聴こえてくる音から思い出す景色がある 音の旅を楽しんでみて――第289回(上)

千人回峰(対談連載)

2021/08/27 00:00

守時 タツミ

【対談連載】音楽家 守時 タツミ

構成・文/高谷治美
撮影/長谷川博一
2021.6.15/守時さんの仕事場にて

週刊BCN 2021年8月30日付 vol.1888掲載

【神奈川県三浦市発】守時さんは、様々な場所で聴こえてくる小鳥のさえずりや波の音、風の音など自然の音を収録して、その時見た景色と感じた想いを楽曲にしている。どこか懐かしいようなぬくもりがあり、鮮やかに心の中に広がっていく。これが『MOTTAINAI SOUND』。自然の音がその場所でしか聴けないのは「もったいない」といってプロデュースし始めたのが今から約10年前。並行して、未来の子どもたちに残すため、朗読に楽曲をつけた『おとえほん』も始めた。この二つを軸に活動を続ける。40歳前までは、ロックやポップスのミュージシャン、アレンジャーだったのに、シフトを図った。音楽的思索部分になにかありそうだ。透明感のある曲が多いが、ご本人の日常生活もそうなのだろうか? 興味があった。最近、海がすぐそこの三浦市に引っ越されたとのことで、そこへ話を聞きに行った。
(本紙主幹・奥田喜久男)

見えない音を再現するにはラジオこそ親和性があった

奥田 守時さんはNHK『ラジオ深夜便』で月に1回、『景色の見える音楽』に出演されていますね。あの番組は中高年を中心に寝付けない人や早起きの人たちの友として定着しています。

守時 そうなんです。リスナーが120万人くらいいて、365日30年間続いている長寿番組です。ラジオを聞いている人はつけっぱなしにして、寝たり起きたりの高齢者が多いようです。

 そんな中で、僕は日本各地の海や山、街の音など、その時聴こえてくる音と、その場で目にした風景を感じて作った音楽『MOTTAINAI SOUND』を流すようになりました。語り部分では、曲ができるまでのエピソードを入れてリスナーに楽しんでもらっています。

奥田 ラジオって、見えない世界の音そのものだから、守時さんの音とは親和性がありますよね。番組ではどんな場所の音楽を流しますか?

守時 たとえば、高知県の仁淀川。空中撮影家の方が高知出身で、「仁淀川の雄大な音楽を作るといいよ」とのことで行ったのです。僕はいつも縁があったところに行くのですが、川は雄大ですがピンとこなくて。近くにいた釣り人に話を聞いたら、「もっと上流行きなよ」って。釣りをやめて、クルマで「俺についてきな」って、川に架かる沈下橋に連れて行ってもらいました。すると、子ども達が川遊びをしていて、バッシャーンって飛び込むようなそんな音に出会えて。作った曲が『仁淀川』です。

http://www.mottainai.info/jp/posts/sound/001989.html
ここで『MOTTAINAI SOUND』の仁淀川の楽曲とその時の『自然の音』両方が聴けます

奥田 あぁ、蝉が鳴いてる……。子どもたちの叫び声なんかが聴こえますね。

 ところで、音を録る場所は選んでいるわけではなく縁だと。私のこの『千人回峰』も縁があった方に会いに行っているので同じですね。守時さんも狙って行くわけではないでしょうから、そこに行かれても、いつもいい音楽ができるとは限らないのでは?

守時 おっしゃる通り、百発百中なんてあり得ません。琴線にまったく触れない場所もあります。実はこれまでアルバムに収録された楽曲は60曲ありますが、作るのをあきらめた場所も同じくらいの数がありますね。作品にならなかったものも含めて音はたくさん録っているのです。

奥田 先日、広島嚴島神社の奉納コンサートのBlu-rayも観ましたよ。

守時 いろんな縁がつながって、神社の高舞台での奉納コンサートとなりました。

奥田 コロナ禍でコンサートはどうしておられますか?

守時 ほとんどのコンサートがなくなりました。なので、過去にコンサートにこられた方に、京都の仁和寺でやった無観客ライブをストリーミング配信して聴いていただこうと、オフィスから一斉メールを出したのです。

 すると、ある方の娘さんからでしょう、返信がありました。「母のケータイにストリーミング配信のお誘いメールが届きましたが、母は亡くなったんです。母は守時さんの音楽が好きでコンサートに行ってたんですね。今回、母を偲ぶ意味で私が申し込みます」と。

 実は、こういったメールがこれまでに4~5件はありました。その中には『ラジオ深夜便』を聞いてくださっていた高齢者もいらしたようです。

奥田 ほぉ、死ぬ間際まで守時さんの“音”をとっていたんですね。

守時 ありがたいことです。嬉しかったです。

これまでの業界の仕事を全部止めてオリジナルサウンド作りに一念発起

奥田 今やっていらっしゃる二つの守時サウンドに行き着いたのはなぜですか?

