合気道の精神をビジネスに生かし生涯現役を貫く――第186回(上)

千人回峰(対談連載)

2017/06/19 00:00

堺 和夫

堺 和夫

コーレル 会長

構成・文/浅井美江
撮影/長谷川博一

週刊BCN 2017年6月12日号 vol.1681掲載

 堺さんとBCNのつき合いは長い。仕事上でのおつき合いは当社主催のゴルフコンペへの参加にもおよび、その腕前は相当のもの。スポーツがお好きと踏んではいたが、今回の取材場所を指定された時は少し驚いた。これまで酒蔵やサーキット、日本刀の製作所などさまざまな場所にうかがわせていただいたが、体育館には初見参。平日の夕刻、スポーツに興じる若者のエネルギーに満ちた館内で、堺さんの稽古風景を拝見しながらの取材となった。(本紙主幹・奥田喜久男)


2017.4.21/柏市中央体育館 柔道場にて

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第186回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

合気道からピアノまで
元気のもとは身体を動かすこと

奥田 合気道を始められてどのくらいですか。

 25年になります。

奥田 長いですねえ。きっかけはなんだったのですか。

 娘です。小学校6年生の時に「お父さん、合気道やりたい」って。それでここに通うようになりました。娘の後から息子も始めたこともあって送り迎えをしていましたが、合気道についてはわかっていなくて、どんなものかなぁと思っていたら、ある時教えていた方から声をかけていただいたんです。

奥田 お父さんもやってみませんか、と。

 実をいうと以前空手の町道場に通っていたこともあって、どうもそちらの方が強いイメージがあったんですね。ところが実際に合気道の技をかけられてみると「なんだこれは」と。

奥田 イメージが変わった。

 変わりました、というよりハマりました(笑)。その後、子どもたちはサッカーだのピアノだのに移って合気道から離れてしまったんですが、私はずっと続けることになりまして……。

奥田 堺さんはゴルフも並々ならぬ腕をおもちですが、合気道、ゴルフの他にスポーツは?

 スキーとスノーボードも長いです。スノーボードは日本での黎明期の頃から、子どもたちに声をかけて一緒に始めました。なくなってしまいましたが、千葉に「ザウス」という人工スキー場があってよく練習に行きましたね。今は雪がたくさん降っている時はスノーボード、アイスバーンになっていたらスキーと、天気や雪面の状況に合わせて楽しんでいます。基本的に身体を動かすのが好きなんですね。

奥田 スポーツ以外ではどうですか。

 1年ほど前からピアノを始めました。もともと音楽が好きで、自分で何か楽器を弾きたいというのが夢だったんです。

奥田 楽器もいろいろありますよね。なぜピアノを選ばれたのでしょう。

 最初はサックスに憧れたんです。私が音楽好きということもあって、仲間に音楽をやっている人がかなりいるんですが、一番影響を受けたのがAMD時代の友人。うちの子どもたちの結婚式の時にサックスを演奏してくれて、かっこいいなと。

奥田 それをみて吹いてみたくなった。

 でも、この年令であの肺活量はしんどいかなと……。それに吹き方によっては音が出ないじゃないですか。それで音楽をやっている人からの助言もあって、音楽の原点でもあるピアノがいいかということで。叩けば「ド」は「ド」ですし(笑)。

奥田 今のレパートリーは何曲くらいですか。

 楽譜を見ないで両手で弾けるのは4曲くらいですかね。

奥田 どんな曲ですか。

 言うんですか。笑わないでくださいよ。「第九 喜びの歌」「家路」「ジングルベル」「シューベルトの子守歌」。

奥田 その他に弾きたいと思う曲はありますか。

 「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」と「サマータイム」を弾けるようになるのが一つのゴールです。

奥田 楽しみですね。

 そうやってたくさん身体を動かすことで、いつも元気にしていられるのかなと思いますね。

ビジネスに通じる合気道で学んだ体験

奥田 それにしても合気道25年というと、もう趣味の域を超えていますね。

 実はいろいろやってきたなかで、合気道は自分にとってすごく大きいんですよ。

奥田 それはどういう意味でしょうか。

 大きく二つあるんですが、まずは合気道の考え方。相手が押してきた時に押してはダメ。来た力は受け流す。非常に合理的に身体を使うんです。その考えが外資系で仕事をしている時にすごく“感じた”んですね。

奥田 どう感じられたのですか。

 例えば本社から、日本の組織を小さくしろとか言ってきた時、1回自分のなかで冷静に受け止めて本当に縮小すべきかどうかを考えるとか。正面からぶつかることなく、少し流す、あるいは引いてみて、自分のポジションを決めてから次の手や行動に出る。合気道の手法というのでしょうか。

奥田 共通点がみえますね。

 押す、引く、流す、立ち向かう。その間合いや力の方向などが非常にビジネスのうえでも役に立つんです。ビジネスも力ずくだけではダメなことが非常に多いですから。

奥田 確かにそれはありますね。

 まだあります。初心者に教えることってすごく難しいじゃないですか。説明してもなかなかこちらの言うこと、思っていることが伝わらない。では、なぜ伝わらないのかというと「自分がわかっていないから」なんです。自分自身が本当に頭のなかで理論的に理解していて、なおかつきちんと整理できていないと人に教えることはできません。初段を過ぎる頃だったかな。武道経験がまったくない人に教えていた時に気づいたんです。

奥田 これはビジネスにおいても同じだな、と。

 部下にガンガン言う前に自分は本当にわかっているのか、教えられるのかと思うようになりましたね。

奥田 それが一つめの合気道の“考え方”ですね。ではもう一つは。

 “グローバル”であることです。合気道の道場は世界中にありますが、試合というものがないため勝った負けたはありません。いろいろな国の人と稽古をすることで言語や習慣の違いを越えてお互いに技を磨くことができるんです。言葉が通じなくても技を教え合えることもあれば、逆に言葉は通じたけど技が伝わらなかったこともある。私自身はこれまで会社組織において、日本以外の国の人が上司になったり部下になったり、ビジネスパートナーになったりしてきましたが、置き換えるとまったくといっていいほど、合気道の世界と同じなんですね。

奥田 グローバルという点でも、合気道とビジネスには共通するものがあるということですか。

 言葉が通じなくても伝わることは事実ですが、話せればコミュニケーションはさらに深まります。ずっと外資系にいたからこそ思うのですが、自分が得意な分野、営業でも経理でも人事でも、それに英語をプラスすることでみえる景色が全然違ってくる。いいとか悪いとかではなく、英語はインターナショナルランゲージ、それが現実です。得意な分野にプラスして英語ができることで仕事の範囲がぐっと拡がり、自分自身の価値が高まります。俗な話になりますがお給料にも影響してくると思いますよ。(つづく)
 
合気道の精神をビジネスに生かし生涯現役を貫く――第186回(下)
コーレル 会長 堺 和夫

 
 今でもスキーには毎シーズン出かけるという。写真はレイク・タホと砂漠が見渡せるというHeavenly Valley(US カルフォルニア)にて。
 

Profile

堺 和夫

(さかい かずお)
 1951年生まれ。東京電機大学工学部卒業。日本テキサス・インスツルメンツを経て79年日本AMDに入社。94年に社長、2005年5月、会長に就任。同年10月退社。翌月からマイクロソフトに入社し、プログラムバイスプレジデントとしてWindowsに関わるハード、ソフト、コンテンツのパートナーとの連携を担当。08年からコーレルの社長を務め16年会長に就任。合気道歴は25年、4段。他にゴルフ、スノーボード、スキー、ピアノ、車、音楽と趣味多彩。