日本の製造業が世界に伍していくための“変革人材”をつくる――第307回(下)
石川聡彦
アイデミー 執行役員社長CEO
構成・文/小林茂樹
撮影/長谷川博一
2022.4.4/東京都千代田区のアイデミーにて
週刊BCN 2022年6月13日付 vol.1926掲載
【神田小川町発】IT関連のデバイスやツールがドラスティックに変化していくのを目の当たりにし、石川さんは「起業したい。自分の手で世の中を変えたい」という気持ちを膨らませた。優れた能力や知識を備えているとはいえ、どこか“軽い”感じは否めない。当初手がけたビジネスは、失敗続きだったようだ。でも、現在展開している企業向けのリスキリングやシステム内製化支援のサービスは、低迷する日本の製造業の助けとなる“地に足の着いた”ビジネスだと感じた。次の一手にも期待したくなる。
(創刊編集長・奥田喜久男)
DXもGXも目的ではなく
企業変革の手段にすぎない
奥田 アイデミーは今年で創業8年目ということですが、今後、石川さんはどんな方向を目指していくのでしょうか。石川 当社のミッションは「先端技術を、経済実装する。」というものですが、広まりつつある技術でビジネスをつくる、あるいはそのための人材育成のお手伝いをすることに積極的に挑戦していきたいと思っています。
奥田 ひと口に先端技術といっても、いろいろなジャンルや切り口があると思いますが……。
石川 そうですね。2017年頃は多くの企業がAIに注目し、その次はDX(デジタルトランスフォーメーション)に注目が集まりました。そして、昨年からはカーボンニュートラル分野へのニーズが高まってきています。5年前のAIブームと同じくらいの熱量の高まりを感じています。
奥田 アイデミーは、カーボンニュートラルのどの部分を担おうとしているのですか。
石川 人材育成です。AIやDXにおいても同様のスタンスですが、学習コンテンツを提供することで、製造業を中心とする顧客企業の専門家育成ニーズに応えたいと考えています。
AIブームのとき、AIという言葉だけが先行し、どういう課題やオペレーションにAIを導入すればいいかわからないという状況が出来ました。本来、そうした課題の特定が重要なのですが、そのためには社内にAIに詳しい人材が必要です。カーボンニュートラルの分野においてもそれは同様で、GX(グリーントランスフォーメーション)人材の育成に寄与したいと思います。
奥田 そうした言葉をバズワードに終わらせず、実効性をもたせるための人材が企業内に必要だということですね。
石川 DXにしてもGXにしても、Xはトランスフォーメーション、すなわち「変革」を意味しています。デジタル技術やグリーン(カーボンニュートラル)を手段として、会社を変革していかなければ、例えばGAFAやテスラ主導の世界の製造業に伍していくことはできず、日本の製造業はこのままでは海外勢に淘汰されてしまいます。そうしたことを認識していただき、変革人材をつくっていくことが私たちの役割であると思います。
奥田 お話をうかがっていると、技術開発の企業というよりは、製造業のあり方を啓蒙するシンクタンクのような立ち位置にあるように感じます。
石川 それに近い部分もあるかもしれませんが、私たちは手を動かすことを大事にしているんです。つまり、新たな技術にフォーカスして新しい事業を見つけてくることや、顧客とともに実際に企業変革をリードしていくことがとても重要だと考えています。
新たな技術に挑戦する
「イノベーター気質」の人がキーパーソンになる
奥田 アイデミーのような企業は、新たな技術の進化をキャッチアップし、それに歩みを合わせていくことが求められると思いますが、そうしたことについてはどう考えておられますか。石川 昨今は、Web3、ブロックチェーン、NFTなどが新しい技術のキーワードとして登場していますが、当社ではそうした技術についてすべてのメンバーに学ぶ機会を提供すべきと考えています。ただ、こうしたリスキリングは必要なことですが、全員がすべての技術を学ぶ必要はなく、10人のうち1人がのめり込むくらいでもいいのではないかと思います。いわば、キャズム理論(イノベーター理論)におけるイノベーターとアーリーアダプターにあたる人は勝手に飛びつくでしょうから、そうした人たちに新しい技術を担ってもらえばいいわけです。
奥田 技術開発やその教育を主業とする会社においても、メンバーの意識にそうした濃淡があるわけですね。
石川 もちろん、当社はITベンチャーですから他業種に比べて「イノベーター気質」や「アーリーアダプター気質」のメンバーは多いほうだと思いますが、みんながみんなイノベーターというわけではありません。
それから、私たちにとって大事なのは、顧客企業のなかにイノベーター気質やアーリーアダプター気質の人を見つけることです。大企業にはそういうタイプの方は比較的少ないのですが、そうした方々と協働することがDXや新規事業の成功に欠かせないからです。
奥田 アイデミーの顧客となっているのは、どんなタイプの製造業ですか。
石川 大手の製造業が多いですね。海外での売上比率が50~60%という会社がほとんどなので、海外の似たようなベンチャーと比較されるケースもあります。
奥田 私は、日本の大手製造業の組織のほとんどは硬直化していると見ているのですが、石川さんはそうした現場に殴り込みをかけているように思えます。いまの日本の製造業の問題点を挙げるとしたら、どんなことがあるでしょうか。
石川 殴り込みをかけるなんていうことではないですし(笑)、私が論評できる立場かどうかもわかりませんが、古いヒエラルキーが残っている企業が多いことは確かですね。
奥田 古いヒエラルキーとは?
