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40年間使い続ける道具から学ぶ 技術より大事なのは「ナレッジ」――第248回(下)

和田成史

和田成史

オービックビジネスコンサルタント 代表取締役社長

構成・文/細田立圭志
撮影/松嶋優子
2019.11.7/OBC本社にて

週刊BCN 2019年12月16日付 vol.1805掲載

 敵と味方がレイヤーによって変化する社会で、勝敗は何によって決まるのだろうか。素朴な疑問を和田さんにぶつけると、間髪入れずに答えが返ってくる。普段から突き詰めて考えているからこそ出てくる反応だ。不思議と30年周期で訪れてくるIT業界のパラダイムシフトの過程で、現在地点を3世代の10年目ととらえる。そんな長期的な視点から経営者である自分の立ち位置を見つめて、変化のタイミングを逃さない。「和田流」の華麗な身のこなしを垣間見た。(本紙主幹・奥田喜久男)

2019.11.7/OBC本社にて

クラウドネイティブに変わらざるを得ない仕組み

奥田 経営者が社会の変化を理解しはじめても、社員の人たちの理解が異なると戦う場で結論が出ないですよね。

和田 まずは経営者が判断します。レイヤーによっては競合とも水平連携する組織を巨大化したのがGAFAで、米国の経営者はその判断が分かっています。クラウドプラットフォーマーとしてはアマゾンとマイクロソフトで競争していても、他の製品や分野では協力していたりします。トヨタとグーグルが競争していても、あるレイヤーではお互いに手を組むなどの合従連衡が進んでいます。

奥田 どこと組むかは、誰が決めるのですか。すべての案件で経営者が一つ一つ判断するのは無理があります。

和田 基本方針を示すのは経営者で、その考え方と発想を会社に浸透させなければいけません。

奥田 和田さんの会社では、その変化が何パーセントくらい浸透していますか。

和田 プロダクトや開発の仕組みが、常にそのベクトルに動いています。クラウドビジネスは水平連携を前提とした形に変わらざるを得ない仕組みなので。変わらなければ製品そのものがつくれません。

奥田 味方だった企業が、同じレイヤーの製品をつくったらその部分で敵になる。勝敗はどんな要素で決まるんでしょうか。

和田 お客様満足度です。

奥田 ほぉー、分かりやすい。だとすると、自社のプロダクトを一覧で紹介するカタログづくりは難しくないですか。

和田 そうですね。カタログは階層型の発想ですからね。しかし、それはそれで良くて、お客様のほうが自分で次々と取捨選択していくのだと思います。

奥田 顧客満足度を高めるために、製品開発で決め手になるものとは。

和田 社会の変革が進む中で、お客様が最も感動する製品をどのようにしてつくるかです。当社でいうと、ベースにマイクロソフトのAzureがあって、その上にOBCの製品が載っていて、それ全体がクラウドにある。製品ごとのデータのやり取りはAPIで連携しているので、その先はどことでもつながって広がる世界です。

30年周期のパラダイムシフトで和田流のショートカット

奥田 役割が細分化していくと、ある一点にだけ優れたソフトメーカーもあるかもしれません。

和田 その企業のソフトを買ってきてAPIでつなげて自動化してデータをやりとりするようになるでしょうね。こうなるまでには、まだ10年はかかると見ています。

奥田 いつを起点にした10年ですか。

和田 正確には10年前からの30年で、今を起点にすると今後20年のうちの10年です。というのも、大型の汎用機が1950年から1980年までの30年でした。その後はPCが出て2010年までの30年。今は2010年にスマートフォンが登場してからの10年ですから。こう考えるとスティーブ・ジョブズはApple IIとiPhoneで二つの大変革を起こしているんですね。今はコンシューマーの10年から、ビジネスの20年に移行するタイミングととらえることもできます。結局、スマホもクラウドですから。

奥田 ポスト、スティーブ・ジョブズは誰ですか。

和田 20年後だから分かりませんよ。2040年ですから、今の小学生かもしれませんしね。あるいは、この時点をシンギュラリティーと呼んでいるのではないでしょうか。

奥田 PCでいえばOSを入れ替えるような作業で、多数決ではできないことですから、和田さんはあと20年やらないといけないですね。

和田 ・・・(沈黙)

奥田 考える材料があっていいですね。20年前の私が知る和田さんは、いかにシェアをとっていくかにこだわっていたように感じますが、今は全然違います。

和田 そうだったでしょうか。40年やり続けるということは自分を変える歴史でもあるんですね。

奥田 和田さんのようなものの見方を事業のフレームに落とし込むのは難しくないですか。

和田 自分でつくると難しいですが、レイヤー社会におけるビジネスフレームは、マイクロソフトと同じですよね。

奥田 なるほど、和田流だ。ショートカットできるわけだな。なるほどなぁ。

和田 次のレイヤーを大きく分けるとWindows対Javaでしょう。OBCは五つのコア・コンピタンスの一つで、ずっとWindowsにフォーカスしています。ただ、一つ迷ったことを挙げるとしたら、CMなどで「勘定奉行」というブランドを変えるかどうかは迷いましたね。

奥田 大きな決断でしたね。

和田 ブランド戦略として、やはり奉行は崩さないほうがいいだろうと判断しました。奉行が成長していくと考えたのです。

奥田 いつ頃のことですか。

和田 2年前です。

奥田 ここ数年、大きな決断をされていますね。

和田 立て続けに出てきていますね。

奥田 ところで、手に持っているパターは杖 ? 私を折檻するためのもの ?