守時 40過ぎになったときに、ちょうど人生の折り返し地点じゃないのかな、と思ったんです。仕事は順風満帆にいい感じにいってました。でも、どんな素晴しいアーティストの仕事をしても人のサポートなわけです。それはそれでやりがいがある仕事だったんですけど、自分が生きた証しみたいなものを残したいなと思いました。一念発起して、これまでの業界の仕事も全部止めて、『MOTTAINAI SOUND』と、『おとえほん』この二つをやっていこうと決めまして、2007年に会社を立ち上げました。

奥田 自立というよりも、起業ですね。収入の面では困りませんでしたか? これだけのことをするんだから、苦労したのでは。

守時 お金の面では苦労しましたし、賛成する人もいなかったし、まわりから「昔話やるの? 大丈夫?」と言われました。最初は映像などをつけるつもりはなく、音だけの絵本を考えました。子どもたちの創造性を高めたいので聴く絵本にこだわったので、余計にまわりに心配されて。「そんなんで、金儲けできるのか」と(笑)。

奥田 では、音楽をやるのはお金の問題ではなかったんですね、なにを渇望されたのですか?

守時 自分が作ったものを次の世代までちゃんと残したいと思ったのです。

奥田 そう思う根っこはどこにあるんでしょうかね? 小さい頃の何かですかね?

守時 小さい頃はなかったですね、親が教育者で厳格すぎて(笑)。

奥田 岡山は勉学させますからね、非常にクオリティの高い人がいますしね。

守時 厳格な父だったので、小さい頃からすごく衝突していました。なんでこんなに衝突しているんだろうな、と思っていました。

奥田 後でお父様のことは聞かせていただくとして、守時さんは、自分の世界を作りたいという欲求が出てきたのでしょうか?

守時 そうですね。自分自身をどこまで出していけるのか、試したくなりました。

 「たかが昔話、されど昔話」。たとえば、かぐや姫だったら、僕はオーケストラアレンジをして、真剣にやってみようと思ったんです。

 もちろん、企画段階ではリサーチから入り、どんな読者がいるのか、今世に出ている作品にはどんな音楽が使われているのか、徹底的に聴きまくりました。でも、絶対に僕は勝てると思っていましたね。

奥田 反響が出て良かったですよね。

守時 たまたま聴いてくださったお母さんたちからの口コミが拡散して。ラジオで一気に広がりました。

奥田 この後すぐ、自然の音を録っていく『MOTTAINAI SOUND』も始めていますよね。

守時 作り初めは、それこそアーティストに同行するツアーの合間の隙間時間で音を録ったりしていたんです。

 また、知り合いの写真家が撮った写真を借りて、それを観てイメージしながら楽曲を作ったり。思えば、それがMOTTAINAIの原点です。

奥田 若い頃、ツアーの後にやっていたことが、MOTTAINAIのトレーニング、準備段階だったと。

守時 そうですね。皆で楽しくツアーをするのも好きですが、一人で籠もるのも好きでした。

奥田 『おとえほん』は昔話がモチーフ、『MOTTAINAI SOUND』は、自然の音がモチーフということですね。

 守時さんには、対象を最大限に生かすためのOSがあって、ご自分で音をスケッチはするものの、そこに命を吹き込んでいける人といった感じですね。(つづく)

自然の音を録る高性能レコーダー

 この1台がすべての自然の音を録ってくれている。20年以上使っているレコーダーだが、感度が良く、これに勝るものにまだ出会ってない。実は、実際に音を録っているのは耳につけているイヤホンの外側についているマイクからで、上下左右あらゆる方向から録れる。田舎は自然の音が縦横無尽に録れるかといったらそうでもない。一番の天敵は飛行機だったりする。
 


心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第289回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

守時 タツミ

(もりとき たつみ)
 岡山県出身。高校卒業後、同郷の仲間らと上京し、バンド活動を始める。大学卒業後は本格的にキーボードプレーヤーとしてメジャーアーティストらのコンサートツアー、レコーディング、アレンジ、プロデュースをこなした。後にベネチア映画祭招待作品『千年旅人』など映画音楽も手がけるようになる。2007年より一変し、「100年後の子どもたちへ」という思いでdecibelを立ち上げ、女優さんのナレーションと音楽で綴った昔話『おとえほん』や、自然の音と曲が一体になったインストゥルメンタル『MOTTAINAI SOUND』の企画プロデュースを手がけ、コンサートでも高い評価を得ている。NHKラジオ深夜便『景色の見える音楽』にレギュラー出演中。