そのためにだけ存在するという 単機能のいさぎよさに惹かれる――第124回(上)
岩井商会オーダーフレーム部 チーフビルダー 宮田有花
構成・文/浅井美江
撮影/津島隆雄
週刊BCN 2014年11月24日号 vol.1556掲載
フレームビルダーという職業をご存じだろうか。自転車の骨格ともいえるフレームを、オーダーに合わせて、ハンドメイドで製作する職人のことだそうだ。宮田有花さんは、国内でただ一人の女性ビルダーであり、数少ない競輪のフレームビルダーの免許をもつ一人でもある。宮田さんとのご縁をつないでくれたのは、かつて『千人回峰』に登場していただいた「トミーカイラ」の解良喜久雄さんからの電話だ。ひと言、「京都にものすごくおもしろい人がいる」という話だった。さっそく会いに行った。(本紙主幹・奥田喜久男) 【取材:2014.8.20/京都・イワイサイクル久世店「gan well」フレーム工場にて】
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
自転車の魅力に取りつかれて、ふと気がつけば40台
奥田 早速ですが、トミーカイラの解良(喜久雄)さんとの出会いはいつ頃だったのですか?
宮田 5~6年くらい前の話でしょうか。うち(岩井商会)に、解良さんが自転車をオーダーしにいらしたんです。最初は全然気がつかなくて、中年のおじさんがみえたなと。でも、いただいた名刺のお名前を拝見して、「あれ?」と思って……。
奥田 もしかして、あのトミーカイラのと?
宮田 この工房(オーダーフレーム工場)にいらしたとき、クルマのポスターが壁にたくさん張ってあるのをご覧になって、「クルマ、お好きなんですね」と言われたんですが、解良さんを前にして「はい、好きです」なんてとても言えなくて、「ちょっとだけ好きです」と答えました。そしたら、クルマのいろんな話をしてくださって。でも、私が好きなクルマの種類とちょっと違うので、かえっておもしろがってくださいました。「仲間と会食をするから来ませんか」と呼んでいただいたりして……。
奥田 解良さんとの出会いはわかりました。では、宮田さんと自転車との出会いはなんだったんでしょう。
宮田 もともとクルマが大好きだったんですけど、ある時、免停になってしまって。その頃は東京にいたのですが、足がなくて困っていたら、友人が「乗る?」といって、マウンテンバイクを貸してくれました。乗ってみたら、とにかくおもしろくて。
奥田 どこがおもしろかったのでしょう。
宮田 都内だと、例えば新宿から銀座へ行く程度なら、交通事情で自転車はクルマやバイクより早く着くことが多いです。乗っている時のスピード感も気持ちがいい。で、いろいろな自転車に乗るようになったら、これがまた種類が多くて、1台1台が違います。
奥田 ということは、スピードとか乗り心地だけではなくて、自転車というギアそのものにも興味をもったと。
宮田 そうです。最初は乗っていて楽しかったんですが、旅行の長さによって“乗り心地”が違うのは、なぜなんだろう。それもメーカーによって違うのは、なぜだろうって、のめり込んでしまって。
奥田 そういうとき、手本になるような参考書とかはあったのですか?
宮田 いえいえ。実際に街で乗っている人に聞きまくりました。あとは自転車屋さんに行って、いろいろ教えてもらって、知識を増やしてきました。
奥田 知識とともに自転車も増えたとか?
宮田 そうです! 実際に乗ってみないとわからないじゃないですか。だからどんどん増えて、一番多い時期には40台近くもっていました。いつもローンに追われっぱなしで。
奥田 自転車へののめり込み方は相当なものですね。ところで、クルマも好きとおっしゃいました。
宮田 好きです。とくに「働くクルマ」が好き。その仕事をするためにだけつくられているクルマがいい。単機能が好きなんです。それしかできない、そのためだけに存在するといういさぎよさに惹かれます。
奥田 というと、例えばどんなクルマでしょう?
宮田 霊柩車とか。
奥田 あのー、本気でおっしゃってる?
宮田 もちろんです。霊柩車は遺体を運ぶことしかできない。そのためにだけつくられています。どうすれば遺体を運びやすいのか、葬儀というセレモニーに合致するのかといったことを徹底的に追究している。お宮タイプだと、釘も1本1本が丁寧に打ち込まれていたりして、本当によくできています。究極のカスタムですね。私、1台もっていますよ。
奥田 霊柩車を!?
宮田 はい、お宮型ではありませんけど。自動車も一時期は、20台ぐらいもっていたんですが、今は4~5台になってしまいました。そのうちの1台が霊柩車。あと消防車も2台もっています。
奥田 車道を走るとき、まわりのクルマの反応はどんな感じですか。
宮田 車体に霊柩限定と書いてありますし、あまり近づいてきませんね(笑)。ウインカーをチカチカさせると、すぐ割り込ませてくれます。あおられることもありません。
あらゆるものに通じる「たたずまいの違い」
奥田 そういう働くクルマの魅力って、単機能であることのほかに何がありますか。宮田 雰囲気ですね。たたずまい。オーラが違うと思うんです。例えば、自転車でも、ツーリング車が得意な方がつくったツーリング車は、私のようなレース自転車が好きな者がつくったものとは明らかに違います。私のつくったものは、本来その車両がもっている世界観の魅力が十分に引き出せていない気がします。
奥田 その違いはすべての人が感じることができるものですか。
宮田 たぶん、ものづくりをしている人ならかぎわけられると思います。解良さんも敏感ですね。ある自転車に対して「これってどうなの?」って聞かれるときは、たいてい解良さんのなかで何かが引っかかっている。「このフレームビルダーは、その分野はあまり好きではないみたいですね」と言うと、「でしょう? なんかオーラがないよね」とおっしゃいますから。
奥田 それは機能が低いということ?
宮田 違います。機能はしっかりしています。デザインでもない。でも何かたたずまいが違う。例えば、お嬢様育ちなんだけど、なにかの都合でお金がなくて暮らしているという方と、急にお金持ちになって着飾っている人とでは、なんとなくたたずまいが違う、もっている雰囲気が違いますでしょ。そんな感じが乗り物にもあるというか。役者さんでも花がある方とそうでない方がいらっしゃいますよね。その役者さんが出てくるだけで場が盛り上がるとか。そういうのが自転車やクルマにもあると思います。
奥田 宮田さんがおっしゃる「たたずまいの違い」は、人や乗り物だけに限らず、あらゆるものに通じることかもしれませんね。(つづく)
弁護士バッジより希少なNJS認定刻印
公共財団法人「JKA」の旧称「日本自転車振興会(NJS)」の刻印。競輪はF1と同様、レースの前後に厳しい検車があり、すべてのパーツにこの刻印が打ってなければ走ることができない。刻印は免許保有者しかもてず、全国でもわずか31人ほどとのこと。Profile
宮田 有花
(みやた ゆか) 1972年生まれ、東京都出身。岩井商会オーダーフレーム部チーフビルダー。競輪事業を管轄する公益財団法人JKAが認定する「認定部品製造業者」31社のうちの1人にして、国内唯一の女性フレームビルダー。建築事務所に就職するも自転車のおもしろさに目覚め、自転車専門誌の編集等を経て、2008年岩井商会に入社。同社のオーダーフレーム工場でチーフビルダーとして、プロの競輪選手のフレームから一般客のオーダーまで幅広く手がけている。