現を目指したいと思います。

こぼれ話

 長いつき合いの始まりは、なんと浦さんの創業以前からだ。翻訳業からソフト開発、そして食堂経営と農業事業へと進化する。この間にわけのわからない事業展開がある。「たまな食堂」の開店と、米づくりへの着手だ。私は内心、「主力の事業活動に飽きたのではないか」と勝手に憶測していた。それだけに創業30周年の節目での対談を楽しみにしていた。聞きたいことだらけで、ずいぶん意地悪な質問もした。そのたびに浦さんはわずかに眉をひそめた。

 そんな対談から得た浦さん評を披露してみたい。1.異文化が好きである。2.思いついたら事業化を考える。3.世界中に出かけて、いろいろな人と出会う。4.意思疎通のために言語を習得する。5.会えばそこから何かが生まれる。6.先行者利益を目指して投資する。7.利益の出る期間は短いので、次の事業に投資する。8.時間を見つけては異文化を訪ねる。総評すると、浦さんは人好きであることに間違いはない。
 

Profile

浦 聖治

(うら きよはる)  1952年、和歌山県生まれ。73年3月、国立和歌山工業高等専門学校電気工学科卒業。同年4月、パイオニア入社。カーステレオ事業部にて生産技術業務に従事。米国勤務。81年2月、同社退職。同年9月、マイクロシステムズ入社。プロダクトマネージャ兼テクニカルライターとしてソフトウェア開発に携わる。83年9月、同社退社。84年2月、クオリティサービス(現クオリティ)を設立、代表取締役に就任。