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自分の音楽の力で人々のイライラやストレスを少しでも緩和したい――第332回(下)

千人回峰(対談連載)

2023/07/21 08:00

エイコン・ヒビノ

【対談連載】作曲家・ピアニスト エイコン・ヒビノ(下)

構成・文/小林茂樹
撮影/福永浩二
2023.4.21/京都府亀岡市のMOON studioにて

週刊BCN 2023年7月10日付 vol.1978掲載

 【京都・亀岡発】ヒビノさんにピアノは何歳から習ったのかうかがったところ、18歳からはじめ、それも独学でマスターしたという。そのうえ、別の楽器の演奏経験もないという。ちょっと驚いた。大学の軽音楽部に入り、先輩の羽毛田丈史さんにピアノが上手になる方法を聞いたら「1年間、毎日1時間ピアノの前に座るだけでいい」といわれたそうだ。座ればさわるようになる。毎日さわっていれば、鍵盤と音の高低と自分の指の感覚が自然と身につくと。理屈も秀逸だが、それを実践してモノにするのもすごい。
(本紙主幹・奥田芳恵)

 
2023.4.21/京都府亀岡市のMOON studioにて

ストレス軽減の効果がある
528Hzの音楽

芳恵 ヒビノさんが40代半ばになってたどり着いた「528Hzの音楽」について、簡単に説明していただけますか。

ヒビノ 以前から、528Hzの音楽には癒やしの効果があるといわれていました。でも、いきなり528Hzといわれても意味がわからないですよね。

 前に、昔から「ラ」の音は440Hzと決められていると説明しましたが、これは人間の可聴音域の真ん中をとって決められたといわれています。そして、440Hzは「倍音」が少ないため、いわゆる「音が立つ」状態になりやすいのです。

芳恵 倍音ですか……。

ヒビノ 倍音とは、元の周波数の音のほかに生じる、その周波数の整数倍の音のことで、元の周波数の値が3の倍数だと、倍音がたくさん生じます。だから528Hzの音は440Hzの音より倍音が多いのです。

芳恵 ひとつの音を出しても、それは単純にひとつの音ではないと……。

ヒビノ そして、倍音が少ない音楽を聴くと交感神経が優位となり、倍音の多い音楽を聴くと副交感神経が優位になります。つまり、倍音の多い音楽のほうがストレス軽減の効果があるということです。この528Hzの音楽の効果については、順天堂大学医学部小林弘幸教授のチームによる研究でも報告されています。

芳恵 その効果に気づいてから、具体的にはどんな音楽活動をされたのですか。

ヒビノ まず、家のピアノを528Hzに調律し直してみました。通常「ラ」の音を440Hzとしているわけですが、音叉を使って「ド」の音を528Hzに合わせ、それを基準に全体を調律し直すのです。

芳恵 それだけでもたいへんな作業ですね。

ヒビノ いまでも、チューニングには3時間ほどかかりますね。でも528Hzの音楽は、いままでにない感覚を私にもたらしました。

 そこで、2013年に大阪のキタで528Hzの音楽を聴くセミナーを始めたんです。毎回、お客さんが会場に入りきれないほど好評でした。

芳恵 それは、癒やしを求めている人が多いからなのでしょうね。

ヒビノ おそらく、必要とされている方がそれだけいらっしゃるのだと思います。私が作曲する528Hzの音楽は、自然界に存在しない人工的なものを排除してつくっており、人間の感情に寄り添ったものにできたと考えています。

芳恵 ところで、そもそもヒビノさんが周波数に関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか。

ヒビノ ご存じと思いますが、共鳴現象というものがあります。たとえば、440Hzの音叉を二つ並べて一方を鳴らすと、さわっていないもう一方も鳴るという現象ですね。ところが、440Hzと442Hzの音叉を並べても共鳴は起こりません。そんなことから周波数に関心を持ちはじめ、528Hzの音楽に可能性を感じるようになったんです。実は、ジョン・レノンも同じことを考えていたんですよ。

芳恵 ジョン・レノン!?

ヒビノ あの名曲「イマジン」は、528Hzの音楽なんです。

芳恵 なるほど。いわれてみれば、自然で癒やしを感じる曲ですね。
 

病を得たことをきっかけに絵画に
親しみ創作活動の幅を広げる

ヒビノ 大阪でのセミナーの評判を聞いたテイチクエンタテインメントの方から、CDを出さないかというお話があり、15年1月に最初のアルバムを出しました。当初、レコード会社の方は「2000枚くらい売れたらいいね」と話していたのですが、発売後10カ月で3万枚を突破しました。

 そして、この年の暮れには「心と体を整える~愛の周波数528Hz~」と「自律神経を整える音の処方箋~愛の周波数528Hz~」で日本レコード大賞の企画賞を受賞しました。

芳恵 予想外の大ヒットだったのですね。

ヒビノ そうですね。その後出したアルバムを含めると延べ20万枚以上売れているんです。ストレス社会であることに加え、昨今のコロナ禍や世界情勢の不安定化も手伝い、こうした音楽へのニーズが高まっていると感じます。

