『筆まめ』No.1の秘密は湧き出るアイデアと製品への愛――第99回
萩原 義博
筆まめ 代表取締役社長
構成・文/谷口一
撮影/津島隆雄
奥田 当時、萩原さんは何歳だったのですか。
萩原 30歳くらいです。今回のバージョンで干支も二回りしました。
奥田 24年間、もちろん他のソフトも手がけられていると思いますが、『筆まめ』ひと筋。ペンだこが大きくなったのじゃないですか(笑)。
萩原 もちろん、『筆まめ』だけやってきたのではないですけど、ロングセラーのソフトは、残念ながら今のところ『筆まめ』だけですね。その分、『筆まめ』に対する思いも強いです。
奥田 その思いとは具体的にはどういうことなのでしょう。
萩原 つくっていて楽しいということですね。次はこんな機能を入れて、お客さんをびっくりさせようとか、他社がやっていないことをやってみたいとか。そういったことをとことん追求していくわけです。
奥田 ということは、ご自身のなかで感動を与えるようなことをやりたいというのが、年賀状ソフトで結実したということでしょうか。
萩原 そうですね。今思えば、そうでないと24年も続きません。
奥田 この会社は、萩原さんにとって自分の子どものようなものですね。
萩原 『筆まめ』そのものは自分の子どものようなものです。これからも「筆まめ」はNo.1であり続けますし、筆まめに続くお客さまに愛され続けるNo.1の製品を数々生み出していきます。
奥田 そういった製品に対する愛とこだわりが、希代のロングセラーソフトを生み出したわけですね。
萩原 海外に対しても考えはあるにはあるのですが、そういうチャンスがあればと。パッケージで海外へすぐに進出するというのは、なかなか難しいと思うのです。今、スマートフォンアプリで『筆まめ』を出しているのですが、アプリであれば、海外にいる日本人の方は使えるのではないでしょうか。まずは、そういう動きから始めていこうと考えています。
奥田 海外展開に関しては、もう具体的に動いておられるわけですか。
萩原 ええ、準備は進めています。
奥田 海外で『筆まめ』ですか。楽しみですね。
萩原 先だってのAPECでも、ソフトウェアに関して知財として取り上げていろいろ議論をされているようです。やっと方向性がみえてきましたから、海外進出も本格化してくると思います。『筆まめ』は知財の塊ですから。
奥田 知財の塊、たしかにそうですね。萩原さんが10年先に描いておられる、構想みたいなものはあるのでしょうか。
萩原 とくにコンシューマに関しては、パソコンはなくならないと思うのですが、パソコンに代わる端末というか、そういうものは10年後には相当変化していると思います。その走りが、今のスマートフォンであったりタブレットであったりで。使い勝手がどんどんいい形に変わっていくでしょうけれど、ただそれが完全にパソコンに取って代わるまで進化するかどうかですね。ただ、家電、とくにデジタル家電に近いような形になってくると思います。それに向けて、『筆まめ』が長男だとしたら、次男、三男をつくっていきたいと思っています。
奥田 具体的なイメージをおもちのようですね。
萩原 それと、『筆まめ』のお客様は年配の方が増えてきていますので、そういう方たちに向けての新しいサービスを、ちょうど今、仕込み中です。
奥田 『筆まめ』に次ぐ新製品も楽しみですし、海外に向けた展開も期待しております。今日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
萩原 30歳くらいです。今回のバージョンで干支も二回りしました。
奥田 24年間、もちろん他のソフトも手がけられていると思いますが、『筆まめ』ひと筋。ペンだこが大きくなったのじゃないですか(笑)。
萩原 もちろん、『筆まめ』だけやってきたのではないですけど、ロングセラーのソフトは、残念ながら今のところ『筆まめ』だけですね。その分、『筆まめ』に対する思いも強いです。
奥田 その思いとは具体的にはどういうことなのでしょう。
萩原 つくっていて楽しいということですね。次はこんな機能を入れて、お客さんをびっくりさせようとか、他社がやっていないことをやってみたいとか。そういったことをとことん追求していくわけです。
奥田 ということは、ご自身のなかで感動を与えるようなことをやりたいというのが、年賀状ソフトで結実したということでしょうか。
萩原 そうですね。今思えば、そうでないと24年も続きません。
奥田 この会社は、萩原さんにとって自分の子どものようなものですね。
萩原 『筆まめ』そのものは自分の子どものようなものです。これからも「筆まめ」はNo.1であり続けますし、筆まめに続くお客さまに愛され続けるNo.1の製品を数々生み出していきます。
奥田 そういった製品に対する愛とこだわりが、希代のロングセラーソフトを生み出したわけですね。
『筆まめ』に次ぐ製品を生み出したい
奥田 最後に『筆まめ』の将来像みたいなものをお聞かせいただけますか。海外市場も視野に入れておられるのでしょうか。萩原 海外に対しても考えはあるにはあるのですが、そういうチャンスがあればと。パッケージで海外へすぐに進出するというのは、なかなか難しいと思うのです。今、スマートフォンアプリで『筆まめ』を出しているのですが、アプリであれば、海外にいる日本人の方は使えるのではないでしょうか。まずは、そういう動きから始めていこうと考えています。
奥田 海外展開に関しては、もう具体的に動いておられるわけですか。
萩原 ええ、準備は進めています。
奥田 海外で『筆まめ』ですか。楽しみですね。
萩原 先だってのAPECでも、ソフトウェアに関して知財として取り上げていろいろ議論をされているようです。やっと方向性がみえてきましたから、海外進出も本格化してくると思います。『筆まめ』は知財の塊ですから。
奥田 知財の塊、たしかにそうですね。萩原さんが10年先に描いておられる、構想みたいなものはあるのでしょうか。
萩原 とくにコンシューマに関しては、パソコンはなくならないと思うのですが、パソコンに代わる端末というか、そういうものは10年後には相当変化していると思います。その走りが、今のスマートフォンであったりタブレットであったりで。使い勝手がどんどんいい形に変わっていくでしょうけれど、ただそれが完全にパソコンに取って代わるまで進化するかどうかですね。ただ、家電、とくにデジタル家電に近いような形になってくると思います。それに向けて、『筆まめ』が長男だとしたら、次男、三男をつくっていきたいと思っています。
奥田 具体的なイメージをおもちのようですね。
萩原 それと、『筆まめ』のお客様は年配の方が増えてきていますので、そういう方たちに向けての新しいサービスを、ちょうど今、仕込み中です。
奥田 『筆まめ』に次ぐ新製品も楽しみですし、海外に向けた展開も期待しております。今日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
「ご自身のなかで感動を与えるようなことをやりたいというのが、
年賀状ソフトで結実したということでしょうか」(奥田)
年賀状ソフトで結実したということでしょうか」(奥田)
(文/谷口 一)
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Profile
萩原 義博
(はぎわら よしひろ) 1959年3月12日生まれ。群馬県出身。1984年、東海クリエイト(現クレオ)に入社。開発技術者として、パッケージソフト製品開発に携わる。その後、製品企画・開発責任者として、「筆まめ」シリーズをはじめとする数々の製品をプロデュース。2005年、筆まめサービス事業部長、2008年、コンシューマサービス事業担当執行役員を歴任。2011年の分社化によって株式会社筆まめの代表取締役社長に就任、現在に至る。