女性600万人の声を家電メーカーに届けたい――第142回(上)
ハッピーコム 代表取締役
構成・文/浅井美江
撮影/津島隆雄
週刊BCN 2015年08月24日号 vol.1592掲載
街は人を呼び、人は街をつくる。戸田さんが経営する会社「ハッピーコム」は、創業以来、オフィスの移転はあっても、ずっと“青山”に在る。国際的なファッションブランドの旗艦店が立ち並び、流行の発信地であり続ける青山。取材で訪ねた日も、洒落たいでたちの女性たちが街を彩っていた。神田を拠点とするわが身にとっては、若干面映ゆく、まぶしくもある。街はその人の仕事に何をもたらすのか、“青山”の戸田さんに話をうかがった。(本紙主幹・奥田喜久男)
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
自分でやってみたくて起業の道へ
奥田 これまでにも何度かお会いしていますが、こんなふうにお仕事の場所にうかがうのは初めてですね。確か以前は南青山のほうでは……。戸田 そうです。南青山にあった以前のオフィスが、2011年の震災でヒビが入ってしまって建て直すことになり、現在のオフィスに引っ越しました。
奥田 ずっとこのあたり(青山)なんでしょうか。
戸田 はい。2001年に会社を立ち上げた時も、この近くの小さな事務所でした。
奥田 そのお話をうかがう前に、まずは戸田さんのキャリアプロフィールからお聞きしたいのですが、「毎日コミュニケーションズ」にいらしたんですよね。
戸田 はい。東京女子大学の短大を卒業した後、四年制に編入しようとしたのですが、ちょっと落ちてしまいまして。その間、なにか仕事をと思って入社したのが「毎日コミュニケーションズ」でした。
奥田 最初からデジタルに?
戸田 いえ。入った当時は、新卒の就職情報やリトグラフの販売に携わっていました。
奥田 デジタルとの出会いはいつごろでしょう?
戸田 1980年代前半になりますか。「毎日コミュニケーションズ」がデジタル系の雑誌を出版することになり、人材が必要ということで、そちらに異動になって。まだまだ黎明期でしたので、書店や書籍販路の開拓に、取次営業などに駆け回っていました。
奥田 その後は、どういう……。
戸田 実は「毎日コミュニケーションズ」在職中に、仕事が終わってから早稲田大学に通って卒業したんです。そして1996年3月に「毎日コミュニケーションズ」を退職して、翌月から学習院の大学院に入学し、2年間経営学を学んでおりました。
大学院を卒業した後、個人会社をつくって、企業の会社案内の作成や、投資信託のファンドマネージャーの取材などをしていたのですが、いろいろなベンチャー企業について調べたり書いたりしているうちに、自分で事業をしたいなと思い始めたんです。
奥田 ほう。それは一攫千金を目指して? 1998年頃といえば、1株1億円とかいわれていた時代ですよね。
戸田 いえいえ。一攫千金というよりも、自分のやりたいビジネスをどう世の中に認めてもらうのか、続けていくことができるのかに興味がありました。大学院の同期は、コンサルティングや教授の道を選ぶ人が多かったんですが、私は評論家ではなく、自分でやってみたかった。そんな時に、当時ジャストシステム創業者で専務の浮川初子さんとの出会いがあったんです。
家電店の敷居が高い三つの理由
奥田 どういう出会いだったのでしょう?戸田 私が所属していた「日本ベンチャー学会」の女性部会で、浮川さんに講演を依頼したところ、快く引き受けてくださいまして。ちょうど浮川さんが「ジャストホーム」という家庭用ソフトを販売されていて、女性に使ってもらえるアイデアがないかとたずねられたんです。それで、実際にソフトを体験してもらってクチコミで広げてはどうか、などの企画書をまとめてプレゼンしたところ、「おもしろいから会社にしてやってみない?」と提案されまして……。
奥田 資本金は浮川さんが?
戸田 そうです。3000万円出してくださいました。設立当初は90%出資してくださり、会社の収益に従って、自分の株を増やしていきなさいと。
奥田 「ハッピーコム」の社名の由来は?
戸田 2001年の立ち上げの時、創業メンバー5人の女性と一緒に考えました。会社概要にもありますが、三つのC、“Happy Communication”“Happy Computer”“Happy Company”が理念です。
奥田 Happy Computerはそろそろ古くありませんか。
戸田 (笑いながら)そうですね。Computerは広くデジタル製品の意味で使っています。
奥田 それが冒頭お話しいただいた、現在のオフィスの近くの事務所ですね。北青山を選んだのはジャストシステムが近いから?
戸田 はい。それもあったのですが、やはり女性が集まりやすい場所を考えれば、青山かな、と。
奥田 今日も久しぶりにこちら方面へ来たんですが、女性が多くて、歩いていてもなにやら照れくさい感じがしますね。この地の環境から、戸田さんは何をやっていかれるつもりなのでしょう。
戸田 ずっと思っているのは、いわゆる家電店は女性にとって敷居が高いということです。女性が買い物をする場所ではないとずっと感じています。最近では携帯ショップもそう、スマートフォン(スマホ)アプリも同じですね。女性向けにつくられていないと感じます。
奥田 女性向けというのは、どう理解をすればいいのでしょう?
戸田 店舗でいうと、買いやすさとか入りやすさでしょうか。例えば、「ルミネ」とかだと何かを買うという用事がなくても、行きやすいし、入りやすいんです。
奥田 それは地の利かしら。
戸田 いえ、違います。強いていうなら“雰囲気”ですね。
奥田 どんな雰囲気だといいのでしょうか。
戸田 自分をお客としてみてくれているかどうか、ちゃんと感じるところに行きたいと思います。
奥田 では現在の家電店で、そう思えないところを三つ挙げていただけますか。
戸田 一つ目は、店員さんとの距離感でしょうか。かつては一方的に話す人が多かったんですが、今はそもそも店員さんの数が少ない。二つ目がお店のBGM。
奥田 BGMですか!?
戸田 買え買え、早く買えと急かされる気がします。
奥田 おお。そんなふうに聞こえるんですねえ。で、三つ目は?
戸田 パソコンだと10万円近い商品を扱っているわけですよね。でも試着ができない、試せない。店員さんの言うことだけを鵜呑みにして買うというもどかしさ、違和感のようなものでしょうか。(つづく)
女性による女性のために開発された商品
自社サイト「HappyデジタルShop」で扱っているモバイルバッテリ。形といい色といい、まさに“青山”な商品。色は全部で5色あって選べるのだとか。開発したのも女性だそう。Profile
(とだ えりこ) 東京女子大学短期大学部、早稲田大学、学習院大学大学院経営学研究科卒業(経営学修士)。情報系出版社にてコンピュータ関連雑誌、書籍の流通管理、株式公開準備作業などを手がける。2001年1月 「デジタルを活用して世の中をハッピーに!」を目指して、ハッピーコムを設立。2015年秋、eラーニングと座学を組み合わせて、女性のエンジニアを育成するスクールを開講する予定。