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“常識”や“思い込み”を疑い イノベーティブな経営の形を追究する――第300回(下)

千人回峰(対談連載)

2022/02/25 00:00

岩尾俊兵

岩尾俊兵

慶應義塾大学商学部 専任講師 博士(経営学)

構成・文/小林茂樹
撮影/長谷川博一
2022.1. 12/東京都港区の慶應義塾大学三田キャンパスにて

週刊BCN 2022年2月28日付 vol.1912掲載

【東京・三田発】岩尾俊兵さんを紹介してくれたのは、昨年12月6日号・13日号の本欄にご登場いただいた元富士通シニアフェローでハンブル・マネジメント代表の宮田一雄さんだ。「若くてすばらしい経営学者がいる」と推薦してくださった。宮田さんは岩尾さんの著書を読んで共感し、すぐさま「お会いしたい」と連絡をとったそうだ。そして、初対面にもかかわらず、6、7時間も話し込んだというのである。岩尾さんの熱量は、百戦錬磨の企業人にも容易に伝わったのだった。
(本紙主幹・奥田喜久男)

2022.1. 12/東京都港区の慶應義塾大学三田キャンパスにて

研究や教育を通じて 社会に恩返しをしたい

奥田 岩尾さんは慶應から東大の大学院に進まれ、そして現在は慶應に戻って研究をされているわけですが、なぜ慶應を選ばれたのですか。

岩尾 私の経歴を見て、東大に落ちたから慶應に入ったと思われる方が多いようなのですが(笑)、慶應の商学部が第一志望でした。当時、菊澤研宗先生(現・慶大商学部教授)の著作に感銘を受け、公認会計士だった勝間和代さんがメディアでも注目を浴びていましたが、このお二人が慶大商学部のご出身だったことがこの大学を志望するきっかけになったんです。そして修士課程、博士課程は東大に通ったのですが、これには個人的な事情がからんでいました。

奥田 それはどんな事情ですか。

岩尾 大学4年生のときに父が亡くなったとお話ししましたが、このとき父の大学時代のゼミの同期である東大の藤本隆宏教授(現・早稲田大学ビジネススクール教授)が参列してくださいました。実は学部時代、藤本先生の講義を聴講させていただいたという縁もあるのですが、このとき藤本先生は私のことを心配してくださり、東大で要件を満たせば学費や研究費が支給される制度があると教えてくれたのです。経済的な理由から、働きながら通信制か夜間の大学院に通うしかないと思っていた私にとって、たいへんありがたいお話でした。

奥田 岩尾さんの学問への情熱もさることながら、こうした不思議な人の縁も将来への道を開いたといえますね。

岩尾 慶應では成績優秀者として授業料免除を受け、東大の大学院でも入学金や授業料免除に加え、生活費や研究費の支援も受けました。こうしたことがなければいまのような研究生活を続けることはできないわけですから、自分の研究や教育を通じて日本の社会に対して恩返ししていかなければならないと思います。そして、その延長線上にある世界に対しても貢献していきたいですね。

奥田 ところで、ご専門の経営学ではトヨタ生産方式の研究に始まって、AIを取り入れたシミュレーションまで、さまざまなことに取り組んでおられますね。

岩尾 そうですね。私の著書を読んでくださって、わざわざお会いいただいたミスミグループ名誉会長の三枝匡さんからも、私がいろいろなことに手を出すので「器用すぎて何をしたいのかわからない」と言われたことがあります。

奥田 でも、いまは「〇〇屋」と決めつける時代でもないですよね。

岩尾 おっしゃる通りですね。たしかに私はいろいろなことに興味があり、つい手を出してしまうのですが、でもそれは根っこではみんなつながっているんです。

奥田 ご自身の問題意識は連鎖しているのに、外から見るとそれがバラバラに見えると。

岩尾 私が経営学者を目指したきっかけは、小さな頃から家業の経営、つまり「目の前の経営」を見てきたことにありますが、経営学は「国家の経営」にも生かされると考えています。

奥田 なるほど。目の前の経営も国家の経営も、地続きだということですね。

岩尾 私は政治家になるつもりはありませんが、経営学の見地から、国の運営への提言はしていきたいと思っているんです。

奥田 それはまさに「恩返し」ですね。

企業経営の指針となるような
「一般経営理論」の構築を目指す

奥田 岩尾さんは、経営学者としてこれまでにどれくらいのアウトプットをされてきましたか。

岩尾 博士以降の査読付き論文は27本で、経済誌などに掲載された評論は20本ほどですね。

奥田 それは多いほうですか。

岩尾 おそらく平均の10倍ほどだと思います。

奥田 すごい! それから単著の書籍も2冊出されていますね。

岩尾 はい、1冊は2019年に出した『イノベーションを生む“改善”』で、大学院時代に行った研究論文が元になっており、学会からも高く評価され、いくつかの賞もいただきました。もう1冊は昨年出版した『日本“式”経営の逆襲』で、国内企業の経営のあり方に警鐘を鳴らす狙いで執筆しました。

奥田 警鐘を鳴らすとは?

