• ホーム
  • 千人回峰
  • 博士(学術)/情報処理学会フェロー 特定非営利活動法人高専プロコン交流育成協会 理事長 神沼靖子

システム在りきではなく、やりたいことが先にあること――第152回(上)

千人回峰(対談連載)

2016/01/21 00:00

神沼 靖子

博士(学術)/情報処理学会フェロー 特定非営利活動法人高専プロコン交流育成協会 理事長 神沼靖子

構成・文/浅井美江
撮影/大星直輝

週刊BCN 2016年01月18日号 vol.1612掲載

 ご本人にはすでに告白したのだが、実は神沼先生が怖かった。弊社とは”BCN AWARD”や“ITジュニア”でひとかたならぬお世話になっており、幾度もお会いする機会はあったのだが、凛としたたたずまいや講評の際の舌鋒の鋭さに、勝手に恐れをなしていた。今回、向い合わせていただいて、厳しい講評の裏にある、学生たちに対する溢れんばかりの愛情に胸が熱くなった。もっと早く対談を申し込めばよかったと、少し臍を噛んでいる。(本紙主幹・奥田喜久男)

2015.11.18/BCN 22世紀アカデミールーム
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第152回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

一度始めたらやめられなくなる高専プロコンの世界

奥田 まず、先生と高専プロコンとの関わりから教えていただけますでしょうか。

神沼 1990年からになりますね。高専プロコンをつくろうという話が出た時からです。

奥田 第1回目から関わっていらっしゃるんですね。

神沼 審査員という立場で初回から参加させていただいてます。昨年25周年を迎えたんですが、1回目からのパンフレットや資料を全部もっていたので、25周年記念に役立たせていただきました。

奥田 それはすごいなあ。25年分! その25年で高専プロコンはどんなふうに発展してきたのでしょう。

神沼 最初は、ふだん自分たちがやっていることを自由に発表しようということで始まって、2~3年もてばいいかな、なんて言ってたんですけど──。高専生の皆さんって真面目だから一生懸命やってくれるんですよ。毎年楽しいアイデアが出てきてね。第1回目は課題と自由の2部門だったんだけれど、第5回から競技部門ができて、その後国際化されるようになってきました。

奥田 ベトナムやモンゴルの学生が参加するようになったんですね。

神沼 台湾や中国、タイやマレーシアの大学も。去年からは、日本の大学も参加したいと言ってきましてね。東大とか京大とか。

奥田 そんなふうになってきてるんですか。

神沼 競技だけですけどね。東大、京大、中京大、それに豊橋技術科学大かな。どうしてそういう人たちが入ってきたかというと、高専プロコンを卒業したメンバーが、それぞれの大学などでOB会みたいのを始めちゃったの。で、そういうところで議論しているうちに出たくなったみたいで。

奥田 発表の場所がほしいということでしょうか。

神沼 それもあるけど、要するに議論をしたいんですよ、きっと。新しい話題で議論したり、発表したりしたいんでしょうね。日本全国のいろいろな所で、毎月のようにミーティングをしているんじゃないかしら。

奥田 ネット上で──。

神沼 いやいや、リアルですよ。

奥田 え!? リアルなんですか。

神沼 そうよ。顔を合わせたいんですよ。少ない時でも何十人も集まるみたいですよ。そのうちに、自分たちもチームを組んでプロコンに出たいとなったんでしょう。

奥田 OBの部ですか。

神沼 そうなの。東大だけでもプロコンOBが何人もいるから、いくつもチームができる。本当に楽しいんだと思いますよ。
 

先生も役人も引き込む子どもたちのパワー

奥田 確かに楽しいんでしょうねえ。審査の講評でビシッと厳しいことを言われても(笑)。

神沼 でもね、言ったことを、ちゃんと聞いてる子たちは、翌年しっかりバージョンアップしてくるんです。

奥田 そうなんですか。効き目があるんですね。

神沼 ただし、全員がそうできるというわけではなくて、前の年から進歩してないところもある。だから、彼ら、彼女らの神経に何がどういうキーワードが触れていくのかということがすごく興味深いですね。

奥田 それは先生のご苦労ですね。

神沼 いえ、苦労というほどのことはないですけど。数年前だったか、プロジェクトマネージメントはすごく重要だから、スケジュールを立ててねといったら、翌年から出すようになったんです。でも、ネットで調べたり、自分たちで学習したりして、見よう見まねだから、いくつかのチームは、学期の終りまでスケジュールが記入されているんです。だから「審査が終わった後も、課題として学期の終りまでやるってことですか?」って聞いたの。

奥田 そういう言い方をされるんだ。

神沼 本当に自分たちがそうしたいのであれば、それはすばらしいことだけれど、もし審査が目的だったとしたら、スケジュールは審査の日までになりますよね。もう少しスケジュールの意味を理解してもらえるといいかなって。

奥田 そうですねえ。いつも思うんですが、高専プロコンは子どもたちだけじゃなくて、先生たちも一緒になって大会に臨みますでしょ。あの姿には感動しますね。

神沼 そうそう! 先生方も自分の学校のチームがどれだけがんばってくれるかに、すごく興味があるわけですよね。でもね、先生ばかりじゃないんですよ。高専プロコンて、文部科学大臣賞が出ますでしょ。で、賞状を渡してくださる文科省の方が、コンテストを見るのが楽しみになったっておっしゃるんです。私ビックリしました。
 

仕組みがあるから使うはダメ

奥田 それはうれしいことですねえ。

神沼 出場する子どもたちも、以前に比べるとずいぶんしっかりしてきましたね。審査はプレゼンとデモがあるんですが、プレゼンは事前に練習しているだろうからともかくとして、デモの時、答えられるかなって思ってると、みごとに対応しているんです。1年生がですよ。

奥田 1年生といえば、まだ中学を出たばかりですよね。

神沼 最近いいなと思ったのが、プロコンそのものはシステムづくりなんだけれど、ソフトだけじゃなくてハードも必要。だから、ソフトとハードのメンバーが連携しながらつくっていく。統合する力はとても重要なんですが、彼らはそこまで考えるようになっているんですね。

奥田 それは大したものですね。

神沼 今はスマートフォンでもなんでも、おもしろいOSが入っていますから、非常に効果的にそれを使ったりしてね。でも、なかには新しい仕組みができたから、それを使おうとする人もいる。それはダメだといつも言っています。仕組みができたからそれを使うのではなくて、こういうことをしたいから、その仕組みを使うという発想にしてくださいと。

奥田 何をしたいかが先にあるということですね。

神沼 それは講評でも言いましたけど、「全然違うことだよ」って。

奥田 その通りですね。全然違いますね。(つづく)

 

『プロジェクトの概念』──思い入れの深い一冊

企画から編集まで時間をかけて取り組まれたという。サブタイトルにある「プロジェクトマネジメントの知恵に学ぶ」という言葉に、先生の思いが込められている。

Profile

神沼 靖子

(かみぬま やすこ) 1961年東京理科大学理学部数学科卒。同年日本鋼管(株)鶴見造船所(造船設計部技師補)入社。その後、横浜国立大学、埼玉大学、帝京技術科学大学、前橋工科大学に教員として勤務。2007年退官後は、埼玉大学大学院(客員教授)。情報システム学を専門とし、84年情報システム研究会、05年情報システム学会、06年実践的ソフトウェア教育コンソーシアム設立に関わる。90年から、全国高等専門学校プログラミングコンテスト審査委員を務め、02年同審査委員長に就任。14年に、NPO法人高専プロコン交流育成協会(NAPROCK)の四代目理事長に就任。