これからのDX人材に求められるのは テクノロジーを超えた「構想力」だ――第280回(下)
赤津雅晴
日立システムズ 執行役員CTO兼経営戦略統括本部長
構成・文/小林茂樹
撮影/長谷川博一
2021.2.17/東京都品川区の日立大森第二別館にて
週刊BCN 2021年4月19日付 vol.1870掲載
【東京・大森発】コロナ禍にあって、この『千人回峰』の取材もリモートでできないか考えたことがある。しかし、基本的には取材先のご了承とご協力を得て、対面取材を継続することにした。いみじくも対談の中で赤津さんが説明されている「距離感」と「親密度」の部分がネックとなり、リモート取材では充実した内容にすることがとても難しいからだ。今後は、心のソーシャルディスタンスをいかにバランスよく保つことができるかが、コミュニケーションの成否を分けるのだろう。
(本紙主幹・奥田喜久男)
リモートワークで求められる
適切な距離感と親密さの醸成
奥田 新型コロナウイルスの影響で、私たちの行動様式は大きく変わってしまったわけですが、赤津さんはこれからの社会がどうなっていくとお考えですか。赤津 この先1、2年でコロナ前の状況に戻ることは難しいと思いますが、5年ほどすれば落ち着いていくのではないかと思います。差し当たっての問題は、それまでどう耐えるかということですね。
奥田 飲食店など大きな打撃を受けた業界が数多くある一方で、コミュニケーションのとり方も大きく変化しました。
赤津 そうですね。例えば感染防止のためオンラインの会議が増えていますが、離れた場所にいても話し合いができるという意味では、これは一つのメリットだと思います。ですから、コロナ禍が収まった後も対面の会議とともにハイブリッド的な形で活用されると思います。
ただ、オンライン会議を経験してつくづく思うのは、社内の同僚との会議の場ではまったく問題はないものの、初対面の外部の方とはなかなか話が弾まないということです。
奥田 それはよくわかります。
赤津 今日の対談でも、直接お会いしているからこんなにペラペラとお話しできるのであって、画面越しだったらそうはいかないでしょう。
それはなぜかと考えたのですが、他人との快い距離、いわゆるパーソナルスペースは仕事仲間の場合1.5メートルといわれており、初対面の人の場合はその距離はもっと広がります。1.5メートルの関係性の相手とのオンライン会議は可能でも、それより距離をとる必要のある相手とはなかなかうまくいかない。まさにソーシャルディスタンスのとり方がカギになると思うんです。
奥田 たしかに、社内会議とリモート取材では勝手が違いますね。
赤津 ですから、いい仕事をするためには、実際に相手と会い、居心地のいい適切な距離感を持てる関係づくりをすることが、これからますます重要になるのではないかと思います。
これまではすぐ隣に同僚がいるのが当たり前で、距離感について意識することはありませんでしたが、今後はこうしたことを理解したうえでリモートワークをする必要があるといえるでしょう。
奥田 そうした距離感や親密度について、技術者の立場からはどう捉えておられますか。
赤津 私たちはさまざまなオンラインのツールを使っているものの、それは顔が見えて声が聞こえるだけの機能しか持たず、互いの適切な距離感や親密さをつくれるわけではありません。それを実現することは、ITにおける大きな緊急テーマだと思っています。もしかすると、それはいままでにない新たなイノベーションによって実現できるのかもしれません。物理的に離れていても、実際に会っているような意識を人間に持たせることができるかという研究が求められていると思います。
奥田 その場合、センサーとなるのは人の五感なのですか。
赤津 第六感を含め、人間の感覚すべてを総動員するものだと思います。いまのITで実現できているのは視覚と聴覚だけですから。
奥田 AIを使ってそうした問題を解決することは考えられないのですか。
赤津 知能の蓄積ということでは、AIはますます進化していくでしょうが、「対人間」ということを考えれば、感性を身につけられないAIには無理だと思いますね。
物事の本質を理解するための
「スキル」ではなく「考え方」を教えたい
奥田 ここ数年、デジタルトランスフォーメーション(DX)が産業界の大きな課題として取り上げられていますが、その人材不足も指摘されています。赤津さんの考えるDX人材はどのような姿なのでしょうか。赤津 DX人材というと、一般的にはデータ分析ができるとかセキュリティがわかるといったテクノロジーのエキスパートのイメージがあります。しかし私が考えるDX人材は、お客様に対する価値をつくれる人材であり、それはテクノロジーのみによって成立するものではなく、野中郁次郎先生などが提唱している「構想力」を備えている人材です。
奥田 構想力ですか。
赤津 構想力は、将来どうあるべきかということを描く「想像力」、それをリアルなものに落とし込む「実践力」、高い目標に向かってやり遂げる情熱や意志を持ち、周囲の仲間を巻き込む「主観力」が合わさって成立するものです。世の中のDX人材の定義とはだいぶ違いますが……。
奥田 たしかにだいぶ違いますが、体温を感じるので納得しやすいですね。まさにリーダーの条件という感じがします。
赤津 ただ、ここで注意しなければいけないのは、利己主義に陥ってはいけないということです。ただ自分がやりたいというのではなく、「世のため人のため」という大義名分があり、利他の心を持つことが大事だと思います。
奥田 そうした気持ちを持っている人から生まれたもののほうが、将来的に生き残っていくということでしょうか。
