コンサルタントを続けるか、事業家に転身するか。迷う先に見えたのは「お金儲けの神様」だった――第102回
金 伸行
牛牛福〈成都〉餐飲有限公司 総経理
構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄
奥田 なるほど。ところで邱さんは、どんなこと、どんな人を大事にされるのですか。
金 まずスピード感ですね。そして自分に対する信頼あるいは信用という感情、それに謙虚さです。先生のオフィスには「一生書生」と書かれた額がかかっています。
奥田 金さん自身の今後の計画は?
金 私が邱永漢師亡き後にやりたいことは、アジア全体でサムライを100人つくること。それを人生のプロジェクトにしたいと思っています。邱先生が未熟な私に投資してくださったことで、生きた経営を学ぶことができました。それと同じことを、私もまわりの人にしてあげたいのです。
奥田 そのサムライをつくるために、具体的にはどのような方法をとられるのですか。
金 牛牛福の従業員の3分の2は貧しい農村の出身です。そういう人が、数年間、私のところで頑張って、店舗オペレーションを覚え、焼肉屋の経営を勉強するわけです。そして彼らが独立しようとするときにどれくらいのお金をもっているかというと、せいぜい2万~3万元、日本円で30万~40万円くらいです。そのため、私の下での修業を終え、卒業するときに奨学金を渡そうと思っています。1年働くごとに1万元、5年働いたら5万元です。実際にキャッシュを渡すわけではありませんが、貯金した2万~3万元と、会社からの奨学金4万~5万元を合わせれば、70万円から100万円近い金額になります。
例えば、中国で小型店舗をつくる場合には700万円ほどかかりますが、700万円の総投資に対して、奨学金を合わせた70万円を出資すれば、初年度は10%のオーナーシップがもてるということです。ここがスタートポイントです。
奥田 なるほど。徐々に持分を増やしていくわけですね。
金 そうです。「形式上のオーナーシップは会社が持っているけれど、この店はあなたの店です。私は口を出しません。好きな人を雇い、好きな人間を育て、ある程度のメニューの縛りはあるかもしれないが、あとは自由にやってかまいません。儲けが出たら、まずあなたが10%取って、9割は私のところに持ってきてください」という形でスタートします。
1年間頑張れば、50万円から100万円近いお金が貯まります。そして「1年間は絶対に無駄遣いしてはいけない。貯めて貯めて貯めなさい」と言います。そうして、さらに10%の持分を買う。そうすると、2年目は20%のオーナーシップを持っていますから、利益の20%が取れる。その後のスピードが速まっていきます。どんどんオーナー比率が高まっていくのです。会社のオーナーシップは減っていきますが、前半は会社に儲けをもたらしてくれています。ですから、そのお金を使って、私は次のサムライを育てるという仕組みをつくらなければいけません。
金 それをどこまでできるのかということを、会社として考えなければいけないと思っています。上場することを念頭に置くと、すべてオーナーシップを渡した場合、フランチャイズの店舗がたくさんある会社という捉え方ができるわけですが、もし一定の売上規模が求められるとすれば、ある程度の割合、会社がオーナーシップを持つ必要があるでしょう。
奥田 上場は視野に入っているのですか。
金 2017年9月3日に香港市場で。
奥田 ずいぶん具体的ですね。ところで、その日に何か意味があるのですか。
金 邱さんの日です(笑)。でも、本当は少し迷っています。自由な精神で事業をフレキシブルに展開し、個人オーナーをたくさんつくっていくという私たちのポリシーと、上場という行為が相反するのではないかという思いがあるのです。
奥田 そこには、邱さんの考え方が投影されているのですか。
金 邱先生は、上場には反対です。先生は常に物事の本質をとらえる方で、「上場というのは、お金が足りない人がマーケットから借りることでしょう」とおっしゃっていました。まさにその通りです。「僕はお金に困っていませんよ。自分の事業を拡大するくらいのお金はありますよ」というのが邱先生の理屈で、上場することによって、自分たちだけで決められた経営施策を公開して、株主の了解を取らなければならないということを嫌っておられたのです。
奥田 邱さんはそうやってお金持ちになったのかと考えると興味深いですね。きっと、上場することによるリスクも熟知しておられたのでしょう。
金 私が上場したいという夢を語ったときに、先生はすごく厳しい顔をされて、「どうしても上場するというのなら反対はしないけれど、その場合、私は株主を下ります」とおっしゃいました。ですから、それを私は重く受け止めています。その一方で、先生は「金くんは上場を考えているらしいよ」と、うれしそうに秘書の方に話していたということも聞きました。
奥田 なかなか複雑ですね。
金 私が上場まで考えるようになったのであれば、先生にとっては、経営者を一人育てたことになります。上場そのものには反対でも、心情としては少しうれしかったのではないかと私には思えるのです。
金 まずスピード感ですね。そして自分に対する信頼あるいは信用という感情、それに謙虚さです。先生のオフィスには「一生書生」と書かれた額がかかっています。
奥田 金さん自身の今後の計画は?