岩尾 アメリカ生まれのように思われがちな「リーン生産方式」も「アジャイル開発」も、その源流はトヨタ生産方式にあります。それを日本企業が欧米から逆輸入することで現場に混乱をもたらし、これまで自社がつくりあげてきた経営技術を捨ててしまうような状況に対するアンチテーゼです。私の父には、世間の「常識」や「思い込み」を正したいという気持ちがあったとお話ししましたが、私もこの本で日本企業の「常識」に異議を唱えたわけです。

奥田 これからの10年、どんなところを見据えて活動されていかれますか。

岩尾 再度、学術論文に力を入れるため、数学や統計学、シミュレーションなどの知識を磨いていきます。ただ、それは手段であり、その先の目標として「一般経営理論」を構築したいと考えているんです。

奥田 「一般経営理論」とはどんなものですか。

岩尾 これは私の中でそう呼んでいるだけなのですが、会社を潰さず、イノベーションが常に生まれ、みんなが幸せになるための理論です。

 「お金(資源)とアイデアの滞留」という現象に着目し、例えば、一社だけにお金が滞留すれば、その会社としては一時的に儲かっても社会から悪とみなされて規制を受け潰されるとか、アイデアがあっても資源がなければ実現不能のため会社が腐っていく、あるいはその反対に資源だけあってもアイデアがなければ財テクに走るくらいしかなく、やはり会社としての価値を失っていくといったことが考えられます。つまり、資源もアイデアも滞留させずに回していくことができれば、会社もそこで働く人も元気になれるという仮説を立て、シミュレーションも進めているところです。

奥田 とても原理的で壮大な試みですね。

岩尾 経営学は実学であることもあって各論が多いのですが、この一般経営理論では、一貫した論理で経営の指針となるものを目指しています。いずれ実務で使ってもらいたいですね。

 もう一つ進めているのは、子どもから大人まで経営学が学べる小説と教科書を融合させた書籍の出版です。仮題として『みんなの放課後株式会社:親子で読むビジネスストーリー』というものを考えておりますが、これからタイトルは変更するかもしれません。これは教育面での実践ですが、内容も固まっており、近い将来出版が実現する見込みです。

奥田 お話をうかがって、私もワクワクしてきました。今後のさらなるご活躍、本当に楽しみです。

こぼれ話

 「この人、若いな」と感じた時は自分が歳をとったのだと思うようにしている。まず間違いはない。身長に関しても、「この人、背の高い人だな」と思った頃には自分の身長が縮んだのである。確かにそうなのだが、研究棟の入り口で名刺交換をしながら、なんて背の高い人なのかと思った。それに輝いて見えた。若さとはこうしたものか、と。私はいつの間にか歳を重ね、人を第三者的に見ることができるようになったようだ。人は人や事象に対峙した時、瞬間的にそれをどの意識で見つめるだろうか。岩尾俊平先生の掲載号上編の見出しを思い出してほしい。「“価値”も“悲しみ”も生み出す経営の正体を解明したい」だ。経営はどんな要素で構成されているのか。その要素は定量的あるいは定性的なもの。または勘定系と感情系。質量の計測感は、人それぞれで異なる。無限の思考視野が待っている世界だ。そこに分け入って解明しようというのが、岩尾先生の研究テーマだ。

 この見出しは気に入っている。なぜなら、経営の“正体”を解明というと、何やら“経営”が化け物に見えてくるからだ。経営は人モノ金+時+情報の要素を掛け合わせ、そして判断の技術で結果に結びつく。もちろん“運”を忘れてはならない。だとすると、やはり経営の正体は化け物なのかもしれない。そうだとすると「化け物の解明」と言い換えることができる。そうかもしれない。私も40年間経営を続けてきて、さて振り返って「経営とは何ぞや」と問われたら、化け物だという解がもっともしっくりくる。その化け物の解明を私も心待ちにしたい。岩尾先生の話は、核心部に入ると一段と熱がこもる。このコロナ禍にあって密の度合いは大丈夫かと、ふと思うが、そこは距離をとっているから安心だ。自分の思いを語る段になると、さらに早口になる。そこで私は思う。思考と会話の回転速度が噛み合っていないのだから、本人が一番もどかしいだろうな、と。そういえば、これまでに書かれた論文の数を聞いて、私がその数は多いのかとたずねた、その時だ。一瞬、ニヤッとして「多いと思う」と断言された。この多岐に渡る発想と溢れ出る思考の噴水状態を目の当たりにすると、納得する。

 そうそう、帰りがけに思い出した。これは聞いておかないといけない。“俊兵”という名前の由来は? 身内にはいろいろ諸説があるようだが「ヨーゼフ・シュンペーターのようですね」と。市井の経済学者である父親の命名だ。なるほど、なるほどである。この子にして話の中の親ありか、いやいや事の次第は逆だった。親子とはそれほど似るものなのか、と改めて感心した。

 私自身が経営の舵を握っていた当時のことだ。今回のテーマとなった化け物の正体を突き止めようと、「気配→兆し→兆候」はと呟きながら神経を研ぎ澄ましていたものだが、ついぞ解らなかった。化け物って何ぞや。岩尾先生の解明を待ちたい。
 


心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第300回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

岩尾俊兵

(いわお しゅんぺい)
 1989年、佐賀県有田町生まれ。中学校卒業後に上京。現場労働に従事し、進学費用を稼ぎながら勉学に励む。2008年、高等学校卒業程度認定試験合格。13年、慶應義塾大学商学部卒業。15年、東京大学大学院経済学研究科経営専攻修士課程修了。18年、同研究科マネジメント専攻経営コース博士課程修了、博士(経営学)取得。明治学院大学経済学部専任講師、慶應義塾大学商学部専任講師を経て、22年4月、同准教授に昇任予定。東京大学大学院情報理工学系研究科客員研究員等を歴任。著書に『イノベーションを生む“改善”』(有斐閣)、『日本“式”経営の逆襲』(日本経済新聞出版)がある。