石川 「研究―開発―生産―営業」というヒエラルキーによる「いいモノをつくれば売れる」という昭和の発想が、依然として払拭されていないということです。
顧客に一番近いところにいる営業がユーザー体験を提供しなければならないはずなのに、営業のリテラシー不足のためそれができず、その結果、顧客自身も何をDXすればいいかわからないということになりがちです。メーカー側もそれに気づいてはいますが、まだまだ改善の余地はあるように思います。
奥田 なるほど、プロダクトアウト一辺倒の姿勢から脱却するためには、組織や企業風土の改革も必要といえますね。
ところで、現在のアイデミーの企業規模と今後の計画について教えていただけますか。
石川 現在の正社員数は53名で、その内訳は営業系4割、技術系4割、コーポレート系2割というところです。今後も採用を続け、来年6月までに社員数を80名まで増やす予定です。
奥田 着実に成長されているのですね。株式上場も、そろそろというところでしょうか。
石川 近々実現させたいとは思っていますが、それはひとつのプロセスにすぎないと考えています。10年後にこの記事を見返しても恥ずかしくないよう、会社を成長させていきたいですね。
奥田 これからも楽しみですね。ますますのご活躍を期待しています。
こぼれ話
年齢が8歳年上の人との距離感はいかほどだろうか。まあ、その、8年の距離感の持ち方を考えるわけだが、「それは人さまざまだ」といえばなんの変哲もない結論になってしまう。石川聡彦さんはマーク・ザッカーバーグの存在を意識し始めた。どんな距離感を持ったのだろうか。ザッカーバーグは10代半ばから頭角を表し始める。8歳下の石川さんはまだ変声期前だから、歌舞伎の子役を楽しんでいた頃だろう。歌舞伎の子役といえば、歌舞伎俳優の片岡愛之助さんを思い浮かべる。子役から梨園に入った人だからだ。「そうなんですよ。子役は養子縁組しないと歌舞伎の世界を続けることはできないのです」。そうなんだ、と納得しながら梨園のしきたりの特殊性を感じた。それもそうだろう。相撲、歌舞伎は国技の雰囲気を漂わせている。文化の継承には独特な仕組みと地道な働きがあっての賜物だ。梨園の話題は未知な世界なだけに終始したい気持ちが働いたが、今回はそこそこで切り上げた。話を聞きながら、子役時代の日々は充実していたと感じた。養子縁組も視野の中ではなかったかと、ふと感じた。大学進学を東京大学に絞った頃から、8歳年上のザッカーバーグを意識し始めたのではないか。限られた時間でのインタビューは、質問の的を的確に絞ることから始める。石川さんは質問への返(かえし)が豊富だ。ある質問を投げると、丁寧にわかりやすく話をしてくれる。これを繰り返すうちに、何をしたいのか、そのためには何をするのか、がとても明確な方だと気づいた。ゴールを決めて、それを達成するための計画を立てる。ただし、時代は変化するのでその進化を見逃さないで、取捨選択して計画を進める。対談記事の冒頭を繰り返そう。①2011年、東日本大震災をきっかけにLINEが普及。翌年からスマホの時代へ②ガラケーからスマホへ、ミクシィからフェイスブックへ、ブログからツイッターへ。このパラダイムシフトを体感する中で石川さんはザッカーバーグが視野に入り、人生の善き先輩のような存在に置いた。ここから起業の意志を持ち、まずは起業がゴールとなり、起業の中味を考える。中味とは事業内容である。私には起業が始めにありき、の人だと感じた。企業ができると事業の構成要素の変化を取捨選択して、ベストの計画を立てる。こう綴っていると、書店に並ぶビジネス書の目次とダブってくる。そう、石川さんは基本にとても忠実なのだ。
おそらく、子役時代に身を置いた歌舞伎の練習過程で、大人の世界を垣間見て、かつ素人を一人前の子役に育て上げていく江戸時代から築き上げられた育成の仕組みをも冷静に見つめていたのではないか。年月を重ねるうちに、梨園の仕組みと作法とあるべき姿を身につけてしまった、のではないか。その基盤の上に、アイデミーを創造した。起業に際しても、子役当時に経験した歌舞伎世界で得た経験が大きな役割を果たしたと思う。起業の方法や産業の成長を左右する技術の進化、企業を成長させ、事業継続を可能にする社会の仕組みが見えたのではないか。“早熟”という言葉が当てはまる人である。社会の中での自分の位置をつかむのが、とてもお上手だと思う。
83歳で太平洋ひとりぼっちを成し遂げた堀江謙一さん。三浦雄一郎さんの80歳でエベレスト登頂と並んで、あっぱれのひと言だ。こうした出来事も石川さんの中ではいつかきっと化学反応を起こして、形に表現すると思う。今、私の興味はザッカーバーグの身の処し方にある。フェイスブックをメタに社名変更して、まだ新社名も浸透していないなかにあって、COOを今秋退任するという。いや、ザッカーバーグのことではない。石川さんはこの出来事を、時代の進化という視野の中でどう考え、打ち手としてどのように現れるのかを注視したい。
心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
Profile
石川聡彦
(いしかわ あきひこ)
1992年、神奈川県横浜市生まれ。東京大学工学部卒。同大学院中退。在学中の専門は環境工学で、水処理分野での機械学習の応用研究に従事した経験を生かし、DX/GX人材へのリスキリングサービス「Aidemy」やシステムの内製化支援サービス「Modeloy」を開発・提供している。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』『投資対効果を最大化する AI導入7つのルール』などがある。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」「Forbes 30 Under 30 Asia 2021」に選出。