芳恵 ヒビノさんとしては、新たな音楽ジャンルを開拓されて順風満帆というところでしょうか。

ヒビノ ところが、レコード大賞の影響もあって仕事の発注が急激に増え、57歳のとき、私自身そのストレスから解離性脳動脈瘤という病気になってしまったんです。

芳恵 それはまた……。

ヒビノ くも膜下出血の一歩手前ですね。そのため、音楽活動をしばらく休むよう医師から命じられました。それであまりにもヒマになったので、油絵を描くようになったんです。

芳恵 絵の心得はあったのですか。

ヒビノ 小学生の頃はたくさん賞をとりましたが、卒業したらピタリとやめてしまいました。だから、絵を描くのはそれ以来ですね。

芳恵 小さな頃は、やはり芸術に親しむ環境で育ったのですか。

ヒビノ 母が人形作家で、妹が仏画家なんです。

子どもの頃は、母が家で人形教室を開いていましたから、そうしたものにふれる機会は多かったと思います。モノづくりが好きな子どもでしたね。

芳恵 なるほど。そして、この「祈り」の絵はCDジャケットにも使われているのですね(前号コラム参照)。

ヒビノ ジャケットも自分のイメージで表現したいと思い、「TS URUGI 」という名義で、自身で描いた絵を使っています。また産経新聞(大阪本社版)の読者向け情報誌「暮らしの百科」の表紙にも、今年の1月号から私の絵が掲載されているんです。

芳恵 病気で休んでおられる間も、新しいことに挑戦されているのですね。ところで、ヒビノさんは常に曲の構想を考えておられるのですか。

ヒビノ 考えていません。私の場合、曲は突然降りてくるんです。時と場所を選びませんから、外を歩いているときでもすぐにスマホの録音機能を起動させて、その場で歌って吹き込みます。ちょっと怪しいですが(笑)。

芳恵 今後、どのような活動をなさっていかれますか。

ヒビノ 先ほども少しお話ししましたが、私は日本全体がイライラ社会になっていると思うんです。そのイライラやストレスを、音楽の力で少しでも緩和できればいいと考えています。そして、作曲家としては、本気でグラミー賞を目指していきたいですね。

芳恵 それは楽しみです。これからもお身体に気をつけてご活躍ください。
 

こぼれ話

 音叉を膝にコツンとあてて音を出すと、3歳の娘が握って音を止めてはきゃきゃっと笑う。何度も音を出してとせがまれて、遊びは一向に終わらない…。私が持っているのは440Hzの音叉。クラシックギターの五弦を「ラ」の音に合わせるときに使っていたが、ここ数年、演奏することからだいぶ離れてしまい、音叉もギターも今は娘のおもちゃと化している。

 今回訪問したのは、作曲家・ピアニストであるエイコン・ヒビノさんの「MOON studio」。ドローンで上空から捉えると、新緑が鮮やかな山あいにウッディテイストの平屋がポツンとある。「来にくいところだけど、それでも来たいと思ってくれる人にだけ会おう」と、敢えてこの地を選んで、創作する時間を確保しているのだそう。市街地のざわめきや生活音の代わりに、木々が揺れるさわさわとした音と鳥の声。目には美しい緑と開けた空。心地よい空間の中で、終始穏やかに対談は進んだ。

 ヒビノさんは、528Hzの周波数に着目し、音楽を聴くことでストレスを軽減させるという「機能を持つ音楽」を生み出している。聴く処方箋といったところだ。528Hzの音楽とはどのようなものであったか――。528Hzに調律されたピアノで何曲か披露していただいたが、クラシックギターを少しかじった程度の私には、440Hz基準で調律されたピアノとの違いが明確にはわからない。特に違和感を覚えることもなかったということだ。続いて、スタジオに筒状のスピーカーをいくつか配置する。528Hzの音源が溢れるように流れてきて、室内を包み込むと、音楽の渦の中にスーッと引き込まれるようだ。無音になると、現実に引き戻される感覚がする。一瞬、仕事スイッチを切られたようであった。

 ヒビノさんはインタビュー中、常に明るく、笑顔が絶えない。音楽で食べていく夢を実現したからか、528Hzの音楽をシャワーのように浴びているからか。生命力に溢れていて、表情が生き生きとしている。私はというと、ヒビノさんに感化され、クラシックギターへの熱が再びふつふつと湧き上がってきているのを感じてはいるものの、「でも、もう指が動かないんだろうなぁ」と遠い目をしながら、「ボローン、ジャラーン、ジャジャ」と娘がかき鳴らすギターを聴いているだけの日々である。(奥田芳恵)
 

Profile

エイコン・ヒビノ

(Acoon Hibino)
1961年、滋賀県生まれ。81年、関西学院大学在学中より本格的にピアノと作曲を始める。2013年、世界でも手付かずだった528Hzの響きを生かした演奏活動を開始。15年1月、「心と体を整える~愛の周波数528Hz~」でメジャー・デビュー。528Hzを音楽理論や医学的観点から作曲。その手法が高く評価され、日本レコード大賞企画賞を受賞する。528HzシリーズアルバムはANAとJALの機内音楽として採用され、また病院や老人ホーム、サロン施設、亀岡市役所等でも取り入れられている。18年7月、京都・亀岡に森の音楽スタジオ「MOON studio」を創設。京都・かめおか観光PR大使に就任。