金 私が邱永漢師亡き後にやりたいことは、アジア全体でサムライを100人つくること。それを人生のプロジェクトにしたいと思っています。邱先生が未熟な私に投資してくださったことで、生きた経営を学ぶことができました。それと同じことを、私もまわりの人にしてあげたいのです。
奥田 そのサムライをつくるために、具体的にはどのような方法をとられるのですか。
金 牛牛福の従業員の3分の2は貧しい農村の出身です。そういう人が、数年間、私のところで頑張って、店舗オペレーションを覚え、焼肉屋の経営を勉強するわけです。そして彼らが独立しようとするときにどれくらいのお金をもっているかというと、せいぜい2万~3万元、日本円で30万~40万円くらいです。そのため、私の下での修業を終え、卒業するときに奨学金を渡そうと思っています。1年働くごとに1万元、5年働いたら5万元です。実際にキャッシュを渡すわけではありませんが、貯金した2万~3万元と、会社からの奨学金4万~5万元を合わせれば、70万円から100万円近い金額になります。
例えば、中国で小型店舗をつくる場合には700万円ほどかかりますが、700万円の総投資に対して、奨学金を合わせた70万円を出資すれば、初年度は10%のオーナーシップがもてるということです。ここがスタートポイントです。
奥田 なるほど。徐々に持分を増やしていくわけですね。
金 そうです。「形式上のオーナーシップは会社が持っているけれど、この店はあなたの店です。私は口を出しません。好きな人を雇い、好きな人間を育て、ある程度のメニューの縛りはあるかもしれないが、あとは自由にやってかまいません。儲けが出たら、まずあなたが10%取って、9割は私のところに持ってきてください」という形でスタートします。
1年間頑張れば、50万円から100万円近いお金が貯まります。そして「1年間は絶対に無駄遣いしてはいけない。貯めて貯めて貯めなさい」と言います。そうして、さらに10%の持分を買う。そうすると、2年目は20%のオーナーシップを持っていますから、利益の20%が取れる。その後のスピードが速まっていきます。どんどんオーナー比率が高まっていくのです。会社のオーナーシップは減っていきますが、前半は会社に儲けをもたらしてくれています。ですから、そのお金を使って、私は次のサムライを育てるという仕組みをつくらなければいけません。
株式上場への思い
奥田 最終的に、彼らが100%のオーナーになると。金 それをどこまでできるのかということを、会社として考えなければいけないと思っています。上場することを念頭に置くと、すべてオーナーシップを渡した場合、フランチャイズの店舗がたくさんある会社という捉え方ができるわけですが、もし一定の売上規模が求められるとすれば、ある程度の割合、会社がオーナーシップを持つ必要があるでしょう。
奥田 上場は視野に入っているのですか。
金 2017年9月3日に香港市場で。
奥田 ずいぶん具体的ですね。ところで、その日に何か意味があるのですか。
金 邱さんの日です(笑)。でも、本当は少し迷っています。自由な精神で事業をフレキシブルに展開し、個人オーナーをたくさんつくっていくという私たちのポリシーと、上場という行為が相反するのではないかという思いがあるのです。
奥田 そこには、邱さんの考え方が投影されているのですか。
金 邱先生は、上場には反対です。先生は常に物事の本質をとらえる方で、「上場というのは、お金が足りない人がマーケットから借りることでしょう」とおっしゃっていました。まさにその通りです。「僕はお金に困っていませんよ。自分の事業を拡大するくらいのお金はありますよ」というのが邱先生の理屈で、上場することによって、自分たちだけで決められた経営施策を公開して、株主の了解を取らなければならないということを嫌っておられたのです。
奥田 邱さんはそうやってお金持ちになったのかと考えると興味深いですね。きっと、上場することによるリスクも熟知しておられたのでしょう。
金 私が上場したいという夢を語ったときに、先生はすごく厳しい顔をされて、「どうしても上場するというのなら反対はしないけれど、その場合、私は株主を下ります」とおっしゃいました。ですから、それを私は重く受け止めています。その一方で、先生は「金くんは上場を考えているらしいよ」と、うれしそうに秘書の方に話していたということも聞きました。
奥田 なかなか複雑ですね。
金 私が上場まで考えるようになったのであれば、先生にとっては、経営者を一人育てたことになります。上場そのものには反対でも、心情としては少しうれしかったのではないかと私には思えるのです。
「学生時代からいまに至るまで、金さんの人生は実に変化に富んでいますね」(奥田)
(文/小林茂樹)
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Profile
金 伸行
(きむ のぶゆき) 1971年12月、在日韓国人三世として愛知県岡崎市に生まれる。名古屋商科大学卒業後、タイのチュラロンコン大学MA(Master of Art)コース修了。韓国の延世大学語学堂、中国の大連外国語大学ランゲージセンター、実家の焼肉店店長などを経て、2000年、米系戦略コンサルティング会社アーサー・D・リトル入社。2005年、邱永漢氏と出会い、中国・成都での飲食ビジネスを任されて現在に至る。