AI、IoT、ビッグデータの時代に、人間が為すべきは“目的”を決めること――第167回(上)
大原 茂之
オプテック 代表取締役会長
構成・文/浅井美江
撮影/長谷川博一
週刊BCN 2016年08月29日号 vol.1642掲載
2月に囲碁の人工知能(AI)「アルファ碁」が勝利した。7月にはソフトバンクが英国のARM社を買収した。一般のメディアにAI、IoTなどの文字が、登場する頻度が増しているように感じる。改めてこの時代に、われわれが為すべきことは何ぞやを問うべく、今回の対談となった。話をうかがうのは、「ITジュニア育成交流協会」でもお世話になっている「スキルマネージメント協会」の設立者であり、日本における組込み技術者育成の第一人者である大原茂之先生だ。果たして、人類の未来は?(本紙主幹・奥田喜久男)
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
ディープラーニングによる新しいAIの出現
奥田 先生は母校の東海大学で、日本で初めて組込み技術の大学院を立ち上げられましたが、もともとのご専門は。大原 「オートマトン理論」という理論系の研究をやっておりまして、そこから組込み技術を始めました。
奥田 いつ頃の話になりますか。
大原 1970年代、インテルが世界初の商用マイクロプロセッサ4004を出したあたりですね。
奥田 4004! 懐かしいですねえ。当時は最先端の技術でした。
大原 4004が登場して、マイクロプロセッサという言葉が使われ出しましたね。
奥田 4004と先生はどんな関わりだったのでしょうか。
大原 4004との直接の関わりはありませんが、大学に勤めて5年目の頃ですが、インテルジャパンからマイクロプロセッサ8080を中心とした周辺チップの使い方を説明するセミナーの講師を頼まれまして、東京や大阪、福岡など、いろいろなところで講演しました。マイクロチップの登場は組込み技術の黎明期になると思います。
奥田 セミナーにいらした方々の反応はどうでしたか。
大原 実に熱心でした。昼休みとかにも、聞きに来るんです。「競合に先を越されてしまったんだけど、どうすればいいのか」とか。切実ですよね。実社会の熱気というか、とにかくマイクロチップを取り入れて、早くなんとかしよう、しなくてはという熱い思いを感じました。
奥田 競合がつくってしまった。われわれもつくらないと負けてしまう、必死さですね。それを産み出した、当時の4004にあたるものというと、今は何だと思いますか。
大原 時代のイノベーションという意味で捉えるならば、基本的に三つです。AI、IoT、ビッグデータ。とくにIoTを支え推進するエンジンは組込み技術になります。
奥田 AIといえば、やはり……。
大原 「アルファ碁」の勝利ですね。私もちょっと碁をやるんですが、まさか、こんなに早くやられるとは思ってなかったので、ショックでしたね。
奥田 碁が変わったのでしょうか、それともAIが変わったのでしょうか……。
大原 AIですね。これまでにも何度かAIブームのようなものがあったのですが、今回は違うとみています。
奥田 それはどのあたりですか。
大原 やはりディープラーニング。多重構造で学習していくんです。まず、全体を捉えて、だんだん詳細化していく、階層わけの学習といいますか。あくまで碁の世界においてですが、スピードや質という面で人間を凌駕した気がします。
奥田 対戦した方は、韓国のプロで世界チャンピオンですよね。AIと対戦したというのもすごいチャレンジャーですよね。
大原 確かに。でも、碁の強い人たちって、やっぱり対戦したいんですよ、強い相手に。相手が人間であろうが、機械であろうが関係ないと思います。
奥田 負けたらみっともない、ということは思わない。
大原 ないと思います。碁の世界というのは対話なんです。もちろん勝負はするんですけど、自分たちはどこに向かったのかを対話する局後に行う「感想戦」があるわけです。お互い話し合って、客観的に見直して、お互いの棋力を高め、碁を高めるという……。
奥田 AIとの対戦の場合、局後の感想戦はどうなるんですか。
大原 うーん。ないでしょうねえ(笑)。
AIの新時代における人間の役割
奥田 アルファ碁のプログラムを全部ダウンロードして、すぐれたプログラマが解析すれば、局後の感想戦はできますか。大原 AIにはそういうプログラムがないんです。いわゆるプログラミング言語で書いたような対局用のプログラミングリストはないんです。
奥田 思考過程のログもないんでしょうか。
大原 状態変化は取れるでしょうけど、思考過程を理解することは難しいでしょうねえ。人間だったら、いわゆる直感で打った手だったとしても、後付けで客観的に評価して理屈をいえるんです。でも、AIの場合は、その理屈を話すAIが設計されないと話せない。
奥田 となると、囲碁のあの対戦で新しい時代が到来したということですか。
大原 それが実証されたと思います。
奥田 では、AIが人間に圧勝した、そういう時代のものづくりはどうなっていくのでしょう。
大原 その生かし方を決めるのは、人間だと思います。実際に使おうとする人たちが、どうしたいのかを考えて、AIにどう考えさせるのか。
奥田 ということは、AI自体の問題ではなくて、人間のwantsの問題……。
大原 はい。結局、人間が何をしたいのか。そこを明確に意思表示できるかどうかだと思います。だから、how toではないですね。how toはいくら考えても一挙に凌駕されるでしょうから。やっぱり「目的」なんです。目的を明確にして、そのための戦略をどうするかを詰めていく。そして、AIに任せるところは任せて、AIを進化させていく。そういう仕組みにしていかないと、目的や戦略まで何もかもAIにお任せでは、危ないでしょうね。
奥田 戦略とAIの間は、どんなつながりをもたせていけばいいんでしょうか。
大原 AI自身が設定された領域全体を捉えてゴールを策定していくという戦略をもっているんです。碁だったら、勝たなきゃいけないという、人間でいえば目的意識のようなものが、すでにAIに入ってきていると思います。
奥田 目的意識がAIのなかにあると。AI自身が目的をつくることはできないけれど、「勝つ」という意志はすでにあるということですか。
大原 意志といっていいかどうかはわかりませんが、いろいろな棋譜をみせていって、これが勝ったという状態だよと。勝つというゴールへ向かうように学習をさせるわけです。 奥田 そうすることで、こうすればいいんだと学習をして、勝つ手を打ち始める……。
大原 これまでのAIとはステージが違います。
奥田 因みに、AI同士で切磋琢磨することはあるんでしょうか。
大原 人間と対局しながら学習しているのでは時間がかかりますから、AI同士でガンガン打ち合って、お互い進化しているようです。
奥田 恐るべしですね。
大原 人間がとても及ばないような、とてつもないスピードで、何局も打つんです。人間が寝ている間にものすごいスピードで学習しているわけです(笑)。
奥田 勝つはずだ。かないませんね。(つづく)