和田 創業した直後に銀座のプロギアショップで購入したパターで、40年間ずっと使い続けているものです。何度かほかのパターも試してみたけど、結局これに戻ってくるんです。

奥田 なんで。ゲン担ぎ ?

和田 パターはテクノロジーだから進化していきます。しかし、物事にはテクノロジーも大事だけど、ナレッジも大事なのです。40年使っていると自分なりの集中と選択で結構、いろんな極みが身につくんです。10ヤード以上のパターを三つ、四つ決めると、パターだけでそのチームがスターになるくらいよく決まるんです。

奥田 集中力かしら。

和田 それもありますが、一番大事なのはナレッジ。自動運転をつくる人は、自動車のことをよく知らなければ新しい車はつくれません。パターの場合、重みや手で持つ位置、握る形、上げる速さ、打つタイミングや精度など、10くらいのポイントがありますかね。自分のその日の体調や気分なども含めると、プラスアルファですね。

奥田 それを総称してナレッジって言ってるんだ。

和田 そうです。ゴルフだけでなく、どの世界でも大事なのは“ナレッジ”なんだと感じるわけです。道具はあくまでも道具で、それをどうやって使いこなして、どうやってマスターして、その良さや能力をどう引き出すかが大事なんでしょうね。

奥田 使いこなしちゃったわけね。

和田 パターに関してはね(笑)

奥田 ナレッジの話はよく分かるなぁ。結局、階層とレイヤーの話もナレッジなんですね。人が持つ七つの宝物にはない、和田さんだけが持っている能力だなぁと思いながら聞いてました。さて、人の能力を引き出すという点で、事業承継はどうお考えですか。

和田 今現在のことを精一杯にやっていくことが重要です。

奥田 IT業界は、創業者が社長をやって、第三者に移して会長になって、第三者が身を引いて、会長が社長を兼務するというパターンが本当に多いんですよ。

和田 それよりも今現在、これから会社をどうするかが重要ですね。人を育てていくのは経営者にとって永遠の課題ですからね。経営者の仕事は人を育てることですから、やり続けなくてはならないと。

奥田 本当にそうですね。

こぼれ話

 週刊BCNの取材先であるIT業界、さらに縮めるとパソコン業界には、企業の共通した節目というか、形式がある。それもそのはずで、会社の設立は1980年前後、創業者が大半で、20代、30代の夢見がちな若い人たちがひしめき合う業界だった。みんながみんな確たる将来計画を立てているわけでもなく、創業者特有の直感を武器に事業を展開していった。しかし、コンピューター技術の革新・進化と社会生活の必然を考え詰めると、あらゆる企業、あらゆる人がコンピューターを使う新しい市場が形成されるという夢に行き着く。

 当時はコンピューター産業の黎明期だったので、「どこで、誰が、何をしているのか」については全国を回って調べるしかなかった。必然的に行き当たりばったりの出会いが多くなる。和田さんとの出会いもその一つだ。和田さんも私も会社を創設したばかりの新米社長だ。この辺りの話は今回の『千人回峰』の本文に譲る。事業承継の年齢に差し掛かったものの、今年に入ってさらに陣頭指揮の旗振り役を務める和田さんの活躍ぶりを耳にするものだから、会って直に話を聞こうと考えた。

 経営方針の昨日・今日・明日、人づくりの昨日・今日・明日、商品づくりの昨日・今日・明日。それぞれを普遍的な指標として活動している。話を聞く途中では意地悪な質問をするが、和田さんは常に指標を持ち出して自己確認をするかのごとく回答する。すべての解が整然としているわけではない。が、指標ありて我が道をゆく、といった印象を得た。新米社長は見よう見まねで自分の経営者像を形づくる宿命にある。和田さんは今、次に委ねるべく整然とした“昨日・今日・明日”をつくっている、と感じた。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第248回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

和田成史

(わだ しげふみ)
 1952年8月30日生まれ。75年3月、立教大学経済学部卒業。76年10月、大原簿記学校会計士課勤務。79年12月同校を退職。80年3月に公認会計士登録、6月に税理士登録。同年12月、オービックビジネスコンサルタント(OBC)を設立、代表取締役社長に就任。