「和醸良酒」働く人の和があれば、自然といい酒になる――第131回(上)

千人回峰(対談連載)

2015/03/19 00:00

山本輝幸

吉田酒造店 杜氏 山本輝幸

構成・文/浅井美江
撮影/津島隆雄

週刊BCN 2015年03月16日号 vol.1571掲載

 街が大きく変わろうとするとき、そこには大きなエネルギーが生まれる。エネルギーは大きなうねりとなって街全体を包み込む。春まだき如月、降り立ったJR金沢駅は、新幹線の開業を目前に控え、まさにそのうねりに包まれていた。駅からクルマで約30分、豊かに広がる田園地帯の中に、霊峰白山を源に流れる手取川の名をいただいた蔵元がある。創業明治3年の吉田酒造店。そこに、酒造りに携わって54年、今年古希を迎えるという杜氏を訪ねた。(本紙主幹・奥田喜久男)

2015.2.12/石川県白山市 吉田酒造店の酒造工場にて
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第131回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

洗って蒸して、握って決める6分30秒

奥田 いきなりですが、お酒の味はどうやって決まるのでしょうか。

山本 杜氏で決まります。

奥田 その味というのは、杜氏の頭の中に完成品があるのでしょうか。

山本 頭の中にあります。だいたいうちの酒はこういう酒だなというのが頭に入っていて、そこから米を洗い始めます。できあがりのイメージをもって米を洗わないといけません。

奥田 米はどうやって洗うのですか。

山本 昔は人の手でやっていましたが、今は洗米機でやっています。

奥田 杜氏の頭の中にできあがりのイメージがありますよね。それをどのように機械で調整するんでしょう。

山本 調整、というか洗米の条件を機械に打ち込むんです。米の水の吸い具合を、大吟醸ならこのくらい、本醸造ならこのくらいと。同じ田んぼの米でも、刈り取った時期によって違いますし、精米の具合によっても全部違いますから、どのくらいの水分を吸わせるか、米洗いの時に酒造りを決めるんです。

奥田 具体的にはどんなふうに指令されますか。何時から何時までという具合ですか?

山本 時間帯を打ち込みます。米を洗って、漬け置きして水を切るまで何分何十秒という単位です。

奥田 例えば大吟醸の場合、どのくらいなんでしょう。

山本 精米の歩合が40%の大吟醸で、6分30秒かな。

奥田 それは企業秘密ですか。

山本 いや、よその蔵でもたいがい同じだと思いますよ。

奥田 先ほど、お米の状態はその時々で違うとおっしゃいました。米の状態によって、6分30秒は変わりますか。

山本 変わります。造り始める時、ひとまず6分30秒として、1回だけ洗米して、蒸したもので判断するんです。

奥田 蒸したものを食べるのですか。

山本 いえ、握るんです。握ってみたりつぶしてみたりして、手触りをみるんです。それでだいたいわかります。これはちょっと柔らかいから、もう少し時間を調整しないとダメだなとか。そんな作業を1週間くらい続けます。

奥田 もうちょっと詳しく教えてもらえますか。握るのは右手ですか。利き手で握るということなのかしら。

山本 そうですね。

奥田 こう、握りますよね。きゅっきゅっと握った感触でわかるんですか。

山本 わかります。握ってみれば、手触りでわかります。あと、餅みたいに手でつぶしたりね。昔はひねり餅といって、板の上にせんべいみたいにのしていたこともありました。

奥田 それは全部の職人さんが握るんですか。

山本 いえ、私一人です。

奥田 山本杜氏お一人! ……それを1週間毎日続けると。

山本 そうです。1日1回だけ、3段階に積み重ねたこしき(米を蒸すための木製の桶)の一番上の米を取って、握る。それで6分30秒を調整するんです。

奥田 今の洗米機を入れたのはいつからですか。

山本 平成14年ですね。

奥田 それまでは人の手で洗米されていた。それが機械に、コンピュータに変わった時はどうでしたか。大きな違いはありましたか。
 

使ってみたら、人間よりも確かだったコンピュータ

山本 最初はね、こんなもんが作業できるかと思ってましたね。人が一番確かやろと。でも、使ってみたら人間より確かやった(笑)。

奥田 おお。そうでしたか! それは導入してからいつ頃のことですか。

山本 その年です。入ったその年。あ、これは人間より確実だなと。糠もきれいに洗ってくれるし。

奥田 その機械が世の中に生まれたのはいつ頃なのですか。

山本 うちに入ったのが、たぶん全国で3台目だと思います。うちは早いほうでした。

奥田 導入を決められたのはどなた?

山本 先代の社長です。どこかの蔵元に導入されたのを視察に行って、決めたんだと思います。

奥田 機械に替えると言われた時はどんなお気持ちでしたか。

山本 そりゃあ、こんな高いもん買って……と思いましたよ。3000万円くらいしたんじゃないかなあ。そんなものより人間のほうが確かなのにと思ってましたから。

奥田 機械を導入される前は、人の手で洗っていらしたんですよね。

山本 そうです。昔は、時計を見て洗って漬けた米を3分置きに上げさせて、紙に書いて様子をみてました。でもね、上げるといってもゆっくり上げる人と、さっと上げる人とでは全然違うでしょ。だから、人によって指示を出すタイミングを変えないといけないし、モタモタしている人は、毎日毎日怒られたりね。

奥田 ほお。そうすると、機械が入ってコンピュータになってからは、怒られる人はいなくなったわけですね。

山本 そうです。怒られる人はいなくなった。ただ、人そのものもいなくなりました。5人がいなくなりました。それだけ米洗いに人手がかかっていたということです。

奥田 ということは、生産の合理化ということだから、経営する蔵元さんにしてみると、機械を導入するということは収益にも影響するわけですね。設備投資の金額と人件費を考えて、この先10年20年をみられたという……。ちなみに、周りの蔵元さんで同じ機械を使っているところはありますか。

山本 違うシステムの機械を入れているところはありますが、同じものを導入しているのは、石川県内で2台と聞いています。

奥田 蔵元の規模によって、機械を導入したほうが収益が上がるところと、手作業のほうがいいところとがあるということですね。ところで、機械のほうが人より作業が確実ということは、味も確かということでしょうか。

山本 そうです。酒の味が確かであるということは一番大事ですから。(つづく)

 

酒造りは洗米で始まる

 酒造りの第一歩は、酒米を洗うことから始まる。「同じ田んぼの米でも、刈り取った時期によって違うし、精米の具合によっても全部異なるので、どのくらいの水分を吸わせるか、米洗いの時に決める」と山本杜氏は語る。

Profile

山本輝幸

(やまもと てるゆき) 1945年石川県輪島市生まれ。地元の能登で20年酒造りに関わった後、石川県白山市で明治3年から続く吉田酒造店に移る。以来34年、同店の銘酒「手取川」を造り続け、17年前からは杜氏として「手取川」を仕切っている。趣味は米作りとカラオケ。酒造りの基本に「和醸良酒」を掲げ、11人の蔵人を率いる。