一部上場も単なる「通過点」 大事なことは、次に何をやるかだ――第127回(下)
葉田 順治
エレコム 取締役社長
構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄
週刊BCN 2015年01月26日号 vol.1564掲載
かつて海外事業でヨーロッパの先進国を中心に展開して辛酸をなめ、東南アジアや中南米の新興国にターゲットを移したエレコム。現地の若手経営者はとても商売熱心で、みんなエレコム製品のファンなのだそうだ。「彼らと話していると本当におもろいんですよ」と葉田社長は楽しげに言う。ゼロから創造することを好み、人真似を嫌う葉田さんらしいなと思った。おそらく、こうしたフロンティアスピリットが、エレコムの成長を支えているに違いない。(本紙主幹・奥田喜久男)
写真1 厳しいことをポンポンと口にする葉田さんだが、笑顔はまるで少年のよう
写真2 エレコムは、年間で最も販売数量の多いITメーカーを讃える「BCN AWARD」の常連企業だ。BCN AWARD 2015でも、タブレット端末アクセサリ部門など12部門で最優秀賞を受賞した(写真は1月16日開催のBCN AWARD 2015の表彰式での様子。トロフィーのプレゼンター(右)は上新電機商品部情報機器グループ課長の森山智之氏)
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
技術力の強化で商品と顧客の幅を広げる
奥田 海外展開もさることながら、M&Aでロジテック、ハギワラソリューションズ(ハギワラ)、最近では日本データシステム(JDS)を傘下に収めています。これはエレコムにどんな影響をもたらしていますか。葉田 技術力の強化ですね。これまでエレコムは、デザイン力、マーケティング力、営業力、物流、IT分析力などで成長してきたのですが、アクセサリやサプライのイメージが強すぎて、デザイナーはたくさんいても、技術者はなかなか入社してくれなかったんです。ところが、ハギワラやJDSがグループになったことによって、技術系の人材が充実してきました。
奥田 それらの企業はどんな技術をもっているのですか。
葉田 ハギワラはエンベデッド系の半導体についてですね。JDSはエンベデッド系のマザーボードを得意としています。こういう会社がグループになったことで、技術者風土のようなものがようやくできあがってきました。これは大きかったですね。
奥田 M&Aを行った企業というのは、技術用語でも噛み合わないことがあると聞きますが、どのようにして技術レベルや概念レベルの統一を図ってこられたのですか。
葉田 基本的には、仲間意識とエレコムのスピリットを植えつけることですね。もともと技術は彼らにあるわけですから、それ以外のノウハウを身につけてもらうわけです。M&Aをした会社がコアになって、さらに優秀な技術者を外部から呼び込めるようになりました。
奥田 技術力の強化によって可能になった商品には、どんなものがあるのですか。
葉田 やはりLinuxのNAS関係ですね。それから法人向けでVPNルータとか。
奥田 これからは法人向けも手がけられるのですか。
葉田 法人向けは以前からやりたかったのですが、エレコム、ロジテック、ハギワラ、JDSの4社が揃ったことで、いろいろな法人需要がキャッチアップできるようになりました。ですから、今後は法人とエンベデッドにも力を入れようと考えています。
奥田 これまでのエレコムというのは、どちらかというと若者や女性を対象とするスタイリッシュな商品を扱っている印象が強いのですが、法人とかエンベデッドというと黒子的なイメージがあります。エレコムの姿は、だいぶ変わってしまうのでしょうか。
葉田 これまでの商品群もちゃんとあるわけで、業際を拡大していくイメージです。スタイリッシュな商品に、新たに得た技術力を生かした商品を加えることで、お客様の幅も広げようということですね。そして、とことんサポートするということを大事にしていきたい。サポートというのは、われわれのカルチャーに非常に合致しています。今後は、システム開発以外の部分、つまりハードとサポートについては、企業の要望をすべて受け入れられる体制にしていきたいですね。
常に「異端児」の立場に身を置きたい
奥田 2013年に東証一部上場を果たし、ここまで業績を伸ばしてこられた葉田さんですが、ご自身はどんなところがすぐれていると思いますか。葉田 私は成功したとは思っていませんし、東証一部に上場したことも単なる通過点にすぎません。大事なのは、次に何をやるかです。昨日のことはもう忘れていますから……。(ニヤリ!)
