さまざまな人が集い、新しい“知”を産み出すGLOCOMを目指す――第171回(下)
前川 徹
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 所長
構成・文/浅井美江
撮影/川嶋久人
前川徹先生は、いつお会いしても、穏やかな表情で親しみやすく接してくれる。今回も、子どもの頃の話から、通産省に入省するくだりまで、楽しい話をたくさん聞かせていただいた。その一方、先生がもつ未来を見据える慧眼は、どこまでも怜悧に研ぎ澄まされている。弊紙「視点」での連載時や著書で書かれる、常に「半歩先」が読む先見の明には舌を巻く。誰もが知りたい半歩先を、いったいどのようにして読まれているのだろう。(本紙主幹・奥田喜久男)
2016.7.29/国際グローバル・コミュニケーション・センターにて
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
半歩先行く眼を養ったのは、新しもの好き志向
奥田 前回、ソフトウェア産業は、ゼネコンの構造と同じであり、これは逃れられない日本的な構造であると申したところ、先生からいやいや変わってきているよと。前川 一つは、開発系のプログラマの人手不足です。先行き、さらに不足してきそうなので、やむを得ずという形になるかもしれませんが、もっとパッケージを使おうとか、SaaSを使おうとか、あるいはサイボウズの「kintone」などのツールを使って、自分たちで簡単にシステムをつくるという波がくると思います。
奥田 そういう流れですか。
前川 ウルグアイでつくられた「GeneXus(ジェネクサス)」が代表格ですが、設計情報からコードを自動生成するソフトウェアを使った超高速プログラミング開発を使うという流れもあります。こうしたツールを使って、システムを外注するのではなく、社内でさっとつくって、使いながらブラッシュアップしていくという方向に移りつつあります。もう一つ、私がソフトウェア開発で注目しているのが、「アジャイル」です。
奥田 うちの編集メンバーはみんなアジャイルですね(笑)。
前川 やっぱりアジャイルじゃないと、市場の変化が激しすぎて、変化についていけないと思います。
奥田 僕も、アジャイルを連呼する記者からレクチャーを受けて、アジャイル派になったんですけど、まだあまり動いてない気がするんですが……。
前川 アジャイルの話も昔に比べてメジャーになりました。私がアジャイル・ソフトウェア開発を知ったのは2003年ですが、それから10年ちょっと、ずいぶんメジャーになりました。
奥田 確かにアジャイルという言葉自体は、すっと通るようになりましたね。そこで、先生に質問です。どうして、そんなに半歩先のことがピン!とくるんでしょうか。
前川 いやいや。
奥田 週刊BCNの「視点」で書いていただいたことも、大抵当たっています。先生はAmazonのことも早かったです。Amazonがいかに日本社会のなかに入ってくるのかを真っ先に書かれました。1999年です。あれはすごかった。よく覚えています。
前川 Amazonは世界を制覇する巨大な百貨店になるか、あるいはどこかに買収されるかのどちらかだと本に書いたのですが、前者になる可能性が高いなと思っていました。
奥田 先ほどの質問です。なぜ半歩先がわかるのですか。
前川 なんでしょうかね……。結局のところ、好奇心じゃないでしょうか。GLOCOMへ来ると、いろんな人に出会えて、好奇心が満たされます。
奥田 それは企業の方ということでしょうか。
前川 企業の方もそうですし、研究者、大学の先生、いろいろな人が集う場なんです。知らない話を聞いたり、懇親会でさまざまな方にお会いしたりすると、すごく刺激を受けるんですよ。そういえば、通産省を受けた時、「きみは何をしたいのか」と聞かれて、「一番新しいものに触れることができる役所が通産省だと思うので、そういう経験をしたい」とか答えてました(笑)。
日本のベンチャー企業を応援する新たな潮流
前川 最近改めて思うのは、米国でイノベーションを牽引しているのはベンチャーなんです。今さら何を言ってるんだと怒られそうですが。奥田 確かに、GoogleやFacebook、さかのぼればマイクロソフトやAppleもベンチャーですね。