赤津 そうですね。まさにSDGsなどにも通じる話だと思います。
奥田 ところで、赤津さんは10年後には何をされているでしょうか。
赤津 会社に残っていれば、現在も行っている人材育成の仕事を続けている気もしますし、会社が必要ないと言えば、小さな私塾を開いているかもしれません。実は、塾を開くことは私の老後の夢なんです。
奥田 ほう、それはどんな塾なのですか。
赤津 吉田松陰の松下村塾のような塾が理想です。学校の勉強を教えても別に構わないと思っていますが、それだけでなく、物事の本質を理解するための人間学や儒教的な知識を若い世代に伝えたいと思います。
奥田 やはり赤津さんは、教育や人材育成への関心が高いのですね。
赤津 そうですね。実は、人間は昔からそれほど進化していないと思っているんです。現代の社会では覚えることが多すぎて、人間の本質について考えることがおろそかになっていることに、このコロナ禍で改めて気づかされました。
私たちは過去の成功体験をつい持ち出してしまいがちですが、これからは若い世代に世の中の舵取りを任せるべきであり、任せるためにはスキルを教えるのではなく考え方を教えることが大切だと考えています。
奥田 なるほど。次代の人材育成、そして赤津さんご自身のご活躍、まだまだ大いに期待しております。
こぼれ話
不思議な空気が流れ始めた。会話がスムーズに進み始めてからのことだ。赤津雅晴さんは「誰かに何かを遺そう」という趣旨の話をしておられる、と感じた。おや、この空気感はなんだろう、なぜだろう、と感じながら論語の講義が始まった。あっ、これはまさに寺小屋だ、と思いながら、儒教の世界は私もお気に入りの分野なので聞き入ってしまった。深く読みこなしておられる。聞いていると、心地のよい時が流れる。知識が体内に宿って生き方の隅々まで染み込んでおられる様子だ。ご両親が茨城の出身で、話題は儒教を育んだ水戸に行きつく。社会に出てからは日立製作所の技術者として生き抜いてこられた。日立の創業の地も茨城だ。56年間「不思議な縁ですよね」とつぶやいて、この話は着地した。そういえば、ふとした時に「誰かに生かされている」と感じる時があるよね。インタビューは2月17日に行った。赤津さんからメールが入った。3月31日午前9時4分、「ご挨拶 お世話になった皆様へ:」で始まり、時候の挨拶。「さて私事ですが、このたび34年間勤めました日立製作所を退社し、(株)日立システムズに転籍することとなりました。」と続く。数日後、今、読者の皆様にお届けしている紙面のゲラが私の手元に届く。肩書きは赤津雅晴・日立システムズ執行役員CTO兼経営戦略統括本部長だ。「なるほど」を心の中で呟きながら「誰かに何かを遺そう」と感じた“解”に頷いた。味な生き方をしておられると思った。かつ、今回の赤津さんの遺言のような話を聞けたことをありがたいと思った。誰かがこうしたご縁のある日程を組み、偶然のチャンスをつくったのではないか。4月は人事異動の節目である。こうした偶然もあるにはあるだろう。しかし私の中での“ことの重大さ”は異なる。
元々の話をしよう。赤津さんにお会いしたいと思った理由は、コロナ禍に見舞われたことで、「デジタルの世界」が私たちの生活や行動の基本になったことにある。もちろん、私の所属するBCNという新聞社はデジタルの世界に立ち位置を定めて、業界や社会の動向を見つめているのだから、デジタル社会はいつか世界規模で地球を包み込む、と考えていた。しかしその“いつか”に直面してみると、デジタル世界が与える影響の領域と深さと規模があまりにも大き過ぎて、畏怖の念すら抱き始めた。この文明史に刻まれる今を「DX」の専門家に話を聞いてみたい。畏怖の念を共有したい。デジタル世界を人類はどう手元に引き入れたらよいのか。次々に浮かぶ疑問をこの世界で一歩先を歩いておられる方に投げかけたい。このような思いを抱きながら行き着いた人が赤津さんだ。話の内容は予想に反していた。会話の流れをつかみかねていた時、「誰かに何かを遺そう」としておられると感じた。そこから話の流れは赤津さんの思いに委ねた。この号の本文の着地文を再録します。人生の先達がデジタル世界にあってなすべきこととは……。
「私たちは過去の成功体験をつい持ち出してしまいがちですが、これからは若い世代に世の中の舵取りを任せるべきであり、任せるためにはスキルを教えるのではなく考え方を教えることが大切だと考えています」(赤津氏談)
心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
Profile
赤津雅晴
(あかつ まさはる)
1964年、東京・池袋生まれ。都立西高校を経て、87年、東京大学工学部計数工学科卒業。同年、日立製作所入社。システム開発研究所にて離散系システムの計画・運用最適化技術、分散オブジェクト技術、情報システムマネジメント、サービスイノベーション等の研究開発に従事。2006年、システム開発研究所第五部長、10年、システム開発研究所情報サービス研究センタ長、14年、情報・通信システム社スマート情報システム統括本部戦略企画本部長、17年、技術戦略室長、18年、研究開発グループ技師長、20年、システム&サービスビジネス統括本部 CTOなどを経て、21年4月より現職。スタンフォード大学Engineering Economic Systems学科客員研究員、東京大学非常勤講師、大阪大学非常勤講師等を歴任。北陸先端科学技術大学客員教授、科学技術と経済の会理事、横断型基幹科学技術推進協議会理事。電気学会フェロー、日本工学アカデミー会員、サービス学会会員。博士(工学)。