転職を促すのではなく 企業の維持・発展のための方策を提供する――第325回(上)
兒玉 彰
プロフェッショナルバンク 代表取締役社長
構成・文/小林茂樹
撮影/長谷川博一
2023.1.16/東京都千代田区のプロフェッショナルバンク本社にて
週刊BCN 2023年4月3日付 vol.1963掲載
【東京・内幸町発】この『千人回峰』では、さまざまなジャンルの方にインタビューしてきた。IT業界に属する方はもちろんのこと、果ては世界的なクライマーやアーチストまで、老若男女・多種多様な優れた方々の人生にふれてきた。そして、連載325回目にして初めて人材業界の経営者と対談することとなった。私自身、経営に携わって42年になるが、「人」という最大の経営資源、そしてもっと根源的な「人」そのものについての興味は尽きない。人材ビジネスのプロの眼には「人」はどう映るのか。聞いてみたいことがたくさん湧いてきた。
(創刊編集長・奥田喜久男)
これから30年間同じビジネス
モデルでやっていけるのか
奥田 兒玉さんは前職のパソナ時代を含め、一貫して企業の人材に関わる仕事に携わってこられました。私は企業経営者の一人として、新たな人材の獲得という問題とともに事業承継についても大きな関心を抱いているのですが、専門家から見て、いまどのような状況にあるのでしょうか。兒玉 ご存じのように、いま事業承継で悩んでおられる会社は数多く、ファミリー内で継いでいる会社は、20年前に比べて約5分の1となっています。ですから、そうした人材に対する需要が増えている一方、跡継ぎが決まっている場合でも、その方をサポートする人材を求めるケースも少なくありません。
奥田 どうして、会社を継ごうという人がそんなに減ってしまったのでしょうか。
兒玉 企業の寿命を意識する人が多いからでしょうね。日本は世界一、企業寿命が長いといわれていますが、これから会社を継いで30年間、同じビジネスモデルでやっていけるのかといえば、多くの人は無理だろうと考えます。会社員や公務員としてそこそこ稼いでいれば、あえてリスクをとって継ごうとは考えないでしょう。また、経営者である親も、子に対して「好きなことをやればいい」と伝えているケースが少なくないため、事業承継意欲につながらないという側面もあります。
奥田 事業承継への意識も、かつてに比べ、かなり変わってきているというわけですね。それと付随することかもしれませんが、社会人の仕事に対する意識は、たとえば2008年のリーマンショックあたりを境に変化してきたと見ていいのでしょうか。
兒玉 そうですね。先ほどのお話と少し重複しますが、産業寿命、商品寿命、サービス寿命はどんどん短くなっています。だから「このままでいいんだ」と現状に甘んじる経営者は少なく、その思いは従業員にしても同じです。「新卒採用・終身雇用」という枠組みは残っているものの、ずっとこの会社にいようと思う人は年々減っています。これは、転職志向が高まっているというよりは、いま在籍している会社の30年先、40年先の姿が描けないことに起因しているものと考えられます。
奥田 変化への対応という意識は、経営者だけでなく従業員にも及んでいると。
兒玉 昔は10年の長期経営計画が策定されていたこともありましたが、いまは10年先を見通せる企業などありません。策定できるのはせいぜい3年の中期経営計画までで、実際には3年先ですら読むことは難しい時代です。
奥田 変化の要因として、どんなことが挙げられるでしょうか。
兒玉 ITの進化とグローバル化が大きいですね。新たなテクノロジーの出現によって一気に産業構造が変わったり、国際競争にさらされることによって従来のやり方が通用しなくなるということが短期間のうちに起きたりします。これらは先読みしにくい要因であるため、経営者としては、企業や事業領域の変化について常に考えざるを得ないわけです。
自社にない専門性を補うため
外部から人材を獲得する
奥田 少し意地の悪い言い方をすると、兒玉さんが携わっておられる仕事は、転職する人がいないと成立しないと思いますが、転職を促すということは企業経営の立場から見て、少し違和感があります。求人企業に対して、また求職者に対してはどのようなスタンスで臨まれているのでしょうか。兒玉 そこが、まさに肝の部分です。いま、わが国の転職市場は完全に売り手市場で、CMや広告を見ても圧倒的に求職者向けのものが多くなっています。「うちの会社のサービスを使って、人を採用しませんか」という企業向けCMはほとんどありません。それは「希少性は人の側にある」、つまり、求職者のほうが、より求められる立場にあると考えるからです。
奥田 なるほど。
兒玉 そして、私たちには転職を促すという発想はありません。企業がこれからも維持・発展していくためには少しずつでも変わっていかなければならないわけですが、現在の陣容のままで発展させることには無理があります。つまり、会社を変えることのできる人を他から求めて成長させる必要があるのですが、残念ながらこれまでの日本企業はそうしたことが得意ではありませんでした。
奥田 ということは、求人企業側も外部から新たな血を入れる必要性がわかってきたと。
兒玉 はい。おかげさまで企業からのリピートは約6割と、底堅い動きを見せています。
実は、会社にとっての求人理由は3種類くらいしかありません。その一つは欠員が出たとき、たとえば、経理課長が辞めてしまい、急きょ、その穴を埋めなければならないといった場合です。もう一つは、増員が必要なケースです。新商品のヒットに伴って営業部員を大幅に増やさなければならないような場合ですね。
奥田 その二通りの人材需要については、昔から変わらないものですね。
兒玉 そして最近増えているのが、企業内部にない専門性を持った人材の確保です。たとえば自動車メーカーの場合、これまでは主にガソリン車を生産してきていたわけですが、クルマを動かすエネルギーは、ハイブリッド、電気、燃料電池と変化してきています。つまり、これまで養成してこなかった人材が技術革新によって必要となり、その専門性を外部から補うというパターンです。また、自動運転を実用化するには、これまでは他業界で活躍していた、センサー、カメラ、AIなどの専門技術者が求められるでしょう。
奥田 まさに、新しいテクノロジーの出現によって、事業構造の変革だけでなく、人材についても新たなタイプが必要になるということですね。
いま、そうした人材が求められているのは、どんな業界なのでしょうか。
兒玉 特に人が求められているのは、製造業、IT、建設・土木業などですね。製造業には機械や自動車などの工学系と食品などの化学系がありますが、いずれも含まれます。また、生産管理の専門家なども足りていない状況です。
奥田 求人企業に対しては、どんなアドバイスをされていますか。
兒玉 自社に必要なスキルや知識をもった人を募集する際に、そのクライアント企業がその相場や人気度を把握していないケースが多々あります。たとえば、転職市場の評価が年俸800万円の人を、自社の給与規程に準ずる形で650万円で募集しても、応募してくることはまずありません。そうした「井の中の蛙」的な部分を指摘することも、人材のプロである私たちの仕事だと思っています。(つづく)
愛読する中村天風の著作
兒玉さんは前職でオーストラリアに駐在していたとき、知り合いから中村天風について教えられた。20代の終わりにその著作にふれて以来、最も多く読み返した本だそうだ。何か確信を得たいとき、思い切りよくありたいとき、いまだに開くことがあるという。心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
Profile
兒玉 彰
(こだま あきら)
1964年、兵庫県生まれ。87年、獨協大学外国語学部英語学科卒業後、テンポラリーセンター(現・パソナグループ)入社。営業部を経て、パソナオーストラリア現地法人代表就任。93年、パソナ営業部帰任。首都圏営業統括執行役員、東日本営業統括常務執行役員を歴任後、2004年8月、同社常務執行役員を退任し、プロフェッショナルバンク代表取締役副社長に就任。07年4月、同社代表取締役社長就任。