前川 日本の企業は、ベンチャーとのつきあい方がヘタです。米国のように、もっと、ベンチャーに興味をもち、マイナー投資をしたり、M&Aをしていくべきです。まあ、最近少し変わってきましたね。大企業がコーポレートベンチャリング(大企業がベンチャーを創出したり、大企業が外部ベンチャーを取り込むこと)を真面目に考え始めました。NTTグループや、富士通などの大手IT企業がコーポレートベンチャリングに取り組むようになってきました。ただ、もっとたくさんのベンチャーが生まれる必要があります。
奥田 この1年、ITと家電の産業をみていて、本当に寂しいのがあれだけ大きな基幹技術をもった企業が中国にいく、台湾にいくという現実です。ベンチャーに投資して、ベンチャーを育てて、取り込んで企業が伸びていく前に、基幹技術をもっている製造業が、日本の資本から他の資本にいってしまう。もちろん未来はわかりませんから、ひょっとするといい面もあるかもしれませんが、でも、何かこう、大切なものを取られたような気持ちになるのを否めないんです。もっと、しっかり経営してほしいと。
前川 そうですね。企業経営は難しいですね。
奥田 東大ベンチャーのロボットが、Googleに買われましたよね。これも何してるんだ!と思うわけです。
前川 肝心なところに投資をしない。何かこう、日本の経営者が小粒になっていますよね。
奥田 大らかさがなくなっている気がします。
前川 日本の大企業の経営者は、サラリーマン経営者が多いんですけど、もっと志を高くもってベンチャーへの投資や社会貢献をやっていいんじゃないかと思います。
奥田 それは前川所長に期待したいなと思います。
前川 そうきましたか(笑)。
奥田 先生はこの先、GLOCOMをどうされていきたいですか。
前川 ここは常勤の研究員はわずか8人なんですね。でも、併任や客員の研究員、さらにフェローと呼ばれる人たちを入れると、おそらく150人位います。中央省庁の人もいれば、大学の研究者や民間企業の専門家もいます。そういう人たちの“知”をもう一度ここに結集させたいと思っています。そこにさらに若い人たちに集まってもらいたい。いろんなジャンルのいろんな世代の人たちがたくさん集まって交流をする、その会話や議論のなかから新たな“知”が生まれて、それに惹きつけられるように、また新しい人が入ってくるような。そういうGLOCOMをつくりたいと思います。少し時間がかかる仕事なので、明日とか明後日にはできませんが、少し待っていただければと思います。
奥田 すばらしいですね。ぜひ実現させてください。楽しみにしています。
■さまざまな人が集い、新しい“知”を産み出すGLOCOMを目指す――第171回(下)
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 所長 前川 徹
こぼれ話
インターネットの時代はスッキリやってきたわけではない。スッキリとは、年表をみて節目の年が明確になっていること。限られた人たちは80年代から存在を理解し、実験に参加していた。一般に普及してきたのは90年代後半からで、私にとっては西和彦さん、前川徹さんが?啄役を務めてくれた。前川さんとの出会いは、電子商取引(EC)に関する書籍だ。Amazonの存在と成長を予測した第一人者が前川さんである。Amazonは1995年に書籍販売サイトとして誕生した。2000年に日本に上陸して旋風を起こす。書籍販売にとどまらず総合オンライン販売へと肥大化し、全国津々浦々に、いや津々浦々にこそ浸透した。
向かうところ敵なしの状況だ。日本法人のジャスパー・チャン社長と対談したのは05年8月15日。当時、社長就任5年目の41才。今は彼も52才だ。この間の成長をいち早く定量データをもとに予測したのが前川さんである。前川さんには『週刊BCN』のコラム「視点」の執筆をお願いし、読者をリードしていただいた。6月30日にはGLOCOMの所長に就任された。まことに適役である。ちょっと先の情報発信を期待したい。
Profile
前川 徹
(まえかわ とおる)
1955年、三重県生まれ。78年、名古屋工業大学情報工学科卒業。同年通商産業省(現経済産業省)に入省。機械情報産業局情報政策企画室長、JETRO New York センター産業用電子機器部長、情報処理振興事業協会(IPA)セキュリティセンター所長(兼、技術センター所長)、早稲田大学大学院国際情報通信研究科客員教授を経て、2007年4月、サイバー大学IT総合学部教授。コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)専務理事を兼任。16年7月、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)所長に就任。