奥田 次のターゲットは?
葉田 海外事業についてはすでにお話ししましたが、例えば通信市場をみた場合、その市場規模は携帯電話だけでも20兆円くらいあります。ただ、われわれは小さい会社なのでメインプレーヤーにはなれません。といっても、そのうちのニッチな部分を押さえることができれば、それなりの成果を得ることが可能です。20兆円の1%を押さえれば2000億円ですから。
奥田 そのニッチな部分というのはどこですか。
葉田 いや、具体的な話でなくて、ボーっと考えているんです。ボーっと考えているうちに、何か見えてきます。いろいろな人の話を聞いて、自社の強みや攻めるべきニッチな部分はどこかということが見えてくる。私はゼロからスクラッチで立ち上げるのが好きなんです。
奥田 そうして考えるときに、どんなところからヒントを得るのですか。
葉田 私の場合は、まず経営者の講演CDを聴きまくります。それから『ハーバード・ビジネス・レビュー』を読んで、アメリカの最新鋭のITや経営手法を学んでいます。
奥田 講演録は、どんなジャンルの人のものですか。
葉田 市販されたものは全部聴きます。10年ほど前から聴いていますから、もう3000本くらいありますね。その人の人生というか考え方が、私の脳のデータベースに入ってきます。いろいろな考え方がありますから、それを組み立てることでアイデアが出てくるというわけです。
奥田 そこからオリジナリティが生み出されると。
葉田 それがオリジナリティかどうか怪しいですけれどね。ただ、最近おもしろくないのは、若い経営者の講演CDが増えてきたこと。私は、経験豊かな年配の経営者の話を聞きたいのに……。
奥田 ご自身の年齢を考えると、それは仕方がないですね(笑)。今、おいくつでしたっけ。
葉田 61歳です。
奥田 そうすると、事業承継も視野に入ってきますね。
葉田 社長はあと数年ですね。みんなは、辞めないだろうと言いますが、私は絶対辞めますよ。
奥田 葉田経営のゴールはどんな姿ですか。
葉田 ゴールはありません。持続的・永続的に発展できる人材や組織、仕組みをつくるのが私の仕事だと思います。私には「業界」という発想はまったくありません。常に「異端児」「異業種」という立場でありたいんです。
奥田 それは、真似されないようにニッチを求めることに通じているのですか。
葉田 もっとシンプルに、人と違うことをやりたいということです。常にアゲインストに身を置く。だから、一部上場も通過点なのです。
こぼれ話
いつものことながら、インタビューが終わったとたん、どっと疲れを感じた。別の言い方をすれば、全力投球で何イニングも投げ切り、「試合が終わった」という安堵と充実感の混じった疲労感だ。質問をして返ってくる言葉から、何が核心なのかを探り出し、その核心の部分に質問をかぶせる。このやり取りが何とも楽しいのである。葉田さんとはもう長いつき合いになる。この応酬に慣れるまでに時間がかかった。慣れるに従って、この経営者のゴールが見えにくくなった。年齢的に事業承継の時期に差しかかっている。長子が跡目のようなかたちで在籍しておられる。パソコン周辺機器メーカーは、どの会社もこの時期にある。
10年先ではなく、あと5年もしたら次世代経営者同士の戦いがみえてくる。そのときには、国内領域から海外市場に駒を進めた事業展開をみたいものである。
Profile
葉田 順治
(はだ じゅんじ) 1953年10月、三重県生まれ。76年3月、甲南大学経営学部卒業。86年5月、エレコムを設立し、取締役に就任。92年8月、常務取締役。94年6月、専務取締役。94年11月、取締役社長(代表取締役)に就任。現在に至る。趣味は読書、ゴルフ。