「そんなことできるわけない」を覆したオーディオ技術界の異端児――360人目(上)
【対談連載】ミューシグナル 代表取締役 宮崎晃一郎(上)
構成・文/道越一郎
撮影/道越一郎
2024.9.18/宮城県仙台市のミューシグナル本社にて
週刊BCN 2024年10月28日付 vol.2035掲載
【仙台市発】ミューシグナルは知る人ぞ知る半導体設計とデジタルオーディオ機器開発のスペシャリスト集団。民生品では、クラウドファンディングで当時日本最高額を集めた、世界初のスピーカー搭載DJシステム『GODJ Plus』やフルデジタルでバッテリーレスのUSBスピーカー『OVO』を開発したことでも有名だ。どの製品をとっても一点突破のとがったものばかり。オーディオという一見枯れた分野で1人気を吐くミューシグナル代表取締役の宮崎晃一郎氏。一体どんな人物なのか、仙台まで会いに行った。
(本紙主幹・奥田芳恵)
Wi-Fiで音を飛ばす!誰にもできなかったシステムを開発
芳恵 無線で音楽を流す、とても画期的なシステムを開発されたとうかがいました。オーディオの世界は素人の私にもわかるように、概要を教えていただけますか?宮崎 『ミュートラックス』といいます。Wi-Fiで高音質の音声を飛ばすシステムです。現在の主流はBluetoothです。皆さんがお使いになっているイヤホンやスピーカーにもたくさん採用されているあれです。ところが、到達距離が短い。また基本的に1台の音源から複数のスピーカーに配信できない。そこで、Wi-Fiを使って100m以上飛ばせて、ごくわずかな遅延で、20台以上の子機に同時に音楽を配信できるシステムをつくったんです。
芳恵 具体的な用途があまり思い浮かばないんですが、どんな場面で活躍するシステムなんですか?
宮崎 よく「音に包まれます」と説明します。ディズニーランドなんかそうですよね。どこにいても同じ音楽が流れ、世界観を維持できる。彼らはそれを計算してあの場をつくり込んでいるんです。その、どこに行っても同じ音が聴けるシステムを、無線で簡単に構築できるわけです。観覧車にも応用できます。有線では線が絡まっちゃいますから、無線じゃなきゃいけないんです。ところが従来の技術では遠すぎて一つ一つのカゴに音楽を飛ばすことが難しいんですよ。
芳恵 確かに、今の観覧車は無音です。夜にはロマンチックな音楽を流すといったこともできるようになるんですね。これまで同様のシステムはなかったのですか?
宮崎 ちょっと調べたところ、誰もやっていませんでした。実現するのは大変そうだったんですが、やってみることにしました。2022年のことです。ある程度動くようになったとき、Inter BEEという放送機器の展示会に出展してみました。そうしたら、ソニーさんやパナソニックさん、ヤマハさん、NECさん、NHKさんなどと、名だたる企業の方々が続々と見にいらして……。
芳恵 実際に動いている様子を目の当たりにして皆さんどんな様子でしたか?
宮崎 最初は「本当か?そんなことできるわけないだろう」という感じでした。実際に動かすと、喜ぶ人あり悔しがる人ありと、不思議な感情がうずまくブースになったことを覚えています。現在ソニーさんやパナソニックさん、ヤマハさんはじめ多くの企業に採用していただいています。多分世界中で今でもまねされていない技術だと思います。
一生使える製品をつくっていては経営者としては失格?
芳恵 ものづくりにあたって、宮崎さんが、これだけは絶対守ると決めている、揺るがない芯のようなものはありますか?宮崎 製品が消耗品にならないよう、丈夫な部品を選び、長く使えるものをつくるよう心がけています。一番うまくいったのが、17年に発売した『OVO』というポータブルスピーカーです。劣化する部品がほとんどないんです。現在発売から7年も経っていますが、ほぼ全台現役で動くと思います。多分一生使えると思います。
芳恵 劣化する部品というと、例えば……?
