地方の中小企業こそITの活用で付加価値を高めよう――第140回(上)
桑山 義明
シーガル 代表取締役社長
構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄
週刊BCN 2015年07月20日号 vol.1588掲載
私が桑山さんと初めて出会ったのはおそらく1981年、BCN創業の年だ。もちろん、ITという言葉が一般に使われるようになるずっと前のことである。当時、私は多くのコンピュータ関連企業の先進的な経営者に話を聞いて回っていた。そのなかの一人が、東京・八王子に根を張るシーガルの桑山社長だった。もう34年のおつき合いだが、精力的に地域の中小企業を支援する情熱と行動力は、いささかたりとも衰えていないとお見受けした。(本紙主幹・奥田喜久男)
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
地方も、まだまだ捨てたもんじゃない
奥田 桑山さんは、地方の活性化に以前から力を注いでおられます。それはなかなか難しいことだと思うのですが、桑山さんはいまの市場をどう捉え、どのような方向性を考えられておられるのでしょうか。桑山 結論からいうと、地方もまだまだ捨てたもんじゃないなと思っています。昨年7月から、中小企業基盤整備機構(中小機構)の仕事で、全国50か所ほどでセミナーを開きました。そこで思ったのは、やっとITをビジネスの道具にする素地ができたということ。ITを使わざるを得ない状況になってきたということもありますが、多くの人がスマートフォン(スマホ)やタブレット端末をもつようになったことが大きなチャンスになると感じましたね。
奥田 具体的には?
桑山 地元の中小企業や小規模事業者に向けて、ネットショップを開こうという研修をやっています。まず、商工会議所の指導員など300人ほどに研修を受けてもらい、その後に事業者向けの指導をしました。それも、実際にタブレット端末を使って店を開くというところまで教えます。反応は良好で、地元の若者が集まってきます。商工会議所の青年部や女性部はけっこう活発ですよ。
奥田 地方の事業者にネットショップを勧める理由は?桑山 ひと言でいえば、事業者の販路拡大ということですね。いままでは、地域事業者はリアル店舗で、せいぜい半径10kmぐらいのエリアにいるお客さんに向けて商売をしてきました。けれども、ここまで生き残ってきた人たちは、それなりのすぐれた商品やサービスをもっているはず。そこで、販路拡大のためにITを使ってみようという話になったわけです。
先ほど話したようにスマホやタブレット端末が行き渡っています。とくに年配者がタブレット端末を使い始めていて、環境的にもタイミングはいいと思いますね。
奥田 地域をITで再生しようと……。
桑山 うーん、ITという言葉はもはや死語だと思っているんです。スマホやタブレット端末は、むしろ日用品でしょう。だから、あまりITとかICTという概念を振り回してもしかたない。それをいえばいうほど、使っていない人にとってはわからなくなるんですよ。
タブレット端末には目と耳と口がついている
奥田 なるほど。でも、桑山さんがやっておられることは、SIerが企業に対して業務システムやアプリケーションを販売していることと同じで、その対象が地方の中小企業や個人の経営者になっただけではないのですか。桑山 これまで、そのツールはパソコンしかありませんでした。中小企業や小規模事業の経営者は毎日現場や客先を飛び回っているわけですから、実際にはノートパソコンを持ち歩いて仕事をすることはできません。つまり、機動性に欠けていたわけです。
帰宅してからパソコンに向かって何かやりましょうよといっても、経営者はもう疲れ果てているわけです。理屈はわかっていても、パソコンの前に座るよりビールを飲んだほうがいい(笑)。そういうなかで、私は4年ほど前にタブレット端末に出会い、これなら経営者が持ち歩いて、思いついたときに連絡をとったりデータを見たりできるなと感じたのです。
奥田 オフコンの時代からパソコンの時代に変わるとき、桑山さんはパソコンの伝道師をなさっていましたが、今度はパソコンからタブレット端末に乗り換えたと。
桑山 乗り換えというのではなく、パソコンの限界を感じたということですね。私の故郷、柏崎の実家では、祖父の時代は筆を売っていたんです。それが売れなくなって、父親の時代には万年筆を売るようになった。そして家業を継いだ兄の時代になってからは、ボールペンやシャープペンも扱う文房具屋になりました。それと同じで、私はパソコンを全国の小規模事業者に使ってもらいたくていろいろな研修をやってきましたが、ツールとしてはやはり限界がある。そんなときタブレット端末に出会ったわけです。
奥田 パソコンの限界とはなんでしょうか。
桑山 やはり、机の前で電源を入れて「これからやるぞ」という姿勢が必要なところでしょう。パソコンのほうが主体になってしまうということです。ところがタブレット端末は、人間の行くところにくっついてくる感覚ですから、そういう意味ではほんとうに道具という感じになります。しかも、音声入力が可能ですし。
奥田 もう、パソコンの時代ではないと?
桑山 パソコンがダメなのではなく、これまでパソコンにさわったことのない小規模事業者に活用してもらうのは、やはり大変だということですね。パソコンが普及し始めて30年以上経ったわけですが、当時、現場で必死に働いていてパソコンを習う時間のなかった人が、いま50~60代。そういった人にいまさらキーボードに慣れろというのは、けっこうきびしいものがあります。
ところが、タブレット端末なら自分の声で入力できます。そして、マウスを使わず指で操作するという話になってくると、俄然、年配の方々の目の色が変わってくる。研修の初めに音声入力をやってもらうのですが、自分の声がそのまま文字になる利便性は、年配者であればあるほど実感してもらえます。いままではパソコンを使ってみたかったけれど、子どもに聞いても、わかるようには教えてもらえないし、どうせ使いこなせないだろうとあきらめていた人が多かったのです。
奥田 でも中身は、パソコンと同じですね。
桑山 タブレット端末がパソコンと大きく違う点は、多くのセンサを備えていることですね。だから、まったくの別物だと私は捉えています。GPSセンサや衝撃センサ、ジャイロセンサなどいろいろなものが入っており、もちろんカメラもついています。
私は、タブレット端末には目と耳と口がついていると言っています。つまり、目はカメラ、耳はスピーカー、口はマイクですね。いままではテレビ会議をやろうとしたらパソコンの前にカメラをつけて、ヘッドセットをつけて、マイクをつけてようやく可能になるわけですが、タブレット端末には全部ついていますから、どこの現場からでもすぐ打ち合せができます。それが先ほど申し上げた機動性の違いだと思いますね。(つづく)
お気に入りは「人」
桑山さんから、こんなメールが入った。「『お気に入りのものを紹介せよ』とのリクエストですが、小生、『もの』に、まったく無頓着で執着心がないので、とくにこれというものがありません。興味があるのは、あえて言えば『人』です。写真になりにくくて、申し訳ありません」。Profile
桑山 義明
(くわやま よしあき) 1946年新潟県生まれ。68年、信州大学工学部卒、日本分光入社。79年、パソコン専門のシステムプラザ、シーガルを設立。同社代表取締役社長。パソコンを利用した基幹業務および情報系システム構築の企画、構築、運用を手がけ、数多くの業務や業種のシステム構築を経験。また、日本商工会議所や経済産業省(中小企業庁)の依頼で、全国の中小企業のIT、EC化支援を行っている。特定非営利活動法人OCP総合研究所理事長も務める。