宮崎 バッテリーとかですね。OVOにはバッテリーがありません。電源はUSB経由でPCから取ります。有線イヤホンに近いですね。電源がなくても動くじゃないですか。そんなイメージです。だから当然充電も不要です。それでも、結構大きな音が出るんですよ。フルデジタルスピーカーという、これもほかにはないユニークな製品だったこともあって、一部では大いに話題になりました。現在では中核の部品が製造中止になってしまったので、もうつくれないのですが……。
芳恵 壊れないということは、買い替え需要が生まれない、ということにはなりませんか?
宮崎 そこなんです。経営者としてまずいところです。でも、壊れちゃったからしょうがなくもう1個買ってもらう、というのは嫌なんです。宮崎のところの製品は壊れないからもう1個買うか、とか、次の製品も面白そうだから買ってみるか、という感じで企業ブランドをつくり上げていきたいんです。技術力に関しても信頼していただいていると思いますし。
芳恵 お話を伺っていると、まさに技術者そのもの、という感じがにじみ出ているんですが、そもそも、経営者になりたいという思いはあったのですか?
宮崎 なかったし、今でも嫌なんです。僕は全然経営者じゃない。結局、自分でやらないと、やりたいことができない。つくりたいものをつくるならやるしかないと、しぶしぶやっていた感じです。それで、22年に日本創発グループのFIVESTARinteractiveという会社の子会社になって、経営から解放していただきました。「宮崎さん、経営下手なんだから、エンジニアやりなさいよ」って言われまして。それで完成したのが今回のミュートラックスなんです。
芳恵 これまで経営と技術者と二足のわらじだったのが、この2年間、開発に集中できたわけですね。そこで、どんな変化が生まれましたか?
宮崎 世の中にないものばかりつくってきたんですが、実はびっくりするぐらい売れなかったんです。だって、誰もいらないんだから。みんなが欲しいものは大きな会社がつくりますよね。われわれは、ごく一部の人が熱狂的に欲しがるものをつくる会社なんです。恐ろしく儲からなかった。でも、そこを面白がってくれる人もいて、熱烈なファンもいらっしゃるんです。そこで生き永らえている、という感じです。ところが、ミュートラックスは、めちゃめちゃ儲かっています。名だたる企業さんが挑戦してもできなかったことを、初めて実現した会社として知られるようにもなりました。業界には知れわたっていると思います。次やるんだったら宮崎さんのあれを使う、という企業さんも数多くいらっしゃいます。
芳恵 オーディオの技術者としてのキャリアはどこからスタートしたんですか?
宮崎 最初はモトローラにいました。ところが2年半で辞めてしまったんです。今でも、自分の中のターニングポイントは、間違いなく辞めたあの日だと思っています。続けていれば普通の安定したサラリーマン生活を送って、あたたかい家庭を築けたはずなんです。まさか七転八倒のベンチャー企業を切り盛りすることになるとは……。どこで踏み外したかといえば、確実にあの日なんです。とはいえ、それがなければ、これまでの製品たちはこの世に生まれてこなかった。数々の製品で多くの人がハッピーになっているんだからいいんだ、と自分に言い聞かせています。辞めるきっかけは、当時の上司がスピンアウトして起業した時、声をかけていただいたことです。オーディオのキャリアが始まったのは、ここからでした。(つづく)
開発メモを書きためたノート
宮崎さんの開発スタイルは、まずノートにメモを書き記すことから始まる。社会人になって以降、もう20年以上も前から続けている。とにかく丁寧に書き記すことを心掛けているという。まず、頭の中にできている地図を紙に落とし具現化。人に伝わるかたちにすることでアイディアを共有し、開発がスタートする。この蓄積が宮崎さんの血となり肉となっている。心にく人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
<1000分の第360回(上)>
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
Profile
(みやざき こういちろう)
宮城県出身。東北大学工学部機械工学科、イリノイ大学アーバナシャンペイン校を経て半導体大手の米Motorola(モトローラ)の日本法人にエンジニアとして入社。その後ミューシグナルの前身となるファウディオを設立し、幅広くオーディオ機器開発に携わる。2019年、ミューシグナルを設立し自社オリジナル製品を多数開発。